喪失の向こう側 14

何かが動く気配にクラウドが気付くとそこには同じく気絶から覚めたセフィロスがいた。

辺りを見回してみれば、そこにいるはずのガウがいない。

怪我が峠を越したとはいえまだ自力で歩けるほどではないから、自分で動いたとは思えない。

だがどこにもいない……。


川に向かって何か大きなものを引きずった跡がある。

川辺では獣たちが何かを奪い合い喰らい付いており、その口元で踊っていたのは……ビリビリに引き裂かれたガウの服、喰われて一部だけになっている骨、肉…


愕然とその光景を目にする人だったが、暫くしてセフィロスが呟いた。

「おかしくないか

クラウドは返事をしなかったが同じことを考えていた様で、夜空に向かって「スコール」と叫んだ。

セフィロスの眉がピクッと片側だけ跳ね上がったが無視をした。


突如夜空の瞬く星々が一斉に消え完全な闇夜になったかと思うと、遥か上空から世界を引き裂く稲妻がバキャーンッと空と大地とを繋ぎ震わせ見渡す限りを昼間の様に照らし出した。

そして目の前に降り立ったのは……

眩く力強く輝く黄金と雪の様に刹那的な純白が組み合わさった大きな翼と、オーロラのように定まらない光を纏った…


「サイファー!?

短かった金髪はスコールと同じに腰を覆うほどの長さで昔と同じにオールバックにしてはいるが、まるで獅子の鬣(たてがみ)の様に雄々しく、持っている力の証明の様に威風堂々王の冠の様に光り輝き、そこにいるだけで辺りが昼間の様に明るい。

以前同じ様に夜に会った時のスコールは同じく輝いていたけど、スコールは月の光のように優しい、夜の静寂に融けていくような光だった。

相変わらず不機嫌そうな顔をして腕を組んでいるサイファー


「………お前、死んだのか!?

「多分お前が言ってる意味じゃ俺はまだ生きてるぜ。アッチの世界で

お前が行ってから52年生きた

こことアッチの世界は別物だから同じ線で考えても意味ない」

やっぱり偉そうで不機嫌な答えが返ってきた。

「……で、スコールの召喚獣になったのか

「そんなんじゃねえちっと手違いがあって気が付いたらアイツとリンクしちまってんだケッそれだけだ

ってわけで、今アイツは遠ぉぉいところでバトってて手が離せねぇ

ガウならお前らのすぐ近くにいる

但し姿は以前のモノじゃねぇし、今は声を持ってない

記憶もリセットされちまってるからお前たちの事も分からねぇ

だから呼んだって来ねぇし、無駄に近付けばビビって逃げる

それでも気になるなら聖堂前で見張ってろ、いつかは見かけるだろうよ

姿は違うがガウはガウだ。見れば分かる」


サイファーの転生に愕然としているクラウドの隣でセフィロスが聞いた。

「ガウはトランスフォームしたって事か

「元々アイツはそういう生命体だし、トランスフォームっつーよりリボーン(Reborn)だ

狩れない獣、謳えないセイレーン。それも途中段階、いつかまた条件を満たした時、新(あらた)にリボーンする

そん時が来たらまた今の記憶はリセットされてゼロスタートだ

ちなみに今回ガウの変態条件を満たしたのはクラウドだ

てか…しっかし…まぁ」

サイファーが呆れたようにセフィロスを見た。

「コイツがあの毒蛇とはねぇ…アイツにも少年時代ってのがあったんだなぁ…」

「………」

セフィロスが自分に向けられた言葉に不審気な表情をしたが、「じゃあな」と、用は終わったとばかりに、サイファーの周囲を漂っているオーロラがブレイクアップし始めたが、クラウドが呼び止めた。

