禁区6



「あ!?

「…ん…ど、した

予てからの憧れの地にこの日、彼は彼女と年越しの新婚旅行に来ていた。

というのも、ホテルの正面側にある彼らの部屋は、島へ渡る一本橋が湖面に映って天空橋のように見えるベストポジションであり、人気の部屋のつで、年待ちだったのだ。

お互い仕事が忙しく、人一緒の連休もなかなか取れない状態だったので、年待ちもあっという間で、この休暇がそのまま彼らの新婚旅行になっていた。

部屋の窓から本橋までの距離はkm近くあり、幻想的な天空橋光景を愉しむことはできても、島へ渡ってくる車種は余程特徴的な色形でもしていなければ見分けはつかない。

はずだった……

「アレアレオースティン教官の車だ

「んあの濃紺フルスモークのセダン

「そうそうだアレ間違いない

あの車普通の車に見えるけどエンジン周りが超レアなんだ

生産当時の技術では量産化は難しいっていうので凄く人気はあったけど初代だけで生産中止されたんだ

でもその後技術発達して生産再開されたんだけど、あの濃紺は初代にしかない色なんだ!!

マニアの間ですっごいプレミアがついてるんだよあの車普通に見えるけど実はすっごいレア車なんだ

「ふ~んオースティン教官てあなたがとってもお世話になったっていう教官でしょ

「そうあの人がいなきゃ僕は下級兵のまま消えてた間違いないあの頃自分でも諦めかけてたのにさぁ、教官の魔法にかかって気が付けばソルジャーになってたんだよぉ本当に本当に凄い人なんだよあの人兵士の事一人一人ちゃーんと見て、成長させてくれるんだ君と結婚した時も報告に行ったよ”ソルジャー夫婦かスゴイな”って言ってくれたよ

あ、コテージの方に行くあ、そっかー、教官もご家族でリゾートにいらしたんだなー……

なんか嬉しいなぁ君とようやく来れたこの場所でオースティン教官までいらしてるなんてあー…運命感じちゃうなぁ

 

あまりの教官への心酔っぷり、彼のはしゃぎっぷりが可愛らしく、彼女は微笑み言った。

「挨拶に行こうか」

「え

「恩師でしょ私も挨拶したいわ。”妻です。ウチの主人がお世話になりました”ってやつ、やりたい

「あ、うん行こっか僕の自慢の奥さん紹介する

「よしじゃあ、窓から行くわよ昨日見てきたけどこの島のコテージは車を車庫に入れられちゃうと完全に情報が遮断されちゃうから急ぐよ付いてきなさい

「了解です先輩

「あ、あ~ん、またいつもの癖が出ちゃう~。ダメダメここではただの夫と美人妻

「はいすいません奥様

「ちがうの~あ、ヤバイGO!!

先に彼女、続いて彼氏が階から飛行体制で飛び降り、着地しそのまま車が去った方向へ走り追いかけた。

車の姿は既に見えなかったが走った後の気配が残っており、ソルジャー人はそれを追った。

「あいたあそこよ間に合った降りてきた

「あ、やっぱりオースティンきょ…う…か……」

さすがのソルジャーも結構な距離の走行に息を切らせながら恩師たちの前に姿を現そうとしたその時、思わぬ光景を目にし、2人の動きも言葉も止まった。


恩師の車の助手席から出てきたのは、元お姫様で有名な奥さんではなかった。

 

「…………あの子知ってる…」

 

そして反射的に身を隠してしまった人。

「え!?

「えマ、マジ!?

オースティン教官がその少年を抱き上げキスをした。すると……少年は教官の首に腕を回し………

「ぅわぉ……セックスする時のキスしてる……ま、まっ昼間ですぞ…メンズ……」

どこまでも美しい白銀の世界、身長190超の男が年端も行かない華奢で小さな少年を抱き上げ、アレなキスをしている。

先輩ソルジャー妻の言葉使いもおかしなものになっていたが、それ以上に後輩ソルジャー夫の方は尊敬して止まなかった恩師の信じられない行為に絶句していた。

2人の唇が離れ、少年は教官の首に腕を絡ませ子猫の様にスリ付いて抱きつき、教官は少年を抱き上げたまま部屋に入っていった。

 

