禁区7



家族に届いた郵便物をそれぞれに振り分けて渡すのが彼女の大切な仕事。

と言っても届く郵便物の殆どが夫宛なので単純且つ直ぐに終わってしまう仕事なのだが、夫の郵便物には重要なものが多いので、その振り分けを任されている事が、彼女の妻としての誇りであり、幸福を実感する時でもあった。

 

結婚以前、彼女はコレル地方随一の名門ノヴェロ家の跡取り娘だった。

頭首である祖母の後を継ぐ者として生まれて以来、俗世とも家族とも切り離され”頭首”として特別な教育を受け、何不自由なく、何も望むものもなく、何も誇れるものが無いまま彼女は「キャサリン」ではなく唯、「次期頭首」として育成されてきた。

ノヴェロ家頭首の力はコレル地方では一般庶民はおろか一族にも、家族にすら絶大なもので、頭首である祖母と次期頭首である彼女以外はたとえ祖父・父母・兄妹であっても使用人と大差はなかった。


その日はノヴェロ家頭首が招待されて行った戦術競技世界大会がTVで生放送されてた。

彼女はスポーツも戦術も興味などなかったが、その大会は知名度が高く、頭首が招待されて行った所以もあり、TV放送を観ておくよう頭首秘書より申し渡されていた。

観ておけ=大まかな内容を覚えておけという事だが、興味のない分野なので放送が始まって早々に眠くなってきていた。

だがそれでは許されないのは彼女自身よく知っていた。

「頑張って観た」と言っても内容を覚えていなければ「観ていない」のと同じ。

過程に意味はないのだ。結果が全て。

子供の頃から、そう教育されてきた。

意識半分眠りながらも、せめてやっている競技の種類と一番になった選手の名前と、事件らしきものが起きたらそれだけでも覚えておかなければ…あぁ、でも駄目、何も頭に入ってこない。大会を特集した新聞を集めさせよう、要点がまとめてある分、まだそちらの方がマシ。

適当に話を合わせる程度ならそれで乗り切れる…と眠りに落ちそうになりながら頑張って観ていた。

 

TV画面に褐色肌の、俳優のような青年が映った。

ユニフォームを着ているからゲストではなく選手だ。

 

………獣……

緑深い森に住む黒豹を思わせるしなやかな動き、滑らかな褐色の肌には珍しいブロンドヘア、更に珍しいアンバーアイ(虹彩が黄金色)。

 

美しい獣。

そう思った。

 

その競技のユニフォームが体の線が出ないものなのが残念でならなかった。季節が冬なのが腹が立った。せめて夏ならばTシャツ姿が見れたのに……胸元を開けた姿が見れたかもしれないのに

彼はきっと流線形の身体をしている。お尻はきっとキュッと引き締まって切れ上がっているに違いない。

腹筋は…別に割れてなくてもいい、それよりも流線形が好き。

体毛は…きっとそんなに濃くはない。体毛も金色なのかしら…あそこの毛は……。

指は…手袋をしてるから分からないじゃないの!どうしてどうしてどこもかしこも隠してるの!体の線が出てないし!もう!もう!


半ば眠っていた意識がすっかり覚めていた。

顔自慢も体自慢も金持ちも権力者も、次期頭首であったキャサリンには子供のころから散々紹介されてきたし、自らアピールしてくる者も後を絶たない。

でもそんな男たちは例外なく、”キャサリン”ではなく、背負う看板”ノヴェロ家次期頭首”の方を見ていた。

仕方がないのは分かっている。

”次期頭首”それが”私”なのだから。そういう生き方をしてきたから。

それでも、相手から透けて見える打算には嫌悪感ばかりが募った。

でもこの男は違う。TVを通してでも分かる。

彼は雄(オス)。

この雄は打算では動かない。

そして多分……多分……甘いサディスト………………多分……だったらいいな…。


………会いたい。

あの褐色の肌に触れたい。触れて…確かめたい。

筋肉の割れ目にゆっくり…と指を滑らせて、その硬さを、命を感じたい。

少しだけ爪をたててピクッと反応する筋肉を感じたい。

 

 

ギルバート・オースティン

13歳の時に初めて短銃競技各種に参加して以来、出場する競技全ての優勝を勝ち取っている不動のキング。

現在19歳でありながら軍事会社神羅の精鋭部隊に所属している。

TVが彼をメインにアナウンスしているのは、”不動のキング”であり”俳優のように見栄えするルックス”以外にもスポンサーが神羅だから。

19歳…自分よりもつも年下なのに、実力で世界の頂点に3期6年も君臨している。

画面に映し出される銃をメンテナンスする姿、他の競技者をチェックしている姿、仲間と談笑する姿、コーチとの打ち合わせ。

彼だけに目が行く。

カメラが違う人を映し始めるとイライラし、画面の端・背景にでも彼が映り込まないか探した。

番組が終わってしまうとチャンネルを変え、戦術競技世界大会を放送しているチャンネルが無いか探した。

無ければ狙撃競技を扱っている番組を、無ければ神羅関係の番組を探した。

最初の目的はどこかへ飛んでいた。

画面の中、どこまでも褐色肌の長身、金髪トパーズの瞳の獣を探し求めた。

ついにテレビで探すのに限界を感じ、秘書に過去3期分の彼が出場した競技会のDVDを大至急取り寄せさせた。

DVDの中には彼が初優勝した年から成長していく姿……少年から立派な雄(オス)へと見事に変化していく過程が収められていた。

胸の高鳴りが治まらず困ったが、それでも繰り返し彼を探し続けた。


 

彼は女に優しくない。

きっと彼は”どんな女”でも”ただの女”としてしか扱わない。

何故なら、彼が雄(オス)だから。

人と話す時の彼の仕草、表情、対応をDVDで具に観続けての確信。

自信がある。

人を見抜く目は幼い頃より祖母に叩き込まれてきた。

金の王冠を被る雄。

女をただの雌(メス)にする男。


悩みに悩んだ末、秘書に『ギルバート・オースティン』の身辺調査を依頼した。

結果、彼の両親は既に亡く、遠い親戚はいるが付き合いはなくほぼ天涯孤独の身である事。

ミッドガルにアパートメントを借りて女と同棲をしている事。

友人知人が大変多く、仕事後は時間の長短に関係なく大抵どこかに遊びに行っている事。

そのせいで年の割には様々な雑学や街の情報に詳しく色々な伝手(つて)を持っている事。

同棲相手は神羅ミッドガル基地受付嬢で、同棲して二か月、付き合い始めて半年である事。

その前はバーのホステスと2年付き合っていた事。

その前は中小企業の事務員OLと付き合って直ぐに別れた事。

その前は当時のコーチの娘と付き合っていた事。

女性関係が切れる事はないが二股等はしないポリシーを持っている…等が書いてあった。

 

…女と同棲中?

本気で好きなら仕事が終われば真っすぐに帰るでしょう。

彼はその女に本気じゃないのよ。

絶対にそう。

本気じゃないんだから……

私のものにしても問題はないわ。

 

祖母に『ギルバート・オースティン』とデートがしたいとお願いをした。

しかし「お前がデートをするという事はそれなりの意味を持ってしまう」と仰られ、願いは叶わなかった。

しかし代わりにと、彼が出席するパーティに参加して、話す機会を作っていただける約束をされた

それで充分、きっかけさえあれば…。

 

そのパーティは神羅系の職員が集まるもので、随分と砕けて雰囲気で賑わっていた。

小賢しい雑魚が次々と挨拶に来るものの、いつまで待っても肝心の彼は現れない。

祖母は隣でただ黙っている。

無駄に過ぎて行く時間に我慢ならなくなり、秘書にギルバート・オースティンを探させた。


一目で見分けられた。

オーラが違う。

人波の向こう、ひと際背の高い男性を秘書が伴いホールに入って来た。

男性は階上VIP席に座る私を見上げた。


トパーズの瞳。


画面で見たよりもずっと迫力がある。

ずっとずっと美しい雄。

ようやく同じ空間に立てたわ。


あなたと私の時間が動き始める。

試合の時は無造作にされているブロンドが今はワックスで整えられていて、スーツに良く合ってる。

眩暈がするほどサディスティックでセクシー……。

最高。


ギルバート・オースティン

私ね……

 

ただの雌にしてほしいの。

なりたいの。


「ケイトッ!?

祖母の声が近くでした。

貧血を起こしたらしい私を抱いているのは秘書でも祖母の秘書でもない。

そう、トパーズの瞳のあなた。


これからあなたと私の時間が始まる。

想像したよりも逞しい腕。大きな肩。

素敵……。

素敵よ。


私の獣。

私から何もかも奪って。

私を引き裂いて。

ただあなたに縋るしかできない雌にして。

 

 

でも彼の反応は思ったものじゃなかった。

貧血を起こした私を紳士的に休憩室まで運び、頭首への社交辞令も如才なくこなし、一緒に来ていたらしい同棲中の彼女と会場を去った。

当たり前の様に取り残された。

周囲にはわざとらしい心配、お世話アピール、指示待ちの臣下の者たち。

元通りいらないものばかり。


生まれて初めて本気で求めたのよ?

の勇気を振り絞り、恥をかくのを覚悟で、ただ欲しいと願った…。

獣と私の身分の違いを超えるチャンスを作ってあげた。

なのに………終わってしまった?

何も始まらなかった。

何故?

私は確かにあなたの彼女の様に美しくもスタイルも良くもないけれど、誰もが欲しがるものを持ってるでしょう

その女はいつか衰える美貌くらいしかないのよそれでもそっちを選ぶの

あなたは私の価値が分からないバカなの



……いらない……この程度の計算もできない男に用はない。

所詮は射撃が得意なだけの19歳の浅い男。

あなたよりも遥かに美しい男も、頭のいい男も血統書付きもいくらでもいる。

男なんてウンザリするほど間に合ってるのよ。

皆私に売り込みに来るの。

その程度の、誰もが分かる私の価値が分からないバカに用はないわ。だってそんな男、私を手に入れても活かせないじゃない。

所詮は住む世界が違うのだわ。

育ちの悪い安い男に私の価値は測れないのよ。所詮その程度の男!いらないわ!

 

……そう、思おうとしたのだけれど……

……………一度は、思ったのだけれど

でも……

よく考えてみたら彼は結婚しているわけでもないし同棲していたって毎晩友人知人同僚たちと遊び歩くような人だし。

結局誰にも本気じゃないもの。

それにあの女、パッと見は美人だけれどよく見たら女優ってほどじゃない。

彼は俳優と並んでも見劣りしない”王冠を被る雄”なんだから、彼女になるなら最低限”特別な女”でなきゃ相応しくない。そう、最低限ね。

あの女は相応しくない。

彼は自分の価値を分かってないだけ。

そう、分かってないのよ。

だから私が教えてあげる。

あなたほどサディスティックな獣の眼を持つ男ならもっと上の世界を狙える。我々上流世界の方が相応しい。

安い女なんかを相手にしたら駄目よあなたの価値を下げる

教えてあげるわ。

私が。

あなたの餌となって。

 

『ギルバート・オースティン』捕獲に向けて彼女が最初にした事は、祖母に”彼が欲しい”と泣きつく事だった。

ノヴェロ家頭首の力を使えば彼を手に入れる事など造作もない。

彼自身を含め、逆らえる者などいない。

しかし祖母は賛成しないが反対もしない、協力もしないが潰すこともしない事を約束するにとどまった。

欲しければ自分で手に入れるよう宣言した。



ノヴェロ一族は代々続いた金髪碧眼白色人種。

社交辞令はするが本音の部分で有色人種を根深く見下す一族だった。

ギルバート・オースティンは褐色肌人種であり、両親を早くに亡くし、ほぼ天涯孤独な人生を送って来た。言わば孤児。

頭首である祖母は個人的には人種的偏見は持っていなかったが、一族の選民思想の根深さはよく知っていた。

もしここで孫娘が一族の激烈な抵抗を覆し、あのシビアな男を伴侶として迎え入れる事ができたのなら……と、密かに頭首引継ぎ試験代わりに目論んでいた。


一方、頭首にニュートラルゾーンに入られてしまった彼女は、次に家族である祖父両親兄妹にギルバート・オースティンとの仲を取り持つよう協力を仰いだ。

だが彼らの有色人種への抵抗は驚くほど凄まじく、想像もしなかった威力で炎上し、家族だけでなくその日のうちに親等、さらに一族の名を持つだけの一般庶民へと言い広められ、皆に挙って烈火の如く激怒、反対・糾弾・抗議・説得で叩かれ押さえ込まれ、更には弁護士まで登場し一族の血を汚そうとする彼女の次期頭首としての不適格を祖母に進言され、彼女が最も気に入っていた彼の素敵なトパーズ・アンバーの瞳まで人間として忌むべき色、褐色肌にブロンドなど不吉な生まれ、と罵り断言する者まで出る始末だった。


味方に付いてくれる者はただの一人もいない。

世界中が自分とオースティンの敵だと理解するまでに日はかからなかった。


彼女は平和的な、穏便で優しい解決を放棄した。




反撃に出た彼女の手段は徹底して非情だった。

一族の弱みを知り抜いた制裁。

先ずは祖父・両親・兄妹等、城に同居していた全員の権利はく奪を宣言をし、存在を城から抹殺した。

その日のうちにダイニングから彼らの席が消され、使用人たちには徹底して彼らの存在を無視するように厳命した。

部屋から閉め出され、身の周りの世話をする者もいなくなり、食事も許されなくなった彼らは当然の様に彼女に猛抗議に向かった。

そして彼女の前に抗議に参上した順に”役立たず”は一秒でも早く城から出て行くよう宣言し、2度目の面会は一切許さなかった。

ノヴェロ家は代々続いた頭首絶対君主制。

彼女は今まで”家族”の名のもと緩めていた規律、権力、地位の違いをハッキリと表面化させた。

これに秘かな追い風となったのは使用人たち。

彼らの多くは有色人種であったり、貧民出身であったり、今まで一族の選民思想に常々差別、煮え湯を飲まされていたりしたので、今回の次期頭首の反乱には喜んで協力した。

また…キャサリン自身も、協力しない者には「この仕事はあなたに向いていないみたい」と他の仕事を探す様に優しく言い渡し、解雇した。

また彼女が出席するパーティや会議、セレモニーに一族が乗り込んできて、無理矢理話しかけようとしても、ボディガードを使い徹底し排除させ、今まで誰の許可のもとにノヴェロ家を名乗っていられたのか、誰のおかげで特権階級にいられたのか、そしてノヴェロの名を失くした彼らに何ができるのか、大勢の上流階級…今まで彼らが仲間、同族と思っていた者達からニヤつかれ憐れまれる中、ハッキリと突き付けてやった。

 

そしてようやく「現実」が見えてきた一族。

「どうすれば彼女の怒りを静められるのか」「どうすればまた今までの日常が戻って来るのか」を必死に考え始めた。

ヒントは分かりやすく彼女が最初から示していた。


「役立たずは目障りだ」と。

役に立てばいいのだ。彼女の。

彼女は何を望んでいる?