”なんだよ”と言わんばかりに迷惑顔で停止したサイファー。


「スコールは何とバトってるんだ大丈夫なのか

虚を突かれたような表情をしたサイファーは一瞬後に「ハッ」と呆れ笑い「ハァァァ………」と、深く溜息を吐いた。


「本当、変わんねぇなぁ…お前

これじゃ毒蛇がキレんのも無理はねぇなぁ」と、独り言のように呟いた。

「アイツがヤバかったら俺ぁここにはいねぇよ

手は離せねぇがヤバイのとは意味が違うしバトルもお前が想像してるのと違う

アイツは相変わらず元気にバカ野郎だぜ

まあ待ってろ、そのうちアイツもガウに会いに来る。そん時ついでにお前の所にも来る」

スコールもガウと知り合いだったのか

「あー……、ガウにはスコールが見えてねぇから”知り合い”ではねぇな

考えてもみろよ”狩れない獣”なんつーのは、この世界じゃ年待たずに死ぬ

そのガウが今まで生きてこれたのは………まぁ、色々だ。説明すんのメンドクセェ

で、今回リボーンして”謳えないセイレーン”になった。しかも男のセイレーン、しかも生殖機能がない

狩れない獣とは違う意味で生きるのは相当難しい

つーわけでそのうちアイツはまた来る。このままにはできねーから

じゃあなクラウド、偶にはバトル以外で他の召喚獣達も思い出してやれ

そう言うと、今度は返事を待たずに雷がバキバキバキッと空から大地へ連続落雷し、眩い稲妻が消えた時にはサイファーも消えていた。


暫くの静寂の後、セフィロスがポツリと言った。

「アイツは単体じゃなかったんだな」

「……スコールは召喚神だからたくさんの召喚獣と繋がってる」

「大勢の中の1体ではなく今の奴はアイツと対等の存在のような印象を受けた」

「サイファーが!?

そんな訳あるかサイファーはただの失敗テロリストでスコールに助けられただけの奴だ。

バトル能力もスコールの足元にも及ばなかった。何一つスコールの横に並べるようなものを持っていなかった


「俺はスコールが単体で召喚神として生まれ変わった時を見てたし、スコールが単体召喚神の理由も知ってる

アイツはスコールのただのオマケだアイツはスコールに助けられただけの奴で全然対等なんかじゃない

セフィロスは黙ってクラウドを見つめた。

通常のクラウドならその視線一つで負けていたのだが、事、スコールについては絶対に引かない。

絶対的に信じるものへの侮辱は許さない。たとえ言い負けても決して引かない。

「お前なんかにスコールの何が分かる変な事を言うな

挑むように睨み返すクラウドにセフィロスは口端だけで笑った。

「悪かった。ガウも元気みたいだし帰るか」と、車に向かって歩き始めた。


確かに、本人がいなくなってしまった獣ヶ原にいる理由は無い。

クラウドも車に向けて歩き始めたが非常に不愉快だった。

腹に据えかねた。

あのサイファーなんかがスコールに並ぶわけがないそんなのは駄目だ認めない嫌だ

スコールは人間だった時だって完璧に美しくてカッコ良くて本物の英雄だったけど、サイファーはただ威張るだけのチンピラヤクザだった

サイファーなんか認めないスコールの横に立っていい奴じゃないあんな奴


突然腰を抱かれた。

「帰ろう」

セフィロスの顔が間近にあった。

思わず跳ね除けた。

「触るな近寄るな先行け言っておくが俺は元々お前は大嫌いだ!!子供じゃないっていうならそれなりに扱うからな!お前なんか大っ嫌いだ!お前なんか今のアイツに前の世界で白髪親父って呼ばれてたんだからな!毒蛇とも呼ばれてた!そのくらいお前は嫌われ者だった!その中でも俺は一番嫌いだった!


