喪失の向こう側10 学校指定の駐車場に停められた大型ワゴン車。 何色なのか、車種すらも分からなくなっているほどに酷く汚れている。 その車の影に4人の子供が集まっている。 1人が辺りを伺いつつ手早くその車のボディを指でこすった。 ボロボロと汚れがはげ落ち… 「黒だ!!」 現れたのはピカピカの黒のエナメルボディ。 「ぉおー、ホントだ!全部黒かな!?こっちは!?」 子供たちの通っている学校はそれなりの知性と資金力が必要であり、送迎には車通勤が義務付けられている。 そのせいで朝夕の子供達の送迎の時間帯には学校の駐車場がピカピカにメンテされた車たち、高級車、新車で満たされる。 だがそうして競い合う様にメンテされた中で、異常に汚れた大型4WD車は否応に悪目立ちする。 「うわっ!何書いてんだよ!ゴールデンボーイに殺されるぜ!」 ボロボロと汚れをこすり落としていた少年の横で、”口にすれば先生や親に怒られるような言葉”を手指、袖口まで土まみれにしながら落書きをし始めた少年。 その少年がそのまた横の少年を指して言う。 「バッカ!コイツなんか自分の名前書いてんだぜ!”参上!”って…ねーわ。……だが俺も書く!」 「書いちゃうのかよ!マジ死んだな!お前ら骨は拾ってやる!」 「バーカ!そん時はお前も一緒だ!俺が書いてやる!」 「キャーー!ヤメロー!…あ!!ヤベッ!」 4WD車の持ち主が、迎えに行っていた子供たちと一緒に戻ってきたため、子供4人は蜘蛛の子散らすように逃げて行った。 翌日また同じ場所に停めてあった汚4WDワゴン車。 迎えに行っていた子供たちと一緒に持ち主が戻ってきたところ、10人近くの子供たちがまた蜘蛛の子散らすようにキャーキャーと騒がしく逃げて行った。 残された汚ワゴン車だったはずのものは、今やフロント、サイド、バックの4面全てに子供たちのこすり落書きが賑やかに散らされていた。 この頃には既に『よくある大型4WD高級車の黒』だと判明していたが、今では違う意味でどんなレアな高級車よりも、学校中の注目を浴びていた。 更にその翌日、いつものように送迎者が子供たちと一緒にワゴン車に戻って来たが、昨日より更に増えたいたずらっ子たち数十人はもう逃げようともしなかった。 なぜなら… 「母さん!コレ、僕が書いた!」「あら上手ねぇ」とか 「このへん、まだ描く場所あるぜ!お前、ココやっとけよ!」とか 「ゲゲー!〇〇のチ〇ポコ!だってさー!」「ギャハハハ!何か出ちゃってるぜェ!」とか 中には 「こんにちは、ウチの娘が絵を描かせていただいたそうで、これだけ大きければ描く場所たくさんありますわね?」とまで悪びれず 親同伴、友達同士、もはや大型ワゴン車がイベント会場になっていた。 その翌日、皆のイベント会場となっていた大型4WDワゴン車・黒は駐車場に現れなかった。 話題のワゴン車を見るために多くの生徒たちや父兄、送迎者たちが駐車場で待ち構えていたのだが車は現れず、その翌日、また翌々日、続いて翌週になっても、もう『皆のおっきいワゴン車』は現れることはなかった。 その学校では、どんなに近所であっても子供単独での通学は基本許されていない。 それは入試の時に確認させられるし、入学後にも改めて本人・保護者に周知徹底契約され、その校則を破れば即退学になるほどの絶対の基本校則となっていた。 なぜなら学校内は幾重にも結界が張られているおかげで弱い人間の身でも、幻魔でも、獣族でも安全に過ごし治安が保たれているが、学校から離れるにつれ、結界の壁が薄くなってゆき、目も粗くなり、剥き出しのサバイバルな現実へと繋がってしまうからだった。 人間の子供の血肉・魂は特に生命力に溢れ、ピュアで柔らかく美味く、1体喰らえば魔能力・精力がジャンプアップするため、特に様々な種族から命を狙われている。 だからこその、命を守る絶対の学則だった。 しかし、そんな中でも学校が認める例外はある。 徒歩通学が許される者:本人に魔物、悪魔、獣人と戦えるほどの戦闘能力、状況判断力、自己責任能力が備わっていると学校が認め、尚且つ親の同意が得られている者。 だが、現実にはこれらの条件を満たせる者はほぼいないため、実質徒歩通学する生徒は皆無…だった。 だが今、4WD車で送迎されていた子供たちは徒歩通学に切り替わっていた。 だがそれは実力があるから、学校側が徒歩通学を認めたわけではなかった。 新たな特例が今回に限り、認められた。 黒の4WD車で送迎されていた子供は3人。 1人目は魔王の一人息子、エリアス皇太子。 2人目は高等悪魔と言われているセフィロス。 3人目は魔王第一の従者の息子、ザックス。 この3人を毎日送迎していたのが、デビルハンター・クラウド。 輝く金髪と、世界で5本の指に入る実力を持つデビルハンターでありながら、学校に通っていてもおかしくない程の少年の様な佇まいであるため『ゴールデンボーイ』などと、生徒たちからあだ名を付けられていた。 このデビルハンタークラウドが、魔界皇子3人それぞれに結界を張るようになった。 他のどんな優秀で力のあるハンターであっても、朝から夕まで持続するほどの結界を人体に張る事などできない。 だがデビルハンタークラウドがやってしまったため、『デビルハンタークラウドの子供達3人』は、徒歩通学が学校側に認められた。
疾走する少年が巻き起こす風によって雑木林の中の枝や木の葉が騒ぎ、少年自身も風を受けてワッサワッサと黒髪が暴れ弾み、その度にチマッチマッと可愛らしい2本のツノが頭上に見え隠れする。 「ただいまーーーーーーーーーーーーー!!クラウドーーーーー!!!!」 笑顔全開、地黒の肌と輝く真っ白な歯、全力疾走後の荒い息遣いに、走り続けてここに来た事が伺える。 「お帰り、ザックス」 走った勢いそのまま車にダイブし、ドアをバンッ!と勢いよく閉めた。 「今日は俺がいっちばぁーーーん!」 「そうだな。学校どうだった?何かあったか?」 「んあー?……あ、さっき校門のトコで獣族のママに”ウチの子のワゴン車がどーのこーの”とか”うちの子が寂しがってる”とか"今度ダブルデート”とかって絡んできたから"ウッセー!クラウドはママ連嫌いだ!"つっといたぜ!……てか、そんな事よりいっつも思ってんだけどクラウドってホンット嬉しそうに俺らをお迎えするよな!どこのお母さんよりも一番嬉しそう!」 