翌日、彼らが再びノヴェロ城に参上した時、そこには”特別な手土産”を携えていた。

 

”特別な手土産”『ギルバート・オースティン』

ギルバートは突然、職場に現れた彼らに”上と話はついている”と強制連行され、彼女の御前に跪かされた。

全く訳が分からずにいるギルバートに、彼女は少女のように可愛らしく微笑み宣った。


「こんにちは。私を覚えていますか?」


トレーニング中だったギルバートはTシャツにトレーニングパンツ姿。

ギリシャ神話が題材となっている絵画が壁や天井を飾っている豪華な宮殿の玉座の前に跪かされ、周囲には当たり前のようにスーツ姿の幾人かの男女。

状況の理解はできないが、屈辱的かつ異常な状況に、ギルバートは返事をしなかった。

一方、彼を職場から拉致した者たちは彼女から再びノヴェロ一族を名乗る事を許され、元の生活に戻る事を許された。

また出遅れた者達は彼女に直接跪き謝罪、そして今後は協力を約束する事で絶交を笑顔で解除された。

 

そうして1年後に彼女は恋焦がれた”雄”とめでたく盛大な結婚式を挙げるに至った。

だが結局彼女がノヴェロ家頭首を引き継ぐことはなかった。

理由は彼女のトパーズアイの獣が結婚するにあたって出した条件にあった。

、城には入らない

、一族の一切の忠告・命令・懇願は受けない

、互いの財産について一切交流しない

、名前を変えない(=婿養子には入らない)

、仕事を優先させる

、上記を正式な書面に残す

当然だがこれらの条件を祖母が否とし、彼女は可とした挙句、次期頭首の座を捨て、嫁に出る事となった。

一族はたかだか鉄砲が上手いだけの有色人種ごとき、しかも孤児のために次期頭首の座を捨てた彼女を愚か者と密かに罵り、これで何の力も持たない”ただの女”となり下がった。何も恐れる事など無い、と辺りを気にしながら囁き合った。

表立って言えなかったのは彼女の隠した非情さを身をもって知った事と、現頭首が彼女の次の頭首候補を立てなかったことにあった。

結局彼女の存在は嫁に出た後も一族にとって密かに爆弾のままとなった。

しかし嫁に出た彼女自身は”ギルバート・オースティンの妻”という肩書が大変気に入った。

元々ノヴェロ家の頭首の座など邪魔でしかなかった。

誰もかれもがレッテルでしか見ない。背負う看板が大きすぎてそれを背負っている者の個性、思いなど知ろうともしない。

自由になりたかった。

ただの女として生きたかった。

夫となったギルバートはそれらを彼女にくれた。

ただ1つ、予想と違っていたのは彼は女に優しく、常に紳士だった。

結婚時にノヴェロ家に突き付けた反抗的な条件からは想像もつかない程に彼は誰に対しても礼儀を心得ていたし、何をするにも如才なく仕事での名声も高まる一方だったので、そちらの方でも一族の自尊心を大いに満たし続け、いつの間にか「我関せず」を決め込んでいた頭首である祖母までも彼のファンになっていた。

2人の新居は祖母から結婚祝いにミッドガルの別荘を与えられ暮らしていたのだが、彼が気に入られるあまり祖母をはじめ一族が何かと理由をつけやって来て泊まっていくのが、彼女は非常に不愉快だった。

夫と2人の時間を邪魔されたくなかった。

ノヴェロ家の臭いを持ち込んでほしくなかった。”ギルバート・オースティンの妻”以外の何者にもなりたくなかった。

なのに天性の社交家の夫は、誰がどれほど連泊しようとも歓迎したので、居座りたがる一族を片っ端から追い出すのは常に彼女の役目だった。

 

ある日、フと気が付いた。

夫の瞳が覚めている。

何でも器用にこなす優しく頭が良く社交的な夫。けれどその瞳は競技の時の様に熱を帯びる事が無い。

試合で観た時の様に瞳がサディスティックに甘く蕩けるように輝くことが無い。

何故。

子供の頃から何千人何万人と人間を見てきたからこそ分かる。

彼の獣の眼は本物だ。間違いなく牙と爪を持つ野獣。

何故……

何故それを私に向けてくれないの

あなたはそれを持っているのに。



その答えは夫が競技に出ている時に見つけた。

朝いつも通り優しい紳士で家を出た夫が、午前から始まった競技で猛る野獣になっている。

物凄く楽しそうに生き生きと、全てを征服していく王者黒豹。

私には決して見せない野獣の顔。

…その牙で私を…

なんて言葉は紳士で優しい夫は言わせてくれない。

 


そう…

彼の獣は人には向かないのだ。

……そう思う事にした。

 

彼は人との間に一線を引く。

例外は無い。

たとえ妻が遠回しに、あからさまに、望み乞おうとも。

おばあ様であっても、誰であろうと、向くことはない。

もう、それならそれでかまわない。

彼を愛しているから。

遊び好きの放蕩癖も相変わらずだけれど、それも構わない。

誰よりも私が一番彼に近いから。

彼の子を産む資格があるのは私だけだから。

それさえ分かっていれば彼がどこでどんな遊びをしていても、何人と寝ても気になんかならない。

だってそれらは全て彼の引いた線の向こう側の事だから。

誰も彼の境界の中には入れない。

あの野獣は、誰も近づけさせない。

ならば…もう、それでいい。

彼は私の獣なのだから。


 

 

この日、ギルバートとキャサリンの間に生まれた娘ジゼル宛に郵便物が届いた。

聞いたこともない会社から、まるでビジネスの様に再生紙を使ったA4サイズの分厚い封筒だ。

不審には思ったものの、今年10歳になる生意気盛りの娘は、たとえ母であろうと自分宛のものを勝手に開けたなんて知ったら何を言うか分かったものではない。

娘が夫に似て美しく育ってくれたのは嬉しかったが、口が達者なところまで似てしまった事だけは困りものだ。

以前、”口が達者なのはパパの様に実力のある男性だからいいのであって、女の子が口が達者なのはナマイキなだけ”と注意したところ、小学生がどこでそんなにボキャブラリーを仕入れてくるのか、10倍返しで言い返してきて挙句にバートにまで告げ口して、結局バートから自分が注意をされるという理不尽極まりない目にあったことがあった。

バートは娘にだけは距離感がおかしくなるのよ。

周囲に揶揄われるほどジゼルを猫可愛がりで、挙句”ピーナッツ父娘”なんて言われるようになってしまって、しかもそう揶揄われることを喜んでまでいる。

 

どうなの、ソレ。

ファザコンの娘なんて外聞が良くないし、兵士たちから”厳しい”と恐れられているギルバート・オースティンが娘だけは猫可愛がりしてるなんて知れたら示しがつかないでしょう

良くない事よ。バートは少し娘の教育を間違ってるわ。

兄妹でもあるまいし、親子は友達じゃないのよ。

 

再び手に持ったままの娘宛の分厚い封筒を見た。

ズシリと重い。恐らく中身は紙ばっかり。

やはりおかしい。

小学生の”親”ならともかく、”本人”にこんな学校も関係なさそうな大きな、紙ばかりが入った封筒……。

嫌な予感がする。

 

……何度目か、まじまじと分厚い封筒を見た。





「ただいま

いつもはリビングで家族が帰ってくるのを待っている母の姿が無かったので寝室を覗いてみたら…陽も暮れ始め薄暗くなった部屋の中、明かりも点けずに床にへたり込み項垂れている母がいた。

「ママ!?

いつからそんな状態でいたのか、同じ姿勢のままピクリとも反応しない。

よく見ると床にはビリビリに破られた紙が散乱している。

「ママ

その異様な光景に、もう一度声をかけてみたがやはり反応がない。

寝室に入り母の所に歩いていく途中、唯一破られずに放り出されていた紙、よく見れば封筒。

その封筒の宛名が自分宛になっている。

「……私

封筒を持ち、母に問いかけたが反応がない。

床に散乱している細かく破られた紙はよく見てみると、いくつかの写真とコピー用紙に分かれていて写真の方は執念の様に細かく破られて何が写っていたのか分からない。

コピー用紙の方はまだ少し大きめに破られていて、その破れた破片に印字されていた名前が読めた。

 

『クラウド・ストライフ』




「こんにちは、ビッチ

アッパー行きの駅のホームを歩いている時にクラウドは突然横から声を掛けられた。

神羅に入って以来そう声を掛けられるのは珍しい事でもなくなっていたが、最近はあまり言われなくなっていた。

だが、この時はその声の主が女の子だったことから思わず立ち止まり見てしまった。

その子はホームの壁に凭れ腕を組み、クラウドを射貫くよう睨みつけていた。

憎悪にも近いその瞳の強さに驚きながらもクラウドは再び歩き出し、通り過ぎた。

だが歩きながらも少女の強い碧の瞳が印象に残り、今も背後からその視線の強さを感じる。

歩き続けながら、突然!ある形が浮きあがってきた。

弾かれたように振り向いたクラウド。

碧の瞳は変わらずクラウドを射貫くほどの強い視線で睨みつけていた。

 

振り向いたままフリーズしてしまったクラウドにその少女はカツカツとヒールの音をさせて近づいてきて、立ち止まったと同時に

「バシーーン

ホームに響く大きな音をさせてクラウドを張り倒した。

思わぬビンタの威力に下級とはいえ兵士のクラウドが歩よろけてしまった。

「あ、しまった…触っちゃった…」

少女はカバンからハンカチを取り出すとゴシゴシと掌を拭き、そのハンカチをクラウドに投げ付けた。

「私、ジゼルっていうの。ファミリーネームは言わなくても分かるわよね」

クラウドは張り倒された姿勢のままフリーズしている。

「もうね、昨日からビックリする事ばっかりよ

パパがアッパーにマンションを持ってるなんて知らなかったし

そこで何年も”少年”を囲ってたのもビックリだし

その”少年”が神羅のセックスシンボルで有名なのもショックだし

ママなんてショック過ぎて実家に帰っちゃったし

ねえ、ビッチ私アッパーのIDなんて持ってないのよ

パパはプリス(売春婦)…ってあだ名なのよねアンタ、男のくせに

プリス(売春婦)にアッパーのマンションまでくれてやってるのに、娘の私はパパがマンションを持ってることすら知らなかった

ねえ、ビッチこれ、どういうこと!?ねえ!?私ってプリス(売春婦)以下ってことそういうこと!?そういうことなの!?ね、ビッチファッキンアッスホールビッチ嘘よね!?娘の私がプリス(売春婦)以下とか、ないよね!?ないでしょ!!あるわけないわ!!

でもなら、どうして私にもママにも内緒のマンションにアンタを住まわせてるの!?なんでよアンタ知ってるんでしょ答えなさい!ビッチ!

 

クラウドは返事どころか身じろぎもできなくなっていた。

それほど彼女の風貌は父親に似過ぎていて、その言葉の強さも父親を思わせる容赦のないものだった。

あの人によく似た瞳で汚物を見る眼で上から下まで、そして下から上まで見て娘は言う。


「昨日ママが実家に帰る時、私も一緒に来るように言ったけど拒否った

だってオカシイじゃない。冗談じゃないわよ!!私もママも何も悪い事してないでしょしてないよね!!

なのに何で私たちが動かなきゃならないの卑怯で汚い事してたのはアンタよねオマエだよね!!プリス!!

兵士のくせに何でパパの愛人なの!?アンタ、アタマ狂ってんの!?オカシイの!?キモイよ!!私のパパに何してくれるのよ!!死ねよ腐れ×▽〇◇×□△

……学校が冬休みに入ってさ、友達とコンサートに行く約束とかデートとか

私、予定がいっぱいだったのよ忙しくなるはずだったの冬休み

でも昨日1日かけて全部キャンセルした。全部ぜぇ~んぶ!!