……言えばクラウドが激怒を通り越して絶望してしまいそうなのでセフィロスは黙って聞いていたが、同じ言葉を繰り返して怒る姿が産毛の小さな子猫が潤んだ瞳で一生懸命フー!フー!と転びそうになりながら威嚇をする姿に似て抱き締めたいほど可愛くて仕方なかった。


だがクラウドはそれどころではなかった。

…今のサイファーは以前とは比べ物にならない神々しさを放っていた。

輝く金髪がスコールと同じに腰を覆うくらいにあって金髪が獅子の鬣(たてがみ)みたいに輝いてて…本当に神様みたいで…

こんな風に突きつけられなくとも知っていた。あの人の関係は特別だという事は。

あの人が繋がってたからこそ自分が関わる事になったし、縁も繋がった。サイファーがいなければ多分スコールは自分に声を掛けることはなかった。

そんな事元々分かっていた。


スコールとサイファーの互いに傷つけあった痕がいつも気になった。

嫌でも目に付いたサイファーの傷痕!!スコールの傷痕!!

寄り添わず、牽制し合いながらも互いに助け合い生きて来た人、命を懸けてサイファーを助けたスコール

スコールが死ぬと分かっていても助けようとしたサイファー

スコールは俺にではなくサイファーに自分の死を予告した

子供で敵わないと分かってたのに、自分も拷問を受けると分かってたのにスコールを庇い続けたサイファー

どうして俺じゃなかったのか。何故俺には言ってくれなかったのか


「クラウド、変な誤解をして悪かった。俺が間違っていた。忘れてくれ」

慰めるようにクラウドの背に添えられたセフィロスの手。

ゾッとして、再び跳ね除けた。

「お前一人で帰れ。俺は暫くここに残るお前、嫌い

「分かった。なら俺も残る

どうせお前はロクな方向には考えていない。俺がいた方がまだマシだ」


最悪に機嫌の悪くなったクラウドが語尾に”オマエキライ”を混ぜるのは昔のセフィロスに対してで今のセフィロスにはあまり関係のない事なのだが、今のセフィロスも気が付けば昔と何も変わってないじゃないか!どれほど嫌われようが拒絶されようが気にせず自分の思うまま動く。

結局俺が育てた意味なんか無いじゃないか!結局嫌な奴にしか育たないじゃないか!一生懸命育てたのに”家族ごっこにつきあってやってる”とまで言われもう何もかもが失敗でどうでもよくなった。

「うるさいスコールとアイツが繋がってるのは最初から分かってた事だ

ただアイツまで召喚獣になったのにちょっと驚いただけだ俺は死ぬの…


言いかけて最後まで言えなかった。

俺は死ぬのに。もうそんなに生きられないのに。

スコールとサイファーは繋がって永遠となり、俺だけが消えていく。

口惜しさなのか哀しさなのか、もう本気で涙が出て来そうになり、強く瞼を閉じた。

俺だけが死んでいく。


「死ぬのはお前一人じゃない

アイツラが死なないってだけの話だ」

また腰を抱き寄せ、もう片方の腕で肩に手を回してきた。

こんなのもう抱きしめているのと同じだ。

でももう抵抗する気力も出てこなかった。

ただ「手を繋ぐところからって話はどうなった…」と聞きたかったが、もうそれすらもどうでもよく言葉にするのも面倒になってしまった。






そうして人で大聖堂に帰っての事。


「はあ!?

まず最初にエリアスが立ち上がった。

全員揃ったダイニングルーム、セフィロスは半鬱で明らか投げやりになっているクラウドを捕まえたまま自分達の他棟への引っ越しを宣言した。

「クラウドは俺の造魔

我々は人で深く話し合う必要がある。お前達は邪魔だ」

そう言うとクラウドに「荷物を片付けよう」と言い、クラウドの部屋に連れて行こうとした。

「待てよセフィロスねえ、クラウドそれでいいの!?ソイツの造魔って本当!?ソイツなんかと人になったらクラウド絶対に……無事じゃ済まないと思うよ!?

