禁区5 下級兵担当教官達による会議の最中、進行役だったオースティン統括に呼び出しの館内放送がかかった。 教官たちに席を外す旨を告げ会議室を出たが、その間会議の進行は止まった。 「エイプルトン教官、教官」 ひと月前に昇進転勤でミッドガル基地へやってきたスピア担当マックリン教官が、隣の席の剣担当のエイプルトン教官に小声で話しかけた。 マックリン教官が指さす方向には夕暮れ時のエアポートを走るクラウド・ストライフがいた。 「彼ですよね、オースティン統括のお気に入り!」 うんうん!と楽しそうに頷くエイプルトン教官。 「あの自主訓練もオースティン統括があいつ専用にトレーニングメニューを作って、レベルアップテストをクリアするごとにメニューを変えて、ああしてもう1年以上続いてます あいつが今でも神羅で生き残れてるのは間違いなく!オースティン統括の采配と専用トレーニングメニューのおかげです!」 エイプルトン教官とマックリン教官、隣同士まるで授業中の生徒のように小声で囁き合っているが、音楽もない会議室。 他の教官たちが無言であるので2人の声は周囲に聞こえていた。 「ほー?私の授業の中では彼はカナリの優等兵ですが以前はそんなに駄目でしたか?」 マックリン教官は、エイプルトン教官が兵士を「あいつ」呼ばわりするのが気になったが、聞き流した。 「駄目も駄目!訓練兵から上がって来た時は全兵士の中で一番小さくて能力値は全て評価外のF、女の子だってもう少しマシな数字が出るぜ?ってくらいヒドイもので、何でこんな子が訓練兵から上がって来れたのかサッパリ分かりませんでした しかも動くお人形さんみたいに凄く可愛くてチャーミングでどっから見ても場違いなお嬢さん!訓練中も他の兵士達がアイツを意識しすぎて訓練の空気が壊れるんでイラついて、以前”テメーはスカート穿いて受付でもしてろ!”って言っちまったくらい、まーとにかく可愛かったです ま、言ってから後悔して謝りましたがね。さすがに教師として失言でした でも当時はとにかくヤバ可愛くて同期や上級達からセクハラの的にされてまして、てっきり僕はもたずに消えると思ってました ところが担当だったオースティン統括がアイツをフォローし始めてですね まー、つまりオースティン統括無しでは今のアイツはいません、絶対に アイツはオースティン教官だけには絶対に足向けて寝られないですよ!」 「ほー……」 新任マックリン教官が訓練時に見るストライフは真面目なのだが、確かに妙に色気のある美少年で目立つ子で他兵士達も確かに意識していて気にはなっていた だが潔癖さと繊細さも際立っており、人間嫌いで斬り付けてきそうな……誰も信じていない眼をしていていて取扱要注意の子だとは思っていた。 そしてその子が教官としても競技者としても金字塔であるオースティン統括のお気に入りで有名だと聞いた時にはどこかスンナリと納得できた。 オースティン統括は兵士達との間に一線を引き、礼節を大切にする人だ。 パーソナル境界を越えさせないという意味でオースティン統括とストライフは姿勢が同じなのだ。 しかもその後、彼のプロフィールを渡されて更に納得した。 要するにクラウド・ストライフはオースティン教官の大出世に協力していた兵士だった。 神羅の看板に関わるほどの大事件、ジャーヴィス暴行事件。 あれをオースティン統括がスタンドプレイで早期決着をさせトラブルを最小規模で納め、結果、下級兵教官統括に抜擢され本社所属となった。その最小規模で納めるのにストライフが情報提供をしていた。 一介の教官と教官統括では地位に雲泥の差がある。 その昇進の協力者なら特別扱いもするだろう、互いに境界を守るという姿勢も似ているし…とマックリン教官は一人納得した。 「実は私、ストライフが問題を起こしまくっている頃に”お気に入り”宣言したオースティン教官に忠告した事があったんですよ!あ、その頃はまだ同僚って立場でしたからね!言えたんですケド! ”あの子はトラブルを起こすだけの子でそのうち辞める。関わればマイナスにしかならないから関らない方が良い”って そしたらオースティン教官が”俺はストライフが誰よりも伸びると思っているし、俺のスパルタについてくる根性もあると確信しているから鍛える。君はそう思わないのだから放置。それでいいだろう”…って。その時のオースティン統括の眼がまーーーーー冷たい事!冷たい事!思わず謝ってしまいましたよ! それが今じゃあの通りですよ!たった1年であの野郎、15cm以上も身長は伸びるわ、能力評価も俺担当の剣術なんか「S」ですよ!「S」! なんかもう、腹が立つやら悔しいやらで「B」くらいにしてやりたいですけど、実際アイツの剣技は下級兵じゃ1番ですからね。ムカつきます! 他の成績も「F」が消滅した代わりに「A」が増えて来てますし!事件らしい事件も起こさないようになりましたしね! すっかりオースティン統括の言っていた通り強い兵士になってきています……良い兵士かどうかは別ですがね!」 そしてエイプルトン教官は溜息を吐き呟いた。 「…絶対に続かないと思ったんだけどなぁ…アイツ…」 たった1年でそこまでストライフを伸ばしたという事は……似た部分があるとか協力者とかだけではなく、本当に教官として彼に才能を見出したのだろう。 だから統括は厳しい課題を与え続け、真面目なストライフはそれを遂行し続け、結果、誰よりも伸びた……やはりオースティン統括は教官としても優秀な人だったのだな…誰よりも早く出世するだけある、と納得しかけたマックリン教官だったが…… 「あの野郎!アッパーにパトロンがいて、いっつも上から基地に降りてくるんですよ! まー、いかにも繊細な美少年です!なんてツラしやがって、基地じゃオースティン統括に目をかけてもらって、上じゃどっかのセレブとヨロシクやってんです!