だってママがあのノヴェロ城に帰っちゃったんだよ絶対に一族が黙ってないわよ!怖いのよ、ノヴェロ一族は!権力持ってる人がたくさんいるんだから!パパも私も無事じゃ済まないわ

私、友達にバレちゃうねえそしたら私、何て答えたらいいの!?

パパに少年兵の愛人がいて、しかもソイツ!兵士たちの娼婦役で有名だって!?そう言うの!?冗談でしょ!!そんなの万が一にでも友達にバレたら私、どんな顔して学校に行けばいいの!?ていうか行けないんだけど!?無理行けるわけない怖くて行けない!!

ビッチ!!オマエがお世話になってるご主人様の住んでる所、見たことある!?

ウチはね、ママの曾祖母様が生前土地を統治していた時代に建てたお城でバッカみたいに大きいの。全然使わない部屋だらけで今の季節なんか我慢できないくらい寒いの

家の中なのに外と同じくらい寒いのどこに行っても寒い寒い城に今は私一人よ

ママやパパがいたらまだ家じゅうに暖房入れてくれるけど、私どこにそういうのがあるのか知らないもん寒いの死んじゃう

オマエは!?これからパパが用意した暖かいマンションに行くのそこ、暖かい!?

ねえおかしいじゃない!!

パパは統括になってから出張ばっかりで家にいることが少なくなって、私寂しかったのよ!

私とママでお城に2人暮らしみたいになってたのよ

それで昨日ついにママもいなくなっちゃった!!

家じゅうどこ歩いても自分の靴音しかしないし大きいから靴音がすごく響くのよ!!

冗談じゃないわよ!!まるで私、廃墟に勝手に住んでる人みたいよ浮浪者と同じよ

寒いし暗いし死んじゃう

何で!?ねえ

お前がパパに貰ったマンションは暖かいのよね!!パパから電話かかってくる!?

パパはいつもオマエの所に帰ってくるの!?

オマエはパパにお帰りって言うの!?言うの!?私が言えないのに言うの!?言うんでしょ!!死ね腐れ×▽〇◇×□△

今年の私のクリスマスシーズン、もう最低!!笑っちゃうわ!!

昨日私、部屋に籠って何してたと思う

徹夜になっちゃった。ま、どうせムカついてムカついて眠れなかったからいいんだけどさ!!

徹夜でオマエを呪いながらママがビリビリに破いた私宛だったレポートを復元してた布団被ってコート着て手袋してマスクしてさあ

寒いからそうでもしないと死んじゃう!

パパとどこかの田舎育ちの男ビッチの関係が細かーくレポートされた、たくさんの紙を全部復元させてやったわ

凄いね、オマエ50人以上も地獄行きにしたのね。兵士としてじゃなくて!!ワオ!ビックリ

親友だった子はオマエを庇ったせいで寝たきりになっちゃったって?凄いわね!

もう、私には想像つかない!意味不明!

オマエ、何でそこまでして神羅にしがみついてるの恥ずかしいとか無いの

ねーすっごく疑問なんだけど、何でオマエは当たり前の顔して上に行こうとしてるの

ソレ、パパがくれたIDでパパのマンションでしょ

何で娘の私が持ってないのにオマエが当たり前の顔して行くの!?

パパが一番愛してる娘の私が凍え死にそうになってるのに!何で!オマエが行くの!?

 

あまりに一気に喋り過ぎたせいで息が切れたらしく、ハァハァと少し息を整え、次の攻撃が始まった。

「オマエの実家の住所と電話番号、教えて

弾かれたようにクラウドは少女を見たが、変わらぬ少女の激怒の表情にまた直ぐに目を逸らした。

「オマエが私の家族にした事をオマエの家族に教える

先ずはそこから勿論その先もある!私の台無しにされたメリークリスマス&ハッピーニューイヤー、全部オマエを潰すのに使う

私のパパを盗んだ事絶対に許さないビッチ!!

少女の翡翠の瞳は激怒のあまり潤んでいた。

「あのレポートさぁ、すっごく細かく書いてあったけどオマエの出身の事は何も書いてなかったのよね。”田舎”としか

おかげでこうして汚い娼婦の顔を見に来る羽目になったのよ

必ずオマエのママをウチのママみたいに泣かせてやるから!!

お前みたいな薄汚い泥棒オカマを産んだことを必ず後悔させてやる!!

その後はオマエの親戚、近所、友達、同級生、全部にバラまく

オマエが神羅を辞めたって許さない新しい場所に引っ越しても追いかけてそこでバラまくから私のパパを盗った罪を思い知らせてやる

さあ早くアドレス

 

ジゼルは持っていたショルダーバッグを振り上げ「早く言え」「泥棒」と繰り返しクラウドを殴り始めた。

クラウドは容赦なく殴られ続けながらも、凍り付いたようにノーリアクションだった。



コスモ基地で合同会議に出ていたオースティンにソルジャーndマクレガーから呼び出しの電話がかかった。

「何だマクレガー、火急の用とは

『僕にとっては火急でも何でもないしどうでもいい事ですが、もしかしたらオースティン教官統括は違うかもしれないと思い連絡させていただきました

今、統括のお嬢さんが例の子に暴行を加えています』

「何!?

呼び出し電話を受けた場所が会議中の室内であったため周囲にはたくさんの管理職が集まっていた。

オースティンは慌てて周囲に許可をとり部屋を出て自分からマクレガーに電話をかけなおした。

廊下を何人もの社員とすれ違いながら人気のない場所を探しながら話しながら歩いた。

『教官統括、とっくに足がついていたようですよ

お嬢さんが仰っている事をまとめると、昨日お嬢さん宛に教官統括とあの子の関係を詳しくレポートにして送り付けた奴がいて、それをなぜか奥様が先に見て、破り捨て、奥様はご実家に帰られ、お嬢さんは一人残って暖房のつけ方が分からなくて城の中で大変寒い思いをしながら徹夜で奥様が破ったレポートを復元して、今日彼に辿り着いたようです

冬休みのご予定を全てキャンセルされたそうで、これから空いた時間の全てを使って彼を追い詰めると仰っておられます。あー…カバンの何か引っかかったのかな彼、出血してます

それにしてもさすがオースティン教官統括のお嬢様ですね、罵倒のボキャブラリーが実に豊富かつエゲツナイです

逆に彼は結構な流血状態ですが完全にフリーズしています。僕の時と同じですね

あんな人形状態になってしまわれたらお嬢さんも止めるに止められないでしょう』

 

ようやく人が疎らな場所、周囲に人がいない広い休憩スペースを見つけた。

「まずお前は何故そんな場面に出くわした。偶然ではないよな

『当然です。ここはアッパー行きのエレベーターがあるホームの先頭部分、従業員宿直室のドアの辺りです。

以前僕はここで彼と話したんです。ここは人は来ないし、誰にも見られないし、来る人もチェックできる。密談にはなかなかいい場所なんです』

「………何故今お前がそこに

『あの日、教官が突然僕の前に現れた時は本当に驚きました

そしてお話を伺って僕は彼を随分誤解をしていたと知りました

あの時彼は今のように一言も喋らなかったので、憶測で決めつけ言い過ぎたと反省しました

だから謝っておくべきだろうと思って今日来ました

と、言っても嫌悪感は消えませんし、彼が一切の弁明をしなかった事にも言いたいことはあります

ですから僕なりに筋を通しに来ただけです』

「お前…相変わらず律儀な奴だな」

『そしたら僕の後からお嬢さんがいらして、エレベーターに乗るでもなく立っておられて…

しかもただならぬ雰囲気をしておられて…これはもしかしたらヤバイんじゃないかと…

ですが今見ている限りはお嬢さんの方はもう大丈夫な気がします。僕の勘ですが

見た目や喋り方だけでなく、性格までオースティン統括にそっくりだとしたら、ここまで怒りを大爆発させたら結構スッキリしてるじゃないですかね?少なくとも本人だけは

逆に教官譲りの素晴らしく豊富なボキャブラリーで罵倒され倒し、かつ血が飛び散るほどの暴行を受けながらも未だノーリアクションの彼の方がヤバイんじゃないでしょうか

あと、ご実家に帰られた奥様も。お嬢さんは”一族が黙ってない””怖い”と仰られてます

それと悪意のレポートを送り付けてきた奴。目的は何なんでしょう。何で奥様ではなくお嬢さん宛に送ったんでしょう

「………………」

オースティンはソルジャーndマクレガーのアタックを受けた時のクラウドの動揺、憔悴っぷりを思い出していた。

恐らく娘のアタックはマクレガーの時の比ではない。

マクレガーはいくら激怒しようとも元の性格が優しいからとことんまで追い詰める事はしない。だが我が娘ながらジゼルは……容赦しない。

 

『どうします僕がケアルかけがてらヘルプに行っちゃっていいですかね』

「ありがとうマクレガー、ついでにあいつを(アッパー行きの)エレベーターに入れて上げてくれ。何も言う必要はない。あとは俺がなんとかする」

『分かりました。じゃあこれで彼には貸し借り無しで』

「ありがとうマクレガー。お前がいい奴で助かった」

 

ジゼルは怒りそのままにビッチ少年に殴りかかり、そして今困っていた。

愛人少年が何もリアクションをしないせいで止められない。やり過ぎてしまった。

目の前で愛人少年が頬を切って血を流している。ポタポタと流れている。

切れたのに気が付かないで何度も殴ってしまったから服や周囲も血を飛び散らせ汚してしまった。

なのに愛人少年は何もリアクション無しでただ立っているだけ。

どうしたらいいのか分からない。

赦せないのは伝えた。怒りも伝えた。殴ってやりたいと思ってたから殴った。

”何なのコイツ、頭の回線切れてんの?何で全然反応しないの!?その傷どうするの?!もしかして私が手当てするのなんでいや、分かってるわよ、私が殴ったんだから私がやるのよねでもそれって違うくない”と混乱している時、ジゼルの携帯が鳴った。

表示は『パパ』

 

「…………………何」

『パパは明日までコスモ基地から出られない。だからジゼルがこっちに来なさい。話がある』

「……何の」

『分かっているだろう。今すぐ電車に乗ってきなさい

そう言っている間にどこからかサングラスの男が表れ愛人少年の腕を掴んだ瞬間に何か魔法をかけ、そのままアッパーへのエレベーターの方へ引きずっていった。

「あちょっと

追いかけようとしたジゼルに手を振りながらサングラスの男は一方的に愛人少年をエレベーターに押し込み、「閉」のボタンを押した。

そして戻ってきて紳士然として言った。

「よろしければコスモエリア行ホームまでご案内いたします

愛人少年から何も情報を引き出せないまま話を強制終了させられた怒りで同じくショルダーバッグで殴ろうとしたところ難なくそれを受け止められてしまった。

「僕もね、君と同じような事を彼に言ったよ。僕は偶然知ってしまったんだけどね、教官統括を尊敬してたから彼が許せなかった

結果的に今日僕は彼に謝りに来る羽目になった

君もこれ以上彼への行動を起こす前に一度お父さんの話を聞いた方が良い

聞いて、それでも許せなかったら存分に彼を痛めつけたらいい……もう十分だとは思うけど

行こうか送るよ」

そう言いながら有無を言わせずジゼルはチケット売り場へ連れていかれてしまった。



「ストライフ

遠征からの帰り、寮に戻る途中クラウドはオースティン下級兵教官統括に呼び止められた。

兵士は教官に呼ばれた時は即座に駆け足で参じるルールがあるのだが、その時のストライフは声を掛けられた時の姿勢のまま停止し、そのまま動かなかった。

周囲にいた同僚たちが「おい」とストライフをせっつき、ようやくストライフは俯いたままオースティン下級兵教官統括の前に参じた。

「面談室A

オースティンは進行方向を指差し付いてこいと歩き始めた。

だがストライフが動かなかったため、更に「来い」と怒鳴りつけ、ようやくノロノロと俯き歩き始めた。

 

オースティンの娘ジゼルのアタック以来クラウドは携帯の電源を切りっぱなし、アッパーに行かないばかりか、部屋のポストにはIDカードとマンションの鍵が入っていた。

そして基地での自主訓練も止めてしまっている事は他教官から報告が来ていた。

下級兵教官統括は1年のうちソルジャー適性結果が出てからの今の時期が最も忙しい。

各基地の下級兵達のソルジャー適性結果の受け皿になり出張に次ぐ出張なので、クラウド側から連絡手段を遮断されてしまうとどうすることもできなくなってしまう。

 

オースティンはどうにもならないジレンマと戦っていた。

娘ジゼルが復元したレポートを見て犯人は直ぐに分かった。

悪意の確信犯。その罠にまんまと陥れられた。

奴は下級兵教官統括が今の時期身動きが取れなくなっていると知っているからこそ、”今”を選び爆弾を落とした。

アイツらしい用意周到さだ。

アイツがそういう性格をしていると元々知っていただけに、足元をすくわれた事が許せなかった。

忙しさなど言い訳にはならない…常々自分が言っている言葉だった。

 

バンッ

 

クラウドが面談室の席に着くなりオースティンは激怒に任せ机を思いっきり叩いた。……ように壁の外で聞き耳を立てている兵士達には聞こえたが、実際には叩き付けた手を退ければIDカードとマンションの鍵があった。

「前にも言ったよな一人で勝手に決めるなとマトモな答えも出せないくせに何故指示に従わない

壁の外の知りたがりの聴衆を意識して具体的な事は言わなかった。

だがクラウドだけにはそれが2人の関係を指しているのは伝わった。

しかしクラウドの返事はその答えではなかった。

「今まで気にかけていただいたのに期待に応えられず申し訳ありませんでした

私は神羅を辞めます。本当に申し訳ありませんでした。辞め方を教えてください」

ドォンッッ

今度こそオースティンは面談室の壁も揺れんばかりに拳で机を殴りつけた。

「何故!!お前はそんな方向にしか考えられない

たった一つの局面だけで簡単に答えを出すな何もかも投げ出すんじゃない

お前が知っているのはほんの一面の情報でしかない

お前は今までずっと努力を続けてきただろうその苦労はそんな簡単に投げ出せるほど安いものじゃなかっただろうが

自分の努力を安くするな状況は必ず動くずっと同じ状態は続かないんだ

第一辞めてどうする行く所があるのか田舎に帰るのか!?こんな状態で帰って、お前どんな顔して親に会うつもりだあぁ!?

