喪失の向こう側9

セフィロスが歳になった頃、大聖堂に訪問者があった。

その訪問者を見た瞬間、クラウドは思わず噴き出した。

しかし初対面でそんな失礼な態度を取られたことの無かった訪問者は、クラウドを睨みつけた。

「私の顔に何か

白いハイヒールからスラリと伸びた足、いかにも高そうな白のタイトスカートスーツに趣味の良さ気なピアス、よく手入れされ滑らかに柔らかに輝く金髪ロングヘアに多分上品な化粧。炊事とは無縁の白魚のような指は自分で塗ったのではないだろう完璧に整ったネイルに、主張しすぎないキレイな指輪。

人間の中では相当なセレブの部類に入る美人だ。

この世界のセレブは種族に関係なく顔を弄っているが、目の前にいる白スーツのセレブ女に関してだけは何もいじっていないのだけは分かる。

それだけは分かる。

だからこそクラウドは笑うつもりはなくとも吹き出してしまったのだ。

クラウドのそんな態度にセレブ女がイラついているのは分かっていたが、堪えれば堪えるほど冗談のような状況にクラウド自身、困惑してしまっていた。

「別に…で

このセレブ女のアレコレはともかく、『モンスターハンター・クラウド』から問いは1つ、人間が何故こんな危険な大聖堂にやって来たのか。


「君が優秀なベビーシッターと聞いて来た

私は事情によりこの子を育てられない

資金には不自由させない。この子を育ててほしい」

セレブ女は抱いていた小さな布の包みを示した。

「バカか。ここは孤児院じゃないし、俺はベビーシッターでもないし、金にも困っていない

他あたればーーーーか


心底軽蔑する態度で言い切るクラウドに、未だかつてそんな失礼な態度をとられたことのない訪問者は、怒りを通り越して不思議な感覚に陥り首を傾けた。

目の前にいる若い男は子育ての達人で、こんな危険な所に住んでいながらもどこの孤児院よりも子供達を安全に愛情深く育てていると聞いた。

それは確実な情報だと聞いた。

……この男が

露骨な敵意と侮蔑を向けるこの無礼者が子供に愛情深い


「…………聞いていたのと全く違う」

「そうかよ。ハズレで残念だったな!帰れ!て、あ、まさか…まさか、お前にここを教えたのはレノか!?

「誰だそれは」

お前…この私を"お前"呼ばわり!?…あまりに、あまりに無礼だろう!確かに私が誰かなど名乗ってはいないが、こんな口の利き方をした者など未だかつて……


白いスーツの訪問者は混乱し一緒に来た連れに視線を向けた。

一方クラウドも訪問者があらぬ方向へ視線を向けたのでそれを追って背後遥か上空を見上げた…

「…マジか……」

背中に大きな黒い翼をもつ黒髪ツヤツヤロンゲで頭に本の立派な角を生やした悪魔が上空から偉そうに腕を組み2人を見下ろしている。

高く昇った太陽に平気で姿を晒していられるなら恐らく高位の悪魔なのだろう。

その悪魔はクラウドと目が合っても何も言わずにただ見下ろしていた。

クラウドも目を逸らさずにその悪魔を睨みつけていた。


「デビルハンターが何故悪魔の子を育てる」

クラウドを見下ろす悪魔が聞いて来た。

「お前には関係ない」

「何故魔界の門に住まう」

「お前には関係ないっての、ツォン

もう慣れたリアクションだったが悪魔ツォンは名乗ってもいないのにいきなり真実の名を言い当てられ、心底驚いたようだった。

カラスの様に黒光りをする身長の倍はある大きな翼を羽ばたかせ、上空からクラウドの前に降りてきた。


「レノがお前に教えて、お前がルーファスに教えてここに来たのか」

「何故私の名を!?

