喪失の向こう側5 都心にあるレディのマンションから車で1時間、郊外工業地区の一角を占める廃車スクラップ工場。 舗装された一般道路から敷地内スクラップ工場までの距離は大体200m。 その200mの間を、廃車になった車やバイクが工場への道を作るように両脇に雨ざらし状態で積み上げられており、それぞれの廃車から染み出したオイルやガソリンが地面に染み込んで、特有の模様を作っている。 その土とオイル・ガソリンの混ざった道を通り抜け適当な場所で車を停めて、シャッターが上がっている工場の中に入って行けば、そこには売り物らしき何台ものバイクが整然と隙無く並べられていた。 「おう!レディ、久しぶりだな。ウチに車ぁ止める場所なんか無ぇぜ!捨てに来たのか!?」 隙無く並べられたバイクの奥で朝からオイルまみれになった親父が振り向きもせずバイクを整備しながら嫌味っぽく言った。 「仕方ないでしょ。彼、バイク持ってないんだもの 今日は彼のバイクを貰いに来たわよ!クラウドっていうの!」 レディに紹介されて初めて親父は振り向いた。 「…あんちゃん、どんなのが欲しいんだ」 「IRON HORSE!!(アイアンホース)」 バイク親父の質問に答えたのはレディ。 途端に親父の眼が見開かれ般若の表情になった。が、直ぐに眉が下がり馬鹿にしたように噴き出し笑った。 「なははは!!おいおいおいおい!!いいぜレディ!今のはウケた!クソジョークだ! で、何だ?タイプはどんなのがいいんだ?ウチぁバイクの何でも屋だ!とりあえず欲しいモン言ってみな!大概は出せるぜ!」 そう言ったバイク親父を無視し、レディがクラウドに説明をした。 「ここにはね、アイアンホースっていう誰もオーナーになった事の無いモンスターバイクがいるのよ この親父が趣味だけで創った超凶暴な暴れ馬! とにかく気難しくてクソ我儘なバイクで、そこらの奴はエンジンもかけられないの! それにスタートできても超絶暴れて制御不能! 力で乗りこなしてもアイアンホースの特性に合わせないとツムジ曲げたまま本領発揮しない。とにかく力でもテクニックでも乗りこなせないユニコーンみたいな超凶暴バイクがいるの。有名よ」 「へぇ…」 操作にコツが必要なバイクっていうのは別に珍しくない。大抵のバイクはそんなものだ。 なのにわざわざそう紹介するっていう事は、クセの強さが半端じゃないんだろう。 そう冷静に判断していたクラウドだったが、長年の傭兵経験のせいで心の動きは表情には出ておらず、生まれ持った性格で返事も2文字で終了。 人はこれをノーリアクションと呼ぶ。 そしてそんな低空飛行な態度はバイク狂でありバイク教でありアイアンホースの親である親父の怒りに火をつけた。 『オイ、クソレディ!俺が創ってやった"マジェンタ・改"はどうした! このバージン臭せぇガキがバイクを持ってねぇならテメェの"マジェンタ・改"のケツに乗っけて来ればいい話だろうが! "マジェンタ・改"だってアイアンホースほどじゃねえが、この俺様がわざわざ命名してやるほどにレディ仕様に創ってやった特別製バイクだ!来るならマジェンタ・改で来い!里帰りさせろ! そもそもその前の初代マジェンタだって、バトルに巻き込まれたとかで里帰りしてきた時にはハンドルだけになってたとか、どうなってんだこのクソアマ!! その上"繊細でゴザイマス"ってぇツラしたカマ臭せぇガキに!よりにもよって俺様のアイアンホースを紹介するとは!フザケんな!!どこまで俺様のアイアンホースをチャラく見てくれてやがる!! 今度マジェンタ・改を修理に持ち込んだ時は1か月は返してやんねえからな!!!!』 と、声には出さないが、表情と態度に出まくっているバイク親父を放っておいて、レディは説明を続けた。 「昨日アンタがウチの子(マジェンタ・改)に乗ってるのを見てピーンときたの それにその体格で斬馬刀を使うっていうのもアイアンホース向きだと思う!あとペガサスを召喚できるのも気になるし! アレも伝説通りなら相当気性荒いでしょ でさ、そんな曰くつきの超絶狂暴バイクだからスペックはモンスターなのに買い手がつかないまま12年! しかもこの12年間、このクソ親父がどんどんチューンアップしまくって増々弩級暴れ馬にしてんの!ホントアホバイク親父よ!どんな凄いの創ったって乗る奴がいなきゃ意味ないじゃないねー!」 「レディ!言っておくが買い手なんかいくらだっているんだ!今もいくらでも出すってやつで行列ができらぁ! ウチのIRON HORSEは本当にスゲエモンスターだからな!オンリーワン!ソロだ!全てがオンリーワン!宇宙一天才の俺様が全てゼロから創ったバイクだかんな!そんじょそこらのカスッッ!!が乗れるような代物じゃねえんだっ!!」 バイク親父はハッキリとクラウドに向かって言ったが、やはりクラウドはノーリアクションだった。 「そういうこと!乗りこなせてもこの親父が妙な難癖つけて絶対に渡さないの でもこのクソ親父にアイアンホースのライディングを認めさせたら...」 「おう!タダでやる!アイアンホースのオーナーはアイアンホースが決める!アイツに金なんか絡ませねえ! 