「………帰りません。……親に…も、誰にも迷惑をかけたくありません

どこか誰も知らない所に一人で行ってなんとかします。だから母にだけは……あの、母だけは俺を信じて……」

パアァン

 

最後まで言う前にオースティンのビンタがクラウドの頬に飛んだ。

オースティン教官は厳しい教官だが手が出る教官ではなかった。今までは。

一発の張り手よりも遥かにきつい罰と徹底的に相手を追い詰める言い方をする教官だ。

それだけに壁の外の連中も、クラウドも、そして実は頬を張ったオースティン自身も驚いた。

クラウドが言いたいことは十分オースティンに伝わっている。

誰の前からも消えるから、だから田舎の母には何も言わないでくれ、ここであった事の何一つ知られたくない。

立派な兵士になると信じて送り出してくれた母親を悲しませたくない………分かっている。

だが……

 

「お前を、信じているのは、母親だけか

 

今まで聞いたことも無いオースティンの弱い声に思わずクラウドが俯いた顔を上げると……手負いの獣が見下ろしていた。

痛みに耐える表情をしていた。

驚いて反射的に眼を逸らしてしまったクラウドだったが、その頬をオースティンは優しく申し訳なさそうに撫でながら耳元で囁いた。

「娘がお前に謝りたいと言っている

娘に悪意のレポートを送り付けた犯人も分かっている

これからソイツを絞めに行く

クラウド、汚いのはお前じゃない、ソイツだ

ソイツが俺達に汚いフィルムをかけて娘に見せた

お前は何も悪い事はしていない。恥じる事もない。汚い奴の悪意に飲まれるな

必ず俺がフォローするから、頼むから今答えを出さないでくれ

2218:00に北棟1階面談室Dに来い。ソイツとの結果報告をする

それからちゃんと話し合おう

今は答えを出さないでくれ。今はまだ闘う時だ。間違えるな、クラウド

俺はまだ出張が続くがくれぐれも勝手な事はしないでくれ

もう一度言う、お前は何も悪くも汚くもない。娘も理解した

叩いて悪かった……221800北棟1階面談室Dだ」

 

クラウドを残しオースティンは思いっきりドアを蹴り開け、驚いている衆人環視を「お前ら何をしている」と睨みつけ出て行った。

後には一人、頬を赤く腫らし首も折れんばかりに俯くクラウド・ストライフがいた。





ボーンビレッジ発掘調査隊に最近入ってきた老人…もしかしたら中年くらいかもしれないが酷く憔悴した感じが実年齢が分らないほどに枯れさせている。

誰と喋る事もなく、休憩時間も関係なくひたすら黙々と発掘作業を続ける老人。

その日も朝から始めた指定現場の掘り起こしを休みなく続けていたところ、地面しか見ない老人の視界に良く磨かれて光る高級革靴が入ってきた。

発掘現場に似つかわしくないその高級革靴を視線で辿り、長い脚、仕立ての良いスーツと見上げていき、随分足が長い…と、までいった時にその人物が誰なのか老人は分かった。

見上げ続け、顔まで辿り着けば思った通り、アンバーアイが冷ややかに自分を見下ろしていた。



「久しぶりです、メイヒューさん

辞められたとは聞いていましたがまさかこんな畑違いに転職されているとは思いもしませんでした

現場監督に話は通してあります。少し歩きましょう」

憔悴した老人の返事を待たずにオースティンはまだ区分けされていない未開拓の人のいない方向に歩き出した。

有無を言わさせぬその行動にメイヒューは微かに苛立ったが、小さく溜息を吐くと土で汚れた服をはたき、返事をすることもなく立ち上がった。

 

「娘さんの事は残念でした。お悔やみ申し上げます」

「……………」

ゆっくりと歩きながら挨拶のように言ったオースティンに老人は返事をしなかった。

「ところでウチの娘にあんなものを送り付けた理由を教えていただけますか」

斜め後ろを歩くメイヒューの歩きが一瞬止まった。



「あのレポート、見て直ぐにあなただと分かりました

何年もあなたのレポートを読んできましたから

苦労したのはあなたの行方探しの方でした

まさかこんなところで土を掘っているとは思いませんでした」

「……あの子は元気か

「あの子とは

「君のお稚児さん」

「私にそんな相手はいません」

「ハッ

言い切ったオースティンを心底馬鹿にするようにメイヒューは嘲笑った。

 

神羅教官時代のメイヒューは検察官出身ということもあったのか、常にピシッと折り目、ネクタイ正しく、眼光鋭く、背筋を伸ばし規律を重んじる、オースティンとは違うタイプの教官らしい教官だった。

しかし今オースティンの斜め後ろを歩く老人は曲がった背を直そうともせず足を引きずる様に歩き、長く声を出していないらしく酷くか細く掠れていて、いわゆる”老人”。

ほんの1年半前までの訓練兵教官の面影など、どこにも無くなっていた。



「彼は確かにそういった事件に何度か巻き込まれてきましたが、そこから抜け出すための努力を絶えず重ねてきました

その証拠に彼に絡んだ事件は私が担当になった年前は4件、去年は1件、今年はゼロ

人より成長が遅れていただけで、努力を惜しまなかった彼はちゃんと、着実に兵士の顔になってきていました

あなたこそ追跡し続けたのだから、彼の変化に気が付いたはずです

あぁ、そうか、気付かなかったからそんな下種な寝言を言っていられるのですね

彼の兵士としての躍進は神羅教官内でも結構な噂になるほどでしたが。そうですか、メイヒューさんは気付きませんでしたか

あぁ、そうですね。あなたはあの事件以降ミッドガル基地所属でなくなりましたからね。失礼

そうでした。今、納得しました」

ジャーヴィス襲撃事件については当事者兵士以外にも教官の監督責任も問われ、メイヒューは訓練兵担当から外され、エリートの集うミッドガル基地から系列会社へと左遷され、程なくして神羅を辞めていた。


「それにしたってあれだけ分厚いレポートが書けるほどしつこく追跡をしていたのだから、気付いても良さそうなものですがね

いったい何があれば教官の眼もそこまで曇るんですか?」

元々油断のならない奴だと警戒はしていた。だが敵意は感じていなかった。だがクラウドを時限爆弾にして送り込んできた。

だから更迭させてやった。

だが、あの時そんな生ぬるいものではなく、殺しておけばよかったのだ。そしたら今の様なことにはならなかった!

 

「訓練兵から上がってきた時、確かに彼は酷い状態でした

事実あなた以外の教官たちは彼を『落第』と判定していた

だが担当教官だったあなただけが『昇級』、そのくせコメントにはただ一言『トラブルメーカー』

私はね、元はあなたのレポートを読むのは好きでしたよ

しっかりと構築されたロジックに則ったレポートは読んでいてもストレスが無かった

しかし彼に関しては…今思えば最初からあなたは混迷していた

そしてアレックス・ジャーヴィスの事件が起きた

危うく私自身が更迭されるところでしたが、正しく対処した結果、あなたが解任された

つまりあなた自身が癌だったということです。少なくとも神羅はそう判断した訳だ

あの事件がきっかけとなり私は彼を注意深く観察した

すると彼はとても真面目で、”ソルジャーになりたい”という強い意志があり、私のスパルタに耐えられる根性も持っていた

私は彼を一人前の兵士に育てることにしました

ただ、あなたもご存じの様に当時の彼は他の兵士との間に問題を抱え過ぎていました

だから私は彼のプライベートを神羅から切り離してやる事にした

その代わり神羅内では一刻も早く皆からの遅れを取り戻すべく、徹底して体を作るサポートを開始した

彼はどんなに厳しい訓練にも文句ひとつ言わずに、純粋に私を信じてついてきた

その結果、2か月前の成績では殆どの評価が『A』、中には『S』までありました。

メイヒューさん、あなたが担当だった時の彼の成績、覚えていますか?

それだけでも彼がどれ程の努力を日々重ね続けたのか想像は付くでしょう

ところがその彼に突然、頭から汚物をぶちまけ、逃げた奴がいた

あなたですよ、メイヒューさん

彼の成長には、神羅から切り離す時間がどうしても必要だった

あなたはそれを『不当かつ汚れた場所』と彼にレッテルを貼り、関係のない私の娘に攻撃させた

自分より年下の少女に憎まれ、攻撃され、彼は混乱の極みに達し、今まで自分がしてきた事、努力全てを否定し、私の指示を聞けなくなり、連絡手段を断ち、自主訓練も止め、今はただ退職の許可が出るのだけを待っています

ま、下級兵の退職など、辞めたければ勝手に出て行けばいいが、彼はそんな事も知らない

ただ真面目に命令が出るのを待っている」


話を聞いているのかいないのか、メイヒューの視線の先には発掘現場の臨時休憩所にしてあるテントの中で発掘された色んなものを学生たちに説明されている娘ジゼルがいた。

 

「……あの子は彼にレポートを見せたのか

「見せはしませんが、どういうことなのか彼に聞きに行きました

年下の女の子に”パパの愛人なのか”と聞かれた彼はどんな気持ちになったでしょう

ジャーヴィス事件の時のように、私が傍にいてケアをしてやれたならまた違った結果もあったでしょうが、今の私にはできない

あなたもご存じのように、下級兵教官統括特有のこの時期外せない仕事がありますから

……どうです?2年半、日々必死で努力を重ね続けた彼を壊すことができて、気は済みましたか?


メイヒューは苦しそうに目を細めテント下のジゼルを見続けていたが、やがて小さく溜息をつきボロボロになった軍手を外し、胸のあたりを軽く押さえた

その手の平の下には恐らくロケットがあるのだろう。首にチェーンが見える

それを見るオースティンの瞳は冷ややかだった。

 

「私の娘は生まれた時から亡くなるまで、病院の中しか知らないままだった

治療にはたくさんのお金が必要で……

軍事など関わりたくもなかったが、神羅が一番稼げたし、会社の力で大病院にも入れて名医の先生にも就いてもらえた

愚かで幼稚で生意気で力がありあまる子供たちの相手など、バカバカしくやっていられなかったが…………辞められなかった

君は兵士達の教育が好きなようだが、私は大嫌いだった

全ては金の為、娘のためだった

別れた妻は仕事と病院ばかりを優先させる私との生活がつまらないと、他の男との新しい人生を選んだ」

 

メイヒューは押さえていただけのペンダントを服越しに強く握りしめた。

「君の娘と同じ年だったよ

もう、いない

一昨年……………あの の時が止まってしまった

苦しんでばかりの人生だった

苦しみから解放してやりたいといつも願い続けた

この身体と代わってやれるのなら……

………何も叶えてあげる事も出来ないまま、ハーモニーは本物の天使になってしまった

もう、触れられない

誰よりも、どこの娘よりも、世界一可愛かった

神様の恵み、私の天使

私の生きる糧

娘がいるだけでクソな神にも感謝した

いてくれれば…それだけでよかった

何を無くしても

何も手に入れられなくとも

いてさえくれれば…何でもできた

もうどこにもいない

天に帰ってしまった

触れられない

語りかけてくれない

笑顔を見せてくれない

病院に行っても……もう娘がいない

私のハーモニーがいない」

 

ポツ、ポツと言葉を落とすように話すメイヒュー

声が擦れ聞き取り辛く、重い。

 

「あの子の人生とは何だったのか

何故あの子は苦しみ苛まれ続けなければならなかったのか

あの子が何をした

私のハーモニー…………

海の大きさも、空の広さも知らないまま

人生で一度も走る事も、その足で海の砂を踏む事も一度もないまま……

色んな所に連れて行ってあげたかった。見せてあげたかった

私の命をあげたかった

何故あの子の人生が終わらせられたのか

何故あの子が苦しまなければならなかったのか

何故ここにいない

何故だ

何もできないまま

あの子が何をしたというのだ!

何故貴様の娘は健康なんだ

突然、憎悪がオースティンに向かった。


「栄光をいくつも手にするエリートの父貴族の母親に守られ、当たり前のように健康で!高らかに笑い学校でも友達に囲まれ

夏にはプールだ海だ避暑だ冬にはスノボだスキーだ彼氏とコンサートだ友達と遊園地だ!!