美女ルーファスも心底驚いたように聞いて来たが、この状況を何故なのかと聞きたいのはクラウドの方だった。

"お前こそ当たり前の顔して女になってんじゃない"と。

「いちいちうるさい俺は異星人だからその程度の事は分かるんだ

初対面だというのに酷い態度、というよりもむしろ敵意を向けられ、ルーファスとツォンは人視線を合わせ目と目で困惑を確かめ合っていると、クラウドが更にキレた。


「話し合いたいなら他でやれ、俺は忙しいんだ帰れ度と来るな

クラウドはシッシッと手で払うようにしながら家に入ろうとした。

「私がサポートをするこの子を育ててくれ

ツオンが追いかけるように言うと、ルーファスも続いた。

「資金なら決して不自由はさせない必要なもの、環境があれば全て用意する

どうかザックスを迎えてくれないか

扉を閉めかけていたクラウドがピタッと止まった。


「……ザックス

思わぬ名前を聞き、ルーファスが抱きかかえている布の包みを覗き込んだ。

生まれて月と経っていないだろうその赤子にはポヤポヤの黒髪と、目の前のツォンと同じように頭上か所からネジネジした小さな可愛い角がクルンクルンと生えている。

「ザックス…?

今の今まで無礼千万不遜だった自称異星人の、手のひらを返したような態度の変化にルーファスとツォンは驚いたが、構わずクラウドはルーファスの腕の中で眠っているザックスのプクプクの赤い頬に指を這わせると、赤子はあぷあぷと手足を動かし、瞳を開けた。

青い瞳…快晴の空の青…間違いない、ザックスだ。

美女ルーファスからザックスを受け取った。

「ザックス...お前の眼...お前の本当の色、初めて見た…こんなに……ホラ、空の色…」

とザックスと一緒に空を見上げた。

限りなく広く抜けるような青空。遮るものが無い大空。今日は雲一つ出ていない快晴、お前の瞳の色。

腕の中のザックスをギュッと抱き締めた。


ザックス!!


帰って来た


「……お前ら帰っていいよ。この子は俺が育てる

金もモノもいらない、もう来るな。口も出すな。ここでお前らとこの子は他人!じゃ

そう言ってさっさと扉を閉め中に入ったクラウドだったが、悪魔ツォンは何でもなくドアを通り抜け中に入ってきた。


「何か用かよ」

勝手に入ってくるなと睨んだが、実はクラウドもここに勝手に住み着いている不法居住者だ。

「手伝う」

「いらないお前ら育てられないからここにザックスを捨てに来たんだろう!だったら子捨てのクズ親らしくとっとと消えろ!鬱陶しい!


ウチにはエアリスもいるんだツォンお前がエアリスを殴ったのは忘れてないぞ…俺も殴ったけど……連鎖で思い出してしまい、クラウドは落ち込んだ。

「育てるつもりだった。もしザックスに角が生えていなければまだ何とかできた。するつもりだった

だが、どうしようもなかった

ルーファスは地位のある人間だ。悪魔の子を産んだと知られるわけにはいかない」

「あっそう!事情があって大変だじゃ、俺が育てるから

どうにもできなかったお前らは半端に絡んでくるな!消えろ

言いながらセフィロスやエリアスがいる居間にさっさと歩いていくクラウドだったが、それを追いかけるようにツォンは話し続けた。

「申し訳ないが手伝わせてもらう。私は父親だ

私は日が高くとも活動できる。レノは夜だけだ。それなりに便利ではないか何でもやる

思わず歩き続けていた足が止まって、クラウドはマジマジとツォンを見てしまった。


...........................ルーファスの子で、ツォンが父親……ルーファスとツォンの子…!?

ポーカーフェイスに定評のあるクラウドが、この時ばかりは目を眇めツォンを凝視してしまった。

「世話をさせてくれせめて私が………」

言いかけた言葉を飲みこむ代わりに(あのツォンにしては)深く頭を下げた。

それがまたクラウドには衝撃だった。…あの高慢ツォンが!

だが現実問題、昼間も活動できる奴がいるのはカナリ助かる。昼の間にやっておきたい事は山ほどある。

多分ツォンはクソマジメだろうから仕事はキッチリやりそうだし…と、悪魔ツォンを見た。


「部屋はたくさん空いてるから好きなの使え。その代わり自己管理

で、レノとはどんな知り合いなんだ昼が大丈夫ってならアンタはインキュバスじゃないだろ」

「私はただの使い魔。レノとは何のつながりも無い

レノは魔帝三位の後ろ盾のあるはぐれインキュバスだから色んな所に顔が広いし、名が通っている

そして魔界では元デビルハンターの魔王、その子を育てる現役デビルハンターも有名だ

どちらも私が一方的に知っていただけだ」


ツォンによると、レノはダンテたちの直参となり、既に抹殺指名手配も解かれているらしい。

確かに、レノなら多少の苦境は乗り超えるだろうと思ってはいたが、予想以上に状況を好転させているらしい。

だが、その割にはレノには未だに魔界に戻る気配がない。

そもそもそんな”魔王直参”などという高い地位を手に入れたのなら、魔界からは出られなくなるはずだ。

なのに一緒に子育てしているレノからは権力や重力どころか、エリアス・セフィロスのパワーにあてられギャーギャー文句を言いながら逃げる姿がスランプ時代と変わっていない。