「…………」

「ねー、お姫様抱っこで部屋に入るとか…どこの新婚さんよ、負けちゃったじゃない私ら

ちょっとダーリン、後で部屋に戻った時私にもアレやって抱っこー年遅れとか気にしないからさぁ

「……………」

彼氏、ではなく夫が顔色悪く眉間に深く皺が寄っていることに気づき、冗談を言える雰囲気ではなくなっているのに気付き、彼女は自分が知っていた情報を彼に渡した。

「……あの子ミッドガル基地の『ファムファタール』よ」

「……え

「聞いたことあるでしょ50人の屍を出したミッドガルのセックスシンボル、あの子の事よ。少年なのにあの色気、納得!」

「……………」

「きっと凄い技持ってんのねー。教えてほしいわぁ。って、どうやって教わるんだって話よねぇあはっ

「……………」

「てかオースティン教官とあの子の体格差でセックスするの?……って…」

夫から本気の殺気が伝わってきて、もう何も言わない方がいいと、先輩妻は黙った。

普段は優しく穏やかで子分肌で弟気質な夫。

つい先程までは人で年越しの新婚さんごっこを満喫していたのに、多分これで強制終了になってしまうわね…と悟った。

 


「ストライフくん、ちょっといいかな」

アッパーミッドガルへのエレベーターに向かうホームの途中、クラウドはサングラスの男に声を掛けられた。

見覚えのない男だったのでそのまま通り過ぎようとしたところ、目の前に腕を出され強引に行く手を塞がれた。

「君の事だよ。ストライフ……それとも”デヴィッド・アダムスの息子、クラウド・アダムス”の方が話が通じるかな

 

その名前は1か月前にオースティン教官とリゾート島で使った偽名。

前を塞ぐサングラスの男からは分かりやすい敵意が表れている。

これは勝手に関わったらマズイ、と塞いでいた腕を避けクラウドは再び歩き始めたが、今度はその腕に首を掴まれ「バシーン」と大きな音を立てて、後ろの排気管に叩き付けられた。

余程戦闘に慣れている者なのか、そんな強引で危険な技を掛けられても音の割には痛くなく、しかもぶつかったのは体だけで掴まれたはずの首に衝撃は来なかった。

手慣れた技のかけ方に逆に本物の危機を感じ、クラウドは身動きが取れなくなった。

男がサングラスを外すとその眼は魔恍の色……初めて至近距離で見るソルジャーだった。

あからさまな敵意を持っているが、何となく頼りなさ気で優しい雰囲気がある。

 

「何故僕が”クラウド・アダムス”という名前を知っているかという事なんだけどね

”あの島”で”あの人”と一緒にいる君を見たからなんだ。それで君の事を調べた。どう少しは僕の話、聞く気になった


何があろうと情報を一切漏らさない。

オースティン教官との約束だ。

クラウドは決意していた。

 

駅のホーム、アッパーへのエレベーターの50m程度先の柱の陰。

たくさんの人達が行き来するホームでもその周辺だけは日薄暗く閑散としている。


「僕は期前、年前にあの人に送り出してもらったソルジャー、今はnd

あの島には休暇で行ってた

あの人の車が走って行くのを見て挨拶しようと思って追いかけた

で、追いついた時、君たちはキスしてた

君は2年前に随分酷い事件を起こしているね。しかもその後も何度か似た事件を起こしていて、随分な仇名までついてる

しかもアッパーに恋人までいて同棲してるんだって?これからその人の所に帰るんだろ?

そういうの、あの人が納得していたとしても僕は許せないんだ。男同士っていうだけでもキチガイなのに二股とか……人間のやる事じゃない

だから君のアッパーの恋人を突き止めて忠告してやろうと思った『君のヒモは二股かけてますよ』ってね

それでモメてあの人に捨てられるか、アッパーの人と切れるか、どっちにしても気持ちの悪い2股はなくなる

そう思ったんだけどね

結局アッパーって情報のロックがいちいち厳重で個人じゃ調べられなかった

だからやり方を変える事にした

ミスター・ファムファタール、お伺いしますが、何故君は神羅軍部にいるんですか

 