俺はただアイツの声を聞いてやるだけだ! だがアイツの好みは半端じゃねえ!この12年で何十人とライディングテストをやったが、結局ライドオンできようがオペレーションできようが、全部!アイアンホースはお気に召さなかった!全部!どいつもこいつもオール、アウト!!! アイツはハッキリ!ご機嫌斜めの声を出して俺に教えてくれる!!! いいか!答えを出してんのは俺じゃねえぞ!クソ勘違いしてんじゃねえぞ!レディ!」 どうでもいい戯言を聞いてでもいるように耳をほじりながら天井を向いていたレディ、親父が喋り終わるのを待ってクラウドに言った。 「ね?クラウド、ここの鉄のユニコーンをそろそろこの薄汚いクソ工場から解放してあげなさい アイアンホースもいい加減この変態バイク親父の顔もスクラップ車も見飽きてるわよ」 薄汚いって、それなりに整頓してあるだけアンタよりはマシだろ。と、クラウドは秘かに思ったが口には出さなかった。 一方、どんな説明をしてもリアクションの無いオカマ野郎は無視して、親父は更にレディに食ってかかった。 「ぬぁにが見飽きてるだ!!アイアンホースは俺様が…」 「い~いから早く!アイアンホース出してきて!早く!!」 レディの迫力はどこでも健在...。工場の空気がピーンと張り詰めた。 バイク親父は工場の奥の扉に忌々し気に向かいながらクラウドに言った。 「お前みたいなヘナチョコ!俺のアイアンホースを見れるだけでも有難てぇと思え!!ヘナチョコ!!」 クソ生意気に戦闘服なんか着てやがるが、ポケットにゃレース付きの白いハンカチなんぞ入れてるに違いないオカマに見せてやりたくはなかったが、出さないとレディがブチ切れる。 この女だけはとにかく厄介なアマだからとりあえずは出す。出したくはないが!!……と、表情と態度に出しまくってシャッターの向こう側に姿を消した。 「アレ、もう答えが出てるだろ」 「いいから、いいから。アイツは真性のバイクキチガイよ だからアンタはあのモンスターバイクをガツーン!と乗りこなせばいいの!そしたらギガスペックのオンリーワンバイクがタダ!オールオッケイ!! 困惑しているクラウドにレディは親指と人差し指で輪を作って逆さアクションをし、舌でカッ!と音を立ててビシッ!とキメた。 「…もしかしてアンタ、それを狙ってんのか?」 「それもあるけど、いい加減にあの弩級モンスターバイクが実力出すところを見たいのよ 親父も言ってたでしょ。今までに何度もアイアンホースのライディングテストが行われたって 私も何度か観戦してきた あの親父がアイアンホースがご機嫌斜めの声を出すっていうのも本当は分かってる… あのバイクは本当に『合う』か『合わない』か 乗れば分かる!!弩級のパワーを持ったバイクは弩級に容赦がない!覚悟して乗りなさい!」 そう言っている中、立ち並ぶバイクの奥からシャッターが開く音がして、親父はなんとモンスターバイクをフォークリフトに乗せてやってきた。 そのバイクの第一印象は、やはり「IRON HORSE(アイアンホース)」、、高潔に輝く鉄の馬。デカイ。 フロントにハーフメタルカウルがかかっていて、タイプはネイキッドとカウル車の中間だが、そんな言葉が的外れになるほど全てのデザインが独創的だ。 パーツ個々の線はシャープだが全体的な顔は何故かエレガント&セクシー、そしてメタルで力強い印象が残り、まだエンジンもかかっていないのに、まるで命を持っているかのような息吹のオーラを纏っている。 「…これ、アンタが創ったのか?」 「そうだ!!宇宙一大天才の俺様デザイン、俺様作、俺様チューンアップだ! どうだ!カッコイイだろう!!最高!!にクールだろう!!たまんねぇ!!だろう!!」 褒めろ!褒め称えろ!!てめぇごときオカマ野郎がどんなに賛辞の言葉を尽くしてもアイアンホースの輝き1つにも遠く及びもしないが、褒めたいなら好きなだけ讃えろ!俺が聞いてやろう!……と、思っていたが、やはりクラウドのリアクションは表情一つ変えずに一言… 「あぁ…」 今までどれほどこの口下手、リアクション下手で損をしてきたか。それでも治らない。 クラウドはちゃんとバイク親父のバイク賛辞を肯定したが、その可愛げのないリアクションがバイク親父のご機嫌を更に捻じ曲げた。 『気に入らねぇ! 何だコイツ!こんなに宇宙一メガギガクールなアイアンホース様を前にしてたったそれだけかっ!! もう今すぐUターンで戻してもいいだろう!俺が許す!!』と…思ったがレディが肉食獣な視線でアイアンホースを見ている ちっと、まだ下げれない……このクソアマさえいなけりゃこんなオカマ野郎なんざ「オトトイ来やがれ!」でケツ蹴って叩き出してやるのに! ジッ…とアイアンホースを見たままリアクションの無いオカマへのイライラは増すばかりだったが、バイク親父は気が付いていなかった。 クラウドのリアクション以前に、親父自身が全部アイアンホースへの賛辞を喋ってしまっている。 口下手でそもそもボキャブラリー貧困なクラウドにはバイク親父の言葉を肯定するだけで精一杯だた。 だがアイアンホースに心酔しているバイクキチガイ親父にはそれだけでは全く足りない!許さん!レベルで足りていない。 