「…本当に魔王直参になったのか?」

思わず疑いの眼差しになるクラウドだったが、ツォンは頷いた。

「今ではかつてレノを破門し指名手配した主の方が風前の灯火だ」

「でも直参なんて力を持ったのなら重力とか大きさとかで魔界から出られなくなくなるんだろ?」

「魔王との契約によっていくらでも変えられる」

「ならダンテもこっちに来れるよな?偉くてもこっちに来れるなら」

「魔王は魔界。同じものだ

だから魔王が変われば魔界の法則も変わる

だが同じ空間に2つの世界は共存しない。同じ場所に2軒の家が建てられないのと同じこと

魔王3位がこの人間界に出てくるためには、以前のムンドゥスの様に依り代を使う以外にない

だが私の知る限り彼らは揃って依り代を創っていない

あえて言えば上級悪魔のネロ、そして次期魔王エリアスなら依り代役をできる

だが、我が子を使うくらいなら彼らはインキュバスやサキュバスをとっくに使っているだろう。ムンドゥスの様に

彼らはこの世界にはもう来ないだろう」

「…………」


命を懸けて戦って

トリッシュまで失くしてまで一生子供に会えない。

馬鹿だ。

女好きのくせに、サキュバスを追いかけまわしてたくせに、造魔は創らない。

ダンテは馬鹿だ。


其々の思いを余所に、ともかくその日から夜当番と離乳食作りがレノ、その他がクラウドの担当となった。

そして期待したツォンは驚いたことに何一つできないアホだった。

使い魔の世界では随分地位があるようだったが、そもそも魔界での生活は人間界とは全く別物らしく、家事ができないというよりも知らないという方が正確だった。

ただツォンの性格上「できない」ままでいるのが我慢ならないらしく、しかもその都度クラウドに遠慮の無い罵詈雑言やら身に覚えのない恨みつらみを浴びせられるので、とにかく子育てに関するあらゆるハウツーを徹底的にゼロから猛スピードで調べ上げ、屈辱や懐疑に耐えつつ(ツォンレベルで)平身低頭クラウドにも教えを乞い、結果1月と経たず家事全般が専業主婦以上にできるようになっていた。

おかげでクラウドは昼の自由時間ができるようになり、仕事でなくアイアンホースと遠出リフレッシュしたりできるようになった。


そんなある日、ツォンが随分と高そうな魔石がいくつも並べられているケースを差し出した。

「魔帝ダンテからだそうだ。売れば一財産作れる

レノから預かった。レノは今出かけている

ダンテからの伝言も預かった。いつもエリアスを見守っているそうだ」

ケースの中を暫く見ていたクラウドは、小さいがひと際キラキラと輝く1つを取り出し、居間でうにうにうにうに動いていたエリアスを抱き上げ、階段を上り、屋根が吹っ飛んだ大聖堂の礼拝堂、云わば屋上に出た。

この時エリアスは歳半。

良く動き常に喋り、たくさん泣き、それ以上に笑う、心臓を撃ち抜くほど可愛らしいお子様に成長していた。

「エリアス、お父さんからのプレゼントだ。ちょっと遠いところからいつもお前を想っているそうだ

これは魔石っていって、うまく使いこなすと魔法が使えるようになる」

そしてクラウドは輝く魔石をエリアスの小さな手に持たせた。

「レビテト

途端、エリアスの背中に白い翼が生えてフワリ…と浮かんだ。

「ニャッ

宙に浮かんだエリアスは嬉しそうにクラウドの胸の辺りでキャッキャキャッキャ、フワリフワリと浮かびながら喜んでいる。

クラウドもそれを見て笑っている。

エリアスの両手の中にある輝く魔石、今にもエリアスの手から落ちてしまいそうだ。


「落としてしまう!それは売れば3億の価値がある魔石だぞ!」

クラウドとエリアスを追ってきたツォンが言った。

「それがどうした。貰ったモンをどうしようが俺の勝手だ」

「ニャッニャッニャッ

エアリスは嬉し気に上や下に向かって泳ぎ、クラウドやツォンの顔辺りでフワフワと動いている。

「勝手とは何だ!バカか!この魔石はそんな扱い方をしていいものではない!世界に2つとない貴重なものだぞ!!こんな使い方をしたら魔帝にも失礼にあたる!

