喪失の向こう側7 「おはよ!クラウド!その後アンタの御主人様どうなった?」 時刻は14:00 遠征出発を前に迎えに来てみればレディは支度もせず昨日の夕食の残りのミネストローネをパンで食べていた。 「おはようでもないし"御主人様"でもない アイツは生まれ変わったからもう前の関係はリセットしている これからは俺が親でアイツが子! ソレ、早く食え!今日は先方が待ってるぞ!」 キッ!とレディを睨み宣言する姿は実に凛々しいが、そう言った後でミネストローネとパンの残りの量を見て簡単には食べ終わらないことを察し、部屋の片づけと掃除をし始めたところがレディ家のハウスキーパーっぷりが身に染み付き過ぎている。 「え、もう生まれ変わったの!? じゃああんなトコ(フォルトゥナ大聖堂廃墟)に放置して来たらマズイでしょ!」 「大丈夫だ。それより早く!依頼人を待たせるな!」 そう言いながら部屋中を片付けて回るクラウドのポケットの中に、セフィロスはいた。 マテリア状態に変化したセフィロスを戦闘の武器や防具に装着する気になれず、迷った末にとりあえず常に身につけて持ち歩くことにしたのだった。 「大丈夫だって! 私のマジェンタ・改とアンタのアイアンホースだったら2時間かかるところも20分で楽勝! てか、もしかしたら今日、予定変更するかもしれない。あと1時間くらいは待ってみる」 いつものレディとは違う、珍しく歯切れの悪い言い方が気になった。 「トラブルか?」 「ん~、アンタは気にしなくていい……今は しっかしコレ、本当に美味しいわ。アンタマジ天才ね!」 語尾の『今は』というのが少し引っかかったが、それよりも散らかりまくった部屋の方がもっと気になって、ハウスキーパーは猛然とそれぞれをあるべき場所に順次戻しかけていたが、TV台の上に神学校の入学書類や寮の案内が置いてあり、思わず手に取った。 「……マリー?」書類を持ち上げレディに見せた。 「ああ、ソレ。今日から神学校に転校したの、マリー ちょっと遠いから学校が終わるのは16:00だけど、バスと電車使って帰りは18:00くらいになるわ」 言われて初めて、『今朝は迎えに来なくていい』と言ってた理由が分かった。 「危ないじゃないか そんな時間じゃ獣族やモンスターが目覚始めてる!」 「あっそう、なら明日からクラウド迎えに行って 朝はあの子に自分で行かせるから」 「朝もダメだろ!マリーはまだ6歳だぞ!?そんな早朝に一人で電車やバスなんて危ない! この世界にはモンスターや獣族や魔族だけじゃない、人間だって怖い奴はたくさんいるんだ! 子供のマリーがそんな人気のない時間に一人で歩いていいわけがない!アンタそれでも母親かよ!」 いくらなんでも放任も行き過ぎだ!と他人の子ながらクラウドは口を出さずにはいられなかった。 「生憎私の教育方針はアンタとは違うの!」 食事を完食し、レディがスプーンを深皿に置いたのでそれを無言で下げ、キッチンに運び洗い始めた。 この家の汚れものは都度々片付けて行かなければレディが次から次へと散らかして廻り、汚れ物の上から汚れ物を重ね、その上にきれいな状態のものを置いたりするので放置すると後で大変な事になる。 「アンタみたいにロリだからってベロベロに甘やかしてちゃ、空気も読めないバカが育つのよ! アンタの言う通りこの世界は魔族やクソ野郎がいっぱい!そんなのアンタより私の方が100倍知ってる! 全ては自己責任!若輩も老齢も関係ない!バカな奴や鈍い奴は直ぐに餌にされてトコトン喰いつくされて堕とされる、それがこの世界よ! 前に言ったわよね?生き残りたいなら聡くならなきゃいけないって! でもね、バカって言ったってただの『馬鹿な人間』なんていないの! 楽しい事が好きで、周りのみんなを笑わせて、自分を犠牲にしてまで皆を楽しくさせてた 挙句魔物につけ入られて餌食になった 誰だって調子に乗る時や、無警戒になる時くらいあるでしょ!バカな事した、って後悔する時くらいあるでしょ!