アイアンホースの実力を知っているのは創った親父だけ。 そしてその親父自身も実際に実力を発揮しているアイアンホースを見たことはない。 誰がどんな賛辞を幾千もの言葉を使いアイアンホースに向けようとも、親父の気持ちを満足させることはない。 まだまだもっともっと!俺様のアイアンホースは走ってこそ本当に輝く!もっと素晴らしいのだ!本当はもっと光り輝くのだ!、、誰の賛辞も親父を満足させることはなかったが、今日のクソ客、ナヨっちいオカマ野郎は今までの客の中でも特にクソ最低最悪だった。 一方クラウドはリアクション無しのままその独特の鉄の馬(アイアンホース)に魅入っていた。 タイヤホイールからブレーキ盤からエギゾーストパイプ、エンジン、ミラー、タンク、マフラー、全てが見たこともない形、この世界ではレディのバイクしか知らないクラウドにもそれは分かった。 このアイアンホースは全てが1点もの特別製。5000近くのパーツをハンドメイドで創り上げている。 執念......、このバイクは親父の渾身の...好きを超えた魂を削って創り上げた作品。 バイクの魂が宿っている。 「あとはお前自身で確認するんだな! ま、エンジンをかけられれば、の話だが!ぬうはははははは!!俺様の孤高のアイアンホースがヘナチョコ野郎に応えるかな!?はあっはっはっはっはっはは!!!だあああああああっはっはっはっはっはっはっは!!!!」 そう言いながら親父はエンジンのかけ方、スタートの仕方をレクチャーしたが、早口過ぎてしかも親父の主観簡略説明だったので初見のクラウドには親父が何を言っているのかすら理解できなかった。 「さ!やってみろ!ちなみに俺様のアイアンホースに乗って事故ってカタワになっても、死んでも責任は取らねぇからな!!ふはははははは!!!があっははははははははは!!」 「あ、そうそう。クラウド、このバイクの試乗で事故死した奴、2人いるから。あと、重傷者数名ね!」 忘れてたわ。とばかりにサラリとレディが言った。 「……………」 さすがレディが紹介するだけある。どこかで必ず"但し!"が付いている。 でもまあ、20000ccでここまで重量のあるバイクで事故ったら怪我は半端じゃないだろう、そこは意外じゃない。 「がああっはっはっはっはっは!!俺様のアイアンホースにヘナチョコ根性で乗れると思うなよ!!ぬあーっはっはっは!!!ヘナチョコ!!」 バイク親父は本当は"バージン臭せぇオカマ野郎!"と言ってやりたかったが、隣のレディが怖いので"ヘナチョコ"で我慢してやった。 クラウドは暫くアイアンホースを色んな角度から観察していて、いくつかのパーツを動かしてみたり触ってみたりしたが、やがて親父がレクチャーしたスタートの仕方とは違う方法でエンジンをかけた。 まさか、まさか!まさか!!まさか!!!のフェイントを見破ってエンジンを掛けられてしまったことに驚愕する親父だったが、そもそもクラウドは元々親父の説明を理解できていなかったのでフェイントにはなっていなかった。 アイアンホースに跨り、スタンドを倒し1,2度ユックリとアクセルを吹かし、ローにガゴンッ!!と入れた。 文字通りローに入れただけ、クラッチを握ったままですら体が振り落とされるほど大きな衝撃が起きて思わずクラッチから手が離れてしまうところだった。 クラウドは一度ニュートラルに戻し、跨ったまま両手首、指をそれぞれストレッチしながらバイク親父に聞いた。 「で、これはいつまで試乗できる?」 たかが……たかが、たかが!!エンジンをかけただけで!!宇宙一スゲェ孤高の!俺の!アイアンホースにライディングできるつもりの立場も弁えないクソ生意気なバージンヘナチョコクソッタレオカマションベンタレ野郎にムカッッ!とした親父はワナワナワナしながら 「明日!朝一でここに戻せ!! そん時にアイアンホースを視りゃどんな乗り方をしたのか俺には分かる!!」 「クラウド、昨日モンスター退治で行った方向に試乗で良い場所があるわ ほら、この辺が山も沢も広大な平地もアスファルト盤も揃ってる 今日丸1日あげる。マリーのお迎えも、夕食も作らなくていいからそのクソ暴れ馬と語り合って来なさい」 と、クラウドの携帯に地図登録をした。 その登録された場所を暫く見て、閉じると「ありがとう」と、再びローに入れて、アクセルを廻しながら、少しづつクラッチを繋いで行ったがある地点で急に爆裂ダッシュで一気に2人の視界から姿が消えた。 その日の夕暮れ時 レディとクレイジーバイク親父は双眼鏡を覗きながら山中にいた。 聴こえてくるのは…… 「オオオォォォォォーーーーーーーーーーーン!!!」 「ギュオオォ―――――ーーン!!」 「フォンッッ!!!オオオオォォォーーーーーーーーン!!フォンッッ!!」 「ウ゛ルゥルゥルゥアァァァァァァ―――――ーーー!!」 双眼鏡を覗くのを止めない親父からは涙がタラタラ、鼻水がタラーンタラーン…開きっぱなしの口からも涎がタラーンタラーン…… 「アグッ......ウッ......ウッ.........」 「あの銀色のモンスター......あんなに素敵な声で啼くのね...惚れ直した...」 「ゲホッ......