本来は優しいであろうソルジャーの瞳がクラウドへの嫌悪の色で染まっている。

だが、今の話で分かった。

このソルジャーはアッパーのマンションの持ち主がオースティンとは気付いていない。

「パトロンを探しに神羅に入ったの

だったらもういるんだからあの人から手を引けよパトロンの二股って何なんだどこの娼婦だよ欲張り過ぎだろ

あの人は既婚者だぞ妻も、君と同じくらいの年の子供もいる家庭のある人なんだ『セックスシンボル』だの『ファムファタール』だの呼ばれてるような奴が手を出していい人じゃない

100歩譲って君が神羅教官クラスのパトロンが欲しいなら、ロゼニア教官とこみたいなペーパー夫婦とか、メイヒュー教官みたいなバツイチとか、エイプルトン教官のような独身とか、いくらでも他にいるだろなんでよりにもよってあの人に喰いつくんだよそりゃあの人がダントツでカッコイイしデキル人だし人望もあるしセレブだ。

でも愛妻家で!親バカで!世界のトップアスリートなんだぞ

何で君は神羅にいるんだ!

人のもの奪ってまで神羅にいる目的は何!?それは君にとって、そこまでして手に入れる価値のあるものか!?


どんなにきつい言い方をしても目を逸らしたまま一切口を開かず、リアクションもしないクラウドの態度はそのソルジャーの嫌悪をより煽った。

「僕はあの人の奥様とお嬢さんを何度かお見かけしてる

初めて見たのは年前のミッドガル基地のクリスマスパーティ。ミッドガル基地年間功労者の家族として!

去年は本社のクリスマスパーティに下級兵教官統括の家族としていらしてた。

教官統括は本社所属だからね。ソルジャーも本社所属

去年のクリスマスパーティで再会できた時は嬉しくてたまらなかった

今年は僕が仕事だったからパーティに出られなかったけど、きっといらしてたんだろう。ご家族で

年前は幼女だったお嬢さんが、去年見たら教官に凄く似た美少女に成長してた。

君も本社のクリスマスパーティに出てみたらそしたら直ぐに分かるよ。娘さん、あの人に似てるから。挨拶すれば「お父さんにいつもお世話になってます」って。言えるものなら…だけどね

君、あのお嬢さんの立場になって考えた事ある

お父さんが自分と同じ年くらいの少年と関係を持ってる。どう反吐が出そうじゃないか

奥さんは年前も去年も全身で”夫が大好き”って感じの人。凄く幸せそうに何度もあの人を見上げてた。

結婚して、子供も産んで、10年以上経ってるのにあんなに”夫に惚れてます”って全身で言ってる人、僕は他に知らない

多分、君の存在を知ったらあのお姫様自殺しちゃうんじゃないかな。うん、死ぬね、多分

そのくらい一途に真っすぐ他に何もいりません、何も目に入りません夫が大好きですって奥さん」

 

限界だった。

クラウドの無表情、ノーリアクションはオースティンが直々に着けさせた仮面だ。

神羅兵として生き残るための強気の仮面。

今、その仮面の下では血が流れ出していた。

血で滑って、仮面が剥がれそうだった。

神羅にいる限りは必ず着けていろと、オースティンに厳命されていた仮面。

もう滑り落ちてしまいそうだった。

 

「あの人は人に羨まれるような人生を歩んでる方だ

勿論それはあの人自身の努力や能力があるからこそ実現してる

でも、努力なんてものは大抵の人がしてるんだよ

どんなに頑張っても、死ぬほど願っても思うようにならないのが殆どの人だ

逆に一生懸命頑張った事が裏目に出ることだっていくらだってある

でもそれが現実なんだから、現実は変わってくれないから、大抵の人は諦めながら自分に折り合いをつけていく

だからこそ、それをちゃんと実力にしていけるあの人は憧れられるし羨まれるし、隠れた敵が多いんだよ!

笑っていながらあの人の隙を狙ってる奴はいくらでもいる。思い通りにならないからって人の足を引っ張ろうとする奴なんて珍しくなんかない

僕はあの人に恩義がある。今も、これからも心から尊敬してる

だから忠告しておく

ミスター『ファムファタール』、君はあの人のウィークポイントだ!

君は必ずあの人の足を引っ張る!