どう言う意味で無事では済まないのか具体的に言わなかったのはエリアスの優しさだった。

だが憔悴激しく自棄になっているクラウド。


「……ツォン、レノ、ごめん、俺暫く当番外させてくれ。バトル訓練も任せる」

クラウドのあまりに投げやりな様子にツォンは嫌な予感しかしなかった。

「……私もお前達人で住むのは我々の事とは関係なく、良くないと思う。お前の為に良くない」

セフィロスの眼は明らか捕食者のもの。元々そうだったが今や隠そうともせず真っすぐクラウドに向いている。

今を見過ごしたら明日には今までのクラウドではなくなっているだろう。

クラウドにはまだまだエリアスやザックスに伝授して欲しい魔法や剣術がある。

まだ壊れられては困る。

だがそんなツォンの心配にもクラウドは項垂れたまま視線も動かさず返事もしなかった。

一晩で『セフィロス豹変』

   『ジェノヴァ能力で自死』

   『ガウのRebornと行方不明』

   『まさかのサイファー召喚』

   『サイファーとスコールとの永遠のリンク』


様々な方向に感情が振り切れ、精神的に完全に消耗疲弊し切って現実を投げ出していた。

そのあまりの焦燥っぷりにもしかしてコレ……既に犯っちまってる!?と、エリアスがレノに目で問いかけるとレノは微かに首を横に振り目で否定した。

だとしたらこの疲弊状態は何だ。何があった。

いずれにせよこのままの状態はマズイ。

セフィロスが裏で悪魔も驚きの色々な事をしていたのはエリアスも知っていた。

知ってはいたが自分達に害が及ぶわけではないし、セフィロスを信頼しきっているクラウドが可哀想なので軽蔑はしていたが放置していた。全ては自己責任だ。

だがそのセフィロスが被っていた仮面を外したとなると話は別。

アイツはやりたい事を決して我慢しない。状況が厳しければいかにしてその状況を掻い潜るか、変えるかにエネルギーを使う。決して我慢する方向には使わない。

ヤバイ、クラウドが壊される!

セフィロスとクラウドが部屋に入ったところでエリアスがツォンに指示を出し、魔界のダンテの所まで飛んだ。



「あれはな”失恋”ってやつだ」

ダンテはいかにもおかしそうに笑いをこらえながら言った。

「…しつ…」恋…

クラウドが!?

思いもしないダンテからの返事。

いつクラウドにそんな時間があった!?

毎日仕事や家事と子供たちの相手で天手古舞だったように見えたが……失恋というからには誰か相手がいたのか?いつそんな時間があった!?

あのクラウドが?あの潔癖クラウドが!?恋!?