フゴッ......ウッ......ウッ......」 「クラウドもやっぱり思った通りよ。あの体格で斬馬刀だもの ねえオッサン、アイツようやく命が宿ったわね。今......クラウドが息を吹き込んでるわ......」 「...あんな...オカマ野郎に......」 「オッサン、あれがオカマのライディング?」 「うるせえ!!!......うっ...うっ...畜生!!......畜生!!」 「ま、アイアンホースはユニコーンだもの、丁度いいって事で?」(一角獣ユニコーンは処女のみ触れられる) 「うるせえ!うるせえ!俺のアイアンホースはオンリーワンだ!ソロだ!変なモンに重ねんじゃねえ!」 「でもこれからはデュエットね」 「畜生!.........あのクソションベン野郎......クソッ!...ファック!アッッスホーッッ! 畜生!チクショーーーーーーッッ!!デイミッ!シッ! ............輝いてるぜ......畜生!眩いぜ.........俺のIRON HORSE...... お前はやっぱり最高の野郎だ......知ってたぜ、俺はずっと、ずっと知ってた 俺のIRON HORSE......お前は最高の、輝ける...この世に一つの...至高の...うっ......うっ...MONSTER BIKE......IRON HORSE............ お前を誕生させるためにっ、…う、…俺は生まれてきたんだ……知ってるぜ 俺の......俺の......うっ、うぐっ............畜生!!チクショーーーー!!ファック!!ファック!!ファック!!ファック!!ファック!!」 見たくない、もう見たくない。俺のアイアンホース。 俺の魂...我が子、俺の全て......アイアンホースが誰かと魂を通い合わせている姿など見たくない! だが双眼鏡を覗くのを止められない。 輝いている、俺の魂。 最高に輝いていやがる...眩しいぜ、俺のアイアンホース。 RUNが......最高にクールだ...知ってたぜ、さすがだ!最高だ!!俺のアイアンホース!! 俺の手を離れてしまう、俺のアイアンホース。 ついにこの時が来た……。 クラウドへの呪詛と罵倒とアイアンホースへの賛美を繰り返しながら、双眼鏡を覗くのを止めない親父の顔中の穴という穴から汁がボタボタ、タランタラン、ダラダラいつまでも流れ続けた。 翌日クラウドがバイク屋にアイアンホースを返しに行ったところ、ゲッッッソリ!とやつれ干乾びた親父が出てきた。 が、目の前にいるアイアンホースを見た途端、クワッッッ!!と目が見開かれた 「て……めえええええええええええ!!!」 「すいません」 アイアンホースは傷だらけで、深い傷もへこみもあちこち無数に出来ていた。 暫く親父はそのアイアンホースを見ていて 「ん?……んん?」と、何度かクラウドとアイアンホースを見比べ そして眼が据わった。 「オイ、コイツに乗ったのはお前ぇじゃねぇな」 クラウドが乗っていたのは双眼鏡で散々見ていたから分かってはいたが、その身体が無傷であるはずがなかった。 口籠ったクラウドの隣でレディが言った。 「オッサン、よく見てなさい」 いきなりレディは手持ちのタガーでクラウドの腕を斬りつけた。 「!何する!!」 クラウドの腕から血がポタポタ出始めたが直ぐに止まり、そして数分後には塞がって傷口自体が無くなっていた。 「実はクラウド、人間じゃないの。見て分かるだろうけど獣族でもないわよ」 説明に驚く親父にレディが付け加えた 「悪魔と獣とモンスターと人間の中間みたいな体質の異星人よ 考えてみたらアイアンホースはそうじゃないと乗りこなせないでしょ 人間じゃ力が及ばない、モンスターや獣じゃテクニックが及ばない、悪魔はアンタがお気に召さない」 「違うつってんだろ!気に入らないのは俺じゃねえ!アイアンホースだ! 俺にはアイアンホースの声が聞こえんだっ!!!」 「あっそう。で、アンタのアイアンホースは昨日何ていった?」 バイク親父の奥歯がギリギリと鳴った。 「……………クソ2週間後にクソ奪いに来い!それまでに整備し直しておいてやる! 金はいらねえ!!だがそん時ぁ殴らせろ!!クソったれションベン野郎!!」 クラウドはバイク親父に"ヘナチョコ野郎"(本当はバージン臭せぇオカマ野郎)から"クソったれションベン野郎"に昇格していただいた! 「クラウド、入って良い?」ドアをノックする音と共にマリーの声がした。 クラウドは部屋から出て扉を閉めた。 「おはようマリー。どうした?」 「今日ね、学校休み」 クラウドの服の裾を握りながらマリーが言った。 「うん、そうだな」 「あのね、ママとクラウドのお仕事、一緒に行きたい…」 反応を窺うように言ったマリーにクラウドが驚いていると 「マリーもママのお仕事、お手伝いする」 怒られるのを恐れるあまり泣きそうになりながらも付け加えた。 クラウドは深くしゃがみ、マリーを見上げ 「マリーは本当に良い子だな でもそういう事はレディに直接言いな 俺はレディのお手伝い。それに返事が出来る立場じゃない」 だがマリーはクラウドの前から動かず、言った。 