今まで隙の無かったあの人の凄く狙いやすくて致命的な標的だ

君一人であの人は終わる

今まであの人が恵まれていた分だけ、取り返しがつかなくなる程に奪われるし、羨まれ尊敬されていた以上に唾棄される

相手が実際はどんなドブネズミであれ、年齢が15歳、生徒の少年、それだけで十分致命的だ

それに君との関係が暴かれたらあの人だけじゃない!あの人の奥さんもお嬢さんも、潰されるんだぞ!

あの夫大好きセレブ奥さんはどうなってしまう!?娘さんは学校で何て言われる君、そういうの考えて今みたいな事してるの

もう一度聞くけど、君は一体何がしたくて神羅にいるの

それは幸せな家庭を破壊して、人の人生を奪ってまで達成する価値のあるもの

 

そこまで言っても目を逸らしたままきつく結んだ口を開こうとする気配もないクラウドにソルジャーが畳みかけた。

 

「1つくらい答えてほしいんだけど黙っているのはずるいだろう君はやる事やって受け取るもの受け取ってるんだから。僕は君がしている事への説明を求めてるだけだ

幸せな家庭から夫を盗み、父親を盗んでる。その目的は


「あんたには関係ない」

 

声を震わせずに答えるのがクラウドには精いっぱいだった。

「……ふーんま、確かに関係ないね

でも今後君の事を僕は”泥棒”と呼ぶ。どこで会ってもそう呼ぶ。問題ないよね、実際人のものを盗んでるんだから

じゃ、この先どうなっても自分がした事の結果は自分で責任持ちなよ。変にアッパーの人に逃げたり、あの人に責任転嫁したりするなよ

たとえ年齢は少年でも君のしている事は大人顔負けのドブネズミなんだから

自分がしてる事は自分で責任取れよ

それと薄汚いドブネズミで済めばいいね、いつかバレてあの元お姫様の奥さんが傷心のあまり自殺でもしちゃったら、君は殺人ドブネズミにレベルアップだ」

侮蔑の瞳をサングラスで隠しながら吐き捨てるように言い、ソルジャーは去っていった。



その日、神羅本社から「重要書類」が速達で下級兵教官統括オースティン教官の下に届けられた。

そして朝の会議の時にオースティン教官からその「重要書類」が各担当教官へ分配された。

「ソルジャー適性検査の結果です

早速今日から全下級兵に個人指導を行ってください

これから当分は兵士達も不安定になります

問題行動に繋がらないようきめ細かな対応お願いします

もし危険な兆候が表れた場合は個人で無理をせず教官お互い全員でフォローに入りますので早めの連絡をお願いします

遅れたら遅れた分だけ対応は難しくなります

月末までに全兵士に今後の身の振り方を決めさせてください。正式書類は1月頭に配布します」

そう言って各教官に担当兵士たちの検査結果ファイルを渡した。



「どうした!?クラウド

ソルジャー適性検査による面談個室のテーブルに着いたクラウドに、オースティン教官は開口一番そう言った。

プライベートの時以外は”ストライフ”で通すルールだったが、この時ばかりはウッカリと名前で呼んでしまった。

それだけクラウドが異常状態にあった。

”強気仮面”をクラウドが喪失してしまっている。

年近く前に人の秘密の関係ができて以来、オースティンは事ある毎に「気を張って顔を上げ強気でいろ!」「気持ちを相手に読ませるな!」日々の自主トレ同様厳命してきた。

それこそがクラウドが自分で自分を守る最も有効な方法だったし、それを実践させてきたからこそ今まで大きな問題も起こさずやってこれた。

だが面談室に入ってきたクラウドは………”トラブルメーカー”だった頃の顔に戻っていた。

 

クラウドはポケットからアッパーへの偽造IDカードとマンションの鍵を出し、オースティンの前に置いた。

「コーラル島に行ったのがバレました。でもアッパーで繋がってるのはバレていません。だから……もう、終わりです」

 

オースティンの表情が引き締まった。

「誰に、何故バレた

「ソイツモコーラルトウニトマッテイタソウデス

オースティンキョウカンヲスゴクソンケイシテイルソウデス

ダカラソイツカラサキニハナシハナガレルコトハアリマセン

ホンニンモゼッタイニイワナイトイッテイマシタ

オレニハチュウコクニキタダケデス

オレハキョウカンニゴカゾクガイルイミヲワカッテイマセンデシタ

モウシワケアリマセンデシタ

イママデアリガトウゴザイマシタ」

 