実はすっげー器用な野郎なんですよ!あの顔で!実はちゃっかり器用なんですよ!ムカつきますよね!」 「セレブの恋人?彼が?」 マックリン教官は黙々とエアポートでストイックに自主訓練を続ける姿とイメージを重ねられず、一方エイプルトン教官は言い出したら気持ちが収まらなくなってきたらしく、いつもどこかに忘れてくる『教官』の顔をまた忘れてしまっていた。 「俺だってヒモやってみたいっつーの!セレブの可愛い女の子に食わしてほしいっつーの! チクショー!ルックスだけが取り柄の可愛げのないクソガキと付き合おうなんて女、絶対にロクなモンじゃねー!絶対ブスだ!それにババアに決まってる!絶対!」 つまり、エイプルトン教官はローティーンのストライフにセレブの恋人がいるのが気に入らないのだ。 だから”あいつ”呼ばわりなのだ。 だがおかしな話だ。 エイプルトン教官は現役を退いたとはいえ、片手剣部門で世界タイトルを取ったこともあり、神羅ミッドガルの教官を何年もやっている超エリートだ。 ”セレブの恋人”どころか本人がセレブだ。 「エイプルトン教官には紹介なんか必要ないでしょう?実はモテて困ってるんじゃないですか? なんてったって花形競技のメダリスト!それに独身エリート!世の独身女性が放っておかないでしょう?」 同じ『神羅の教官』でもミッドガル所属とその他地区では教官のランクが違う。 競技者としてランクが高い者、教官として評価の高い者がミッドガルに配属される。 そして教官の最高職である教官統括はミッドガル勤務の教官から選ばれるため、野心のある教官ならば誰でもミッドガル勤務を目指す。 マックリン教官も念願叶い昇進し、意気揚々とミッドガルに乗り込んでみれば……こんなに隙だらけな性格をしたエイプルトンのような人が長年ミッドガルで教官をしている事に……密かに腹を立てていた。 「あー…まぁ、うーん、私、なんかこう…ギラギラした子とか物欲しそ~な子とか萎えるんです 自分がギラギラして追いかけたいタイプなんでぇ、女性はチャーミングでセクシーで美味しそうでぇ、こう、”高嶺の花”だって思わせてくれないとぉ…付き合っても俺のものにならなくてぇ、こう…尽くさせてくれるというかぁ、追いかけ燃料を投下し続けてくれるような人じゃないとぉ…ヤダな! 俺こう見えてグルメなんです!」 アッハッハッハハー!とあっけらかんと笑うエイプルトン教官にマックリン教官はもはや(くっだらね…アホだなコイツ)と思いながらも愛想笑いで返した。 「ところでオースティン統括はストライフのそういう素行については許可しておられるんですか?私には彼がそんな器用な事をするようには見えませんが、それが本当ならパトロンですよね?統括はそういうのは嫌いそうですが……」 「あー、それが事実はその真逆です! 元々彼自身がモテモテ人生挫折知らずでやってきた方ですからね、そっち方面は凄~くユル~イんです! 何しろ12歳で神羅タークスにスカウトされて以来、参加する大会で次々と結果を出し続け しかもあのルックスで、あのキレッキレの頭ですからね!女性も友人も常に周囲にたくさんいて、派手な遊びも、街の裏のアレコレもたくさんやってきてるようです。僕にはなーんにも教えてくれないんですけどね! でもって20歳の時には本物のお姫様と結婚!どうやって知り合ったんだっつーの! 本物のお姫様と本物のお城に住んで、チャーミングで美人なお嬢さんもいるセレブファミリー! そんなオイシイとこ取り人生ですから、ヘボ兵士1人にパトロン付いたくらい”だから?”ってなモンです」 「はぁ」 しばらくエイプルトン教官のどうでもいい話に適当に相槌を打ち聞き流しながらエアポートを走るクラウド・ストライフを見ていた新任マックリン教官。 夕暮れ時のほっとしたひと時、他教官達にはとんでもない爆弾をマックリン教官が落とした。 「そういえばご存知でしたか?ソルジャー1stセフィロスはゲイらしいですよ」 「は、はーーーーーーー!!!??」 「え!!!」 「は!?」 「ええ!?」 あまりの爆弾衝撃にエイプルトン教官は椅子を跳ね飛ばし立ち上がり、聞こえないふりをしていた他教官達も思わずそれぞれ同時に驚愕の声を上げ、その反応の大きさにマックリン教官も驚いた。 「あ、はい。本当らしいです。しかも彼の好みはあのタイプ…」と、走っているクラウド・ストライフを真っすぐ指した。 「ノルディック系の美少年だそうです」 エイプルトンをはじめとしてそこにいた全教官が一斉に眉を寄せた。 「私には少年を性の対象にすることが理解できません。倫理が崩壊しているとしか言いようがありません!」 初めて魔術担当教官が口を開いた。 「確かにそうですが、セフィロスは元々ソルジャー(戦士)として誕生して以来、厳しい戦場を渡り歩いてきてる人です そういう産まれ方をした人に倫理とか押し付けるのは間違いでしょう…最初からそういう世界に生きていない人なのですから」 気まずい沈黙が広がり始めたが、古株の体術担当教官が言った。 「私はソルジャー1stセフィロスの誕生から知っていますが、そんな噂今までに聞いたことありません」 「ええ、相手は全て外部の人間、神羅関係者には決して手を出さないそうです 彼なりのけじめなのかも?ソルジャー1stセフィロスが望めば、逆らえる人間は神羅にはいませんからね」 会議室に更に気まずい沈黙が流れた。 「あ……そういえば…ソルジャー1stセフィロスはアッパーに自宅を持ってますよね……」 唐突なエイプルトン教官の言葉にその他の全員から疑問符が出た。 「?それが何か?」 「いや~、ストライフの恋人もアッパーにいるなぁって………」 「え?い、いやいやいやいやいや、サスガに無い!無い!無いですよ!…………無い…んじゃないかな?」 