そいつだって元々皆と同じで警戒してたのよ、こんな世界だしね! そいつはそんな事になるまでは皆を楽しませてたのよ!でも!結局餌食になってしまったそいつを『馬鹿な奴』って他の奴は言うのよ! 色んな問題を抱えながらも頑張って生きてた良い子がいた。 ほんの少し疲れてしまった時に幻魔に取り込まれてしまった。人の何倍も苦労して築いてきたものを自分で壊して、最期に自分も壊して消えた 私なんか足元にも及ばない凄く頑張ってた良い子だったのよ! それでも死んだ子に人は『愚かな奴』って言うのよ!『ああすれば良かったのに』『こうするべきだった』とか、好きなように言うの! 頑張っても頑張っても、何もかもが裏目に出る時ってあるでしょ!血を吐くような努力した結果を簡単にゴミ箱に捨られた時、アンタ、悪魔と戦えるの!? 悪魔は怖い顔してはやってこない。優しい理解者の顔をして、人畜無害の顔して、誠実な顔して近づいてくるのよ! それが悪魔と共存してるって事よ! 悪魔だけじゃない、人間も、魔族も、獣族も、糞な奴らはいつだってどこからでも獲物を探してる。それがこの世界で生きるって事よ!分かる!? アンタや私がどれほどガードしようとも!マリーが生きて、無知な限りは必ずどこかに穴ができるの!絶対に防ぎきれない! 学校だって全然安全じゃない!子供が集まる場所だからとか、神学校だからとか関係ない!人が集まる場所はどこだって戦場になる!人間が悪魔や魔族や獣族の餌である以上は絶対にそのカルマから逃れられない! アンタ、ウチの子を何だと思ってくれてんの!? 私はあの子が少しでも人としてマトモに生きられるよう、あの子自身に自衛を覚えさせてる!そんなの危険なのは分かってる!分かってても今!やらなきゃ手遅れになるの! アンタも分かるわよね!むかぁ~し昔のトラウマをしつっこく!手放すどころか大事に抱えて続けてるアンタになら! 手遅れになったらどんな事になるのか!分かるわよね!」 レディはダイニングから応えを要求したが、キッチンの流し台にいたクラウドは何も答えず、家事途中にも拘らず手も水も止まってしまっていた。 「今はまだ通いだけど、マリーに覚悟が出来たら学校の寮に入って本格的に巫女の修行をさせる その時はもう私たちは何もフォローしてあげられない、マリーが苦しんで泣いていても気づいてあげる事もできない マリーはこの先たくさん傷ついて苦しんで、悲しんで、泣いて、疲れ切ってしまう時が何度も来る! でもそれは生きていく上で必要な痛みなの そうして1つ1つ傷を克服していかなきゃ他人の痛みなんか分からない子になってしまう。恐れを知らない子になってしまう 知らない・分からないって事はこの世界では致命的な罪 知ってたってほんの少しの隙が致命傷に繋がる世界なの だから手遅れになるほどに傷つけられてアンタみたいにトラウマカマ野郎になる前に、痛みを知らないまま人を傷つけてしまう前に、少しづつ傷ついて丈夫になって、痛みを知って、恐れを知って、そして聡い子に育ってほしいの、愛しい我が子だもの 傷つかなきゃ聡くなんてなれない! 手遅れになる前に危ない場所、危ないシーンを避ける能力を身に着けてほしい 早朝と夕暮れ時ならまだ初心者でも頑張れるでしょ? それが私の教育方針!わかった!?」 「……………ごめん…」 「いいのよ、私が他の母親よりもチョットだけ色々やらないのは確かだから」 「チョットだけでもないし、やらないんじゃなくてできないんだけどな、アンタは」 言葉は強気だが、流し台に向かってはいるが手が動いていないクラウドに"あー、こりゃ落ち込んでるわね…ヘタレのガラス細工め!と、レディは仕方なく慰めてやる事にした。 「おぉ~?この前からちょっとは言うようになって来てんじゃんよぉ~?クラウドォ~? だが、まだまだこの私に対抗できる……」 レディが椅子から立ちキッチンに向かってユックリ、ユックリ両手を腰に当て歩き始めた時、クラウドが突然ハッ!とダイニングの窓ガラスを見た。 「ん?」 