「マリーだけお留守番つまんない…」 クラウドは考え、 「とりあえず朝食一緒に作ろうか? 寝坊のレディが起きて来た時にマリーの作った朝食があったら、きっとすっごく喜ぶぞ?」 「一緒に作ったらマリーも連れてってくれるならいいよ?」 まだ6歳なのにもう駆け引きを覚えていることにクラウドは感心した。 「ならいい。俺一人でやる。言っただろ、そんな返事ができる立場じゃないって マリーは部屋にいろ」 「...ッ...ッ...」 マリーのしゃくりあげる気配に、ヤバイ…と思った時にはもう遅かった。 「ぎゃあぁぁぁぁぁあああ!!!!!」 マリーが大音量でギャン泣きを始め、あぁ…と、困惑するクラウド。 大音量で勢いよく泣き過ぎてさっそく酸欠になりケッホケッホ!と咽ながらも一呼吸し、また「えーーーーーーん!!」と泣き、可哀想な子がここにいますアピールを続けるマリー。 子供に甘々のクラウドは、マリーのこの分かりやすい泣き落とし作戦に大抵負ける。我儘だ作戦だと分かっていても攻略されてしまう。 だが見た目は16歳の少年でも実質55年生きて戦い続けてきた男。自分の裁定領域は分かっている。 慰めもせずに黙っているクラウドへの抗議で「えーんえーん」と、いい加減涙も出なくなって言葉で泣き続けるマリー。 その時。 ガチャ… 扉がゆっくりと開くと共に、例によってパンツ1枚の女が部屋から、のそり…と出てきた。 クラウドもマリーも良く知っている。寝起きのこいつは周囲の空気をも汚染するほどに最低に機嫌が悪い。 クラウドが黙ってマリーの泣き大音量に耐えていたのは…コレを召喚するためだった。 「…………朝から何…………クラウド…」 酒でむくんだ顔で、分かり易く強烈に機嫌が悪い。 この言い方は"クラウド"の後に(答えろ)という言葉が隠されている。 「マリー、自分で言え。俺は朝食を作ってる」 『寝起きのレディ』の召喚に成功したクラウドは、耳を劈く(つんざく)マリーの爆声にかき消されながら「マリーが言いたい事があるそうだ」と言い、キッチンへ離脱逃亡した。 寝起きのレディの質の悪さはマリーもよく知っている。 クラウドを追いかけるようにマリーの泣き声が「ぎゃああああああああああ!!!」と走る音と共に聞こえたが。 「マリー!」 一瞬にして空気を凍らせるレディの活(カツ)。 片手を腰に当てている様は、絶対君主を思わせる。…パンツ1枚だが。 レディ相手に泣き真似など逆効果でしかないのはマリーも十二分に分かっている。だからいつもは泣いたりしない。 でも今は”クラウド”に泣いていたのだ。クラウドがダメだからクラウドに”いいよ”って言ってもらうために! なのに途中でママにすり替わるなんて卑怯!と、思いながらもママに一瞬にしてバキーン!と空気を凍らせられて、マリーは動くことも泣くこともできなくなってしまった。 「で?何?」 「......」 「ハッキリ言いなさい。ついさっきはあれだけギャーギャーでかい声が出たでしょ。早く!」 「………」 「聞こえない!」 突然マリーの走る音がしてキッチンにいたクラウドにぶつかってきた。 「あっぶねーな!マリー!俺、今包丁持ってるんだぞ! キッチンにいる時はくっついたらダメだ!」 思わずそう言うクラウドの服をギューっと掴み、マリーは「う~~…」とまた泣き始めた。 それを鬼の形相で睨みつけているレディ………もう、ラスボス級の迫力だ。 「…マリーがさ、アンタの仕事の手伝いがしたいんだって」 激怒の表情で睨みつけていたレディだったが、虚を突かれ腕を組んだままポカン、とした。 やがて凄く複雑な表情をした後でレディがダイニングのテーブルにつき、「マリー、そこに座りなさい」と対面のテーブルを指し、そして手の甲に額を押し付けながら「クラウド、コーヒー」と呟いた。 淀みなく人を使うレディ。"頂戴"も"お願い"もナシ。 とりあえず朝食の準備は置いておいて、クラウドはコーヒーをセットし始めた。 が、マリーはそんなクラウドの服に顔を隠したままくっ付いて動こうとするので、その小さな体を抱え上げ、ダイニングテーブルの席に着かせた。 裏切り者!何するの!!と、泣き顔でクラウドに声に出さずに抗議をするマリーに 「俺はレディの弟子、今の俺の任務は寝起きのレディに朝のコーヒーを煎れること!……マリーにはミルクチョコレートもいれてやるから、ガンバレ!」 後半は小声にして言い、再びキッチンに向かった。 再び取り残されてしまったマリーは、まるで自分の犯した罪を検事に読み上げられる被告人状態でレディの向かいで俯いた。が、少しだけ…クラウドが持ってきてくれる甘くて幸せな気持ちになるマシュマロぽこぽこのミルクチョコレートを心待ちにした。 「マリー、あなたは巫女の血族だって前に言ったのを覚えてる?」 「……」 気配でマリーが頷いているのがキッチンでミルクチョコレートのチョコを刻んでいるクラウドにも分かった。 「巫女っていうのはね、神様に仕える特別な職業、そして特別な血筋の女性 一般の女性がなろうと思ってもなれるものじゃないの 特別な血族の女性が、たくさんの制限の中でたくさんの資格を取ってはじめて巫女として認められるの そのたくさんの制限の中の1つ、私の様にモンスターハントをしている者は”穢れ”として巫女の血筋から除名される」 「でも!」 