「え、そう?」 「うん!クラスの奴も言ってる!『あんまり嬉しそうだから見てるこっちが嬉しくなるって!ウチの親なんか、そんな顔したことねーわ!』って!そんで最近クラウドが学校に来てねーから『オメーの子離れできてねー兄ちゃん、病気?早く治してまた来いよな!』なんつって心配されちゃってるぞ!」 「……子離れできてないって…俺の事か?」 「そりゃそうだろ!他にいるかよ!レディにも何回もクソ過保護って言われてるし!学校で車にイタズラまでされて、ダンテにも”いい加減にしろ!”って怒られてんのに交渉までして、こ~んな林の中に隠れてまで迎えに来てんだ!サスガの俺もそこんトコだけは否定できねー!クラウドは誰が見たって子離れできてねーよ!全然!」 付き合ってやるこっちも大変だぜ!のオマケ付きでザックスに元気よく答えられた。 「………」 仕方がない。 ザックス、エアリス、セフィロス、全員を目の前で失った。 その時の記憶は何十年経とうとも色褪せず、感触までも折に触れ、何度も鮮やかに、如実に、醒めない悪夢の様に蘇る。 今、目の前で命を失っていった彼らが、目の前で日々成長していっている。 嬉しいに決まっている。 誰に何と言われようとも絶対に、2度とこの命を失わない。守り抜く。誰に何と言われようとも。たとえ本人達に笑われようとも! …というクラウドの秘めた思いは誰に知られることもない。知ってほしいと、クラウド自身が望んでいないから。 「エリくん!エリくーん!」 林の中に入ってきた兄弟を目ざとく見つけたザックス、座った体勢のまま体をバウンドさせながら車の中から全力で呼び始める。 おかげで車が何かのアトラクションのように上下に揺れる。 笑顔全開のザックスに小さく手を振り応えているエリアス。 生れた当初は金髪だったが、6歳になった今は薄いブラウンに段々変わってきているふわふわの猫っ毛。 後ろで1つに束ねているウェーブのかかった長い髪は、本人に自覚の無いままエアリスの面影が重なってきている。 「ただいま」 「お帰り」 「エリくん!お帰り!!」 後部座席の真ん中に座っていたザックスはニコニコしながら体を横へずらしエリアス用の場所を空け、ポンポン!と座席を叩いた。 「今ね、父兄駐車場のところで人間族のママから"お宅のお兄さんは男性が好きなの?"って聞かれた その時セフィロスも近くを歩いてたんだけど、やぱり他のママに聞かれてたよ どうしたの?今日、何かあった?」 「…………」 クラウドはウンザリしたようにフッ…と溜息を吐いた。 「…もしかしてそれ、俺が”クラウドはママ連恐怖症”つったから?」 「あー、そういう事か」 エリアスが納得した。 「好きに言わせておけ どうせあそこにいる連中は、話を面白おかしく好きなように変えて無責任に言いふらす あんな連中、何を言われようが関わらないのが一番だ!」 実は学校指定の駐車場を使わなくなったのは子供たちの落書きが原因ではなく、そこから関わりを持ってくる保護者達からクラウドが逃げた結果だった。 ママ連はとにかく遠慮がない。というよりも、そもそも思慮があり遠慮のあるママ連は、魔界皇子3人を魔王直属の悪魔たちと共に育てているデビルハンター・クラウドになど近付いて来ない。 そんな強烈なプロフィールをものともせず擦り寄って来るのは、発情した雌猫たちか、腹に一物あるものくらいで、そんな連中相手ではコミュ障クラウドは逃げる以外に術がない。 そんなクラウドを、レディだけでなくレノやエリアス、ザックスは楽しく揶揄うのだ。 だが1名、彼だけは誰ともマトモな接触ができないクラウドの味方だった。 「ただいま」 「おかえり、セフィロス」 生後半年くらいまではエリアスやザックスと成長が並んでいたセフィロスだったが、その後猛然と倍速、倍々速で成長し始め現在6歳にして既に15~6歳少年くらいの体格にまで成長してしまっている。 逆に生まれて直ぐに環境に適応し歩けるようにも話せるようになる、と云われている魔族のエリアスとザックスは、何故か人間と同じ成長速度に留まっているため、とても3人が同じ年には見えなくなっている。 「学校で何かあったか?」 「無い。いつもと同じ」 「……父兄駐車場で何か聞かれなかったか?」 あえてクラウドがそう水を向けるとセフィロスは少し考えた後、思い出したように答えた。 「くだらん事を言う奴はいた」 「……俺、その時のお前のリアクションが目に浮かぶわ…ゴミを見るような眼で主婦連を一瞥!そんで去る! お前が去った後には凍り付いた世界、地吹雪がビョョォォ~…」 セフィロスに向かってザックスが両手で風の流れを真似たが、セフィロスは見てもおらず指で描かれた模様入り窓ガラスの向こう側を見ていた。 行き場のなくなった風の流れは少しだけ車内の空気を冷やした。 クラウドは溜息を吐いた後、「シートベルト」 まだ装着していなかった全員に促し、全員嵌めたのを確認し、車を発進させた。 「レディの家に行く前にスーパーに寄って行く。何か欲しいものがあったら言ってくれ。お菓子以外で」 「アイスー!」 エリアスが言った。 「お・菓・子・以・外・で!」 本当にエリアスは可愛い。 しかも本人もちゃんと可愛さを自覚しているところがまた小悪魔で可愛い。 「肉まんー!」 「それはお菓子ではないけどスナックに入る。却下だザックス!...セフィロスは?」 少し考えた後「カーウォッシュ一式。ワックスも。スーパーの隣のホームセンターに行きたい。洗車は俺がやる」 「あー!ヤッター!セフィロスがギブアップしたー! クラウド!俺も洗うの手伝うから買ってー!いい加減、この車は恥ずかしすぎる!ねー、エリくん!」 ザックスが隣に笑顔全開で同意を促すとエリアスも頷き、微笑んで言った。 「クラウド、この悪目立ち車は僕もイヤだ どうせクラウドは”子供たちが一生懸命書いたから”とか思って消せないんだよね? でも人んちの車に落書きするような子は最初から消されるの分かっててやってるよ?もうサービス期間は終わってもいいんじゃない?」 「……ホームセンターも行こうか……」 一言も言い返せないクラウドが会話を終わらせようとしたが、エリアスは更に続けた。 