「エイプルトン教官、出ている情報の中だけで結論を出そうとするのは大事故に繋がりますよ」 特殊武器担当の教官が諫めた。 「で、すよね~?はは、ちょっと言ってみただけ……」 教官達はそれぞれに乾いた笑いをしながらも、微かに”もしかして…”という静かな恐怖が生まれた。 何しろストライフはミッドガル基地に前代未聞の処分者を出したセックスシンボル ミッドガル本社所属ソルジャー達の耳に届いていても何もおかしくはない。 そして彼の持つ排他的で硬質な雰囲気が妙にソルジャー1stセフィロスとマッチする。 じわじわと毒が浸透していくように、一下級兵でしかないはずのストライフの背後に巨大な幻影が見えるようになってしまい、教官たちの間に正体の無い畏怖が広がり始めた。 そして廊下に立っていた男が一人。 実は、オースティン統括はかなり前から戻っては来ていた。 しかし自分とクラウドが話題に上っていたため入るのを躊躇い、会議室の外で話に区切りがつくのを待っていた。 そして結論。 これでクラウドの中の『英雄セフィロス』を殺せる! その日、オースティンはリゾートアイランドとして有名な島へ向かうため車を走らせていた。 「クラウド」 「はい」 「うしろの荷物」 言われて後部座席を見ると幾つかの大きな箱がどこかのブランドの袋に入れられていた。 「何ですか?アレ」 「先月beautiful lierで食事をした時に色々お前に質問してきた女性がいただろ?」 「はい」 やたらと目をキラキラさせながら足のサイズとか聞いて来た変な女がいた。 「彼女からプレゼント。タキシード一式。今のお前のジャストサイズで作ったそうだ。靴まである」 「何でですか?」 「お前が着たところを見たいそうだ」 「何で?」 「彼女は紳士服デザイナー。職業病だそうだ お前に作りたくなった。着たところを撮って送ってくれって」 クラウドは運転席のオースティンを見ていたが、真っすぐ前を向きなおした。 「嫌です。俺は神羅兵です」 「その一式。材料費で40万はかかっているそうだ」 「関係ありません。そんなの兵士に頼む事じゃない」 「まぁそうなんだが、実は元々が俺のタキシードを彼女に依頼してたんだ。今度のクリスマスパーティ用に で、それに一式30万かかったと言っていたんだが、彼女が俺ら2人で並んで撮ってくれたらそれをタダにしてやる、と」 「嫌です。何で並ぶんですか、意味が分かりません」 「俺にも分からんが…すまん、もう撮る約束をした。その浮いた30万で今から行くコテージの予約を取った 俺の休みとコテージのキャンセルが重なって偶然取れた。通常予約だと2年待ちだからかなりラッキーなんだ それにクラウド、もう直ぐミッドガル基地のクリスマスパーティがある。その時にも着れるからいいだろ」 「着ません。俺、タキシードなんか着る身分じゃありません」 「だったらクリスマスパーティの時には何を着るつもりだ?」 「出ません。アレは自由参加って書いてありました!」 「だがお前はクリスマスもニューイヤーも実家には帰らないんだろう?その間、寮の食堂も止まってしまうがどうするつもりだ?」 「マンションで自分で作ります」 「……確かにお前の料理は美味いが、パーティにはたくさんの有名どころの料理店が出店する 色々食べてみてお前のレパートリーを増やすのも良んじゃないか?」 「…そんなにたくさん店が来るんですか?」 ようやくこっちを向いた。 「ああ、神羅の威信をかけたパーティだからな 各ブロック事に屋台形式で店舗が入って目の前で作ってくれる 立食だが40店舗くらい入るし、参加女性はイブニングドレス、男は礼服着用。それか軍式服。 管理職社員の家族達や招待客、芸能人もたくさんやってきて大講堂では対バン形式のコンサートもやって実に華やかなものだ あんな規模のものは世界中でも神羅しかできない あとコンサート前には各階級教官統括、各部統括、ソルジャー1stセフィロス、副社長、社長がズラリと壇上に並んでその年の基地の功労者を表彰をする。それも各基地の仲間意識が高まって、コンサートとはまた違う物凄い盛り上がり方をする」 「ソルジャー1stセフィロスもいらっしゃるんですか?」 「……来る。何と言ったって神羅の顔だからな。社長よりも有名人だ、来なければ神羅の威信も半減だ」 「教官はお会いになったことありますか?」 「下級兵教官統括として会うのは初めてだが、今までに何度か会ってる。デカイぞ。俺よりもデカイ。2m近くある 話したことはない。というか彼は多分誰とも話さない 今までも壇上表彰の時だけ顔を出して、表情一つ変えないままあっという間に消えている ああいう場が嫌いなのだろう、お前と同じで」 「…………」 真っすぐに俺を見ているが、それは俺ではなく”憧れのソルジャー1stセフィロスに会った人”を見ているのだろう。 腹が立つ……。 「やはりお前はパーティには出なくていい」 「え…」 クラウド、今、出てみようか…などと考えていたな?ソルジャー1stセフィロスを一目見るために! 手に取るように分かるぞ!イラつく!浮気は許さん!………などと言えた立場ではないが、だが許さん!お前が気持ちを許していいのは俺だけだ!たとえ英雄セフィロスであろうと、絶対に何一つ、一片さえ渡さん!見られるのも許さん!彼がクラウドを見たらきっと…… 「英雄セフィロスはお前の様な少年をセックスの対象にしている」 「は!?」 「俺は女性のみ、男は唯一お前を対象としているが英雄セフィロスは男がセックスの対象、そのストライクゾーンがお前のような金髪蒼眼の少年なのだそうだ。 彼は神羅の人間には手を出さないのがポリシーらしいが分からないよな。あまりに好みだったらその禁くらい破ってもおかしくない、俺のように だからパーティには出るな。