何だそれは

何故だ

何故そのどれも、何一つとして!私の娘には与えられなかったのだ

娘にはいつ起きるかわからない発作への恐怖一度起きればいつまでも続く苦しみ痛み、処置の連続

薬はどんどん強いものに置き換えられ、なのに効きもせず、副作用ばかり出て苦しみからは解放されず

毎日無機質な壁に囲まれ節制管理節制管理節制管理

出来ない事ばかり家に帰る事も、外に出る事すら出来なかった

貴様の娘が当たり前に手にしているもののたった一つすらたった一つすら!!許されなかった

つも

学校にも行けなかった!一度も!

学校の帰りに友達と寄り道してジャンクフードを食べることも………それで、帰りが遅くなって…私に怒られることも…できなかった……

したいといつも…………それが夢だと…言って…………

苦しんで!苦しんで!ハーモニーの命は終わってしまった

何故だ!

何故貴様の娘は笑っている何故だ何がおかしい何故どいつもこいつも笑っている何が可笑しいんだ!娘がいないのに!

ロケットを強く握りしめ過ぎたメイヒューの指が震えていた。

だがオースティンの瞳は凍り付くほどに冷ややかなままだった。

 

「なるほどそれがウチの娘にあの汚いレポートを送り付けた言い訳ですか

「弁明する気などない!犯罪を犯してまで追跡したのに君の娘は無傷で笑っているじゃないか!!

失敗もいいところだ!

警察に突き出したければするがいい!

どうなろうと、もはや私に失くして困るものなど何もない!

何もないんだ!好きにしろ!

生きようとも死のうとも、捕まろうとも乞食に成り果てようとも全てが私には無意味!

何も無い!

望むらくは一秒でも早く、この身に死が訪れんことを!それだけだ!」

激昂するメイヒューを見下ろすアンバーアイには侮蔑の色が出ていた。

 

「今回あなたはウチの娘にレポートを送りましたが、例えばその送り先が神羅本社だったらどうでしたか

事実は関係ない、そんな下種なネタで調査が入った事自体が私の地位に傷をつける

勿論彼に部屋を与えた時点で私もそれなりの覚悟はしていましたので、そのための防衛策をとっていました

神羅兵という軍隊の壁、アッパーに至るまでのいくつかの公的セキュリティの壁、マンションのホームセキュリティの壁、そして最後にストライフ自身の壁

私は彼にアッパーを出歩かない事、マンションの窓は当然の事、カーテンも決して開けてはいけない、窓に近づく事も許しませんでした

部屋が特定されてしまえば暴かれる危険度は格段に上がりますからね

彼は実に軍人らしく忠実に私の言い付けを守りました

神羅内でどれほど自分が誤解されようとも一言も漏らさなかった

結果、検察で慣らしたあなたが追跡し続けたにもかかわらず、何階に住んでいるのかすら暴けなかった

だが、それでもあなたは彼を追い続けた

少なくとも3か月間、何一つ成果を出せないまま

…………おかしな話です

ターゲットは私の娘なんですよね?もしくは私

亡くなった娘さんに対し、生きて人生を謳歌しているウチの娘が許せない。そうですね

ならば何故ウチの娘を、あるいは私を追跡しなかったのですか

クッソひねくれたあなたの事です、10歩譲って『偶然』私が個人的にストライフを擁護していると知った、そこから私を暴き落とすことにしたとしましょう

しかしあなたも認めているように、どれほど追跡しようとも彼からは一切の情報を引き出せなかった。

マンションのどこに住んでいるのかすらも分からなかった

あなたは推理・捜索のプロです。追跡不可能なのは直ぐに分かったでしょう?アッパーでの彼に辿り着くには何枚もの高い壁が見えたはずだ

エレベーター巡回警備兵、エレベーターチェッカー、アッパー巡回警備兵、マンションセキュリティ、管理人、警備員、どれも一歩間違えばあなたは警察行きです

何も暴けないまま、あなたは元仲間、元部下が活躍する場所に犯罪者として突き出されるリスクを負ってまで日々、3か月もの間、彼一人を追跡し続けた

メイヒューさん、ご自分の行動が矛盾していると、分かっていますか?」

 

「……君の言う通り私は元プロだ

嘘を見抜く事のな!

今更、君がお得意の話術で如何に煙に巻こうとも、所詮嘘は嘘だ

嘘をどれほど重ねようとも、真実にはならない

真実1、ストライフはアッパーにパトロンがいる

真実2、神羅で完全に行き場を無くしたストライフにベストなタイミングであのマンションが与えられた

真実3、アッパーではストライフはあのマンションから一歩も出ない

真実4、あのマンションのオーナーは君だ

そこから先の証拠を掴めなかったのは単に俺が無能だったからに過ぎん。残念な事だ」


オースティンの瞳から侮蔑の色は消えていなかった。

「ひとつ

確かにあのマンションは私のものですが私の名は出ないようにしてある。

元々私には敵が多いのでね、建設段階から防衛策をとっていたんです

登記も間に会社を数件入れ、マンション建築後も私は一度として正面エントランスからは出入りしていないし、アッパーへのホームもエレベーターも使っていない

つまり、あのマンションどころかアッパーにすら私個人の痕跡は無いんですよ

それでも、あなたは私に辿り着いた

素晴らしいお手並みでしたね、よく辿り着けましたね

あそこを建ててから20年、誰も私に辿り着けなかったというのに

徹底した執念だ

で、何に対する執念だったんだ?

私を焙り出せたのは”結果”だからな。”目的”は私でなかったよな?

ならばあなたが執念を燃やした元々の”目的”は何だったんだ?

ふたつ

さっきも言いましたがあなたのレポートを神羅本社に送れば事実は関係なく、調査が入った時点で確実に私の経歴に傷が付き、娘も妻も傷つき、効率よく目的を達することができた

だがあなたはそうはせず娘一人に送り付け、レポートは私と娘の間だけで終わった

結局、被害者は教官である私を信じ、純粋にソルジャーを目指し日々直向に努力を重ねていた下級兵一人

みっつ

あなたの偽造IDカードは私が彼に渡していたものとは危険度が違う

彼のものはちゃんとアッパーに住所があり住民登録もされた正式なものだが、あなたのものは住民登録もしていない住所も勤務先もでたらめのもの。チェッカー、警備兵とかち合ったら一発でアウト、鉄格子の向こう側

当然だ。簡単には手に入らないからこそのアッパーIDだ

少しの労力で手に入り刑罰もないのなら、誰も彼も観光気分で上に行く。アッパーの意味がない

そんな危険な環境で3カ月も捕まらずに追跡を続けられたのはサスガとしか言いようがありませんが……あなた曰く、結果は収穫ゼロ

ハイリスク・ハイペナルティ・ノーリターンの見本ですね。3か月間もよくやったものだ

よっつ

私の娘は徹頭徹尾あなたからノーマークのままだった。恨んでいるんですよね?

私が言うのも何だが、娘の追跡など容易なんてものじゃない

自宅もバカでかいだけでセキュリティも無ければ人もいない

娘も言ってますがね、あんなもの廃墟と大して変わらない。誰かが勝手に住み着いていたとしても気が付かない自信がある

だがあなたはあくまでもハイリスク・ハイペナルティ・ノーリターンの彼だけを追跡し続けた

以上から導き出される答えは

ハッキリしている

これ以外にはありえない

メイヒューさん

アンタのターゲットは最初からストライフ一人だった

目的に私の娘も私も関係なかった。そもそも目的なんか無かった

アンタはただ彼をストーキングしていただけ

捜査でも追跡でもない、ただのストーキングだ

俺を調べてストライフに辿り着いたんじゃない、ストライフをストーキングする執念であの曖昧なレポートが出来上がった

俺と彼がどんな関係だって

笑わせるな

あの部屋は彼が神羅から一時でも解放されるための場所だった

兵士たちからの酷い偏見に晒され、メンタルを崩してしまう彼が自分を立て直すための場所だった

彼はバトルの天才だ

私はそう信じて、彼の身体とメンタルが誰よりも早く成長できるように、あの部屋を与えた

何が”望むらくは一秒でも早く死を”だ!

どう格好つけて言いつくろうとも、根が生臭きゃ上っ面にも生臭さが浮き出てくるんだ!

アンタは自分以外の奴に保護されたストライフが許せなかっただけだ!

可愛さ余って憎さ100倍!あんたはストライフを罰っする大義名分を探した!

アンタが教官でなくなったのは更迭された時じゃない、ストライフのストーカーを始めた時だ!ユアン・メイヒュー

激怒で言葉を失っているメイヒューをオースティンは更に煽る様に鼻で笑った。

 

「第一、アンタはとっくに白状してる

ウチの娘にレポートを送った時点で」

怒りの中、不審な表情をするメイヒューにオースティンは言った

 

「言っただろう、俺はアンタのレポートのパターン、クセを知り尽くしている

メイヒュー教官らしくもないクオリティの低い悪質なレポート、そこから読み取れたのは”混乱”と”執着”

俺の娘も言っている。あのレポートには必要のない情報がたくさん入っているが、本当に必要な情報が無い

レポート内容に激怒した娘は彼を潰すために彼の親を巻き込もうとした

まあ、そうだろう。あの年代を本気で潰そうと思うのなら、それが最も有効だ

娘は彼の親を巻き込んだ後は親類縁者友人知人近所、全てに彼の行状を暴露するつもりだった

しかしあのレポートには彼の日常はあっても、故郷や家族についてのプロフィールの一切が入っていなかった

悪意によるレポートのはずが、同じく彼に害意を持った娘が一番必要とした情報が入っていなかった

何故か

それは大元の目的が娘とは違っているからだ

あのレポートはストーカーが目的をすげ替えただけのものだからだ

俺は年以上もアンタのレポートを読み続けてきた。その俺の娘にレポートを送り付ける事がどんなに危険な事なのか、正常に頭の回ったアンタなら絶対にやらない事だ

だが、アンタはその程度の判断すらできなくなっていた

…メイヒューさん、娘さんが亡くなってタガが外れましたか?

 

メイヒューはただ激痛に耐えるように表情を失くしたまま小さく震えていた。

その様子を観察しながらも、オースティンのたたみかけは容赦なかった。

 

「ストライフに関する事は、アンタは最初のレポートからおかしかった

『トラブルメーカー』と投げておきながら、他の教官たちを抑えて彼を進級させた

あの時は私も理由が分からなかったが、今となってみれば全てが1つの答えへ繋がる

アンタは彼から”眼を離せなかった”

だから彼が入社以来、集団の中でどんどん追い詰められていくのが見えていたし、彼を守るためには隔離しかないのも、そんな事が不可能なのも分かっていた

だから彼に神羅から出ていくように何度か促した”向いていない”と

彼のためよりも自分のために言っていた。目の前から消えてくれるように

それがアンタの教育者としてのぎりぎりの良心だった

だが見てもいたかった、だから進級させた

だが彼は思った通り、どんどん追い詰められていった。そしてアンタもおかしくなっていく

守ってやりたくても、当時のアンタには絶対的に守らなければならない存在がいた

アンタの腕は彼までは伸ばせなかった

一人しか守れないのなら我が子を選ぶ、親なら当然だ。今の私の様に

そし娘さんは亡くなり、気づけばストライフにはパトロンがついていた

許せなかったか?

誰が?私か?ストライフ?それとも危害を加えた兵士、守らなかった兵士たち、触れた奴ら?それともあなた自身?

「…私は

「否定しても構いませんが、あなたの混乱したストライフレポートを私は見ている

その私に通用するか考えてから反論してください、どうぞ?

「………」

何かを言おうとして言葉に詰まり、口を閉じ、再び何かを言おうとして口を開き、開いた唇がブルブルと震え、目を閉じ口を閉じた。

メイヒュー完全な敗北のだった。


「あなたの望み通り、彼は今も一人で自分を追い詰め続けている

お前は優秀な兵士であり、正当な事をしているのだと言っても、もう彼の耳には届いていない

私に頼った自分を許さず、自分は卑怯者だ、汚い、狡い、ひたすら辞めさせてくればかりだ

非常にマズイ状態だと分かっているのに出張続きの私は彼を置いてまた違う地に飛ばなければならない

どうです?満足ですか

なにしろ亡くなった娘さんの名前を利用までしてストライフを崩壊させたのですからね、メイヒューさん」

 

メイヒューは絶句したまま震えていたが、構わずオースティンは特設テントの方を見た。

そこには休憩時間でもないのにいつの間にかたくさん集まって来て賑やかになっている学芸員達とオースティンの娘ジゼルがいる。

 

「今回の件は、あなたの亡くなられたお嬢さんに免じて不問にします

ですが今後再び私のファミリーに害を及ぼすようなことがあれば、その時は容赦しません。灰も残らないほどにあなたを始末します

そしてストライフについては……教官として精一杯尽くしますが、もうこうなってしまっては…………」

最後まで言葉を繋げることはせず、悄然としているメイヒューを睨んだ。

 

「そうそう、この会話は録音していますので、そのつもりで

ではメイヒューさん、もう2度と会わない事を願っています」

オースティンは胸ポケットからボイスレコーダーを取り出して見せ、一瞥し、テントの中にいる娘の方に歩いて行った。



『…バート……』

「何だ

『…………あの………………帰っていい……

「君の家だ、自由に帰ったらいい」

『あの、それで……お願いがあります』

「何だ」

『あの子…ツンツン頭のあの子と話したいの……』

「何故」

『どんな子なのか知りたいです。あの、それと私、別れませんから

「…………」

『絶対に別れません

「まるで俺が言いだしたような口ぶりだが、離婚の話はそっちサイドから出ている話だ。俺は何も言っていない

だから君が別れないと言うのなら、そっちの煩い連中と弁護士を君が黙らせるべきだろう

こっちもいい加減迷惑している

君の一族全員とは言わないが、少なくとも職場にまで私用電話をしてきたり、乗り込んで来る連中は社会常識が無さ過ぎだ

ノヴェロの名を連呼しながら恥ずかしい事をするなと言っておけ。こっちでいい笑い者になっている

それとレポートの兵士に会う必要はない

俺と彼はレポートに書いてあるような関係じゃない

軍隊の世界を知らぬ者が割り込んでくるな」

『な、何故ですか?割り込んできたのはあの子の方でしょう!?