その仕草にレディがクラウドに問いかけた。 「……何かが凄い速さでこのマンションの壁を昇ってる」 レディには心当たりがあったらしく、聞いた途端に泣きそうな表情になった。 「え」アンタが待ってたのはこれなのか?と言う前に... ガシャァァァーーーーーーーーン!!! ガラスの破片を飛び散らせながらトリッシュが息を切らせながら大きな荷物を抱えて突入してきた。 ……おい…………普通にエレベーターで来いよ…どれだけ掃除が大変だと… クラウドが職業意識に燃え始めた所、トリッシュが必死の形相で「クラウド!」と怒鳴りつけた。 「…あ、ハイ…」 あまりの迫力に気圧され、状況も何も分からないまま同時に押し付けられた大きな荷物を受け取ってしまった。 「私が帰ってくるまで愛してあげて!代金はとりあえずコレで!足りない分は後で払う!レディ!」 そう言いながらトリッシュが大剣スパーダを抜いた。 「ハイハイ…」 レディは分かっているように腕を差し出した。 「え!?」 トリッシュは迷いなくレディを斬りつけ、驚くクラウドを無視し、滴る血液を大剣の溝に流し込んだ。 「ありがとう!あとクラウド!!スコールにサンキュー!って言っておいて!!」 そう言うと人差し指と中指で何か赤色に輝く綺麗な珠を見せて、そして入ってきたのと同じように11階の窓から飛び降り出て行った。 後に残ったのは粉々に割れた窓と、腕の中の荷物…だと思ったら赤ん坊…こんな状況でもスヤスヤと眠っている。 そして丸めた札束5つ、多分500万。 どういう事?どういう状況?何コレ、それとスコール……? 「受け取っちゃったね」 レディが悲しそうに笑っていた。 「え、いや意味が全然分からないんだが、何、コレどういう事?」 もう一度腕の中の赤子を見た。 あ、ヤバイ、これ、エアリスだ………間違いない、ヤバイ。 「今ね、ダンテが魔界に特攻しに行ってんの ダンテが地上でぶっ殺したムンドゥスが魔界で復活したらしくてさ ムンドゥスは人間が生産するエネルギーが大好物だから復活したら必ず地上に出てきてこの世界を荒しまくるの しかも奴は大食漢。奴がいる限り人間に大量の犠牲者が出るし、この世界には厄災が起きる だからムンドゥスが地上に出てくる前に魔界でスパーダ一族で最終戦争を起こしてるんですって 今、魔界は全種族を巻き込んだ大変なお祭り状態らしいわ でもトリッシュは元がダンテを殺すために創られたムンドゥスの造魔だからさ、行けなかったのよ 主の命令には逆らえない、造魔はそういう風に創られてるからね。ダンテの敵になっちゃう あとエリアスを生んだばかりだしね…母親としてエリアスにしてあげたい事は山ほどある だからトリッシュはダンテがギリギリの状態で戦っていても魔界には行けなかった でも苦しんでた 昨日会ったんだけどさ、トリッシュ…時間の問題だなって思った 2人は仕事もパートナーだったし …枷の1つはトリッシュが既に外してた。多分あの紅い珠が切り札なんじゃない? "スコール"って神系なんでしょ? 昨日ずっとアレを弄ってたから"ナニソレ?"って聞いたら"ダンテ調教アイテム"って言って泣きそうになってた ダンテの天敵スコールから貰った珠がダンテを調教するアイテムになって、それをどうするのか分からないけど、でもソレをダンテに『届ける』だけならムンドゥスの造魔にもできるかもしれないよね…そう言ってずっと弄ってた。 だから私が残りの枷を外してあげた。"ウチに優秀なベビーシッターがいるわよ"って」 「……俺、ベビーシッターなんてやったことない」 クラウドは腕の中のエリアスを見つめた。 ヤバイ。マジでエアリスだ… 「アンタ、ウチに来るまでハウスキーパーもロリシッターもやったことないじゃん でも立派に出来てる、だからベビーシッターもチョロイって! 当分ハントは私一人で行くわ。今日もね エリアスを育ててあげて。それとウチのマリーにも想い出をたくさん作ってあげて 寮に入ってしまう前に あの子はアンタの為にアンタを出て行かせてあげたんだから!」 