彼に見染められたら俺でも庇えない」 驚きに目を見開き俺を見ていたクラウドがククク…と首だけをゼンマイの様に回し前を向き、やがて眼を閉じ疲れたように深くシートに凭れ呟いた。 「最初から出ないって言ってる」 ……死んだな?お前の中の英雄が。よし。 俺は嘘は言っていない。 クラウド、お前の中に形を残す男は俺だけでいい。他は全て抹殺してやる。 お前を泣かせるのは俺だけでいい。 「英雄の話は言わない方が良かったか?」 「聞きたくない。俺には関係ない」 車が信号待ちになり、助手席のクラウドを見ればまだ目を閉じていた。 肩を抱き引き寄せ、キスをした。 「何」 「大丈夫か?」 「何が?」 「……悪かった、クラウド。余計な事を言った」 わざとだが。 「……青」 抱かれたままそう言い、窓の方を向いた。 「ん?」 クラウドは窓を見たまま何も返事をしなかった。 後ろの車にクラクションを鳴らされた。あぁ、青信号か。 良し!英雄は死んだ! アーチ橋で渡るその島は、大湖の中心にあり島全体がリゾートホテルになっている。 島の中心には巨大な白亜の宮殿ホテルがあり、その入り口では観光客やホテルマン、ベルボーイたちが絶えず出入りしており、ホテルの周囲には四季折々の木々花々が植えられ、一角ではイングリッシュガーデン調、一角ではシザーハンズの造園調、一角では温室ガーデンが設置されている。 ホテル南側には曲線型の長いプール、プールには幾か所にも山形ブリッジが架かり、サイドにはパラソル、長椅子、ホテルマンによるショットバーや出店が出ており、ホテル北側には森やガーデンの中に4面のテニスコートが点在し、それらを縫うようにして幾筋もの散策道が島中に巡っている。 島の西側から南側は緑深い森になっており、その森の中にコテージが点在していて、全体にノーブルな空気が流れているリゾート島だ。 が、今はシーズンオフの真冬。大湖に浮かぶ島が雪で覆われ全てが白銀世界になっている。 だがこれはこれでオフシーズンのファンもいて島のホテルは常にキャンセル待ち状態だ。 というのも風のない日は湖面が鏡の状態になり、島を取り囲む全ての景色が湖面を境に全て反転して映り、幻想的で、鏡の世界から別の世界に繋がっているような錯覚を起こす。 その湖が鏡の状態、無風になるのが冬に多いからだ。 島への専用アーチ橋の改札にコテージの予約チケットをセットすると改札が開き、湖が鏡状態の上を島への一本橋を車で走る。 白銀雪景色の島はそっくりそのまま鏡状態で反対に映っている。 一本橋を走る車はまるで空を走っているようで、現実とかけ離れており、クラウドが助手席でキョロキョロと360度何度も何度も見まわしているのを密かに笑った。 アーチ橋を渡り切り、島に着くと一人のホテルマンとベルボーイが島門で待っていた。 見たところホテルマンは20歳前後、ベルボーイはクラウドと同じくらい。2人揃って丁寧なお辞儀で迎え入れ、ホテルマンが我々『親子』のお世話を帰りまで担当する事を自己紹介と共にし、続いてベルボーイが荷物を部屋まで運ぶ事と、修行中の身でホテルマンに付いて勉強中である事を自己紹介した。 ホテルマンから車は車担当がコテージまで運び、我々親子はこのまま眼前の白亜の宮殿ホテル内や島内の散策を愉しむか聞かれたがこのままコテージに向かう選択をした。 するとコテージまでの地図と、15分後くらいに部屋の説明をしに来るむねを伝えられ再び丁寧にお辞儀し送り出された。 「一本橋の改札で情報が島に飛んでたんですね ハイテクだし、ホテルの人達もピシッとしてるし、なんか色々凄い……あ、まだお辞儀してる」 コテージに向かう車の中でクラウドが振り返りながら言った。 「神羅兵仕事中のお前を見たらきっと彼らも同じことを言う それとここはデヴィッド・アダムスとその息子クラウドで予約してある」 「了解。外出ていいんですか?」 普段からアッパーで偽名を使い、人目に触れないよう気を付け続けているせいで慣れたものだ。 「コテージ周囲の森と湖に向かっての浜辺はプライベート領域だから出られる。それ以外は出ない方が良い ここもアッパーと条件は同じ、教官クラス、ソルジャークラスはいてもおかしくない すまないな、クラウド」 「構いません、俺のお金で来てるわけじゃないので。自分の金で来る時は彼女と来ます」 「oh,言うようになったなぁ?」 思わず笑ったが…… 無理だろ。お前は多分もう女は抱けない。 女の体を知る前に男に抱かれて悦ぶ身体にしたからな、俺が。 後戻りできる時期はとっくに過ぎている。 吐き気のする罪悪感と共に黒く救いのない独占欲の笑いがこみ上げる。 常緑の森を抜け、目当てのコテージに辿り着いた。 車から降り、同じく車から降りてトランクから荷物を出そうとしているクラウドを横から抱き上げた。 「な!なにす…っ!」 「ベルボーイの仕事を取るな」 「あぁ…」と、思い出していたクラウドにキスをすると、首に腕を回してきた。 クラウドはとにかく体で覚えるのが巧い。そしてその分言葉を理解するのも、言葉にするのもアホだ。 抱き上げたままコテージに入った。 玄関から入って直ぐが広いエントランスホール。 湖側が全面ガラス張りになっていて、隣の部屋はキッチン続きのダイニングルーム、その奥にはホールと可動式間仕切りで区切られているサンルーム。畳めばもっとホールが広くなる。逆側の隣には暖炉のあるリビングルームとシャワールーム。 幅広の階段を上った2階には大きなバスルームとバーがありツインのベッドルームがある。 「すごい!幻想的な景色!部屋の中はドラマに出てきそうだ!こんな世界ってあるんですね!」 「シーズン中の方がもっとノーブルさを堪能できるし、ホテルの方がもっと大掛かりに贅沢だぞ?」 