恐らく今のセリフをここに来るまでに何度も繰り返し練習したのだろう。クラウドにしては珍しく長く喋り、しかも淀みが無い。

だが繰り返し過ぎてただ言葉の羅列になっている。言霊が消えて何を言っているのかよく分からない。


今の情報を整理した。

・俺達はコーラル島で偽名を使っていた。だがそいつは俺を知っており、クラウドに声をかけた。つまり俺達を目視で見分けたという事だ。

・だがあの島で俺達が人目に触れる機会があったとしたらコテージに車を入れて部屋に入るまでの数十秒だけだ。それ以外は一切プライベートスペースから出ていない。

・だが車から降りるあの時、俺はコテージ周辺に人がいない事を確認してから車を降りた。

確かに周囲に人影は無かった。しかも鬱蒼とした森の中で望遠など利かない場所だった。遠目で見られる事もない。

 

………ソルジャーか……

目視圏外から気配を消したまま一気に入り込んだにしても、こちらの目視外から見分けたにしてもソルジャー以外にそんな事はできないだろう。

そして反応からして、それは恐らく俺の教え子出身、つまりあの日あの島に行っていた元教え子ソルジャー。

特定したも同然だ。

無駄に口の堅いクラウドから情報を聞き出すよりもそいつに当たった方が早い。

とにかく今一番の問題はトラブルメーカーが復活してしまった事だ。これだけは早急に対処しなければならない。

 

俯いたままのクラウドを見た。

クラウドとの秘密の関係も年近く続いている。

元々自分自身がこのトラブルメーカーの素顔に強く惹き付けられ、どう頑張っても逆らえず手を出してしまった。

関係を持つようになってからは、それはもう遠慮なくこの魔性を育て愉しんでいた。

蠱惑的な素顔を余すところなく愉しむ為に苛めて、困らせて、泣かせて愉しみ、追わせて、縋りつかせて愉しみ、その後たっぷりと優しくして甘えさせて可愛がって愉しみ、可愛がり過ぎてついウッカリまた苛めて怒らせて、宥めてご機嫌を取りながら不安に揺れる顔を愉しみ、そこから更に至高の快楽へとなだれ込み愉み、そうして繰り返し繰り返し愉しんでいた。

非情に危険だ。今直ぐにでも仮面をつけさせなければマズイ。またトラブルが起きる。

 

「クラウド、今はこれ以上話している時間が無い。今夜上で話合おう」

机の上を滑らせクラウドへIDカードと鍵を返した。

「行きません」

クラウドは受け取らず席を立とうとした。

「忘れたか今はソルジャー適性の面談時間だ

その話は何もしていない

その件についても少し話し合わなければならない結果が出ている

今夜、上で俺はまた別のルートで上がるから余計な心配はするな

「……最後にしてください」

「しない」

「なら行かない

「クラウド、人との付き合いは片方が勝手に宣言して決めるものじゃない

お前が別れたいのならしかたがない。但し、もう少し俺に状況を教えてくれ

お前が何を聞いて、考えて、その結論になったのか聞かせてくれ。聞いたら俺も納得するかもしれないだろう

とりあえずもう時間切れだ次の奴を呼んだらお前はそのまま上に行け。どこにも寄るなそのまま行くんだ2000には俺も着くようにする行け

クラウドは俯いたまま逃げるように去った。

マズイ、早急に対応しなければならない。兵士間にまた癌が育つ。


「あのストライフは駄目だったんですか!?

次の順番で呼ばれてきた者が焦り怒った様に顔を赤くして開口一番そう言った。

「…何故そう思う」

「あいつ私の順番だって呼びに来ましたが、泣きそうでどっか走って行ってしまって……今、絶対泣いてますアイツ、ヤバイです

あの、オースティン教官私、ちょっと行っていいですか!?アイツが泣くのなんか初めてですアイツ、ヤバイです!!

「泣いたからって何だ!!行っていいわけないだろうがここは学校じゃないぞ座れ!!