レディはいつもの強気で横暴な、だが隠し切れない哀しみや疲れを漂わせて言った。 「俺、受けるなんて言ってない………」 ひたすら赤子を見つめたままのクラウド。 「うん、でもダンテもトリッシュももうこっちには帰って来ないからさぁ、アンタしかいないよね? 今その子抱いてるのアンタだし。お金貰ったのもアンタだし。責任取らないと!」 ニッコリ笑うレディ。 ……帰って来ない? 「は?」 「魔界とこの世界の間には壁みたいなものがあるの その壁は細かい網目みたいになってるらしくて下級悪魔は存在が小さいから簡単に行き来できる でも上級悪魔...ダンテやトリッシュレベルになると力が大きすぎてその壁は通り抜けられない だから特定の場所で条件を満たして、正式に魔界の門を開いて行かなきゃならない 魔界の門はこの世界の何か所かにあるけど、アンタのいるフォルトゥナ聖堂もその中の1つ あそこの地下に魔界への門がある 魔界の門を開く方法は、魔剣とスパーダの2つのアミュレット、スパーダの血族の血、そしてスパーダの戦いに協力した巫女の血筋の血を門に捧げる。この5アイテムが揃わないと開かない 何故スパーダ関係のアイテムが必要かっていうと、元々ムンドゥスが作った魔界の門を、逆に封印したのがスパーダだからよ だから開くにはスパーダが封印に使ったアイテムが必要なの。 でもそうして苦労して門を開いて魔界に堕ちる事は出来ても戻ってくる事はできない 悪魔は強くなればなるほど重力を持つ......昇れなくなる 魔帝ムンドゥスは魔界にいながら、インキュバスとサキュバスを使ってこの世界に創った造魔を依り代にしてこの世界を支配しようとしてた トリッシュも元々はそれが目的で創られたしね でもダンテもトリッシュも、この2人の間にできた子エリアス以外は作らなかった。だからもう戻ってこれない 地上でムンドゥスを殺しても根っこが魔界にあるからムンドゥスは何年か後に復活してしまう だからこそ今回、スパーダ一族…スパーダ、バージルが揃ってる今、ムンドゥスを根絶やしにする戦いを2人で始めた 悪魔は魔界で死ぬと本当の意味の"死"を迎えるから でも魔界にいる魔帝ムンドゥスの力は地上と違って無尽蔵、魔界のベースの力をどんどん吸い上げながら戦うから上限も終わりも無い 戦いが長引けば魔界の力を吸い上げるムンドゥスによって魔界とスパーダ族の消耗戦になる。だからバージルとスパーダで一気に潰そうとした でもムンドゥスは予想より遥かに力をつけてた ダンテが加勢に落ちるしかなかった 戻れないと分かってても行くしかなかったの それでも厳しい戦いが続いてるのはトリッシュに伝わってた……苦しんでた」 「…………」 でも…俺はセフィロスを育てなきゃならないから… セフィロスとエアリスが一緒にいるのはマズイ...と思う…けど、トリッシュが戻ってこない? いや、それよりも何故エアリスがこの世界に生まれてきてるんだ…こんなのありえないだろ。 え…と、だから俺はどうしたらいいんだ……。 いつものペースでクラウドがグルグルと出口のない困惑を繰り返しているうちにレディの姿は消えていた。 そうして強制的に始まってしまった託児生活 2日目で本気でギブアップしようかと思うほど… 「ぅぅに゛ぃぃぃゃぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」 「はいはいはい、今度は何だよ…」 エリアスを連れてレディの家に行き、エリアスを抱っこしながら掃除洗濯をしながら朝食とマリーの弁当を作り、エリアスのミルクを仕込み、夕飯の仕込みをしてマリーを学校へ行くバス停のある駅まで送り 自宅に帰ってエンドレスで家事育児をしながら廃墟の修復、再びレディの家に戻り洗濯物を取り込み、たたみ、振り分け、アイロンがけ、直ぐにマリーを駅まで迎えに行く時間になり、マリー、エリアスを連れて買い物に行き、マンションに帰ればエリアスを抱っこしながら夕飯を作り、レディは時々仕事でいないが基本全員で食事をとり(セフィロスはポケットの中)、家に帰ってやっぱりエンドレスでエリアスの育児&廃墟の修復。 