あなたは私にも内緒にしてた上のマンションに彼を住まわせて通っていました

あの子はあなたが既婚者だと知っていてあなたを誘惑しました!!

男のくせに!!兵士のくせに!!色仕掛けだなんておぞましい!!頭オカシイ!!許せません

「ほうつまり君は俺が君に嘘をついたと、そう言っているんだな

俺が関係ないと言っているにも関わらず、君は俺があの兵士と妙な関係を持っていると断言している

そうか、君は私の言う事が信じられないのだな」

『え、あなたは、あ、、、、私に嘘なんてつかない、です、、』

「俺はあの兵士と良からぬ関係なんだろう今そう言ったな

なのに俺は嘘はつかない?何が言いたいのだ君は

言いたいことは整理してから言ってくれ

それと俺の財産については一切交流しないと結婚の時に決めている。だから言わなかっただけだし、今後も言う気はない

結婚以来俺もそっちの資産について一度も口出しした事は無いだろう。それが『交流しない』という事だ

兵士に関しても俺は仕事を優先させると、これも最初に公正証書で決めていた事だ。今後も君に踏み込ませる気はない

ケイト、君はこんな俺を信用できないようだし気に入らないようだ。そして俺は今回の君の対応は非常に不愉快だしそれに続く一族の態度も許す気は無い

離婚しよう」

『嫌!!絶対嫌!!!!絶対に別れない!!

「うるさい。怒鳴るなら今直ぐ電話を切る」

『、、、あ、、ごめんなさ、申し訳ありません、、あの、疑ってなんかい、いません、、いませんが、、』

「ジゼルは今俺と一緒に世界中を廻っている」

『は!?じゃあ私も…』

「君が城に無責任にジゼルを一人残したおかげで凍えそうになっていた

ジゼルは一晩かかって君が破り捨てたレポートを復元して俺に見せてくれた

”どういうことだ!?”と直接俺に聞きに来た

だから俺はあの兵士との個人的関係を話し、隠していた理由も話した

ちゃんと俺に聞いてくれれば納得できるだけの関係だ

そもそもジゼル宛に来ている郵便物を何故君が開けた

一番にジゼルが開けていればこんな面倒な事にはなっていなかった」

『、、、申し訳ありません、、』

「君が謝罪するのはその前にやる事をやってからだ

、そっち側のうるさい連中を今日中に黙らせろ。俺だけでなく職場の者たちも非常に迷惑をしている

、城に帰るのはいつでも構わない。君の家なのだから

ただしそこに俺とジゼルはいない。当分帰る予定もない

、レポートの兵士には接触するな。彼は関係ない。レポートを送った奴の悪意による被害者だ

、以上3点が守れなければ即離婚交渉に入る

離婚のベースになるのは俺たちが結婚した時に作った公正証書

俺は弁護士を立てる。ノヴェロとの直接交渉は一切しない。そっちも好きにしたらいい」

『嫌ああぁ!!別れないいぃい!!

「うるさいと言っているだろう。切る。君はやるべき事をやるまではかけてくるな

明日そっちの一族から一本でも俺の職場に電話が来たら、今後君が話す相手は俺ではなく俺の弁護士になる」

『バ…

 

オースティンは一方的に電話を切り、深くため息をつきながらベッドに携帯を投げ捨て、クローゼットに向かい着替え始めた。

そこへ同じ部屋のサンルームの方から声がかかった。

 

「パパってさ、シャレにならないドSだよね」

「ジゼルそれは下品な言葉だぞ

ネクタイを外しハンガーにかけながら娘に注意した。

「だってぇ、それが私が知ってる言葉の中で一番パパにピッタリくるんだもの

この前の発掘場のオジサンだって遠目で見てても分かるくらい死にそうになってたよフツーあそこまで追い込む

それにママがパパ大好き病なの知ってて”離婚”とか言っちゃうんだもの…鬼畜

「ジゼル…どこでそんな下品な言葉を拾ってくるんだ…」

困った様に言うギルバートにジゼルは楽しそうに言った。

「でも多分これであっち側が白旗上げるのはキマリだね

ママってお姫様育ちで全然自覚無いけど実はすっごい攻撃的ですっごい逞しい性格してるもんね

だからきっと今頃自分が原因で周りを振り回したことを棚に上げて、すっごい勢いで”どうして主人の職場に電話なんかしたのよーー!!私がいつ離婚したいなんて言ったいつそんな事言った!!離婚されたら死ぬうう!!死んでやるうう!!”って暴れて絶叫して城の中の物片っ端から壊し始めて、そのうち暴れ疲れて死んだみたいに動かなくなって、それで周囲が”すみませんでした。どうか姫を迎えに来てください”ってパパに言いに来るのよ」

シャツの釦を止めながら我が娘ながら冷静かつ鋭い洞察に、リアルに妻の様子が目に浮かんだ。

 

「行かない。………昔、パパはそうしてママの前に貢物の様に差し出されたからな

2度と行くか、あんな胸糞悪い城」

「え

「当時のパパは何の力も持たないただの小賢しいだけの若造でな

突然職場に現れた連中に”上と話はついている”とか言われて拉致されてママの前に放り出されて…あの時ほど自分の存在の安さを突きつけられた事はなかったな

ノヴェロの連中はママの顔色をいちいち窺うが、俺の意志など確認することもなく”結婚”の首輪を付けた

まるっきりペットを買うようなものだった

俺にできた唯一の抵抗は結婚の条件と離婚の条件を向こう側が鼻で笑う程度の内容で書面に残す事だった

あのムカつく城は思い出しただけでもミサイルを落としたくなる」

「……もしかしてパパ、だから美少年クラウドを愛人にしたの

集団の中で虐められっ子だからリンクしちゃったとか

「まさか俺が屈辱を受けたのは後にも先にもその時だけだ。その後は一切、口でも力でも誰にも負けた事は無い

だが……」

スーツからラフな格好に着替え終わったギルバートはサンルームのソファに座る娘の向かいのソファに腰かけた。

「まさかお前にバレるとは思いもしなかったなぁ

あの程度のレポートならいくらでも言い抜けたのに……」

ホテルの4階の窓から父娘2人、雨上がりの道路を歩く人波を見ながら話した。

「悪いけどあの子、バレバレだったよ」

「どんなふうに喋らなかったんだろ

「喋らなくったって、態度がもう……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい

……涙は出てなくても泣いてるの、あれじゃあねぇ……

ぶっ叩いてる時はムカついててそれどころじゃなかったけど思い出すと…けっこう露骨だったわ、あの子

甘ちゃんね、あんなので本当に兵士

「………お前…厳しいな……」

「パパが甘やかしすぎたんじゃないの?私よりつも年上のくせに打たれ弱すぎ

だからねパパ、絶対にママにあの子会わせちゃダメよ

ママってパパの事になると見境なく嫉妬深くなるし攻撃的になるし、しかもその自覚がゼロだからゾッとするくらい容赦ない事やっておきながら被害者の顔するのよ

だからあのバレバレの美少年に会っちゃったら、、、ママ、あの子殺しちゃうと思う。それでママ、パパに”傷つきました”って顔するの」



雨上がりの日暮れ、オレンジの街灯が道路を優しく照らしている。

残業上がりのホワイトカラー達がそれぞれに影を作り歩いている。

つい先程まではギルバートも同じくスーツを着て娘の待つこのホテルまで速足で歩いていた。

 

「……だろうな」

自分がキャサリンの前に引き渡された時の事を思い出した。

高慢な親戚連中が恐怖や許しを請うて自分を差し出す中、大元のキャサリンだけがまるで少女の様に喜んでいた。

後で聞いて戦慄するほど無差別攻撃をしておきながら少女の顔をしていられる神経の太さ……確かにクラウドと正反対だ。



「……夕食に行こうか」

「うん

 

オフィス街にあるホテルを出て繁華街に向かって父娘で腕を組み、恋人同士の様に歩いた。

一人で歩く時は面白くもなんともないただ移動するだけの街並み、歩く足も自然と早くなる。

だが隣に娘がいるだけで何物にも代えられない幸福な時間になり、ビジネス街には相応しくない緩い歩きになる。

同じ父親として、メイヒューが暴走をしたのも本心では理解できる。

自分も彼の立場になれば同じことをしていたかもしれない。

だからこそ家族に危害を加えられた俺がどんな反応をするのか、メイヒューも分かっていただろうしその覚悟もあったはずだ。

だから奴(メイヒュー)が死んだとしても自業自得だ。

 

「そういえばさ、パパって統括になってからウチで殆ど食事しなくなってたじゃない

あれってやっぱりクラウド

「まあ、その率が高かったな

アイツの料理を食べると他では食べたくなくなるんだ

時間を作ってでもあそこに行っていた」

「なにそれそんなに美味しいの!?

「複合的に最高に美味い」

「さ、最高に!?ど、どんな!?どんな!?



オースティン家へ通う家政婦が作る料理は上手いが、寄り道の多いジゼルやギルバートが帰る頃にはとっくに冷めきってラップがかかっている。

レンジで温めてもそんなものは虚しく食欲も失せる。

だから余計にギルバートもジゼルも外食になるのだが、外食はどこで食べようとも所詮は外食でしかない。

ギルバートが今までそうだったようにジゼルも「美味しい」と気持ちが満たされる料理に飢えていた。

 

「クラウドは何時であろうが俺が部屋に着く時間を言っておけばその時に丁度アツアツで出来上がる様に作るし、切り分けるものだったら真ん中の部分をパパに美味しそうに盛り付ける。なのに自分の分は凄く適当だ

味付けも食材も調理法も火の通し方も食器もパパの好みに合わせて当たり前の顔をして目の前に並べる

そして何よりも楽しそうに料理をする姿が可愛い男が可愛いなどありえないと思っていたが実際可愛いんだ

料理をする姿は見ているだけで好ましいオードブルになるし、食事の時などは小さな口で気取らず食べる仕草がまた可愛くてそれがエッセンスとなり…」

「うん、パパ分かった分かったもういい

慌てて止める娘に、ウッカリとクラウド不足を露呈してしまった事に気が付き謝ろうとしたが、何故か娘は楽しそうに見上げている。

 

「娘としてはさ、複雑だけど…でも、少しだけ嬉しい、かも

「ん

「パパ、そんな風に誰かを好きになる事が出来たんだね。なんか……いいよ?よくないけど」

ウィンクをしてわざとお道化て話すジゼル。

「………ジゼルを生んでくれたママには感謝してる。…特別な女性だ」

「うんいいよそれで

でね、パパ私、考えたんだけどパパは今回の事のお詫びに私にアッパーのIDと、あのマンションの鍵を渡さなきゃいけないと思うの

それからクラウドに伝言して”謝らなくていいから、その代わり私にもご飯作って”って

「え……」

「あの子だったらパパがそう言ったらやるでしょ

パパだけそんなに美味しいご飯ずるい私も食べたい私の為の料理作ってって言って私、好き嫌い無いから何でも大丈夫よ

「ジゼル……そんな事をしたら本気でクラウドがママに殺される…」

「うんでもさ、今も半分死んだようなものじゃない?あの子。だったらいっそのこと死んじゃえば…っていうのは冗談でぇ、落ち込んでる原因は私よねだから私が和解してあげるって言ってるの落ち込んでる暇がないくらい私にご奉仕させてあげるだからパパは伝言お願い作ってくれたらパパと一緒にママから守ってあげるからネッ!?

「……そんなにうまくいかない。お前はまだママの本当の怖さを知らない

ママは相手の弱点を見抜く嗅覚が凄いし容赦なくそこを撃ち抜く非情さもある

ママにこれ以上クラウドを意識させたら駄目だ。そこらのシリアルキラーよりも怖い残虐性を発揮するぞ

ジゼルだってそんなトラウマはいらないだろ?間違ってもママに燃料を投下してくれるな」

「うう~、分かるけどぉ~クラウドのご飯食べたい~。私の為に作ってくれたご飯食べてみたいよぅ~パパだけずるい~」

「だが……」

「ずるい~ずるい~パパだけずるい~私の為のご飯作ってほしい~!