「クラウドってさ、拘るところは拘るけど気にしない所は本当にビックリワイルドだよね モンスターだらけの大聖堂廃墟に住んじゃったり、モンスターの体液・泥だらけでゴテゴテの車に乗ってたり、バトルに出ると滅茶苦茶ドロドロギトギトに汚くなって帰って来るし! でもギットギトのままお風呂に入って、出てくるとお風呂もクラウドもピッカピカになってるの!ってことは裸でお風呂の中を壁から床まで全部ゴシゴシ掃除しまくってるんだよね! そういうトコ、すっごく大雑把でワイルドだよね~!」 「エリくんエリくん!見て見て!クラウド、赤くなってるぜ!ハジカシ~んだ~!」 ザックスとエリアスが仲良くキャッキャと笑い始める。 「うるっさい!街を走ってるのだって汚い車いっぱいいるだろ!同じだ!学校の奴らがいちいちピカピカにして神経質過ぎるんだ!車はただの移動手段だ!きれいにする必要なんかない! それに風呂はそうやって洗うのが一番効率が良いんだ!」 「ウチの車は街中のどの車よりずっとずーっと汚いでーす。いっちばーん汚いでーす!だから落書きされるんでーす!車の色が分からなくなるまで汚してる車なんか見た事ありませーん!ウチ以外! それにアイアンホースも移動手段でーす!アイアンホースはいっつもピッカピカでーす! 効率が良いとかじゃなくてクラウドがチンブラ・タマブラでお風呂中洗ってるのが可笑しいんでーす!」 エリアスが小首を傾げ可愛い笑顔で完璧に切り返す。 「う、うん。そ、そうだな。悪かった!ホームセンターに行くからな!!よし、この話はオワリだ!」 エアリスと同じ顔をして”チンブラ・タマブラ”とか…クラウドは居たたまれず、とにかく会話を終わらせたかった。 だが当然エリアスはクラウドのそんな思いなど知る由もない。 「サテ、ザックスくん?クラウドくんは今の会話のどこにギブアップをしたのでしょう?」 エリアスがワザとらしく人差し指を顎に持って行き、ザックスに推理をするように話題を持ちかけると… 「それはやっぱり”チンタマブラブラ~”ですね!クラウドくんは車が最悪に汚いのは平気な人ですからね! ホラ、見てください!クラウドくん、酒も飲んでないのに真っ赤です。全く、可愛い大人ですねー!こりゃ主婦連も大喜びだー!」 「そうですねー」 そう言ってザックスとエリアス、顔を見合わせてニヤリ…とした後、2人一緒に… 「チ~ンチンブ~ラブラ!」「タ~マブラ!」「チンポとタマタマがピッタンピッタ~ン!」と手拍子をとりながらコールし、なおも調子に乗って「チンポー!」「おちんこー!」「クラウドはチンブラー!」「キ〇タマー!」「タマタマー!」と続けた。 あー………あのエアリスが…ヤメテ…エアリス………言葉にできずクラウドは一人居たたまれなかった。 会話に参加はしていなかったが、外を向いていたセフィロスの口端は上がっていた。 スーパーに着き、店内に入ったところで 「ザックス、エリアス、セフィロス、カート」 買い物の時のいつもの約束事。カートをセフィロスに持たせ、クラウドは両手をそれぞれエリアスとザックスに差し出し繋いだ。 「はーい」 スーパー内、直ぐにどこかへ消え、挙句迷子になってしまうエリアスとザックスは、それぞれクラウドが片方づつ手を繋いでおく。セフィロスには商品をかごに入れてもらう。 考え抜いたトラブル回避策だったが、それでもザックスとエリアスが隙を見ては商品を籠に紛れ込ませるので、それを棚に戻すのもセフィロスの役目。 それ以外にも実はクラウドを除いたセフィロス、エリアス、ザックスの間に自然とできた暗黙のルールがあった。 平日のスーパーは主婦連の巣窟。 クラウドのどうしようもないコミュニケーション能力の激低さは主婦連のおいしいカモにしかならない。 ザックスの悪魔特有の目立つ角やシッポを見て「可愛い悪魔ちゃんね」と話しかけられ、セフィロスの隙をついてザックスが色んなものをエリアスと一緒になって籠に入れようとしてクラウドに怒られていると、「ウチの子も昨日は大変だったのよぉ~!子供って…」と話しかけられ、気になるものがあれば直ぐに走り出して「店内を走るな!」とクラウドに怒られ、「うん!」と元気に答えた後で「コレ欲しいー!欲しいー!」と叫び、買ってくれないと分かると、ケチくさいクラウドと可哀想なボクをシチュエーション設定し嘘泣きを始めるが、泣き止むまでクラウドにほっぺビョーン!ビョーン!の刑にされ、声を上げて泣いているのに頬を伸ばしたり戻したりされるので「あぶあぶぶー!」「えうえうーーー!」と変な泣き声になってエリアスもセフィロスも、ザックス自身までも可笑しくなってしまって笑ってしまい強制的に泣き止むことになり、だが泣き止んだその一瞬後には眼をキラキラさせ「じゃあアレ買って!!」と再び走り出し、ガックリしているクラウドに周囲の主婦が次々と「子供なんてあんなもの!頑張って!それにしてもお宅の…」と励まされついでに話しを伸ばされ、いつの間にかクラウドが一言も喋っていないにも関わらず主婦連が周囲を囲み家庭の愚痴大会になっていたり、クラウドがレジで固定されている間にザックスとエリアス2人で店内行方不明になり、お菓子コーナーか!と探してみればどこにもおらず散々探した挙句、スーパーのバックヤードで2人で手を繋いでギャン泣きしているところを「お宅の子でしょ?」と連れて来られ、謝り倒し、「子供に手がかかるのは今のうちだけ。そのうち"何でも知ってるよ!"なーんて顔して口もきいてくれなくなるんだから!直ぐよ!今が一番大変だけど親冥利につきる時!ウチの子はもう成人して…」と、やっぱり勝手に話がつながっていき、もーーーーーーうヤダ、本当ヤダ!勘弁してくれ!と辟易、疲労困憊、ウンザリしているところ、自称子育てに悩む主婦が縋るように相談して来て「知らない!」とキッパリ断っても次に会った時にまた相談して来て「知らない!俺には関係ない!忙しい!」と断っても「聞いてくれるだけでいいの!ケータイ教えて!」とストーカーをして来て、クラウドの方がアレルギーやノイローゼになったりで 結果、スーパーではセフィロス、エリアス、ザックスが天然誘虫灯クラウドをガードするようになった。 だがそれもエリアスとザックスはまだ子供、クラウドが絡まれる原因を作りまくり、更には主婦コミュニケーションテクニックによりお喋りなエリアスと対人スキルMAXのザックスがプライベート情報をベラベラと垂れ流しまくり、クラウドがモンスターハンターであり片翼の異星人である事、セフィロスも同じく異星人で卵から生まれた事、ツォンと一緒に買い物に来るとエリアスばっかり贔屓して何でも買ってくれるくせに実子のザックスには「我慢しなさい!」