「黙りなさい!私はまだ話してる!」 「…はい」 クラウドがダイニングに行きレディの前にコーヒーを置き、マリーの前に馨しいミルクいっぱいのマシュマロ入りホットチョコレートを置いた。 「マリー、とりあえず飲め。冷めたらもったいない」 今のままではマリーが飲めないだろうと隣に座り飲むよう促し、レディにも一呼吸入れさせた。 マリーとレディが小休止の様に飲み、空気がほっと一息ついたところでクラウドは再びキッチンに戻り朝食の準備にかかった。 「私が巫女であることを捨てたのは15の時だった その時にその他の何もかも、全て捨てた 母を殺した父も、父に名付けられた名前も、家も家名も財産も、巫女仲間も、教師も、友も、信仰も、何もかも 全てを捨てて何者でもない「アノニマス」として悪魔狩りを始めた 悪魔のダンテとトリッシュで知ってるでしょ。死なない奴相手に、たった一つの命しかない、特別な能力も力も無いただの人間が戦いを挑むのなら、失くして困るものを持っていてはいけない マリー、私の身体を見ればわかるわね? 人間がデビルハンターになるのはそういう事」 レディの身体は傷跡だらけ。第一線で長年戦い続けてきた戦士の身体をしている。 それら深く刻まれた数多の履歴は、言葉を尽くすよりもマリーを追い詰める。 マリーが同居し始めてから5年の間にもレディは、魔法の回復では追い付かない酷い傷を負って帰ってきた事も、寝込んで体調が戻らないまま現場へ向かった事も何度もあった。 マリーは暖かいマグカップを両手で握ったまま、中に浮かぶマシュマロを見ながら苦しくなっていた。 だがキッチンにいたクラウドは、レディが巫女の血族で15までは巫女として過ごしていた事に何よりも驚愕していた。 そして秘かに、この世界の”巫女”は自分の知る”巫女”とは別物なのだろう、と自分を納得させていた。 「マリー、今日から学校が休みの日は教会に行きなさい 巫女がどんな仕事か先ずは知りなさい そしていつか巫女・神・教会の存在について私と対等に話せる時が来るまでは、今日の話はお預け 私と対等に話せて、それでも私と同じ仕事をしたいのなら、いいわよ 特別にモンスターハントのコーチをしてあげる 私は何もかもを捨てて全て一人で築いてきたけれど、あなたは私の娘だもの、特別に教えてあげる」 そのままレディは何も話さなくなり、マリーが続く沈黙に思わず顔を上げると、見つめられていた。 「愛してるわ、私のマリー」 涙が出てきそうになってしまい、マリーはまた俯き誤魔化した。 レディがキッチンに向かって声をかけた。 「クラウド!朝食食べたら10:00までに教会にマリーを連れて行って マリーはもう洗礼を受けてるから席に座れるけど、あなたは後ろで立ってて、誘われても座らないで 11:00には終わるけど、巫女の仕事は12:00まであるから待って送ってきて それと多分ネロがいるからちょっと挨拶もしてきて。ムカついたら殴ってもいいわよ 今日の狩りは17:00出発にしましょう」 「了解」 なんだかレディの話がクラウドのよく知る教会によく似ていて嫌な予感がしたが、どう考えてもレディと教会などゴキブリと洗剤のようなもので成り立つわけがない…と妙な想像を打ち消した。 「…アンタ、朝食食べる?」 「寝る。後で食べるから置いといて」 そう言い残し、レディはコーヒーだけを持って自室に戻って行った。 ダイニングで一人俯いたままのマリーの背中を優しくポンポンと叩いた。 「マシュマロなくなったぁ」 マリーが情けない顔をしてクラウドを見たので、言いたい事があるのだろうと、隣に座った。 「ママ、怒ったぁ」 また、マリーの顔がウルウルしてきた 「ママは怒ったんじゃない。マリーに分かってほしかったんだ それにママが一番言いたかったのは、一番最後の言葉じゃないのか?」 クラウドがテーブルに頬杖をつき隣のマリーを真正面で見つめると、マリーが瞳をウルウルさせながら言った。 「…一緒に教会に行ってぇ……」 クラウドは深く頷いた。 「ちゃんと最後まで見てる …ミサに間に合わなくなるから朝食チャッチャと食べよう。 今日はスモークサーモンとポテトのサラダ、フレンチトースト! 食べ終わったら歯を磨いて、ちょっとキレイな服来て教会!それで帰ってきたらママ起きてるから、皆で一緒にコーンスープ飲もうな?」 「……昨日…コーンいっぱい入れてたやつ?」 「一晩経ってるから美味しくなってるぞ?」 そのコーンスープは昨夜バトルから帰って来てから2時間かけて作り、保温鍋で加熱し続けた自信作。 マリーとレディに美味しいと言ってもらえるといいな…などと期待しながら、レディの朝食の仕込みのためにクラウドは再びキッチンに向かった。 そしてマリーは一人、食べやすく切り分けてもらったアツアツのフレンチトーストに1枚はメープルシロップをかけて、もう1枚はバターでパウダーシュガーとブラウンシュガーをかけてホットミルクで食べながら、キッチンのクラウドの気配を感じていた。 クラウドはもしかしたら私とママの所に来る前に誰かと一緒に住んでいたのかもしれない。 