そうして人からピーナッツ父娘と言われる2人はじゃれ合う恋人同士の様に腕を組み体をぶつけ合い、今後をどうしようか相談しながら眩いネオン街の中に消えて行った。




そしてやって来た1年に1度の神羅最大のお祭り、クリスマスパーティ兼受賞者表彰式。

オースティンとクラウドが1800に北棟の面談室で落ち合う約束をした日。

 

「あの、すみません。下級兵のクラウド・ストライフさん、どこにいらっしゃるかご存じありませんか

 

久しぶりに会った同僚兵士同士懐かしい話に花を咲かせ賑わうパーティ会場の中、仲間同士の空気を読まず話に割り込んできた薄紫色のイブニングドレスの女性。

その空気を読まない行動に弾んでいた会話がピタリと止まり、兵士たちは訝りながら女性を見た。

「あ、すみません。ご存じないならいいです。すみません」

女性は逃げるようにその場から離れた。

が、その女性を見送った兵士たちの中の一人が言った。

「……今の…オースティン下級兵教官統括の奥さんじゃなかったか

「あぁ、そうかどっかで見たと思ったマジセレブなんだろさすが空気読まねぇな。迷子か

「今ストライフって奴を探してたじゃん……ストライフって例のアレだろ

オースティン下級兵教官統括に気に入られてる、成績の良い問題児

家族ぐるみの付き合いまでしてんのかね。」

「無いだろ…統括は仕事とプライベートは切り離す方だから

それに娘はアソコにいるぜ

と、パーティ会場で他の兵士にナンパされているジゼルを指した。

「……スゲ…噂通り、統括に似てるな」

「美人だ……」

「なぁ、あの子しつこくされて困ってるっぽくないか

「おう困ってる美少女を助けるのは我ら神羅兵の役目だ行こうぜ

互いに目配せをし、兵士たちはジゼルに向かって歩き始めた。



「あの、すみません。下級兵のクラウド・ストライフさん、どこにいらっしゃるかご存じありませんか

さっき南棟の方に歩いてくの見たよ

ありがとうございます

「オネーサン、ストライフの何可愛いねあ、もしかして”アッパーの恋人”ってやつ!?

違います気持ち悪い事言わないで

聞いてきた時の大人しそうな印象とは正反対の突然の烈火の如くの怒りに呆気にとられた兵士に、教えてくれた礼だけは言いキャサリン・ノヴェロはプイッとパーティ会場から出て行った。


 

南棟って…パーティ会場と全然関係ない場所じゃないのヤダ、何やってるのよあのツンツン頭中央エリア以外は関係者以外立ち入り禁止になってるんだから目立っちゃうじゃない

バートに内緒で来てるんだから目立ったら困るのよホント、何なのあの子何でそんな変なところに行くのよどこまでも忌々しい子ね

それに予想外にパーティにバートとジゼルまで来てるじゃないの危ないったら早くあの子見つけないと私の方がバート達に見つかっちゃうそうなったら”離婚”って言われちゃうもう

バートの言いつけ通りウチの連中は黙らせたけど、どうしてもあの子にだけは会ってみなきゃ気が済まないのよ別に変な事言ったりしないからいいわよね

 

「あ、すみません。あの、クラウド・ストライフさん見ませんでした

「ここ、関係者以外立ち入り禁止パーティ会場はあっち

南棟に入ったところでようやく見つけた兵士。

だが答えた兵士は棟の番人とばかりに、パーティドレスの部外者が元来た道を戻るのを待っている。

 

「……私、オースティン下級兵教官統括の妻です主人からクラウド・ストライフさんに言伝を預かっております居場所はご存じありませんか!?

兵士は急に姿勢を正し、敬礼した。

「申し訳ありませんでしたストライフは南門を出ていきました

「え、で、出て行った!?あの、すみません、その先って何があるのですか

「何もありません………あえて言えばチョコボ宿舎くらいですか…」

チョコボ宿舎え…と、ありがとうございました」


あぁ、マズイ……マズイ、マズイ、内緒で来てるのに、バートの名前出しちゃった…

でも今しかない。バート達がパーティ会場にいる間にあの子を探し出さなきゃ

ここまで来たんだもの、もう会わなきゃもう後には引けない

別にあの子をどうこうしようなんて思ってない。ただどういうつもりだったのか知りたいだけそれだけなんだから

聞くだけなんだからいいわよねだって分からないんだもの知りたいだけなの

ツンツン頭が主人と何も無かったとしても、主人に頼りすぎなのは事実なんだものそういうのちゃんと自覚してるかどうか聞きたいだけ!いかがわしい経歴のたくさんある16歳の少年が教官統括である主人に依存することの意味を分かってるのかどうか聞きたいだけ妻がいるってわかっていて何故主人に寄生したのか、何故主人から離れていかないのか、どんな子なのか、私やジゼルを何だと思っているのか、ただ聞きたいだけそれだけよ聞いたら大人しく帰るから

 

クラウドを追いかけて南棟のゲートに向かうオースティン下級兵教官統括の奥さんの後ろ姿を見送った先程の兵士、何故兵士への伝言を家族に任せるのか不審に思いながらも本館パーティ会場に向かって歩いた。

しばらく歩くと向こう側からサラサラの黒髪を風になびかせ軽やかに走ってくるブロンズ肌、碧眼の美少女が自分に気づき立ち止まった。

結構走っていたらしく息を切らせている。

「あのすみませんフェイクファーのハーフコートに薄いパープルのドレス着た女性見ませんでした!?

「見たけど……あ、あは、君、オースティン教官統括のお嬢さんなんか似てるね

「そうです娘ですその人、どこに行きました!?

「お母さんでしょチョコボ宿舎に行ったんじゃないかなぁストライフがそっちに行ったようだから。何だかお父さんからの伝言を預かってるみたいだったよ

「…ありがとうございます

再び南棟ゲートに向け走り出しながら携帯をかけた。

「パパ南門チョコボ宿舎……分かってる

もうパパ、北棟と真逆じゃない!!走ってカナリマズイ電源切ってるってことは……分かってる走ってるパパも早く

「どうかした何か手伝おうか

携帯の会話から漂っていた緊迫感にそのまま走り去ろうとする美少女の背中に兵士がサポートを申し出たが、クルッと振り返り、「大丈夫ありがと優しい人」と、魅力的に投げキスをして再び走り去った。

……恐怖のオースティン下級兵教官統括と良く似た顔をした娘さん……兵士は顔を赤らめながら激しく困惑した。



南門を出たすぐ脇にあるチョコボ宿舎。

まだ本格的冬が来る前のぼた雪が降り続ける白銀の世界の中、チョコボ宿舎は周囲の景色に溶け込むようにシン…と静まり返っていた。

降り続ける雪のパサ…パサ…パサ…という音だけが聞こえてくる。

人などいないように見える。

屋根があるから雪は降り込んでは来ないけれど室温調節がされているわけではないので、外と気温はほとんど変わらずに寒い。

チョコボ達も皆一様に羽を膨らませて座って休んでいる。

どの子も休んでいる。

チョコボは神経質だから人間が来たら直ぐに起きだす。

その証拠にキャサリン・ノヴェロが宿舎に入っただけで次々とチョコボ達が騒ぎ始めた。

でもその中で匹座ったまま目を向けるだけで動かないチョコボがいた。

具合でも悪いのか、他に比べひときわ大きく膨らんでいる。

そのチョコボの羽の間から布のようなものが見えた。

………………下級兵服と同じ色。

キャサリンが放ち始めた殺気に、チョコボが耐えられないように立ち上がった。

 

いた。



………写真の男の子。

 

『クラウド・ストライフ』



写真で見たよりもずっと輝く金髪。ずっと、ずっと…可憐で……儚げで、守ってあげたい感じのする少年。




『死ね』




少年が何事かと周囲をキョロキョロしている。

立っているキャサリン・ノヴェロに気づいた。



『死ね』




今の今まで濡れていた蒼い瞳

朱く充血させて何を悲しんでいるの

あなたにその資格はあるの


何故そんなに寂しそうなの

何がそんなに辛いの

あなたは自分が何をしたか分かっているの

 

「……ここ、関係者以外立ち入り禁止。パーティ会場は南門から入って…」


「泥棒!!


少年が驚き、辺りを見回す。

気が付いたらしい。自分が言われたと。

宿舎内のチョコボが煩く騒ぐ。


 

羽が舞う。

 

バート

 

あなた、私に嘘をついたわね。

 

「キ」

 

あなたは、この子を私から庇った。

 

「イィィ」

 

この子、怯えている。

兵士のくせに。


チョコボたちがバサバサと騒ぎだす。

ギャーギャーと悲鳴をあげる。

煩い!


 

バート、私がこの子に危害を加えると思ったの

まさかあなたは私を敵だと思った

だからこの子を守るために私に”離婚”をちらつかせた

まさか……


 

「……イィィィ……アァァァ………」




少年が目を見開いている。

 

「アァァ」

 

見える。

 

あなたの爪痕。

 

『 死 ね  』

 

あなたはこの子に爪を突き立て喰らいつき流れるこの子の血を舐め啜り蕩けるように優しく癒し

そしてまた喰らいついた

 

『 死 ね  』

 

泣き顔が良く似合う少年

 

「ギイイィィーーーーーーーーーアアァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!

 

見えるのよ

バート!!




この雌犬にあなたが撃ち込んだ楔が見えるの


『 呪 !! 』

 

 

バート!私のバート!



『 呪!! 』

 

「キャアアァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!





「ママ

 

奇声を発し続けるキャサリン。

ようやく追いついた娘が息を切らせ止めに入った。



「ママどうしたの!?どこか怪我したの!?

突然立ち上がった少年がチョコボ個室から走り出し、そのまま小屋から逃げだした。

 

「クラウド

 

ジゼルの声を無視してミッドガル基地の明かりを背に光の無い夜の世界へ走り出て行った少年。

「ママ何でこんなところに来てるのよ何しに来たのよ

「アアアアアアアアアイツァァァーーーーーーーーアイツアァァァーーーーーーーーーーーーーーー!!!

キャサリンの絶叫に宿舎内のチョコボがパニックを起こしている。

その声もチョコボ達の暴れ狂うパニックも、逃げ出した少年に届いている。



「ギイィィアアァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

「ママ……ママママしっかりして

もうすぐパパが来るよママが来てるって聞いて、驚いてたよ私もびっくりしたよ



「アイツあの汚らわしい雌犬薄汚い娼婦ア゛ア゛ァァァーー!!死ねええぇぇーーーーー



「ママ……パパ、もう来るよね、パパにそんな事聞かれていいの



「絶対に許さない離婚なんかしないバートは誰にも渡さない!バートは私のものよ!!絶対に誰にもやらない殺さなきゃあの雌犬!!殺さなきゃ!!バートにバレる前に殺さなきゃ!

「ママ!」

「私の夫よバートは私の雄よ!!畜生ーーーーーーーーーー!!…殺す!殺す!殺す、殺す、殺す…殺



オースティンが南門近くを走り抜けている時に外出から戻ったエイプルトン教官が運転する車と偶然すれ違った。

「おや、お久しぶりですオゲンンンァ~~??

オースティンは無視して走り抜けた。


「ジゼル

チョコボ宿舎に着くと泣き崩れているキャサリンと介抱するジゼルがいた。

「……クラウドは

ジゼルが睨み、キャサリンが悲鳴を上げ泣き出した。

構うか!

「まさか、外に行ってないだろうな

「行ったよ…パパ、いくらなんでも空気読んでよ…」

その場で電話をかけた。

「今すぐ、そのままチョコボ宿舎に来い君の車に銃は携帯しているか

「よし直ぐに来い一人南門から脱走した丸腰だ

「パ、パパ!?

「出たのは何分前だ

「え、5分…くらい」

「ママを連れて中央エリアに戻れ

南門から先は強いモンスターが群れで出る。テリトリー内に入っていなさい

「バート…」

久しぶりに会えた愛する夫に涙する傷ついた妻、その図式を作りたいのだろうが、そんな余裕など無い。

「連れていけジゼル



凄い勢いでエイプルトンの車が走ってきた。

「アサルトが後部座席にあります

急ブレーキでドリフトしながら止まった車の後部座席からケースに入ったままの銃を取り助手席に座りながらセットアップを開始する。

「癖は!?

「そんな、癖があるようなの僕が扱えるわけないじゃないですか

OKとにかく真っすぐいってくれライト、ハイビームスピードテイスト、ダークネイション

「ラジャッ

どんどん加速しながらゲートを抜けて行った。

「ギルバアァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!

妻ケイトの悲鳴を背にオースティンは真っ暗な夜に走り出した。

 

背後には明るく発光しているミッドガル。

クラウドは南門の外には強いモンスターが跋扈しているのを知っている。

それでも闇夜の中へ走り出した。

俺のせいだ。

俺のせいだ。

馬鹿野郎!