「必要ない!」って何も買ってくれないこと、クラウドは世界に1台しかないモンスターバイクに乗って仕事に行くこと。バイクフェチで毎日ピカピカに磨いてるくせに僕達を乗せる車は全然手入れしてないからここの駐車場で一番汚いのがウチの車だからどこに置いても直ぐに見つけられる事、昔戦地となった大聖堂廃墟に住んでおりそこは魔界への通り道になっていてモンスターがいっぱいで毎日結界を張りなおさないと直ぐに大聖堂が魔族の巣窟になってしまうこと、同居人はザックスの父親ツォンで「すっごくえらい悪魔!」と、はぐれインキュバスの「すっごくおもしろいレノ!」がいて、エリアスの父親は魔帝三位の一人ダンテであること、死んじゃったお母さんトリッシュとは大恋愛だったこと、ダンテはたくさん贈り物をくれること、ツォンはスパーダ一族の使い魔ですっごくすっごくエライんだってこと、クラウドのお師匠様は元巫女のデビルハンターで、師匠から車やバイクや仕事やお金をもらってる!こと、師匠は家の中ではいつも裸でクラウドをあごで使ってるけど、どんな男よりも強くて頼りになって怖いこと、娘のマリーちゃんは凄く真面目で可愛くてレディとは血が繋がってないけど巫女繋がりで今は巫女の修行で寮に入ってるけど、クラウドが時々お菓子を作って差し入れに行ってることとか。 根こそぎベラベラベラベラベラベラベラベラベラベラ、ほんの少し目を離した隙にアチコチの主婦に手を変え品を変え聞き出され、それがあっという間にスーパーどころか主婦繋がりで至るところまで拡散されて、殆ど誰とも話していないのに個人情報ってなんだっけ?のレベルでクラウド一家の情報はダダ洩れ状態にあった。 おかげですっかり主婦連アレルギー重症者になっているクラウド。 隙あらば絡んで来てペタペタ触ってきて頼みもしないのに感想まで言って、あまつさえアドバイスまでしてくる。更には思っても言ってもいない、やってもいないことを、言った、やったとふれ回ったり、…そんな主婦に比べれば、まだゴキブリレディの方が全然マシだった。 ちなみに使い魔ツォンもクラウドと全く同じルートで子供たちの送迎をやっていたが、悪魔のプライドが高いツォンは、無遠慮に話かけてくる人間、獣族の眼を見てキッパリハッキリと「人間ごときが馴れ馴れしい!」、獣族には「獣臭い!」、魔族には「要点のみを言え!」を繰り返すため、今では学校でもスーパーでも誰にも話しかけられず遠巻きにされる存在となっており、秘かに”1ブロック”というあだ名がついていた。意味は、ツォンが移動する一角だけ主婦連が消えるからだった。 主婦連との毎度の攻防を繰り返しながら品物選びも終わり、スーパーのレジで会計待ちをしていた時。 「クラウド」 「ん?」 今のセフィロスはクラウドと並ぶとほぼ同じ目線になる。 「今夜、クラウドは仕事だろ?」 夜はいつもクラウド、レノ、ツォンの交代当番で子供たちの面倒を見ることになっている。 当番ではない時、大人3人はそれぞれ「デビルハント」「インキュバス業」「使い魔」の仕事に向かっていた。 「うん」 「俺も一緒に行く」 「無理に決まってるだろ」 にべも無く断るクラウドに、セフィロスはイラついたようにクラウドと手を繋いでいたザックスの手をいきなり掴みむしり取り、自分が代わりにクラウドの手を強く握った。 瞬間、クラウドはセフィロスの手をふり払おうとした。が、セフィロスはその手を離さなかった。 昔はともかく、近頃クラウドは背が並ぶようになってきたセフィロスとの接触を避けるようになっていた。 そしてそれを追いかけるようにしてセフィロスは以前に比べ、やたらとクラウドに拘るようになってきていた。 「クラウドの結界なんかいらない!俺は自分の身は自分で守りたい!」 「そのうちな」 「そのうちとはいつだ。俺はいつまで弱いままでいればいいんだ!」 「いつまでって、お前はまだ6歳なんだぞ!」 言い合いをしている2人の一方で、クラウドから引き剥がされてしまった自分の手を見ていたザックス。 横から手が伸びてきてザックスの手を握った。 エリアスが微笑んでいた。…いつの間にかエリアスはクラウドの手つなぎ拘束から逃れていた。 「6歳だからってなんだ。俺に力がないのならクラウドが見本になって見せたらいいだろう!それが嫌ならせめて結界をはるのを止めてくれ!」 「…セフィロス、何でそんなに急いで…ち、ちょっと待て!」 ザックスとエリアスがコソコソと2人でどこかに行こうとするのを、すかさずその襟首を捕まえて止めた。 「ヤメテー…」エリアスがジタバタしている。 「バレちゃった…」 「バレちゃったね」ザックスとエリアスが笑い合っている。 「セフィロス、ザックスを掴まえておけ」 「ぐえっ!」 セフィロスはザックスの襟首を掴んで容赦なく引き寄せたが、握っていたクラウドの手は離さなかった。 クラウドは内心「ウゥ…」と詰まりながらも、逃げようとするエリアスと手を繋ぎ直した。 「クラウドのバトルに付いて行く!」 「……お前が付いて来れるほど安全な場所じゃない」 「だったら俺の結界を解除してくれ!」 「…なんで」 セフィロスは普段は大人しく我儘も言わず物分かりも良く手がかからないのだが、主張する時はほぼ決定事項、決して意見を曲げない。 こういう時は本当に昔のセフィロスを思い出す。悪い意味で。 「ねえ、クラウド。僕も前から気になってた事があるんだけど、聞いていい?」 レジ清算が終わり、皆で買ったものを袋に詰めながらエリアスが会話に入ってきた。 「ん?」 「どうしてクラウドは眠らないの?」 「え?眠ってるぞ?」 「横にならない。座って寝てる」 「…………」 「僕らと一緒に寝てもクラウドはいつの間にか座ってる」 「そうなの?」 一旦寝ると朝まで起きないザックスの問いにエリアスが頷いた。 「…そういう習慣になってるから」 「異星人だから?」 「まあ、そんなところ」 「セフィロスは?」 「セフィロスはこの星生まれだから習慣がこの星に適応してる」 「へー、それでさ、僕もバトルに行きたい。結界もいらない」 それで…って、今どう繋がった?