きっと恋人。 きっと凄く幸せだった。 だって凄く嬉しそうに私とママのお世話をする。「いい加減にしろ」って言いながらいっぱいいっぱいお世話してくれる。 それで時々凄く凄く悲しそうな辛そうな顔してる。 きっと思い出してる。 きっと幸せだった時の事。 恋人さん。 こんなにお世話してくれるクラウドがいなくなってしまって困っていない?困ってるよね? ママがクラウドの同居は期間限定だって言ってたけど、どうしよう……ウチもクラウドがいなくなっちゃったら困るよ。 ずっとウチにいてほしい…。 恋人さんはどうして一緒に住めなくなっちゃったの? どうして? クラウドすごく辛そうだよ? 1時間後に教会に着きマリーは席に、クラウドはナイトよろしく後ろで待機し始めた。 「あ?」 声と共に視線を感じたクラウドがその方向に目を向けると、ダンテの店で会ったネロがいた。 ネロは隣にいた女性に手を振り、女性は教会の席に着いた。 「アンタは行かないのか?」 「アンタは行かないのか?」 クラウドの質問に全く同じ言葉でネロは返してきた。 イラッとしながら「行かない」と答えると、ネロも「行かない」と答えた。 イラッメラッとしたクラウドだったが、とりあえずレディの"挨拶しといて"のミッションだけはクリアしたのでそれで良しとし、あとは完全にその存在を無視した。 殴っていいとは言われていたが、とりあえず教会の中で暴力はダメだ、マリーの立場も無くなると堪えた。 (ダンテとネロの出会い:ミサ中の教会の天窓をぶち破り突入したダンテ。ミサの中心にいた神父の脳天を撃ち抜いた。教会内は一気にパニック!その場にいたネロは逃げ惑う信者を余所にダンテに応戦。2人で教会内で破壊の限りを尽くしながら戦い、ついにダンテの心臓に大剣を打ち込んだネロ。が、ダンテはヘッチャラで「じゃあな!」とかっこよく去った。後に残ったのはズタボロに破壊されつくした教会といたる所に飛び散ったスプラッターのみ。) ミサが始まり神父の挨拶や司祭の説教の後、巫女達による賛美のステージが始まった。 特別なライトアップなど装飾的なものは何も無かったが、静まり返った荘厳な教会の祭壇前のステージ、選ばれた巫女による独唱、合唱、軍舞はあまりにも精錬に美しく...かつてはレディがこのステージに立っていたなど悪い冗談としか思えなかった。 ステージでの汚れ無き厳かなる巫女たちの舞を見ていると、不思議と嬉々としてモンスターたちと格闘するレディの姿やパンツ1枚で家の中をウロつく日常を思い出してしまい、思わず笑ってしまった。 笑ったと言っても口端だけで笑っただけだったが、再び視線を感じて見たらネロが見下していた。 イッラッッッ!としたが、無視をした。 その後神父による説教、聖書の読み合わせ、教会員による讃美歌が数曲謳われ、ミサは終わった。 「アンタここに何しに来た」 ミサ終了で教会の空気が和らぎザワついた時にネロがクラウドに声をかけてきた。 「アンタには関係ない」 「……」 ネロはクラウドの眼前に中指をビシッ!と立て、出口に向かう教会員たちとは反対に教会の奥に向かい、途中で一緒に来た彼女に挨拶をし、中に入って行った。 教会の中、ミサの直後にそういうアクションを堂々とやるネロにキレそうになったが、クソガキ相手に本気になるのも馬鹿らしい!と堪えた。 教会員の席でマリーが振り向いて手招きをしているので行った。 巫女たちはステージや教会員席や色んな場所でそれぞれ後片付けや、それぞれの仕事をしていた。 マリーが隣の席をポンポンと叩いて誘ったが、クラウドは無言で頭を振りマリーの隣に立った。 するとマリーがクラウドの腰のあたりに頭を凭せ掛けてきた。 マリーが何も言わないのでクラウドも黙っていた。 暫くそうして巫女たちの仕事を見ていると、「マリー・メイヤーさん?」声をかけらた。 振り向くと、ミサの進行役をしていた神父がにこやかに立っていた。 「あなたにとってミサいかがでしたか?」神父が聞いて来た。 「き、きれいでした」 人見知りのマリーが咄嗟にクラウドの服を縋るように握り、逃げそうになりながら一生懸命答えた。 「それは良かった。この教会にはあなたと近い年頃の巫女が何人かいます 良ければこの後彼女たちと話してみませんか?先ほどステージに立った巫女たちもいますよ?」 そう言われてマリーは教会内色んな場所で働いている巫女たちを見廻した。 しかし立ち上がるとススス...と、クラウドの後ろに隠れた。 「マリー、俺ならいくらでも待ってる」 後ろを振り向きクラウドが言うと、マリーがクラウドの服で顔を隠しながら見上げて「い、一緒に...」 そう言ったマリーの意図を読んだ神父が答えた。 「申し訳ありません。教会奥には教会員しか入れないのです」 「え、ネロは教会員なのか?」 神父が微かに眉を顰めたが、直ぐににこやかな表情に戻った。 「ネロをご存知ですか?」 「まあ、、、知ってるだけだけど」 「そうですか。彼も一応教会員なのです」 「そうか」 あえて何も言わなかったが"一応"って何だ。ミサを開いてるような信仰に"一応"ってあるのか? しかも普通の教会員は踏み込まないような教会奥に入って行くような奴を。 