一体どこの子育て専業主婦だよ…と自分でもツッコミを入れたくなるような毎日。 「ぅに゛ゃぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!! あ゛ア゛ア゛ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!」 「はー............相変わらず元気だなエアリス......女だった時も相当元気だったけど男になって手が付けられないぜ......てか、男なんだから抱っこ魔人は勘弁してくれ、動けない。俺、他にもやらなきゃいけないことが......」 「あああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」 「にゃぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!」 「あー、分かった分かった...ミルクはさっき飲んだ、おむつ...きれい、熱OK、頭ナデナデ、背中トントン、ほっぺぷにぷに、抱っこ散歩、ちょっと泣いてみただけ、何か喋れ、笑わせろ、どれだよ とりあえずそんな大声じゃなくてもちゃんと聞こえるからな?もう少し......」 「キイイィィィアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」 「うん、ごめん。俺が余計な事を言った。ごめん。すみません。すみません。すいませんでした。はいはいはいはい」 とてもじゃないがバトルに行く時間も気力も全く無い。 5分おきくらいには何かを主張する。しかも始まりがギャン泣き、主張が通らないと超音波泣きにレベルアップする。 その泣き声の凄まじさに気を失いそうになる。 今まで育児なんか経験した事も無かったから比べようもないが、絶対に他の子供よりもエリアスは自己主張が激しい。絶対にそうだ。ありえないくらい、こっちが気絶しそうなくらいに主張が激しい。 我慢の限界を試されてるとしか思えない。 もう死にそうだ…無理、とヘトヘトになっても、天使の笑顔で活力を与えてくれる………………… 昔のエアリスは元気だったし自己主張もキッパリする人だったが、思いやりがあって優しくて自分の運命を受け入れ、そして微笑んでいる素晴らしい女性だった。 このエリアスにもそんな素晴らしい人に育って欲しい。 今度こそ、この世界で幸福な人生で天寿を全うし...あ、違うか、悪魔のハーフと悪魔の子だから、天寿とは言わないか...あ、人生ともいわないか。ま、いいか。 悪魔化して男になったエアリス、どんな風に育つんだろう。 ある日、レディ家での夕食の奉仕が終わりドップリと日が暮れた中、ポケットの中にセフィロス、後部座席専用シートの中でうにゃうにゃ暴れるエリアスを連れて大聖堂に戻ると、玄関のアプローチに1匹の悪魔が立っていた。 ……その悪魔を見た瞬間、クラウドは条件反射で戦闘態勢に入りそうになった。 しかし少し猫背気味のその悪魔は、ヘラッと片手を上げて「よっ!」と、気安く話しかけてきた。 「俺、レノってんだ。インキュバス族! 俺、ちょっとヘマやっちまってさ、破門されちまったんだ お前の事は何度かスーパーで見かけたことある カナリ目立ってるぜ?オメェ異星人なんだってな?それがレディんトコのガキと…ソレ、ダンテのガキだろ。いっつも大量に買い物してんの なあ、俺もガキシッター手伝うから暫くココ置いてくんねえ?俺が立て直すまで」 真っ赤な髪に小さな可愛らしい黒い角を髪の間からピコピコッと生やし、長い黒いシッポがヒュンヒュン良く動くソイツはどこからどう見ても…神羅のアイツ…… 「………ちょっと待ってくれ…」 「ああ、いいぜ?」 いや、別にお前の許可が欲しくて言ったわけじゃない。軽くイラッとしながら、その場にエリアスを置いて少し離れた。 