…とクラウドが困惑していると 「俺も!」 ザックスまでも参戦。 クラウドは困り果てた。 その後レディの家に夕飯を作りに寄った後で家に着き、子供たちは早速ホームセンターで買い揃えたカークリーニング一式で車を洗い始めた。 一方クラウドはツォンと一緒に夕飯の支度をしていた。 クラウドは材料を切り、ツォンはグラタンのホワイトルーを作りながら 昼間の報告をしていた。 「今日、少し困った事が起こった。始まりはセフィロスだったんだが…」 「セフィロス?珍しいな」 絶え間なく鍋をかき回していた手が止まったが、直ぐに復活しまたかき回し始めた。 几帳面なツォンは料理の中でもルー作りが特に好きだ。ホワイトでもブラウンでも他のものでも、完璧に滑らかに仕上げげるための手間暇を惜しまない。 自分が食べない分、”作品”としての仕上がりが分かりやすいところが気に入っているらしい。 「俺のバトルに付いてくるって それを聞いてたエリアスとザックスも一緒にバトルに付いて来るって言いだして…」 「…セフィロスはもう大人だ。守られていたくないと思うのも当然だろう それにエリアスたちの言う事も正しい 私もレノもお前の人間臭い方針に付き合っているだけで、俺たちのルールからいけば彼らはとっくに独り立ちしている年だ そもそも上級悪魔であるエリアス様とザックスの成長は異常に遅れている。まるで人間並みだ だがもう、彼ら自身が声を上げたのなら潮時だ 彼らに結界なんかかけるな」 「なんでだよ!なんでそんな急いで大人にならなきゃいけないんだ!まだ6歳だぞ!大人なんかこの先ウンザリするほど、嫌でもやってられる! 守れる奴がいるんだからゆっくり大人になればいいだろ!」 「それは人間なら、の話だ。悪魔はそんな低能ではない それに子供はいずれは親の腕の中から飛び立ってゆくものだ 守っているつもりでも気が付けば独り立ちしている 親にできることは彼らが転ばないよう、転んでも再び立ち上がれるよう、見守るくらいだ お前の過保護は有害レベルだ」 「………」 「今までに何度もそう言ってきたが、それでもお前はバトルを教えようとしない つまりお前の過保護は”子供たちに必要ない”のではなく”お前が教えたくない”のだ それも今までなら、子供たちの親代わりをしてくれているから黙っていた だが今、ザックスの親として聞く 何故そこまで子供達の成長を妨げる 黙ってもいいが答えないのなら、私もお前の意向を無視し、俺が子供たちにバトルを教え込む。セフィロス以外」 「…………」 クラウドは何も答えられなかった。 夕食タイムになり、人間の食事を摂らないツォンは席を離れ、単身魔界スパーダ一族の元へ報告に降りて行った。 「………という話をしました」 現世育ちのダンテとバージルはダイニングで人間的お食事中だった。 バージルは調理専用使い魔に作らせたディナーをナイフとフォークでワインと共に愉しんでいたが、そういうスタイルが好きではないダンテは別の使い魔にデリバリーさせたピザを立膝でビールと共に喰っていた。 「そうだな。やれ ゆっくり成長するエリたんも可愛いが、もう成長する時期だ セフィロスごときに抜かされるようではだめだ 学校の送り迎えもなし、結界も止めさせろ、お前がバトルを教えてやれ 物理・魔法、リミット、基本から…バト…ル………」 言っている途中でダンテが喋るのを止め、その不自然な間に頭を垂れていたツォンが思わず顔をあげると、ダンテがフリーズしていた。 しかもなぜか向かいで食事をしていたバージルも同時に食事の手が止まりフリーズしていた。 一卵性双生児が同時にフリーズしている様は何か映像のバグめいたものがあり不気味で、ツォンが思わず声を掛けようとしたところ、同時に2人がバグから回復した。 「ツォン!今日からエリたんのバトル訓練を始めろ!帰ったら直ぐだ!仕事は明日に回せ! エリたんは戦いたがっている!戦わせろ! 今日からウチのエリアスはバトルデビューだ!!」 「畏まりました」 何だか分からないが、心からの忠誠と共に深く頭を垂れ、ツォンは魔界宮殿内ダイニングから辞し、聖堂ダイニングに昇って行った。 死にかけていたツォンがスパーダの黒雲に捕らえられ、魔帝宮殿に連行されたのは5年前。 生まれがただの一兵卒でしかなかった使い魔ツォンを、大きく育てたのは元の主ルキフゲ。 ツォン自身、主ルキフゲに絶対の忠誠を誓っていた。 ある時、ルキフゲから人間経済界の中枢にある巨大カンパニー神羅を乗っ取るよう直令を下された。 神羅グループの中心にいたのはプレジデントとその一人娘ルーファス。 プレジデントの周囲は古参がガッチリ固めており、入り込むのは難しそうだった。 そこで娘ルーファスの秘書として入り込み、ルーファス秘書室長を唆し独立させ、第二秘書は陥れ解雇させ、第三秘書は取り込んだ、プレジデントは殺した。 計画通りルーファスが社長になり、第一秘書として神羅グループの全容を把握した。 後はルーファスを無力化しつつ操ればいい。 それで主ルキフゲの命令に応えられる。 ……はずだった。 信頼を得るために積極的にルーファスのプライヴェートに関わった。 難しい女ではなかった。 最初の1,2日で堕とすまでの工程を組めるような女だった。 だが実行途中から雑念が入るようになり仕事がし辛くなっていた。 頭の中に響く雑音が日々酷くなってゆき、作業に支障をきたすようになった。 そうルーファスへの接触は作業だ。 だがノイズは煩く鳴り止まず、脱線し崩れた計画を修正する事もできずにいた。 会社の乗っ取りは順調だった。 だが肝心のルーファス切り取りができずにいた。 作業工程が遅れている。 このままでは主への裏切り行為になる。工程を進めなければならぬ!日々焦りながらもノイズは酷くなるばかり。 主ルキフゲにルーファス切り取りの失敗を指摘された。 失敗のケジメとしてルーファスの腹の子を差し出すように宣告された。 皮肉なことに、そのルキフゲの言葉により初めてルーファスが妊娠していることを知った。 主ルキフゲの要求は理に適っている。当然のものだ。 所詮人間など頭も心も体も弱く、悪魔の養分になるべくして生まれてくるのだ。 ルーファスも例外ではない。 プライドの高い寂しがりの愚かな女。 簡単だ。 そんな女の腹にできた子など渡せばいい。 女の腹を裂き、子供を取り上げ、主に渡すだけ。