それに教会員なら席に付けるのに、なんでアイツは後ろに立ってた。 クラウドはネロと教会の関係には何か裏があると感じた。 ………が、次にもっとおかしい事に気が付いた。 そうだ、アイツは悪魔とのクウォーターで、高等悪魔の特徴がモロに出てる奴だ。 高等悪魔が悪魔祓いをする教会の信徒なわけがない! 教会とネロの存在の明らかに妙な関係に裏を感じたが、恐らくこの神父は何も喋らない。 帰ってレディに聞くか…とも思ったが、別にクソガキネロなどどうでもいい存在なので、知らないないままにしておくことにした。どうでもいい。 「帰る…」 マリーがクラウドの服を引っ張った。 「あ、ではこれを『いつでもお待ちしております』……と、お母様にお伝えください」 そう言い神父はマリーに名刺を渡してきた。 「それとあなたの洗礼もお待ちしております」 神父は付け足しの社交辞令の様にクラウドに言った。 家に帰ってレディに名刺を渡したところ、指先2本で挟んで「フーン…」と言った後、ピンッと飛ばし、キレイにゴミ箱にシュートした。 自分でゴミ箱に捨てられるなら普段からやれよ!と思ったが、何を言おうとも結局レディは変わらないのでスルーした。 その日、初めて挑戦した夜のモンスター狩りは、やはりレディの予告通り強敵揃いだった。 厳しい戦い過ぎて途中で2度も形態変化をした。 だがレディはダンテとネロで形態変化は見慣れているらしく、それよりも「このレベルまで来ればあなたはモンスターハンター中堅クラスよ!頑張ってるわね!」と珍しく弟子を褒めた。 だがそう言うレディは人間の生身一つ、形態変化も無ければ召喚も無い。 この世界でクラウドが過ごすようになって一月近く、気が付いた事、人間でモンスターハンターをしている者はまずいない。 いてもカナリ体格も良く武器扱いに卓越した若い戦士くらいだ。 魔界と所々で繋がっているこの世界は、幻魔、幻影、モンスター、使い魔が頻繁にウロついている。 だからこそデビルハンター、モンスターハンターなどという仕事が成立しているのだが、まだ経験の浅いハンターの目的が低級モンスター狩りであっても、そこで命が散った臭いを嗅ぎつけた強い悪魔や同族と吸着しようとする幻魔集団が引き寄せられ、バトルに際限がなくなる。 命が一つしかなく、特別な能力も力も無い人間ではハントは続けられないのだ。 だから若く屈強な人間のモンスターハンターはいても、人間の熟練者は存在しない。 レディ以外。 どれほどの修羅道を生きて来たのか。 朝は最低に機嫌が悪く、家事能力も最低でゲンナリする程のビッチ服を好み、家の中に至ってはパンツしか穿かない。 どうしようもない女だとは思うが、未婚の独り身で女の子を引き取り育て、体中に消えない傷跡を作りながらもモンスターハントで稼いでいる。 そして昔は教会の巫女だった。 本人はチャッカリしているような物言いをするが、とんでもなく不器用な生き方だ。 夜明け前に家に帰ってみればセフィロスの死体は更に若返ってハイティーンくらいになっていた。 造ったように完璧な美少年で、あぁ本当にこれは高等悪魔だ、誰が見てもそう思うだろう。 この世界では。 だが人間がメインのあの世界では…、これではどうしたって特異な存在にしかなれなかっただろう。 こんなに何もかもが特別に完璧で、……どんな子供時代を過ごしたんだろう。 そう思った時にフと思い出した。 バイク親父が嫌々譲ってくれたアイアンホース。 全てが特別製で全てが完璧な超弩級の暴れ馬。 12年間誰もオーナーが見つからなかった。 アイアンホース……。 アイツとの付き合いはオペレーション(操作)じゃなくてジョイント(連携)。 アイツの"癖"に合わせないとライダーも吹っ飛ばすし、アイツ自体も自爆暴走をする。 「…………」 変な共通点に気が付き、クラウドはベッドで死体になっているセフィロスを見ながら笑いがこみ上げてきた。 「弩級の性能とパワーを持った制御不能の銀色の悪魔」 アイアンホースは、その息遣いにこっちの息遣いを合わせて、鼓動を繋げて能力を開かせ、リード(誘導)する。 その結果、見た事もない世界にリード(導いて)してくれる。 アイアンホースとジョイントすることでしか見られない世界を見せてくれる。 お前のせいでこんな予想もしなかった世界にいる。 でもセフィロス。 俺はこの世界が大好きだ。 人間じゃなくても、形態変化をしても特別視されない。 異端視されない。 昔あれほど悩んだのがおかしいくらいにここでは何でもない事なんだ。 眼の色が違っても、傷がすぐに治っても「へー」で終わる。ずっとカラーコンタクトをしていた時代が遥か遠く感じる。 この世界には「基準」が無い。 こんな世界に来れるなら、あの何日間の紅蓮の苦しみも………うん、やっぱりアレはもう嫌だ。二度目は無いけど二度と御免だ。 おかげで思い出したくない事をたくさん思い出しちまった。 眠れなくなった……。 …………ビッチは散々言われた。泥棒で、プリス(娼婦)で、薄汚いドブネズミ……実際にその通りの事をしてた。 お前が英雄と呼ばれていたあの同じ神羅で。 俺は…泥棒で、娼婦だった。 思い出したくない。 |