「スコール!!」 「よう!元気そうだな!」 一瞬にして現れたスコール。相変わらず美しいなぁ…本物のカッコイイ美しい男だ。 「お前、まさかこの調子で前の世界の連中を送り込んでくるつもりじゃないだろうな!!」 「まさか、そもそも俺は誰も送り込んでなんかいない」 「嘘つけ!エアリス、レノ!こんな偶然があるわけがないだろ!!」 「俺じゃないし、そもそも俺はレノなんて知らない」 「………」 そういえばそうだ…スコールとレノの接触は一切ない。 「見ろ、アレ」 スコールに促され見て見ればレノがエリアスをキャッキャッと笑わせていた。 「アイツ、インキュバスって言ったぞ、傍に置くわけにいかないだろ」 「お前の知ってるレノはどんな奴だった?」 「神羅、タークスの人間ってだけだ。チンピラ風で柄は悪かったが仕事には忠実だったと思う」 「じゃあシッターを仕事にしてやれば忠実にやるんじゃないか?お前も手が足りなくて困ってるんだろ?」 「でもインキュバスだぞ」 「その仕事で失敗したんだろ?それで破門にされた。何で失敗したのか聞いてみれば? というかインキュバスの仕事は女を胎ます事。エリアスもセフィロスも男。心配する必要なんか無い それでも心配なら釘を刺しておけばいい。"ウチの子に妙な真似したらぶっ殺す"」 「…………」 それでも”タークスのレノ”への印象が悪すぎて、エリアスの身近に置くことに抵抗があり疑惑の目を向けた。 「俺、職業偏見持つ奴は嫌い」 スコールは斬りつけるような言葉を吐いた本人とは思えぬほどに美しく微笑んでいる。 日も沈んだ夜、スコールの周囲だけがオーラを纏う様にほのかに明るい。 まるで幻のように美しく煌めいている。 目の前にいるのに決して届かない。 きっと永遠に届かない。 スコール。 「……これからももっと元の世界の奴ら、来るのか?」 「だから知らないって。やってるのは俺じゃないし、そもそもお前の知り合い自体を知らない」 確かに…スコールはこんな妙な事で嘘はつかない。 だがスコールでなければ連れて来られないようなこんな遠く離れた世界に、前の世界の奴が2人も転生して来てるのにこんなに無反応でいるのもおかしい。 見当がついているはずだ、スコールには。そいつが誰か。そしてそいつの目的も分かってるはず。 それに多分、俺もそいつを知ってる。エアリスとレノを俺に絡ませてきた奴を俺が知らないはずがない。 ……ポイントはスコールのような時空移動じゃなくて2人が転生してきてる事だろう。 時空移動でなく転生の能力を持った召喚獣…?フェニックスは復活だし…リボーンならエアリスができるかもしれないが、そのエアリス自身がこの世界の、しかも悪魔として再生してる時点で違う。…でも他にそんな能力を持つ召喚獣は知らない…。 「………1つだけ…………教えてくれ 俺の......母さんはこの世界に来る?」 微かな沈黙の後、スコールはふわりと髪を撫でてきた。 「お前の母親は星に還って、お前のいた世界で新しい命になって再生している この世界に来ることはない」 「………そう」 良かった…バケモノになっている俺を見られなくて済む。 「に゛ゃぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!があぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!」 「わあああ!!泣いたあああああ!!!ひえええええええええええ!!!」 気が付けばスコールの姿は消えていた。 「あれ!お前、泣いてんの?」 「うるせえ!レノ、言っておくがウチの子にインキュバスの能力発揮しやがったら殺すからな それと俺は"お前"じゃねえ、クラウドだ!」 「分かった!よろしくな!クラウド!てかお前、意外にクチ悪りぃな!」 「お前が言うな!」 そう言いながら、クラウドは今ここにレノがいる事の意味に気が付いた。 