 

年かけて育ててきた。

嫌がるクラウドを愉しみつつその体内に俺の痕跡を残し、少しづつ少しづつ蠱惑の蜜を育て創り上げていった。

アイツはまだまだ育つ。もっと育てたい。

戦士としても、裏の顔も、こんなところで育成を止めたくない。

まだだ!まだ駄目だ



部屋の大半を占める大きなベッド。

つい先日までは何も不都合はなかったが、こうなってはそれが苦しいばかり。

他に妥当な場所もないのでベッドの端に腰かけ、そこに書類を出した。

 

「お前のソルジャー適合検査結果だ」

ダイニングにいたクラウドがおずおずとやってきて震える手で書類を受け取った。

適合検査は項目。

魔恍適合度と体に埋め込む細胞との適合度、適合レベルは両方とも段階。


S:適合度95100

A:適合度9095

B:適合度8089

C:適合度7970

F:不適合


クラウド・ストライフ ソルジャー適合検査結果

魔恍適合度  F:不適合

細胞適合度  F:不適合

 

膝から崩れ落ちた。

床にへたり込んだまま立ち上がる気配のないクラウドを持ち上げ隣に座らせた。


「それは一つの結果だ。人生のただつの通過点に過ぎない」

「……いいです…これで……」

「何が」

クラウドは苦し気に眉を顰めたまま固く口を結び黙ってしまった。

その顎を掴み自分に向けさせた。


「何が

「………罰です」

「何の

クラウドは再び口を噤みただ横に首を振り立ち上がった、がその手首を掴まえた。

「どこに行く」

「帰ります。寮に」

引っ張ってベッドに座らせた。

「今は駄目だ。明日、明後日は仕事も入っていない。

訓練にも出るな!基地にも寮にも帰るな!このまま明後日までここで一人で今後を考えろ!

答えが出るまで帰るのを禁止する!」

クラウドは首を振り再び立ち上がろうとしたが許すわけにはいかない。

「今お前はどんな顔をしていると思う鏡を見てみろお前はまた他の兵士達に犠牲者を出すつもりか!


堪え続けていたのだろう、まるで結界が壊れたかのように涙がポロポロと玉の雫となり落ち始めた。

見られたくないとクラウドは掴まれた手首を振りほどこうとし、立ち上がろうとするもどちらも許さない。

それでも逃れようともがきその度に雫が散る。


今!お前がいるべき場所はここだ!他にはない


お前に目隠しをしていた。

潔癖なお前に悟らせないよう2人の関係にスクリーンをかけてきた。

突然破られたスクリーン。

突き付けられた現実はどれほど残酷にお前を裁いただろう。


「うるさいうるさいうるさいうるさい

アンタは俺のものじゃない俺のじゃないくせに俺のじゃないんだアンタも帰れ帰れよ離せ

逃れようと暴れる。

落ち着かせるために掴んでいた手首を勢い良く引っ張りベッドに引き倒し、上に乗り上げた。


「勿論帰る。今までだってそうしてきただろう

荒れる海の蒼。傷つけてしまった。俺を信じてついてきたお前を。

知れば傷つくから、俺から離れていくから、誰にも隠した。お前からも、目を眩ませた。


「クラウド、今のお前には俺が必要だ

この先一生と言っているのではない、お前が独り立ちできるまでは俺に育てさせろ」

「やだあんたは…」

「聞け今、お前は兵士の顔ではない!神羅に帰りたければ先ずは兵士の顔に戻れ!それが先だ!

このまま帰ればお前はまた『トラブルメーカー』に逆戻りだぞ!