「…………同じ星とは思えない……湖も自然も凄くきれいだ……」 「客には見せないようにしているが、それだけこの島はたくさんの専門家たちによって徹底的に管理手入れされている たくさんの軍人たちやソルジャーたちでこの世界の治安を支えているのと同じ 俺たちがどんなに鍛錬して戦っているかなんて一般人には分からないだろ? だがその結果、一人でも命を救えたのなら俺達は報われる ここの職人たちも同じだろう お前の今の反応だけで報われる。機会があればホテルマンにでも会ったら、今と同じ事を言ってやれ」 素直にリゾート地に感動しているクラウドの腰を抱き寄せた。「ん?お前、また背が伸びたな?」 「あ、うん。…はい!161cmになりました!」 蕩けそうな微笑みをしている。そうか、そんなに嬉しいか。 「こっちの毛も生えてきたしな?」 そう言って抱いていた腰をグッと密着させた。 毛が生えてきた事に気が付いたのは俺が先だった。 教えてやるとそれはもう……嬉しそうに 「俺、もう大人!」 あの晩と同じ事を言ってご機嫌になる。 まだまだ産毛と変わらんだろとか、髭は気配もないな、などとは言ってはいけない。 せっかくのご機嫌が急降下する。クラウドにとって”毛=大人”非常にデリケートかつ重要な問題なのだ。 腰を抱きしめたまま可愛い愛人の唇に音を立てて軽いキスをし反応を見たが、嫌がっていないようなので更に続行することにし、滑らせるように唇の横、頬、耳の下、首筋、顎へと軽いキスをし、唇に戻り深く舌を絡めた。 歯列裏側を舌で刺激しながら絡め、キスの角度を変えてクラウドの腕を首に回させ抱き上げ、既に火が入っている暖炉の前のソファーに移動した。 抵抗し始めたので少し唇を離すと… 「ホテルマンが来るって言ってました」 逃げるように立ち上がりかけたのをソファーの背もたれを掴み両肩をロックした。 「チャイムを鳴らしてから入ってくるから大丈夫だ」 「そうじゃなくて!俺は教官みたいに簡単に切り替えられないんです!俺が大丈夫じゃないの!」 「あー、ならホテルマンが来たらお前だけ2階に行けばいい。疲れて休憩しているとでも言っておく」 「ちがうって!止めようって言ってるんです!こんな短い時間で煽って一人放り出すのは止めてくれって言ってるんです!」 既に瞳を潤ませ濡れた唇を紅くし危うくなりながら怒るクラウドはとてつもなく可愛い。 「そうか、じゃあ2階でやろう」 「じゃあ、じゃねえ!やらないつってる!もーー!!なんでわっかんないんだよ!ヤダって言ってる!ヤダヤダヤダエロ教官!!」 怒るクラウドを抱き上げ2階に連れて行こうとしたら暴れ出した。 「止めろったら!自分で歩けるから!それとやらないから!嫌だから!!」 俺から無理矢理降りて逃げるように2階に駆け上がっていく。 「だがこのコテージから出られないのに他に何かやる事があるのか?TVでも観るのか?」 後ろから追いながら声をかけてやると、振り返り眉間にしわを寄せベッ!と小さく舌を出した。 「まだホテルマンが来てない!荷解きしてない、夕食もまだ、シャワーも浴びてない!やることだらけ!教官はしつっっこい!凄い意地悪い事する!こんな時間にそんな事したら何もできなくなる!だからやらな……!わー!来るな!あ、いや、来なくていいです!わー!やだ、やだやだやだっ……」 クラウドが寝室に逃げ込み扉を閉めようとしたのを勢いよく開き、ドアノブを握っていたクラウドを捕まえそのままベッドに放り投げた。 衝撃に文句を言いかけた唇を塞ぎ、そのまま舌を挿入させ歯列を割り舌先を弄び突く様に舐めつつシャツの上から肩から腰へと体のラインを指先、掌で辿り撫で降りていき、シャツの裾から侵入し素肌に直に触れると、一層抵抗が激しくなる。 それを力で押さえ込みながらシャツの上から撫で降ろしたのとは逆に素肌の腰、臍、臍は親指先で周囲を撫でてから中心に指を割り込ませると腰が撥ねた。 以前は恐怖を堪えながら痛がるだけだった行為もゆっくりゆっくりクラウドのペースに合わせ仕込み続け、俺にとって好い身体に育て上げてきた。本人よりも俺の方がこの身体をよく知っている。 俺だけの魔性。 脇を撫でなから胸へ撫で上がっていき、小さな乳首を指の腹で捉え、親指で何度か捏ねながら甘い痺れに震えながら耐えるクラウドの耳元に囁いた。 「少し撫でるだけで固くなってくる。感じやすい身体に育ったな」 わざと嫌がる事を言ってやる。 「っ、、、…っ…も、アンタ最悪!大っ嫌い!なっ……なん…」 指の腹で潰す様に撫でまわすと必死で声を飲み込み、耐えきれないよう瞳が潤んでくる。 「……っやめ……っ…やだって!っ…言ってっ…やだ!」 お前の”大嫌い”は甘い蠱惑。 滴る蜜。 俺が付けたお前の蛇口。 俺だけが解放させられる。 甘露過ぎて、言わせたくてつい虐め過ぎて本気で怒らせてしまう。 「そんなに嫌か?すまないないつもいつも自分勝手で。そうだよな、もうすぐホテルマンも来るしな? ではこの辺にしておこう」と、体を離した。 その時チャイムが鳴った。 「死ね!エロ教官!バカ!バカ!大っ嫌い!!大っ嫌い!!」 ベッドの上で服を乱され怒って拗ねたように睨んでいる姿が…まあ、俺がやったんだが……壮絶に艶っぽい。 普段必要以上に厳しく律しさせているからこそ、蛇口を開放すると凄絶に色香を放つ。 「なあ?クラウド、分かってるよなぁ?わざとだ。俺は焦れて悶えるお前を見たい。 今からホテルマンと話してくるが俺が戻って来た時には、焦れて俺を欲しがって我慢している顔が見れると嬉しい」 わざと下品なアクションで行為を示唆してやる。 「死ね!バカ!アンタほんっとうに!性格悪い!エロジジイ!最悪!もう!本当嫌な奴!嫌なやつー!」 部屋から出た途端ドアに枕を叩きつけられる音がした。 クッソ可愛い。もうどうしようもない。 戻ったらきっと壮絶に怒っている。