簡単なことだ。 迷う方がおかしい。 もし、万が一、ルーファスが子供を産んだとしても所詮は使い魔と人間の子、大した能力もないのだ。 価値など無い。誰にとっても。 分かっている! 価値などない! 頭が働かない。 魔界に帰れない。 産まれた子には可愛らしい角と尻尾があった。 ルーファスは泣いたが自分は…………嬉しかった。 我が子。 なんと愛らしいことか。 守らなければ。 いや、守る必要などない。今からでもルキフゲに捧げたら……。 我が子を安全な場所へ。 ルキフゲの勢力の届かないどこよりも安全な場所へ…いや、そうではない!主、ルキフゲにこの子を差し出すべきだ!我が主は何も間違っていない!! ………この可愛い我が子を……渡せば…。 不当であるのは主ルキフゲではない、私だ。 分かっている! 間違っているのは私! だが!だがノイズが収まらない! 真実の名を懸け、心より誓った主への忠誠を破ってしまった。 私は終わりだ…。 クラウドという異星人。 どこで恨みを買ったのか覚えがないが最初から敵対心を向けてきた。だがザックスへの愛情は慈愛に満ちている。 戦闘も大抵の種族には勝つ強さを持つ。 万が一追い込まれても恐らくこの男は自分の身を挺してでもザックスを守る。 こいつのもとにいれば我が子は安全だ。思い残すことは無い。 無いわけがないだろう! 何故我が子を残して死なねばならぬ! 死にたくない!死にたくない! もっと我が子の成長に触れていたい。 …だがその時は刻々と近付いてきている。 魔界に帰れなくなった私は、終わる。 もう立っているのも辛い。 魔王の黒雲に捕まり、気が付けば魔界裁の場に連行されていた。 チェックメイト…裏切者の使い魔は処刑。 餓死の前に処刑になったか…。 …ルーファス…最期に会いたかった…。 別れを言いたかった…謝りたかった…。 「お前の主のルキフゲ、もういねぇぞ」 驚き顔をあげると新しい魔界王となったスパーダ三位が見下ろしていた。 「くだらねぇな、お前。くだらなすぎてブチ殺す気もおこらねぇクソ悪魔だ!」 魔王ダンテ。 ……2悪魔…スパーダの子が双子という噂は本当だったのだな… 飢えで働かなくなっていた頭でボンヤリとそんな事を考えた。 「お前の言葉は汚過ぎて不愉快だ」 同じ顔をしていても、まるで双極のように雰囲気が真逆の魔王バージル。 「ルキフゲはムンドゥス側に付き滅んだ 使い魔ツォン、答えは一度 人間の産んだ子を差し出し魔界就きの使い魔になるか、今ここで消え失せるか、選べ」 2人の息子の中心に坐す魔帝スパーダ 分かっている。 正解は最初から分かっている。 ルキフゲに指摘された時から、分かっている。 だが俺は……それでも… 「どうか……どうか…我が子に生きるチャンスを…ください 私の咎を、我が子に追わせないでください!どうか…!」 許されない、分かっている! だが!あの可愛い我が子を殺さないでください! 地に付けた土下座のまま頭をあげられなかった。 そうする事しかできなかった! 誰からどれほど唾棄されようとも、名が地に落ちようとも!我が子の命だけは!あの子の未来を奪わないでください! 「…チッ!」 魔王ダンテが忌々し気に唾を吐いた。 今なら分る。魔王ダンテが激怒していた理由。 元の世界に帰れなくなってしまった魔王。 妻を亡くし、産まれた我が子を一度も抱くこともできないまま魔界に閉じ込められた魔王ダンテ。 下された判決は提示された選択肢のどちらでもなかった。 裏切者の使い魔にどれほどの価値があるのか、私は改めて魔王三位へ心からの忠誠を誓った。 そして魔王ダンテに、口には出さぬ密かな誓いを立てた。 我が子の為に私は生き抜く! そして我が子ザックスを、魔王ダンテの息子エリアスの第一の従者に育てあげる! 夕食後の片づけをしているクラウドにツォンが言った。 「そういうわけで、今日からエリアス様とザックスのバトルの訓練を始める セフィロスはどうする?」 「………」 眉間に深く皺をよせたクラウドは、酷い痛みに耐えているようだった。 魔界の通り道にあるフォルティナ大聖堂。 結界を解けばいつでもモンスターとエンカウントできる。 「わぁ~お!とーちゃんカッコイイぞーー!!」 バトルの為に本来の悪魔の姿に戻ったツォンにザックスは大はしゃぎだ。 クラウドは溜息を吐いてから、バトル前の講義を始めた。 「まず最初に約束をするんだ 大聖堂にはモンスターがたくさん出るし棲んでる モンスター1匹1匹は弱くても、弱いモンスターは群れで襲って来る そしたらお前たちは絶対に勝てない 1匹だと思っても、ソイツをヤると仲間が反応して集まって来る 仲間じゃなくても命が散る臭いは強い悪魔やモンスターを引き寄せる それが街中だったら、お前たちの近くにいる人たちにも被害が及ぶ だから約束する!簡単に戦うな! 戦うよりも先に気配を読む、避ける、逃げる、を優先させろ。いいな!」 「質問」 「なんだ、エリアス?」 「僕は簡単には死なないよ?怪我だってすぐに治る。それで周りに人がいない時も戦ったらダメなの?」 「ダメだ たとえ自分の事でも、怪我を簡単に考えていると他の奴の怪我も簡単に考えるようになる 必ずそうなる エリアスは強いし賢いから、きっとこれから人の上に立つ立場になっていく だったら尚更、弱い人の事を思ってやらなきゃだめだ お前以外の人はそんなに丈夫にはできてないんだ」 小首を傾げているエリアス。確信犯なのは分かっているが、そこがまた可愛くてクラウドは思わずエリアスの目線の高さにまで屈み、頭をなでなでしながら優しく言った。 「エリアスがちゃんと約束を守って、俺と一緒に強くなって、ここのモンスター達が何匹集団で来ても平気だ!ってなってから戦うなら、そんなエリアスは俺の自慢だ。大好きだ。違い、分かるか?」 「うん。約束を守る」 「良い子だ。俺がちゃーんとエリアスをすっごく強くしてやるからな!」 「俺も!俺も!」 ザックスがエリアスの隣に並んできたので、クラウドは親指を立てるアクションで返事をした。 