…それにお前はルーファスからの資金も援助も受け取らない!プレジデントの援助を受けたらこんな所で暮らさなくてもいいんだぞ!

デビルハンターなぞしなくとも、ずっと楽で贅沢な暮らしができる!お前はおかしい!何故こんな事をする!」

ツォンを見たクラウドの瞳は冷ややかだった。

「だったら送って来たダンテが馬鹿だな

向こうからこっちを見てるなら今のエリアスにこんな『世界に2つとないモノ』なんか必要ないのは分かってるはずだ。それに俺が金に困ってもいないのも、良い場所に住みたいわけでもないのも分かってるはず

俺はコレをエリアスが喜ぶ事に使う!

それとダンテとトリッシュは俺にエリアスを”預けた”が、ルーファスはザックスを”捨てた”。そんな奴から受け取るものなんか何もない!」

「違う!ルーファスとてザックスを手放したくなどなかった!だが彼女は何千もの社員を抱えるカンパニーのトップだ!

その何千もの社員には家族がある、そして会社には関連企業も繋がっていて、そこにもまた家族がつながっている

プレジデントの子が悪魔であってはならないんだ!悪魔は人間を餌とする!ザックスにあれほど明らかな悪魔の特徴が出ていては…!

プレジデントは万が一にも躓けないのだ!そういう立場なのだ!彼女も苦しんでいる!どうすることもできなかったのだ!!」

「へー、ザックスも悪魔の特徴を持って生まれてきて親不孝をしたもんだな

「そんな事は言っていない

「言ってるだろ

「わ、私が…全て悪いのだ!私が……ルーファスを騙していた…!変化(へんげ)で人間に成りすましていた」

「で誰が悪くてもザックスが”大人の事情”の代償を払わされてることに何か変わりあるのか

ツォンなりに弁明したい事はあっても、結局何を言おうともしてきた事、している事がクラウドの言う通りであるのは事実。

どんなに言葉を重ねようとも言い訳にしかならない。

ツォンは黙るしかなった。


「ひぃぃ~…」

フワフワと空中に浮かんで遊んでいたエリアスが人の不穏な空気を感じて泣き始めた。

「ごめんごめん、エリアス。何でもない。なんでもなーいなーいホラ、もう一個、面白いのかけるぞこれも持て」

クラウドは不思議な虹色に輝く魔石をエリアスのもう片方の手に持たせた。

「オーラ

フワフワ浮かんでいたエリアスが眩い金虹色に包まれ輝き始め、その小さな手足をうにうに動かすだけで、まるで手足が大きな翼にでもなったかのように上下左右にフワッフワッ前にスイッスイと大きく動き始めた。


「ニャーンニャッニャッニャッニャーンニャッニャッ

エリアスが手足をパタパタさせながらご機嫌にクラウドとツォンの周囲を大きくスイースイーと泳ぐように飛びながら廻り始めたその時……

あ゛ーーーーーーーーーーーー!!!