この世界で20代後半のレノがここにいるということは、少なくとも向こうの世界で長生きはしなかったらしい。 「お前、今何歳?」 「58」 「はあ!?」 計算が合わない。それじゃ向こうの世界のレノと時代が重なってる……とはいえ時空が繋がっていない世界に来ているのだから、自分を基準に考えること自体が間違っているのかもしれないが…。 インキュバスのレノがニヤリと笑った。 「お前俺がどう見えてんの?」 「……20代後半の真っ赤な髪をバサバサ立ててて後髪は背中まであって、青いスーツを最低に汚く着崩した凄くガラの悪いチンピラ野郎」 するとレノは更にニヤニヤと妙な笑い方をし始めた。 「……へぇ~~?…お前、…人は見かけに依らねぇなぁ…マジで?いやいや……へぇ?……ハハハ……スゲーなぁ、お前。……」 「趣味って何がだ!」 「いや、ハハハハ…インキュバス族ってのは相手に"おぉ!コイツとセックスしてぇ!"って姿に見えるようになってんだ 何せ目的が女を胎ます事だからな だからお前が視てる俺と、この赤ん坊が視る俺の姿は違う。一人一人に違って見えるんだ。それぞれ趣味が違うからな で、お前に俺が20代後半のバッサバサの赤髪のチンピラ野郎に視えるってことは、お前はそういうのが理想なんだ!そういうのとセックスしてぇって思ってんだ!ワォ!マニアだ!!ハハハハハハ!あ、大丈夫だぜ!俺、ホモには偏見ねぇから!あ、だが俺のマグナムくんは女専用だからな!ワリワリ!」 「………」 クラウドの眼が据わった。 「キャン!何すんだ!!暴力反対!暴力は嫌いだ!」 「なぁにがぁ~暴力反対だ!どの口が言うか!こっの…俺の事を電撃ロッドでボコボコボコボコ殴りやがった奴が!今すぐ死ね!!俺が殺してやる!!」 「ちょ、なんなんだよ何言ってんだ!勘弁しろよ!!!」 「俺はここじゃ異星人だ!お前の好みがどーのとかいうのは俺には該当しない!それだけは覚えておけ!絶対に忘れるな!前にいた世界でお前にソックリのチンピラがいた!それだけの事だ!」 「あ、ナルホド!お前はソイツが好きだったんだな!」 「がっ、該当しないつってんだろ!!クソレノ!!お前なんか敵だ!!何回も何回もビリビリビリビリ!!あの痺れはまだ忘れてないからな!!」 「えっ!?まだ!!スゲーなお前!!ヤベー!まだまだラブ?痺れラブ!?ワオ!!シツケーホモなんだな、お前!!」 「ちぃがうってぇいってるだろーー!!バカバカバカバカ!!!!絶対に!ありえない!!許さない!!俺に失礼すぎる!!バカ!!」 「ふっふぅ~ん?」 ニヤニヤしながらまだ言おうとするレノを「俺は異星人!例外で納得しろ!」と怒鳴りつけたが、まだニヤニヤと笑っていてクラウドは思わず拳を向けた。 「しないと殴る!」 「しました!」 怒髪天突まで行きかけたところを少しだけ怒りを鎮められたクラウドは、先ほどのスコールの助言を思い出した。 「で、仕事でどんなポカやったんだ?」 「え、そこ聞いちゃう?」 「言え」 「なんかお前…思ってたのとだいぶ違うな。もっとアホみたいなお人好しかと思ってたぜ。あ、アホってトコは間違ってねぇみてぇだがよ」 「………っで!?」 いちいちレノの言葉に引っかかっていると話が先に進まない!とクラウドは強く"言え"というプレッシャーをかけた。 それでもレノは何かまた軽口を叩きそうになっていたので、クラウドは腕を組み睨みつけ”今すぐ!””言え!”とプレッシャーをかけた。 それでも言いたくなさそうだ。どうやらワザト話を逸らそうとしていたらしい。 だがクラウドが態度を変えずにいると観念したのか…。 「……………………まあ……………目的を果たせなかった」 「目的とは?」 「インキュバスの仕事は女を胎ます事だろーがよ! その為の変化だし、セックスは途中経過 で、俺はそれを失敗しちまったんだな!HA!HA!HA!」 「1回失敗しただけで破門にされるのか?」 「………う………正確に言えば…できなくなっちまったのSA! HA!HA!HA!スランプDA!HA!HA!HA!」 