お前は何故上級兵キャラハンと取引をした!アレックス・ジャーヴィスは何故神羅を辞めなければならなかった!ああ!?何度同じ間違いを冒せば気が済む!」

「う……ぅ…うーー!」


酷く痛いよな…

だがお前はこの痛みに堪えられる。堪えなければならない。

せめて兵士の顔に戻ってくれ…。そうでなければ下に戻せない。


掴んだ手が震えている。

逸らしたままの瞳から流れる涙は途切れそうもない。


「クラウド、俺は明日からミディールに行かなければならない

だから今、俺の意見だけ先に言っていく

3日後には帰って来るからその時にお前の意思、出した答えを教えてくれ

それで互いに一番いい方法を見つけよう

俺達の関係はお前と、俺のものだ。お前一人で決めるな。一人で苦しむな

俺達2人で答えを見つけよう」


逃れようともがいていた体の力が段々抜けていき、未だ涙が止まらない瞳で見返してきた。

抑えていた体の上から退きベッドの端に人並んで座った。


「なあクラウド、何故俺はソルジャーにならなかったと思う

「ソルジャーになるのは選択制。俺は適合度Sとまではいかなくともそれなりに適合はしていた

だが止めた

ソルジャーは神羅の花形。ソルジャーが通れば誰もが道を開け、戦場では人間では到達できない超人的な戦い方をする

カッコイイよな。でも俺はならなかった。何故だと思う

「ならなくても十分カッコイイから


サラリと出た言葉に絶句した。普段なら絶対に何があっても言わないだろうセリフだ。

それだけ何も考えられなくなっているのか…。クラウド。

 

「……何故ソルジャーは競技大会に出場しない

「超人的過ぎて試合にならない」

「そうだ。体のつくりも体力も性能も人間の領域を超えている。怪我をしても直ぐに治り、Sクラスでマッチすれば不老不死になるという噂もある

つまりソルジャーになるという事は根本的に我々人間とは違う生命体になる

だがな、クラウド。考えてもみろ、不老不死なんて何がいいんだ

友も恋人も、子供がいたとしたら子供までも、大切な人たちが自然の摂理に従って目の前で老いて死んでいくのに自分だけが健康で若いまま取り残されて何が楽しい

しかもソルジャーの生きる場所は戦場か危険な場所と相場が決まっている。そんな場所ではたくさんの仲間の命が散ってライフストリームに還っていく。いつだって自分が送る立場だ

恋人だって同じソルジャーでもなければスペックが違い過ぎて思いっきりのセックスもできない……まあ、そこのところは今の俺と同じだが

それに教官になってここ数年で俺もそれなりにソルジャーに送り出しているが、何かがおかしい……」

 

何がとクラウドが止まりかけた涙目のまま小首を傾げた。

この……無自覚の小悪魔め!

両頬をつねってグイグイ揺らしてやった。せめての腹いせだ。

「な……なぃなぃ

なにするんだと言うつもりが頬をつねられ揺すられているので「に」が言えずに繰り返して言い直そうとしているクラウドの可愛さに眩暈がする。

だがとにかく今日中に強気の仮面の着け方を思い出させなければならない

だが……解放された頬をマッサージしながら押さえているクラウドを見ると可愛さ愛しさがばかりがあふれ出して、クソッ!許さん!後で思いっきり違う意味で泣かせてやる

あ、明日も明後日もここから出ないのだから丁度いい。喉が枯れ、立てなくなるまでやる!今夜のうちは俺が介護してやるからいいだろう。

 

「ソルジャーは本社所属になるから一昨年までは知らなかったんだが、去年から俺も下級兵教官統括で本社所属になった

それで妙な事に気が付いた

仕事とは関係なくある日突然プツンッと切れたようにソルジャーが消息を絶ったり、同一人物とは思えないような妙な言動を始めたり

あとソルジャー登録されている数に比べて活動している数が少なすぎる

『ソルジャー』は胡散臭い事が多すぎる

結局俺はソルジャーにならなかったし、検査で適合していても教官として兵士達に積極的には薦めてもいない。立場上否定はできないから本人に強い意志があれば好きにさせてはいるが……

だからクラウド、俺はお前が不適合になって正直ホッとしている

お前には人としての人生を生きてほしいんだ。俺と同じ命で、同じ時を生きてほしい」

そう言って肩を抱くと、クラウドは涙が乾いた瞳で真っすぐに見上げてきた。

浅いフレンチキスをすると、やがてコテン…と、胸に頭を預けてきた。


何故、もっと早く出会えなかったのか。

この可愛い恋人に。

 