そしてきっととてつもなく甘い身体になっている。 それをどうやって弄って虐めて泣かせて愉しもうか。 煽って煽ってタガが外れた時に放つ悲鳴、堪えきれずに泣きだす顔を想像するだけで愉しくてたまらない。 お前を想えば嘗て経験したこともない程に気持ちが高揚する。 俺について来ようと必死に縋り付き、荒い息を繰り返し、最高に妖艶な蜜を滴らせる愛人。 今までは恋人も妻もセフレも、ただそれだけのものだった。それ以上でもそれ以下でもない。その枠を超えることはない。 仕事に影響を及ぼすものでもなければ、相手の事を考えて楽しくなったり沈んだりするものでもない。 それが今じゃ仕事中にすら、どうやってクラウドを泣かしてやろうか、どうすれば悦ぶか、何をしたらあの世界一蠱惑的な”大嫌い”を言ってくれるのか、そんな事ばかり考えて、そしてそんなくだらないことを事を考えている時が何よりも最高に楽しくて…クラウドの姿を見つけただけで神羅訓練所も鮮やかに色付く。 なぜもっと早くお前と出会えなかったのか。何故お前は女で生まれてこなかったのか。 こんな隠れて会うような嘘で関係を維持するようなそんなものではなく、………いや、そうじゃない。 クラウドはやはり男だからこそ愉しい。 だが妻にしたかった。 誰に憚る事もなく俺のものだと公表し、俺以外の誰も触れる資格は無いのだと宣言したい。 2人の間に法的な繋がりを持ち、当たり前の様に2人で何でもない日常を過ごし、手を繋ぎ外を歩き、同じ家に帰り、誰憚ることないパートナーとして愛したかった。 何故もっと早くに俺達は出会えなかったのか。 誰にも渡したくない!クラウド。 ホテルマンからは夕食はホテルで摂るか、コテージで摂るか聞かれたが、まあ、考えるまでもない。元々デリバリーにするつもりだったからな。 打ち合わせが終わり2階に戻るとクラウドが妙な顔をして窓辺に立っていた。 あ~…平常の顔に戻ってしまっている。もっと煽っておけばよかった…。 「どうした?」 クラウドが窓の向こうの湖を指した。 「物凄く大きな…海蛇?がいた…………?ような……」 「ウミヘビ?」 「20mくらい……」 「見間違いだな。ここは湖だし、島付近は遠浅になっているから万が一体長20mの魚がいたとしても泳げない」 「……そう…ですよね…目が合ったような気がしたんだけど……」 「湖の中にいる生き物とどうやって目が合うんだ?」 「………………うん……?……」 納得のいかない顔をしているな…一体何を見たんだ? 「とりあえずクラウド、下に車の荷物が移動してるから例のタキシードに着替えろ。早いがこれから夕食にしてもらうことにした。ホテルマンとベルボーイがセッティング、調理人が夕食を作りに来る 何度も来られるのは嫌だろ?一回で全て終わらせてもらうから彼らが来た時についでに写真も撮ってもらって面倒な事は終わりにしよう」 俺のタキシードは着慣れた型でもあり、直ぐに準備は終わった。 しかしクラウドは1つ目の箱を開けたまま固まっていた。着方が分からないのかと手伝おうとしたら…… 「……白…だな」 箱の中に入っていたタキシードはクリーム色のやたら華美で煌びやかで、ドレスの様に何かとキラキラゴチャゴチャと付いていた。 ハッキリ言うと、新郎…というかウェディングドレスに近い。 「………もしかして俺、あの人に馬鹿にされてるんですか?」 「それはない……と思う 揶揄うのに40万、実質70万はかけない……が……」 「……ステージ衣装みたい…」 「…………そう、だな…」 ご丁寧にも装着見本の写真が入っている。 クリーム色のロングタキシードに中のベストは白のサテン生地。タイはオーガンジー。 フワフワの大きなリボンの様なタイを止めるピンはクリーム色のバラのコサージュ。 胸ポケットのチーフも同じフワフワのオーガンジーで端にはラインストーンが縫い込まれている。 ラペルにはスワロウスキーの埋め込まれた細いピンが何本もつけられており、その先には細いシルバーチェーンが付いてその先にペンダントトップがキラキラと揺れている。 ……これはステージ衣装というよりも……やはり…ウェディング… 「……1枚撮ればいいんだ。それを彼女に送って終了!あとはこのコテージを愉しむだけだ。な!?つまらん事はさっさと終わらせような?」 慰めるように肩を抱いてやると、密かな溜息と共に装着するために次々と箱を開け始めた。 こんなに素直でヒネていて従順で不器用な愛人、世界中を探しても他にいない。 このまま2人でどこかに消えられたら……。 そんな事、お前は望んですらいないだろうが…俺にはそんな資格もないが…。 それでも何もかもを最初からやり直せたら… 全てをリセットして互いに何も抱えるものが無い状態で出会えたら…… だがきっと俺たちの関係はあと1年ももたないのだろう。 お前は体が出来上がり上級兵かソルジャーへと上がっていく。 そうなれば俺は用無しだ。 俺から巣立っていく。 その時、俺はお前を手放せるだろうか……黙って送り出せるだろうか。 一人前の兵士になりたいお前の気持ちを全力で支えてやる。 そう約束した。 それは確かだ。 それがお前にとっての俺の価値なのだから。 だがそうして用のなくなった俺は………。 俺は……。 「俺もこういう方が良い……」 俺に着付けの仕上げをされながらクラウドが俺のタキシードを触っている。 「そういう身分じゃなかったんじゃないのか?」 車の中のクラウドの言葉を借りて言ってやる。 「でも、だからってこんなステージ衣装みたいな…」 口に出せばクラウドが脱ぎ始めるから言わないが、これは…やはりウェディングドレスだ。 多分クラウドはウェディングドレスを見たことがないのだろう。 着付けが進めば進むほどそうとしか見えなくなってくる。 …あの女、何を考えてる。 紳士服デザイナーなのだからこれは明確な意図をもって作らせたに決まっている。 何のメッセージだこれは…。 70万もの金を捨ててまで。何のために。 「ビラビラビラビラジャラジャラピカピカ!こんな趣味の悪いタキシード見たことない!」 クラウドは怒っているが…… 「まあ、うん………芸能人以外は着る機会はないだろうが、とりあえずホテルマンに撮ってもらって写真送ってこの件はとっとと終わりにしような?」 良く似合ってる。まるで物語の中の王子様の様だ。 だが他の奴ならともかくクラウドは兵士のプライドが人一倍高い。似合っているなどと間違っても言えない。 増してやウェディング……などとは……だが似合ってる……綺麗だ、クラウド……。 支度が整いダイニングに行けば支度中のホテルマンとベルボーイにやたらと驚かれた。 まあ、そうだろう。 親子としてやってきている俺達がこんな格好をしていれば…なぁ…。 それにクラウドはどこから見てもローティーン。犯罪臭がするだろう。…………まあ、実際犯罪を犯しているわけだが……。 が、戸惑うホテルマン達の目はあえて無視をして写真を撮ってもらうことにした。 適当に並んで撮ってもらおうとしたらホテルマンが「お勧めの場所があります!」と、妙な職業意識を発揮し誘われた場所は…… 湖に面した全面ガラス、湖岸は雪に覆われ白銀の世界。いくつもに仕切られたガラスがまるでたくさんのスライドを並べた様に見え、それをバックに立てば……まあ映えるだろう。 何ポーズも撮ろうとするホテルマンを断わり、言い訳のようにその目の前で即、彼女に撮ったものを送ってやった。 写真を撮る瞬間クラウドが両手中指を突き立てたのもあえて叱らなかった。クラウドの気持ちを考えたらせめてこれくらいは許してやらないと可哀想だ。 直ぐに彼女から電話が入ったからクラウドのポーズへの苦情かと思えば…… 『あと1ポーズ!イエッ!あと5ポーズ撮ってくれたら30万出す!おおおおおおネガイッ!!! 私の!私のフェッシィォンディッザィナェー!のソウルがボンバヘッッ!エナジーがぁ、ゴッツァンデスッ! Hey!Hey!Hey!ワンモアプリィーーズッ!オカワリオナッシャッスッッ!!』 ハアハァと荒い息が聞こえてきて我鳴り声が大きすぎてハレーションを起している。最初マトモに聞いてしまい耳が痛い。 「……残念だな、それは昼間に撮ったものでもう脱いでいる。クラウドもここにいない」 『いいのいいの!今じゃなくていいの!かまわないYO!メーン!! もーーーーーーーーーーーーう一回!もっおいっかい!撮ってくれたらいいのよ!メェーン!! Hey!ピクチャ、ユーーーーーーー!! 動画!動画にしてくれたら100万出すYO!!オネガイッ!マイウルトラソウッ!がクリティカルヒッッタ!!カマン!!』 ………今度は携帯を耳から話していたから少しはマシだったが、それでもあまりの大声にバイブでもないのに携帯が震える。 そして今までに見たこともない彼女のテンションに戸惑いつつ、何を言っているのか分からない。 「……君、どうしたんだ。酔っぱらっているのか?大丈夫か?」 『ノン!ノン!ノン!めっちゃシラフ!今も会社でMDにどーーーーーでもいい小言をちょーーー時間!喰らってたとこよ! うるさいっつーのハゲッ!頭に粉かけてごまかしてもハゲはハゲだっつの! 黒ピカリーーーーーーン!!しちゃって逆にこっちが目のやり場に困るわ!アホンダラ!アパレルの人間なら潔くスキンヘッドにしろや!…って言葉を飲み込み続け今!輝ける神からの贈り物がコオォォォーーッ!! 私の芸術神ムーサがウェーーイクアップ!ウェーイクアップ!ファッションクラッシックがルネッッサーーーンスッ!! オースティン!私に追加燃料を!!カーマカマカマカミーリーオーン!』 携帯から音声割れ割れで聞こえてくる彼女の全く意味不明な怒鳴り声に隣でクラウドもドン引きしている。 アクションで切れ!と言っている。 「とりあえず切る。じゃ」 彼女がまだ何かを怒鳴っていたが、とにかくノリが気持ち悪い。何かのウィルスに頭がやられたのか? 「動画を送れば100万だと」 「あの人、明らかに正気じゃなかったです」 横で聞いていたクラウドも同じように怯え気持ち悪がっていたところ、彼女から追撃のラインが来た。 『動画2分で150万!!私のお宝画像にそます!おねはいうします!!』 その画面をクラウドに見せた。 「そますって、おねはいうしますってなんだ」 クラウドが怯えている。 「とにかく正気じゃないのだけは確かだ……俺たちがたかが2分の動画を送るだけで150万。彼女これで220万も俺たちに出すことになるぞ?たかがこんなものの為に」 クラウドのふわふわキラキラのリボンタイを軽く引っ張った。 「……俺もう絶対にあの店は行かない」 「…そうだな…俺も、ヤバイなこれは」 クラウドと2人、戸惑っていたところ… 「あの、聞こえてしまって申し訳ありません。よろしければ動画もお手伝いさせていただきますが。お客様、親子でモデルさんなんですね?プロの世界は凄いですね!」 親切心で申し出てくれたホテルマン。 ”俺達は神羅兵だ!”と脊髄反射で言い返そうとしたクラウドの口を手で塞いだ。 自分から暴露してどうする。何のための出鱈目のプロフィールだ。 更に追撃ラインが来た。 『クラウドちゃんに、最高に似合ってる!とお伝えください。それと欲しい物聞いて!お姉さん何でも御用意させていただきますとお伝えください!』 「……………」携帯の画面を見せた。 「うるせえ!ババア!」 ほらみろ、やっぱり怒った。 ベルボーイがホテルマンのテーブルセッティングを手伝いながらチラチラとクラウドを盗み見ているが、目がハートマークだ。 ……まあそうだろう。