下の階のベッドルームで眠っていたザックスが泣き始め、ツォンが飛んで行った。

クラウドはまだまだフワフワと浮かんでいるエリアスの手を誘うように引きながら、ザックスと一緒にいたセフィロスを連れに来た。

多分、間違いなく…セフィロスがザックスを苛めたのだろう。近頃セフィロスの自己主張にザックス苛めのパターンが加わってきている。

ザックスを抱っこしながらあやしているツォンに

「エントランスにいる。ザックスも来たければ来たらいい」

ツォンの返事を待たずにまだまだふわふわと浮かんでいるエリアスの手を引き、セフィロスを抱っこしてクラウドはベッドルームを出た。

大聖堂前の海のエントランスまで出ると、セフィロスとエリアスそれぞれに改めて魔石を持たせ、レビテトをかけた。


広い海の上、天気もよく真っ青な空に、さざ波がキラキラと輝く。

セフィロスとエリアスは海の上をフワフワと泳ぐように「キャッキャキャッキャ」と飛んでいる。

「タータ、タータ」

まだ"クラウド"と言えないセフィロスがフワフワと海の上を飛びながらうにうにジタバタしながらクラウドの方に戻ってこようとしている。

「なんだぁセフィロス、海の上は怖いか

クラウドが愉しくて笑うとセフィロスも笑って、そしてやっぱりうにうにと戻ってこようとする。

そこでクラウドはセフィロスを一旦捕まえ


「ほーーーーーーら!!

空高く放り投げた。

「ファーーーーーーー……ーーー………

叫びながらセフィロスは遥か上空遠くに飛んで行った。レビテトをかけているので戻ってくるのに時間がかかり、遥か上空でジタジタしている。

するとエリアスが「おなじーおなじー」とキャッキャキャッキャとうにうに喜んでいる。

「エリアスは高い高い好きかよーし、いくぞ…ほーーーーーーーーーーら!!

「ニャーーーーーーーーーーーーーー………!!

声が一気に遠くなっていき、遠い空でキャッキャキャッキャフワフワと喜んでいる。

のどかな光景にクラウドは、つかの間の落ち着いた幸福を感じていた。


だがその時、飛行型モンスターが上空に出現した。

「あ、ヤベ

早速の事件、ここは魔界の門。平和でないのが通常。

飛行型モンスターは群れで出現する。

昼だからと油断し過ぎていた。今はマテリアも武器も持っていない。

飛行モンスターは次から次へと出現し既に4体、明らかセフィロスとエリアスをロックオンして向かって来ている。

「チッ

クラウドは着ていたシャツを脱ぐと枚だけの大きな大きな翼をズバッと広げ、一気に上空まで飛び上がり、素手で飛行モンスターを体目を倒し、体目にかかろうとした時に大きな黒い翼が飛んできて、バシュッバシュッバシュッと一気に体の飛行モンスターが始末された。

悪魔の姿に戻ったツォンが剣を持ち、そこにいた。


「…何故片翼なのだ」

遥か下に大聖堂と海を見下ろす上空、隻翼をはためかせエリアスとセフィロスを回収するクラウドにツォンが聞いて来た

「異星人だからだ

それよりお前、使い魔のくせに同族を殺していいのか

今の飛行型は同族だろ?下手したら事が大きくなるんじゃないのか?」

「……私の子の生活圏に侵入してきたのだ。不可抗力だ」

「俺が言うのもナンだがそれは言いがかりだろ。元々ここは魔界の通り道なんだから

それに狙われてたのはセフィロスとエリアスであってザックスじゃない」

セフィロスとエリアスを抱えて上空より結界の張ってある聖堂内に入り、ツォンは部屋に置いてきたザックスを抱き上げた。


「同族殺しなど今更どうということもない

私の地位などとうに地に落ちている、いわば無敵の者だ」

ツォンとは思えぬ投げやりな笑い。

日々薄くなってきているツォンの影は、まるで消滅を間近に控えた幻魔にさえ見える時があった。

そんなはずはない、気のせいだと思ってきた。なぜなら悪魔の生命の象徴でもあるツオンの角は漆の様に艶やかな漆黒色で、太くて長い。

「……アンタ、随分エライ使い魔なんじゃないのか?

「昔の話だ、私は……今では魔界のお尋ね者だ」

..................


クラウドは無言で腕の中のザックスを抱き取り、そのままツォンを思いっきり蹴り飛ばした。

レディに付いて第一線で戦い続けているクラウドの蹴りの威力は、飛ばされたツオンの身体で収納棚の扉が2枚が割れ、1つがレールから外れ、中に収納されていた細々としたものが次々とツォンの上に落ちるほどだった。

ツオンは無抵抗だった。…というよりも、抵抗する力すら無かったのだろう。


「ザックスにはお前しかいないんだぞ!!