「攻撃バトルには大きく分けて物理攻撃と魔法攻撃の2種類がある 物理攻撃は基本武器を使って攻撃する 魔法攻撃は主にロッドで魔法の力を増強させて攻撃する ロッドは魔法増強には有能だが、物理攻撃にはあまり使えない 魔法には単体の他に召喚という魔法がある これは召喚獣っていうのと契約して初めて使える魔法だから今のお前達には関係ない バトルを続けていけば自分が物理が得意か魔法が得意か分かってくると思うが、結局はどっちか一辺倒じゃ駄目だ 何故ならモンスターの中には物理攻撃が効かないモンスター、魔法攻撃が効かないモンスター色々いる それとバトル中に怪我はつきものだし、体力も消費する この世界ではオーブを使った治療法があるが、もしそれで回復や治療が間に合わなかった時には魔法が必要になる だがその時に回復するための魔法が使えない、使ったとしても少ししか回復できなければ意味が無い 結局、物理・魔法、どちらかに偏っては駄目だ それと攻撃力だけを上げてもためだ。それに伴う体力・回避力をつけて行かないと結局は意味が無い 例えばすごーく強くなったからすごく強い敵を倒しに行った その強い敵に万が一でも攻撃を喰らってしまったら?避けるだけの俊敏さや、受けても大ダメージにならないだけの体力がなければ一発アウトだ 以上がバトルの大前提だ じゃあザックス、攻撃には大別して何と何がある?」 「へぁ?…えーと…たたくのとー…なぐるのとー…けるのとー…ブッ!」 無言で後ろからザックスの頭をぶっ叩いたのはセフィロス。 「物理と魔法」 答えたセフィロスに、クラウドは親指を立てて返事をした。 ツォンはザックスを庇い、少し後ろに隠すようにして言った 「すまん。少し私が個人授業をする。お前たちは先に進んでくれ」 ツォンが我が子に小さな声で「ちゃんと聞いていなさい!お前はやればできる子だ!」と小声で囁いているのが聞こえた。 ツォンは少し親バカだ。 「エリアス、魔法にはどんな武器を使う?」 「ロッド。ロッドは魔法を強くするけど物理攻撃には向かないんだよね? でも僕、多分ロッドの方が好きな気がする」 「どうして?」 「剣を使うと血や体液が出るでしょ。汚れるのきらい」 「なるほど!じゃあエリアス、装備がロッド、でも物理攻撃しか効かない敵が現れた!エリアスはどうやって倒す?」 少し考えてからエリアスはハッキリと答えた。 「急所を突く」 「おお!」 クラウドは思わずパチパチパチと手を叩いて喜んだ。 「エリアス凄い!ロッド使いの才能ある!やっぱりエアリスは賢い!」 「えへへへ~」 クラウドに頭を撫でられ嬉しそうに頬を赤らめ、両手を後ろで組んでパラリパラリと身体を左右に揺らし変な踊りをした。 そんな姿もまた可愛らしく本人も(略 クラウドは運んできた荷物の中から子供にも持てる軽く小さい剣をザックスに、一回り大きい剣をセフィロスに、ロッドをエリアスに渡した。 「ツォン、1匹だけ残して片付けてくれないか」 クラウドが扉を指して言うと、ツォンが中に入り扉が閉まり、中からモンスター達の怪声が聞こえてきたが直ぐに静まった。 扉が大きく開くと5体のモンスターが死んでおり、同じ種類の1体が2本のゴールドの太い角をミサイルの様にこちらに向けて威嚇していた。 「まず、この死んだモンスター達を見ていろ」 モンスター達の死体はほんの数秒で実体を持っていたものが段々と黒い塊となり、そして影の様になり霧散した。 「こういう影になって消えていくモンスターっていうのは人間の負の感情が固まってできるものだから、こうして消えてもまたどこかで形を変えて生産されてる。 だからってどうせまた生産されるって放っておけば、こういうモンスターは磁石みたいなもので負のエネルギー同士がどんどん集まって巨大化して強くなっていく そうなると戦いも厳しくなって手こずる だから面倒な事になる前に潰しておかなければいけない じゃああそこにいる奴。セフィロス、お前ならあれをどうやって攻略する?」 「最初に目を潰す。あとはあの角を避けて正面以外から形を維持できなくなるまでダメージを与える」 「…………」 クラウドの反応が無い事にセフィロスが「あれ?違う?」と云う顔をした。 「あ、うん。それも間違ってはいない。…えっと、じゃあ先ずセフィロス。今言った通りのやり方でアイツを倒してみな」 セフィロスは頷くと2本角のモンスターに向かって行った。 なんとか目を潰そうとするが、モンスターがその都度角をセフィロスに向け突進してくるので横に避けるしかなく、横に避けたついでにボディに浅くダメージを与えるのを繰り返すうちセフィロスの息の方が切れてきた。 「ストップ!」 クラウドがセフィロスを掴まえ、一旦剣を仕舞うように指示した。 セフィロスは息を切らしたまま、悔し気にプイッ!と横を向いたまま剣を手に持ったままでいた。 「セフィロス、まだバトルは終わっていない!」 忌々し気にセフィロスが剣を仕舞うのを待ってから、クラウドがセフィロスの額の中心に指を当て、言った。 「ここに神経を集中させろ。あのモンスターを目で見るのじゃなく、ここに眼があると想定してアイツの姿を捉えろ」 指を当てたまま続けた。 「目を瞑れ。ここに感覚を集中させろ」 言葉通りセフィロスが瞳を閉じ、クラウドは額に指を当てたまま口を開かず僅かな時が流れた。 ソッ…と指を離し、言った。 「その感覚のまま目を開けろ。だが眼を使うな」 セフィロスの瞳の奥に微かな光が宿っていた。 「呪文であのモンスターの『存在』を縛る "闇夜よ、辺りを覆い閉ざせ"の前に"開けぬ"を付けて唱えろ」 セフィロスはモンスターをジッと見た後、目を閉じた。 「開けぬ闇夜よ、辺りを覆い閉ざせ!」 「よし!」 クラウドの声でセフィロスが眼を開けるとモンスターにブラインがかかっていた。 「セフィロス、やれ!」 完全に目を閉ざされた状態のモンスターは難なく、セフィロスの一撃で霧散した。 「どんなタイプのモンスターかは何度か経験を重ねていくうちに見て分かるようになる 今のモンスターは回避力が高いが防御力体力はそれほど高くはない。そしてステイタス魔法には抵抗力の無い奴だった バトルで相手の弱点を突くのは基本。大抵のバトルは1回じゃ終わらない。連続するから無駄な体力消耗や魔法消耗は避ける それにバトルが長引けばその分自分の情報を相手に与える事にもなる。分かったか?」 クラウドの問いかけにセフィロスは頷いた。 クラウドはただ微笑んだ。 「じゃあ隣の部屋にもモンスターがいるから、次の部屋はエリアスが頑張ろうな?ちょっと待ってな」 そういうとクラウドが一人で隣の部屋に入って行った。 