普段着ですらセックスシンボルになるようなメンズキラーだ。 輝く金髪でこんな王子様みたいな恰好をすればメンズホイホイだろ。……ったく、油断ならない。 思っている事が顔に出すぎている未熟なベルボーイをホテルマンがさりげなく諫めながら仕事を手伝わせている。 ……思いついた。 「クラウド、今から2分間お前の運動能力をテストする。そしてそれを動画に撮ってもらう」 「あのババアと関わり合いたくないです」 怒っているクラウドを背にエントランスホールの脇に設置されているリモコンを操作した。 家の中全体に選曲チャンネルでワルツが流れ始め、ボリュームを上げ、ホテルマンにサンルームとの間仕切りをたたみホールを最大に広くするよう依頼した。 「踊ろう」手を差し出した。 「は?…え、何で?いや、あの、俺、踊りなんて何も知りません」 「だからだ。お前がどこまで俺に合わせられるかテストする ワルツは基本が男のリードに女性が沿う。上半身は反り下半身は密着、基本の動きは密着のまま上下左右前後回転と変調していく。俺が男パート、お前が女性パート。 お前は全身で俺の動きを読め。上半身は反らせていても腕は組んでいるし背中に手を回しているからそこからも読み取れる そして徹底して俺に合わせ沿え。臨機応変、瞬時に身体で判断。体で感じ体で動く。頭を使うな。頭を使った途端息が合わなくなる 普通はできないが俺とお前ならできる とりあえず2分間やろう。それを彼女に送るかどうかはまた別の話。別に送らなくても構わない」 「………送らないなら」 その返事を合意と見なし、間仕切りをたたみ終わったホテルマンに携帯を渡し撮ってもらう事にした。 「…え?」 俺のブラックタイを外し、クラウドの目を覆い縛った。 「俺の動きを体で感じる、それ以外の全ての情報を遮断しろ 視覚も聴覚も頭も全て邪魔だ。身体だけで俺の動き、意思を読み、身体で応えろ」 そして一層小声で耳元に囁いた。 「いつもシているだろう?身体で俺をイかせてくれ」 「…っ……!」 ワナワナしながら口をパクパクさせ言語障害るクラウド。 「ボーイたちが見てるぞ?」 「あ……うぅ…」 言葉が浮かばないが腹の虫も収まらず、逃げようとするクラウドを捕獲し、教官の顔に戻り強制的にワルツの基本姿勢を教え、曲の途中から入っていった。
最初は初歩から、付いて来れるのを確認しステップの難度を上げていく。 さすがに動きが対照になるものは無理だが完全に動きを合わせるものは2分の間にターン、グロック、フロム、ピボット、スピン全て読み、ホールも大きく使えて上級まで合わせてきた。 思った通りクラウドはジョイントの天才。 お前は成長が遅れていただけで運動能力がずば抜けている。しかもそれ以上に凄いのは”合わせ応える”能力だ。 クラウドは戦士として必ず化ける!間違いない! 2分間が終わった途端、目隠しにしていたブラックタイを外し、膝に手を付き汗をかきゼーゼーと荒い息をした。 「な?踊れただろ?」 「め、滅茶苦茶疲れた…」 「そうだな。普通はできない。今のはお前だからこそできたんだ 多分上級下級合わせてもお前以外の者はこんな事はできないぞ?なぜなら…」 「うるさい!」 俺が言おうとしたことを察したからだろう。……その通りだ。 「よく頑張った。あとは食事だけだ。もうその服、脱いでいいぞ?」 言った途端にジャケットを乱暴に脱ぎ、タイやアクセサリーと共にリビングの暖炉にブチ込んだ。 「きゃああぁぁぁ!!!」 「わあ!」 クラウドを見ていたベルボーイがどこから声を出しているのか大悲鳴をホールに響かせ、それにビビったホテルマンが続いて悲鳴を上げ、そんな2人に驚くクラウド 「あ、申し訳ありません!すみません!申し訳ありません!申し訳ありません!」 ひたすら頭を下げ謝り続けるベルボーイに戸惑うクラウド 「無作法な声を上げ申し訳ありませんでした!モデルさんの世界はすごいですね!ダンス、素晴らしかったです!感動してしまいました!」 ホテルマンの言葉に隣でベルボーイが涙目でうんうん!と、頷いている。 クラウドは複雑な顔をしている。まあ、そうだよな。 撮ってもらった動画をチェックし……やはり彼女に送るのを止めた。 とりあえず彼女の連絡先は着信拒否にして、もう「beautiful lier」に行くのはクラウド共々止めることにした。 翌朝、目が覚めてみれば腕の中で眠りについたはずのクラウドがいなくなっていた。 ふと窓の外を動くものに気づき目をやれば、白銀の世界の中、クラウドが雪の浜辺に立っていた。 朝日に照らされる白銀の世界は目を開けていられないほどに眩しい。 岸に打ち寄せる波もキラキラなどというものではなく、ギラギラと攻撃的なまでに眼を焼き付けて輝いている。 「目、大丈夫か?」 「あ、おはようございます。失敗したなと思ってたところです。目、開けられない」 微笑み、クラウドを抱き込んだ。 「だったらさっさと戻ってこい!」 思った以上にクラウドが冷え切っている事に気が付き、結構な時間ここにいたことを知った。 何故…と思った時に昨日の”大きな海蛇を見た”というアレだ。 コイツはこだわるととことん拘るからなぁ。 羽織っていたコートの前を開け、クラウドを中に包んだ。 「暫くこのまま、…ここにいるか?」 気が済むまで探させてやろう。 「あったかー…」 「そうだろ。俺は今氷を懐に入れた気分だ」 コートの中でクラウドがクスクス笑っている。 2人でただ白銀の静かな朝の音を聞いていた。 眩しすぎて何も見えない。 いつかは終わる関係。 きれいには終われない予感がする。 きっと俺がおかしくなる。 だがお前の将来の足枷にはならない。それだけは教官のプライドに掛けて……必ずそれだけは守る。 だから、その時が来るまではこの幸福を、この愛しく優しい王子様は俺だけのものだ。 |