 

「トーカツ何があったんすか奥様、叫んでましたけど」

「走れ殺られる前に必ず見つけるんだ

「ラジャあー、で、脱走したのは誰ですか

 

その時、車のライトに左方向に走っていくダークネイションが映った。

10時!ターン

「ラジャッ……あ

車のハンドルを切った途端、ダークネイションの群れが見えた。

そしてその群れの中心には……神羅下級兵の制服が見えた。

「スピードダウン

「イッエッサー

窓を全開にし、箱乗り状態で上半身の安定を確保しライフルを構えた。

群れの数が多すぎてクラウドがどんな状態で中にいるのか分からない。

 

ダァァーーーン

 

一番外側のダークネイションを弾いた。

賑やかなミッドガルから離れた静かな夜空に響く大きな破裂音と仲間一匹が弾かれた事で驚いた3匹が散り散りに逃げ去った。

残り3匹。クラウドに喰らいついている。だがクラウドの態勢が分かった為、連続して撃ち込み一匹、また一匹と悲鳴を上げながらモンスターを弾き飛ばす。

最後の一匹が絶命し、車から飛び降り動けずにいるクラウドを回収に向かう。

 

「ストライフ……あぁ折れてるな、これは……傷は…浅いか」

タキシードを脱いで折れて流血している足を縛り噛みつかれ出血している腕を上腕部からネクタイで縛った。

「少し我慢しろよ」

クラウドを抱き上げ、後部座席に入り込んだ。

「医務室に直行してくれ」

「……ソレ、タキシード駄目になっちまいますよ

「行け

「…うっす

車が走り出した。

久しぶりに抱けたクラウド。腕の中で震え、声を出さずに泣いている。

俺が悪い。

俺が間抜けなせいでこんな思いをさせてしまった。

 

妻は近々必ずノヴェロの力を使ってクラウドを壊す。

 

もう、駄目だ。

 

もう、終わらせる以外にない。

 

 

お前を守るためには、切り離す以外にない。

 

俺から……

 

エイプルトンが運転しながらバックミラー越しに聞いてきた。

「オースティン統括、つだけ聞いていいっすか

「断る」

だがエイプルトンは聞こえなかったふりをして言葉を発した。

「もしかしてアナタタチ、デキてます

車の中沈黙が訪れた。

俺もエイプルトンの質問は聞こえなかったことにした。

 

「……エイプルトン、キモい

クラウドは流れる涙を俺の腕で隠しながら言葉だけ強く言った。

「なんだとこのクソ生意気なお色気小僧がそもそもお前が…」

エイプルトンの発するお気楽なアホ空気が、行き詰った俺達に少しの余裕を持たせてくれる。

「クラウド。もういい……もう…」

一層強くクラウドを抱きしめ、その耳元でクラウドだけに聞こえるように囁いた

 

「愛している、心から

だから…

俺たちの全てを終わらせる」



 

大丈夫だ。

お前は何も心配しなくていい。


基地に付き、車から出る時に言った。

 

「憶する事などお前には何も無い!

常に顔をあげていろ!お前自身の為に!」

 

待機していた医者に引き渡し、クラウドはそのまま手術室に運ばれ、その後入院することとなった。

 

そして入院日目に辞令が下った。

 

クラウド・ストライフ

 

120日付けで本社総務課勤務

辞令の内容に驚くクラウドに、それを伝えに来た看護師が感心したように言った。

「凄いねぇ、君栄転じゃないか本当に君、オースティン下級兵教官統括のお気に入りだったんだねぇ

普通このくらいの怪我なんてケアル一発で回復だし、そもそも兵士から本社総務なんて滅多にないよ!?

オースティン下級兵教官統括も最後の最後で君を昇進させていくんだから、あの方は本当に兵士想いの素晴らしい方だね」



ただただ感心したように褒める看護師にクラウドが聞き返した。

 

「最後……

「んあの方、神羅を辞めたよ知らなかった突然だったけど奥様の御実家の関係らしい

僕、知らなかったけどオースティン下級兵教官統括ってあのノヴェロ家の方だったんだねぇ苗字が違うから分からなかったよ

それで君の手当てをケアルではなく時間をかけてきれいに治す通常治療にするように指定したのもオースティン下級兵教官統括

通常こんな治療の仕方は本社の上の方の人しかしないんだよ

本当に優しいねあの方。厳しいって言われてるけど、本当に兵士を大切にする人だね」

 

……オースティン教官が……辞めた…………

 

「あの……」






「バート、エイプルトンさんから封書が来てるわよ

「エイプルトン先週来たばかりなのに

そう言いながら封筒を受け取り封を切った。

 

「あの方本当によくいらっしゃるわよね。お暇なのかしら

あなたがいない時もいらっしゃるのよ

「アイツは図々しいから甘い顔をするとどんどん入り込んでくる

キツイ言い方で追い返しても堪えないし、殴っても丈夫だからムカつく時はサンドバッグにしてやれ、武器を使っても構わん

どうせそれでもやってくる」

 

封筒の中には神羅通信が入っていた。

今更こんなものは読みたくもない、と思ったが中のページに付箋が貼ってあった。



「そうねぇ、私、キツイ言い方って苦手だからジゼルにやってもらおうかしら

あの子、性格もあなたに似てしっかりしてるから…

あの方ちょっと来すぎよねぇウチはもう神羅とは関係ないのに」

 

付箋のページにはミッション結果が乗っていた。




ニブル山魔晄炉モンスター退治ミッション

パーティメンバー 4

隊長

ソルジャーstセフィロス 行方不明

副隊長

ソルジャーstザックス  死亡

下級兵

クラウド・ストライフ    死亡

下級兵

マティアス・ペイン    死亡

パーティ全滅





クラウド・ストライフ     死亡






「バート




クラウド・ストライフ    死亡









何だって




何だって



『はい』

「何だこれは」

『そのままです』

「あいつは本社総務部に行ったはずだ

『本人が拒否しました。怪我もケアルで治して即現場に出ました

ただ現場で、なんつーか……上級兵に襲われたそうで…

えっと、あー…………それで逆襲して上級兵人に重症を負わせたそうなんですが、その際に武器を使ったつーことで……

あの子はプロフィールだけで見ると素行がかなり悪いんで…新しくあの子の担当になった教官が処分対象にしたというか…なんつーか、ほら、ソルジャーstセフィロスは例の噂があるじゃないですか。なんつーか、まあ………点数稼ぎに献上したな…と、俺はそういう印象を受けました

結果はそうなりました

魔晄炉は爆発、ニブル山は崩れ、ニブルヘイムが痕跡も残らないほど全焼し焦土と化したそうです。村人も何人いたのか分からないくらいに完全に焼き尽くされ、村ごと生存者ゼロです』

「…………」

『あまりに酷い状態で神羅も言い訳が利かなくなったらしく、なんとニブルヘイム、ニブル山魔晄炉全て再建築してるそうです

作り直して証拠隠滅ってやつです。荒業っすね。ま、そのくらい完璧な焦土と化したそうです

ただ、そのあまりに不自然な大規模業火に妙な噂が出ています

火元はソルジャーstセフィロスなんじゃないかと

彼くらいしかあんな跡形も残らないような焦土にはできないし、彼が犯人ならば神羅が隠蔽工作に乗り出すのも頷けます

でもそうなると、その理由が分からないんですけどね』

「……本当に…ほ…………」

クラウドは……

『当日ニブル山にパーティメンバー全員が入っていったのは本社に報告が来ていたそうですし

万が一火元がソルジャーstセフィロスならば、あの子はいの一番に犠牲になっていたんじゃないでしょうか……と、僕は思います』

「…………新しく担当になった教官の名前は

『…オースティンさん、あの、……あのさ、』

「黙れ。新しい教官の名前は

『……あのさ……あいつは守られて喜ぶ子じゃなかったでしょ

君を慕っていたからこそ、兵士でい続けたかったんじゃないの

伝説の教官に目をかけてもうらうに相応しい兵士になりたかったんじゃないのかな

……そんな感じの可愛げのないガキじゃなかった

アイツ。あ、君には可愛かったんだろうけど。ソレ、僕、全然理解できないけど

こんな結果になってもさ、アイツは本社でキレイどころに混ざるよりも満足だったんじゃないかと、僕は思ってるよ

だからあのお色気小僧の為にも君は新しい教官に関わっちゃいけないんじゃないかな

あの、僕、あれから考えてたんだけど、つーか君たち2人して何も教えてくれないから推測するしかなかったんだけどさ

君たちもしかしたら最初から…アイツが下級兵に上がってきたあの事件の頃からデキてたんじゃない

あいつをアッパーで囲ってたのも実は君だろ?

もしそうならさ、あのお色気小僧も随分と一途だったんだな、と僕はちょっとこれまた意外というか、見直してたんだ

自分が同僚や下のクラスの連中にどんなに酷く言われても絶対に君との裏の関係を匂わせもしなかったし、リンチにあっても君にチクらなかっただろ

今君が新しい教官に凸って行ったらアイツが2年も日陰者でい続けた思いがぶち壊しなんじゃないの

どんな終わり方だったとしても、君の記憶の中でアイツは最期まで兵士でありたかったんじゃないの




ならば俺はどうしたらいい




俺はどうすればいい




死んだ



本当に




お前を一流の傭兵に育ててやる約束をした……

お前が成長していく姿が愉しかった

本当に……

 

本当に

 

お前を本社に送り込んだのはせめてキレイどころに紛れ込ませようとしたからだ

葉を隠すのなら森の中っていうだろう

お前の可憐さや艶やかさはそこらの葉では隠せなかったが、せめて人を惹き付ける力をコントロールできるように本社の連中から学ばせたかった。

ずっと本社でなくて良かったんだ。

せめて、軍に戻る前にお前がその魅力をコントロールできるようになっていてほしかった。

そしたらまた違う局面になったかもしれないだろ

お前は軍に戻るか、個人傭兵になるか、そしたら俺だって何かでフォローできるようになったかもしれないだろう

いつまでも同じ状況は続かないんだ

いつか俺達はまた会えたかもしれないだろう



「出かける」



「あ、はい。お帰りはいつくらいですか



「分からない」



アッパー行きのホームに立った。

今まで俺が使っていたルートではなく、クラウドが使っていたホーム。

クラウドはここでマクレガーやジゼルに待ち伏せをされたんだな……

今まで一度も使わなかったマンションの正面玄関。

クラウド……お前、3か月もメイヒューに追跡されていたのに気が付いていなかったのは大問題だぞ。

いくら奴が専門家だったといっても気付かなすぎだ…

だがそれでも奴は何も暴けなかったんだからザマアミロだな

部屋の殆どを占めるダブルベッド。

ここでお前に色んなことを仕込んだ。

痛がり怖がるばかりだった最初の頃、段々俺に慣れてきて……本当にお前の全てが可愛いかった

可愛くて可愛くて……

歯を食いしばり痛みに耐える姿も、覚え込ませた快楽の波に飲まれてゆく姿も、突っ張って生意気な口を利く小さな口も、涙に濡れ縋る青い瞳も何もかも、狂おしい程愛しく…

どこまでも堕ちてもいいと思っていた

お前と2人なら

 

ベッドに寝そべり携帯を開く。

クラウドと撮った唯一の写真。

白のレースと光り物で縁取られたウェディングドレスのようなロングタキシード。本当によく似合っている。

怒った顔で両手で中指を立てている姿がどうしようもなく可愛い。

クラウドは本当に…怒っても、拗ねても、嘘をつく時も、理性の限界を試されるほどに可愛かった。

俺だけに向けさせたクラウドの蕩ける本性。

全てが色彩豊かで馨しかった。

もう2度と…あんな時は訪れないのか…

本当にお前はいないのか

 

お前との唯一の動画。

撮ったはいいが、再生してみたらそれは見事に服を着たセックスだった。

まあ、そういう感覚で踊ったのは確かだが、そのままダンスに表れていて驚いた。

お前に目隠しをした分余計にヤバかったな。

とてもじゃないがあのデザイナーどころか誰にも見せられるものではなかった。

あんな姿を仕事とはいえホテルマンに見られていたかと思うと居た堪れなかった。

お前も見たら多分激怒して捨てただろう。

だからこれは俺だけのものだ。

俺だけの。

 

お前に与えたこの部屋

一度もカーテンを開ける事も無いまま、最後まで約束を忠実に守り続けた。

兵隊気質の、不器用で可愛くて可憐で色香漂う俺の愛人。


この先どれほど生きようとも

きっともう…誰も愛せない。

命を懸けても、人生を捨ててもいいほど、もう誰も愛せない。

お前が一度も開けなかったカーテンを開け、窓を開けた。

 

高層雲が空全体を覆っている。

 

もう冬も終わる。



なあ

本当にお前は死んだのか

この世界にお前はいないのか



本当に

 

本当にいなくなってしまったのか


俺はどうやって生きていったらいい?






コーラル島…最初で最後になってしまったな…2人で外に出られて、人目を気にせず抱き合えて、2人で朝を迎えられた…

何もかもが素晴らしい時だった。たった一度の旅行。

人給仕されながら食べるディナーもモーニングも、楽しかったな。

朝日の眩しい湖面、寒い中お前を俺のコートの中に閉じ込めた。

冗談でコートの上からくすぐってやるとボタンがはじけ飛びそうなくらいに暴れた。

 

あの眩しく愛しい瞬間

 

クラウド……本当に二度とお前に会えないのか…

 

嘘だよな

お前はそんなに容易く死ぬような奴じゃないよな

そうだ、お前はもう駄目だと思ってからがしぶといんだ

 

そうだよな!?

でなければ俺は何を糧に生きたらいい

生きる糧が無いじゃないか。

俺、まだ30代だぞ確かにお前からすればジジイだがな、生きる糧無しで過ごすにはこの先長すぎる

だから生きているよなクラウド

生きてるよな!?




その年、貴族ノヴェロ家本城のあるコレルエリア近くの岬に小さな庭園ができた。

岬自体が個人所有で、コンピューター警備も入れられオーナー以外誰も踏み込めない、手厚く守られた岬の庭園

庭園の木々花々は四季折々に愉しめるように植えられたが、全てに共通していたのが育成が非常に難しい、管理に手がかかるものばかりで統一されていた。

庭園の真ん中にはオーナー用に一脚の長椅子だけが置かれていた。

庭園の名前は「The Gate(門)」

 

オーナーの名前は「ギルバート・オースティン」

 

オーナーによるオーナーのためだけの庭園。

誰にも踏み込ませない庭園。

日を追い、月を追い、年を追う毎に花・木々の種類は増え、庭園は拡大していった。




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