「お前がいる。守ってくれる

俺とルーファスは元々ザックスを守ってくれる者を探してここに辿り着いた

ザックスが産まれた時、俺は主から殺すよう命令された。…忠誠の証に

だが、できなかった

主の要求の理屈は理解していた

どうしてもできなかった

主の命令に逆らった使い魔は廃棄。魔界での決まり事

俺に追手が放たれた

使い魔の供給源はインキュバス族と同じ、主にしかない

粛清か飢え死にか

もう俺は、どの道助からない

だからせめてこの命尽きるその時まで我が子の傍に……」

「何が我が子だふざけるな!!

お前なんかレノと一緒なんかじゃない!アイツは!生き残るためにここに来た!!

生き残るために!殺されるかもしれないダンテの前に出た!!

お前だってできるだろ!ザックスのためにやれよ!!

魔界大戦があった今はスパーダ一族が支配者だ!もしかしたら魔界のルールが変わってるかもしれない!!

ここにはダンテの子供もいる!お前だって育ててる!レノがダンテの所に行った時よりずっと有利だろ!!

ザックスはお前の子だぞ!成長を見守りたいと思わないのか!

こんな死に方でザックスに恥ずかしくないのか!!

お前、それでも父親か!!


ツォンはクラウドの腕の中のザックスから目を逸らし、閉じた。

「誰が支配者になろうとも変わらぬ魔界の絶対法則がある

裏切使い魔は廃棄、使い魔の生命源は主にある」


「魔帝ムンドゥスから人間たちを守ったスパーダは、悪魔達の裏切り者じゃないんすかね…」


いつの間にかレノが戸口に立ち凭れかかっていた。

「ムンドゥスをぶっ殺して魔王の座を奪ったスパーダ一族は魔族の裏切り者じゃないんすかね…」

「彼らは支配者階級、裏切りではない。支配者同士の権力闘争だ

私は支配者に仕える使い魔…裏切りの意味が違う」

「ハッくっだらね

部屋を去りかけたレノが振り向き、ツォンに言った

「ターゲットとデキちまったアンタはアホだったが、今のアンタはただのクソだ

せいぜい都合の良い夢だけ見ながら消えちまえばいいぜ

残されたザックスはこの俺が責任もってイッチョマエの淫魔に仕上げてやるゾ、とグッバイ元、大使い魔ツォン

「レノ

淫魔はやめてくれ

立ち去ろうとするレノを追いかけようと歩き出したツォンだったが、その周りに急にモクモクと黒い霧が立ち込め「ドォンッ!!」と部屋を揺るがす振動が起きたと同時に、黒い霧と共にツォンの姿が消えていた。


!?


結界が破られた!?

前触れのない突然の事にクラウドが周囲を見廻していると、レノが答えた。

「あー、黒雲強制連行だな」

「…え」

「昔の大使い魔ツォンならこんなのは通用しなかったが、アイツ…マジで弱ってたんだな………ダッセェ…」

「ツォンは…」

「黒雲は魔帝騎士団の術

霧になるから、どんなに細かく分厚い結界にも入り込む

だが力はそんなに強くはない。霧だからな。俺でも頑張りゃ破れる

騎士団の黒雲は本来は眼とかアンテナとして使われてんだ

だが弱い奴や抵抗できない奴、死にかけてる奴くらいならアレでも捕縛できる

連行先は多分ダンテだろうな。バージルも一緒にいるかも

……ダンテはよぅ、こっちに来たくても来れない。エリアスのパパをしたくてもできない

いっつもどうにかして、どうやってエリアスに会いに来るか考えてる奴だからよ…許さねぇだろうな、大使い魔ツォンを」

「え、じゃあヤバイだろ」

「どーでも!死にかけの悪魔一匹どうなろうと俺の知ったこっちゃねーな!」

レノは眠そうに力なく手を振り部屋を出て行った。


本当に興味のなさそうなレノの様子にクラウドは驚いた。

タークス時代のツォンはレノやルード達に尊敬されていたし、命令は絶対のものだった。

それが今では…。

だがクラウドは元々ツォンが嫌いだったし、言っても聞く耳持たない奴とは話したくないし!…と気持ちを切り替え「ま、ザックスがいればいいか!」と、ツォンは切り捨て、子供たちの世話に戻った。



そして誰からも見捨てられた使い魔ツォンが一匹、魔界スパーダ一族の前に引きたてられていた。

喪失の向こう側8    NOVEL    喪失の向こう側10

inserted by FC2 system