ヤケクソのように両脇に手を当て胸を張って答えている。 「なんで?」 「!あのなぁ!コレ、デリケートな問題だっつーの!ちったあフワッとさせとけよ!ふわりっとな!フワン…フワン…」 「大事な事だ!言え!!クソレノ!」 誤魔化そうとしたのに乗りもせず更に突っ込んでくるクラウドにレノはイラつき、小声で「クソが!」と吐き捨てたが、観念した。 「……………インキュバスの仕事は種付けだが、女が妊娠するのはインキュバスの子じゃない。 種は魔界にいる悪魔のものだ。 悪魔は力を持てば持つほど重力が掛かって巨大になって、この世界には出て来れなくなる。 だから子飼い悪魔のインキュバスが大元悪魔から種を貰って代わりにこの世界の女に悪魔の子を産ませる だが人間だって悪魔の子なんかいらねえ 理想の男が現れ運命の大恋愛をしたはずが、生まれてきた子にツノやシッポが生えりゃ、自分が本当は何をしたのか嫌でもわかる 弱っちい人間はビビって子を捨てたり、アタマおかしくなったり、自殺したり、それとも村八分にされたり… だが俺らにしたらそんな事はどうでもいい。母親がどなろうが、悪魔の子が生まれさえすりゃこっちのモン 悪魔の子は逞しいからな。育てられなくったって勝手に育つんだ 今お前が育ててるそこのダンテの子だってそうさ。本当は放っといたって勝手に育つ コイツはギャーギャー泣けばお前が構うのを知ってるから泣いてるだけだ 本当は自力で生きる知恵を持ってるし、このプクプクのマシュマロみてぇな身体が扱いにくきゃどんどん育って一晩で自立歩行で何でもできるようになるし、そうでなきゃ他のカモをちゃんと探し出す。悪魔ってのはそういうもんだ だがよ、俺もちっとばっかし…ほんのチョット!だけ仕事に疲れちまった… 生まれるのは魔界の悪魔の子でも、ばら撒いてるのは俺 ………………毎度抱いた女に忌み嫌われ捨てられるそれは俺の子でもあるんだ……………… セックスして、この女も……俺の子を捨てるのかなぁとか、この女は俺の子を見て狂うのかなぁとか思ったら…いや、俺の子じゃねーけどよ、分かってる。けど ほんの、ほ~~んのチョットだけ!かるぅ~く、1ミクロンだけ!俺のデラックスグレイトバズーカな息子さんがスランプなんだ!チョットだけな!!軽ぅ~く!!ちっとだけ!ほ~んのちょっとだけ!休憩中なんだ!チョットだけ!」 レノは親指と人差し指をぴったりとくっつけて、そのくっつけた合わせ目のありもしない隙間を見るようにして、ウィンクした片眼で凝視した。 「チョットだけな!」 「……いいんじゃないか?それで」 「ケッ!なぁにが!俺ぁハラましてこそのインキュバスだ!!クソが!!」 「俺に子供を押し付けて魔界に行ったトリッシュもそういうの知ってるんだろ?勝手に育つって でも子供を俺に押し付けた時トリッシュ、"愛してあげて"って言ったぜ?」 レノは横で眠っているエリアスを見た。 「アイツ………死んだぜ?」 「え?」 「詳細は知らねぇ。俺、そういうの興味ねぇから でもアイツはムンドゥスの造魔なんだから、ダンテと主が戦ってる魔界に行ったらそうなるのは分かってたはずだ 自業自得だぜ あ、あと魔界大戦も終わった。ムンドゥスが滅亡してスパーダ一族が新しい魔帝になった だからダンテも戻ってこない。魔界に根付いちまったからな。魔界=魔帝みたいなモンだからな まあ、戻ってくるとしたらこのエリアスを依り代にするか、これから俺らインキュバスを使って造魔を作って依り代にするか…… ムンドゥスはそうしてたが、……あの一族はどうかなぁ……作る気があるならとっくにやってたろうし…………やらねぇような気がするなぁ。スパーダもバージルもダンテも……クソ女好きのくせにな………」 複雑な表情でエリアスを見つめるレノ。 折り合いがつかなくなってしまったのだろう。 インキュバスという存在と仕事と、レノ自身の感情が。 クラウドはエリアスを抱き上げた。 「中に入るぜ、レノ 言っておくがタダメシを喰わせるほどウチは金無いからな」 |