「俺個人の意見を言っておく

俺は、お前が兵士としての力をつけていく足枷にはならないと約束する

だが……お前が上級兵になっても神羅を出て傭兵になるとしても、この先何になるにしても、やっぱりここで会ってお前の料理を食べて、たまにはどこかに遊びに行きたい

誰にもお前を渡したくない

俺は、お前を愛している」


腕の中に納まるクラウドを剥がし、目を見て言った。

「お前を愛している」

クラウドの瞳に迷いが見えた。

「お前と俺の家族は同列にはいない

お前と、妻と、娘と、全部愛する種類が違う。難しく考えるな」

「……でも、俺がいなければ教官はもっと早く家に帰るだろ」

「そんなことないぞ

知ってるだろ?お前とこうなる前はよく飲み歩いていたし色々遊んでいた

俺は23:00前には家には帰らない。仕事と家の往復は嫌だからな」

「でも、俺、が、ウィークポイントだから……」

「そんな事は最初から覚悟している。ジャーヴィスの病院の見える雑居ビルからの帰りからな。全く、今更だ」

 

クラウドが泣きそうな瞳で微かに笑った。

それを合意のサインとみてベッドに押し倒した。

ツー…と一粒涙が目尻を伝い流れながら笑い、クラウドが下から俺のシャツのボタンをつと外し始めた。

クラウドを潰さないように乗り上げ、その金色の輝く髪に何度も指を梳き入れていると、適度に釦を外し露わにした首に腕を絡めてきた。

絡む腕に少し力が入り人の間をゼロ距離にするよう誘っている。

 

……こういうところが天然の恋人体質というか巧いというか……目線一つ、言葉遣い一つ、動き方一つ、何もかもが蠱惑の天才としか言いようがない。

唇と唇の距離mmで語り掛けた。


「愛している」

 

答えは無かった。首に絡まっていた腕に力が入り唇がゼロ距離になったから。



そして日間の出張後マンションに戻れば事前に到着時間を連絡していたこともあり、クラウドは作るのに大変な時間がかかりそうな料理をたくさん作って迎えてくれた。

 

「料理してるとなんか頭がスッキリしてくるんだー」

出張前とは打って変わってご機嫌で、キッチンカウンターに乗りきらないほど作ってしまった言い訳の様に言った。

クラウドは本当に料理が上手い……本当に…なぜもっと早く出会えなかったのか…

こいつと結婚していたなら、多分他のどこにも寄らずに毎日真っすぐ帰宅するのに


人で幸福な食事をしながらこの3日間で出した答えを聞けば…クラウドはただ目を逸らせた。

そうか、案の定、何も答えを出せなかったのだろう。

やっぱりな。


「俺がお前を一流の兵士にする

今の実力は所詮はどこにでもいる兵隊どまりだが、俺がもっとお前を磨いて徹底的に能力を伸ばしてやる

とりあえずは上級兵への進級を目標として、実際に上級兵になった時、その先を改めて決めたらいい。それまでは俺に任せていろ」

 

クラウドが俺を見つめまだ迷っているようだったから、その小さな顔を包み親指で頬を滑らせ同意を促すと……瞳を閉じ合意の標とした。


100%の信頼を寄せてくれる俺の愛人。

必ず守り抜く。

誰にも渡さない。




「お、出張中にまた伸びたろ

人でシャワーを浴びている時にクラウドの頭の位置がまた違っていた。

「うん165cmになった

後ろから体を洗ってやりながら日々しなやかに伸びる肢体をソープまみれの手で何度かなぞった。

「本当に凄い勢いで伸びるな………もう昔のお子様の面影が無い」

クラウドは嬉しそうに微笑む


「教官は俺くらいの時はどのくらいのペースで伸びてたんですか

「俺も同じくらいだったかな14歳ころから20歳頃まで毎年10cm単位で伸びてな、いつも関節が痛かった」

「うん俺も痛いです俺、教官みたいに190cmになってしまうかも!?

余りに嬉しそうに言う。クッソ可愛い。

「そんなデカイお前は嫌だな。それじゃセックスが気が付いたらレスリングになってる」

すこぶる上機嫌のクラウドは後ろ手に俺のモノを握り、ゆるゆると動かしながら得意げに言った。

「全然問題ない!だってその頃には俺にも彼女ができてる


そして身体を反転させシャワーが流れる床に跪き口に含んだ。

……クラウド……抵抗なくそんな事をしながらまだ女と付き合えると思っているとは驚きだ。

ま、そんなところがお前らしいが。


 

「クラウド、明日から下に戻れ

眼に力も戻ってる。いいか、絶対に下を向くな!強気で挑め!」

 

返事は一瞬俺を見上げた眼だった。

 

…………巧い………。




禁句5       NOVEL       禁句7

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