直ぐに扉が開いて皆で入って行ったら7体の飛行型モンスターが死んでおり、そして直ぐにそれらは緑色や赤い空気の塊に変化した。 「エリアス、ザックス、セフィロス。あの緑色や赤色の空気に近付いてみろ」 それぞれが近付くとフワッ…とそれぞれに吸収された。 「なにこれ!」ザックスが驚きクラウドに聞いた。 「赤いオーブはモンスターの体液が変化したもので自分のバトル経験値が上がったり、武器をバージョンアップしたりできる 緑のオーブはモンスターの存在そのものが変化したもので、体力回復に役に立つ 他にもイエロー、パープル、ブルーオーブと色々ある で、エリアス!あそこに一体残ってるモンスターは飛行型だ。エリアスはあそこまで行けないな?どうやって片付ける?」 「うーん…銃で撃つか…弓…」 「そうだな。でももう一つあるぞ?何だろう?」 「…まほう?」 「そう。今から教えてやる でもその代わり、攻撃魔法は殆どが範囲攻撃だ だから皆のいる所や皆が住む場所ではやったら駄目だ。約束できるか?」 「うん!」 「よし!じゃあエリアス、呪文について…呪文はその言葉自体が呪文てわけじゃない さっきセフィロス見てて分かったろ?言葉の意味を理解して、耳に聞こえる声や、目に見える字じゃない世界で型を完成させるんだ だから呪文に慣れてくれば1から10まで呪文を唱えなくても魔法の型が完成できるようになるし、逆にその魔法の型を構成できなければ声で呪文を唱えても魔法は発動しない それと声にしないアクションや指で作る呪文もある。何れにしてもその意味を理解してイメージするのが重要だ じゃあ今からエリアスが使うのは炎系の魔法、呪文は”我焦がれ”これは、私は強く望んでいます ”誘うは焦熱への儀式”これは、辺りを焦がし尽くすほどのセレモニー始まれ! ”出でよ猛火!”これは、来い凄まじい炎!って意味だ。覚えたか?」 エリアスはワクワクしたようにロッドを握りしめ”うんうん!”と頷いた。 「じゃあ、そのロッドをあの飛行型に向けて」 クラウドはエリアスと同じ目線にする為にしゃがんだ。 エリアスがモンスターに向けると 「いいか。目で見たら駄目だ。目で見るとたとえ呪文が成功してもモンスターの手前で魔法が発動してしまう。モンスターの存在そのものと呪文を重ね合わせる!はい、さっき言った呪文を言って」 「我焦がれ、誘うは焦熱への儀式、出でよ猛火!」 エリアスが唱えた瞬間、飛んでいた飛行モンスターが爆炎に包まれ一瞬にして消え去った…が、その威力に驚いたのは子供達全員もそうだったが、クラウド自身も、そしてツォンも驚いた。 そして何となく…嫌ぁ~な予感のしていたツォンは、先にザックスを自分の後ろに隠していた。 モンスターがいた辺りの燃えるものは一瞬にして燃え尽きていたが、それでも呼び出した爆炎は消えず、そこには… 『エリアス』 燃え続ける炎が人の形を浮かび上がらせていた 「ダンテ…」 クラウドが思わず口にした 「えぇ!パパ!?」 『エリアス、大きくなったな…』 「ダンテ、出て来れるのか…」 『俺も日々進化してんだ。エリアスが魔法や召喚を使う時はパパが協力してやるからな! 時間はちっとしかいられねーがパパがいる限りエリアスは無敵だからな!いつでもパパはお前と共にいるからな!エリアス!愛してるぜ!』 「パパァ!」 生まれて初めて見る父親に抱き付きたかったが、炎の化身なので近寄る事も出来ない。 『エリアス』 燃え盛るダンテの反対側に突然、もう1体青い炎の化身が浮き上がった。 「あれ?パ・パ…?」 『あ!何どさくさに紛れて出てきやがんだ、この野郎!てめぇは、テメェのクソガキんトコでも行ってろ!』 炎の化身ダンテがもう1体の炎の化身にファイアボール攻撃を連続で飛ばし始めた。が、結局炎同士なので意味がない。 迷惑なのは業火2体の出現+ファイアボールにより、急激な気温上昇で臨時灼熱の暑さに見舞われているキッズたちだ。 『エリアス、私はこの下品なパパのお兄さん。叔父のバージルだ。私も協力してやるからな!いつでも呼べ! 可愛い甥っ子のためにいつでも出て来るぞ!』 「わぁ!すごいーい!パパたちって本当に双子なんだね!同じ顔だー!」 『いやいや、我が子よ。よっく見なさい!パパの方がナイスガイだぜ!よっく!よっく!見なさい!』 「ダンテ!お前少ししかいられないんだろ!そんな事が言いたいのか!?てか、お前、息子の魔法にまで出てくるのはダメだろ!召喚かリミットくらいにしとけよ。エリアスの上達を邪魔するな!」 『うっせー!テメーこそ我が子に会いたいパパ心を邪魔すんじゃねぇ…あ、ヤバ…エリアス!いつでも呼べよ!待ってるぞ!できれば召喚呪文は”パパ愛してる!”がいいな!”ダディLOVE!”でもいいぞ!大好きだぞ!待ってるからな! じゃあな!しっかり育成に励めよ造魔!!』 ”造魔” とクラウドに言い、ダンテたちは一瞬にして消えた。 実際クラウドはセフィロスの細胞から創られている、この世界で云うところの”造魔”だ。 それはダンテに協力するため、宿命に逆らい命散ってしまった妻”造魔トリッシュ”へのダンテの尽きぬ愛とリスペクトの言葉でもあった。 ダンテの中では。 「パパー!パパー!」 消えてしまったダンテを呼ぶエリアス。 クラウドは見送ったその場に凍り付いていた。 ツォンの後ろでザックスがボソリ…と言った。 「クラウドって、異星人じゃなかったの?造魔?」 すかさずツォンがザックスの口を塞ぎ、話をすり替えた。 「クラウド、どうする。このままバトルを続けるか?」 「………あ、あぁ………」 「俺ー!つぎー!俺の番ー!!俺にもやらしてー!」 クラウドはザックスをチラッと見て少し考え込み、思いついたように言った。 「ツォン!ザックスに教えてやってくれ!それでザックスが終わったら今日はもう止めよう 俺、ちょっと行く場所ができた。抜ける」 「あ、ああ…」 ツォンはたった今クラウドに起こった非常にマズイ事態を察していた。 「悪いな。今日は帰れるかどうかわからない」 「分かった」 セフィロスの射貫くような視線をクラウドは背に感じていた。 急がなければならない。 クラウドは追われる様にアイアンホースに乗り大聖堂を出た。 どれほど走ってもセフィロスの視線が追ってくるような気がしてたまらなかった。 |