……心当たりがなさ過ぎる。素振りも無かった。……無いよな、どう考えても。ま、まさかレディ!?……さすがにそれは無い。お互いに。ありえないだろう。

だとすると他に誰がいる!?そもそもあの分かりやすいクラウドにその気配も変化感じなかった。

困惑しているツォンを余所にダンテは楽しそうにバージルと話した。


「しっかしあのスコールにあんな奴がいるとは予想外だったぜ

あれは反則だろ。あのクラウドが良く持ちこたえたと褒めてやりたいくらいだな

「持ちこたえてない。見事に落ちている。おかげでセフィロスに良い様に持って行かれている」

「あー、そういえばそうだな」

双子の片割れに指摘されダンテはどうでもいいようにお手上げの仕草をしてアッサリと意見を変えた。

そして2人の父スパーダがまた違う指摘をした。

「重要なのはそこではない

アイツがこの世界の恐らく複数の命に計画的に加護を与えているという事実だ

クラウドに至っては庇護だろう、あれは

彼はこの世界に来た時には力も知識も無かった。それこそスコールがお前に繋いでおかなければこの世界では早々にクラッシュしていたはずだ

だとするとセフィロスにも今は無かっただろう

我々のエリアスも今のようには育たなかっただろうし、ザックスの今も無ければツォンもとっくに死んでいただろうし、レノの今も無い

セフィロスで繋がったガウの変態も無ければ………認めたくはないが、トリッシュが持ってきたスコールの銃弾が止めになったのも事実だ

俺が気に入らないのはそうする事で何のメリットが彼にあるのか分からない所だ

彼は一体何をしようとしている」

「………」

思いがけず妻・トリッシュの名前を聞いてしまいまだ癒え切らぬダンテの傷が疼いた。

その横で双子の兄バージルが答えた。

「我々の味方でないのは確かだ

先日スコールがこの世界に”遊びに来た”時は火山一つ噴火させ魔界柱を壊滅させ、我々も魔界も持ち直すのに数日かかった

アイツはあくまでも”遊び”で通していたが明らかにあの力の源は怒りだった

あれはダンテがクラウドが造魔だと洩らした制裁だったと俺は解釈している

つまりクラウドはスコールの何かの計画の重要な駒になっている…と思ったのだが、今回あのセフィロスの手中に落としているし、ガウも庇護していたようだが今まで随分苦労して生きてきたようだ

どうにも分からない。庇護しているようでしていない気もするししている気もする。全く何がしたいのだ?彼は」

「………趣味だろ

サラリと答えを出したダンテにバージルもスパーダも「」マークで答えた。

「俺は今までに何度かスコールとバトってるから何となく分かる

アイツの行動理由を突き詰めれば全部”趣味”で片付く

クラウドがどうとかガウとか魔界とか難しい事は分かんねーし、あの野郎は間違いなくクソファック野郎だがそこんとこだけは良く分かる

奴は御大層な理由じゃ動かねぇ。”趣味!”奴にはそれがファイナルアンサーだ」

「………お前のせいで彼が酷く阿呆に思えて仕方ない」

バージルが呆れたようにダンテに言い、スパーダは増々分からなくなりイラついたようだった。

「何のための趣味だ。何の趣味だ。そもそもガウはスコールに加護されている事すら知らない。知ってもまたリボーンで全てが消える

クラウドも庇護されている事を知らないしセフィロスの手に落ちたままもう直ぐ死ぬ。どっちも意味が無いだろう

「だからしゅ……」

「ま、待ってください!!今、何て!?

ダンテが”趣味に理由なんかねぇし見返りも求めないだろ!”と言いかけたところをツォンが強引に遮った。


話を強引に遮られ魔王3位が同時にツォンを見て、その驚愕の表情に何に引っかかったのか気が付いた。

「そういえばお前は知らなかったな

クラウドは自分がもう長くないのも知ってるし、この星には残りの命を清算しに因縁のセフィロスを追ってやってきた

だからたとえクラウドの判断が間違っていようとも今の状況は彼が作り出したものだ。好きにさせてやれ

主と造魔の関係は余所者が関わると大抵は造魔の命にかかわってくる」


……クラウドが……

「あとどれくらいですか」

1日、2日とかではないがひと月先にはいないだろう

あぁ、そうだな。『生命』の部屋に入れるようにしておく。帰る前に行って見てみろ

クラウドとセフィロス、見た目は人間や上級悪魔と見ているが『異星人』だとあの生命の灯を見ればよく分かる

彼らの燃え方は他と違うから正確には分からんが、クラウドの残り時間も大体は分かる

あの変わった灯り方をする生命が無くなってしまうのは惜しいがこればかりは仕方ない」

「……」

「まあいい、ツォン『生命』の部屋に行き、上に戻れ

セフィロスとクラウドは放っておけとエリアスに伝えろ

奴らはなるようになるし、どうなろうともそれはクラウドの自業自得。本人も分かっている

クラウドの寿命については誰にも言うな。エリアスにもザックスにも。レノは元々知っている。陰魔は命の炎の間に出入りするからな

あと今のうちにエリアスにクラウドから受け取れる魔法をできるだけ継承させておけ。ザックスは剣術だな

クラウドが死んだ時にはそれがエリアス達への遺産になる。我々から物品を受け取らないクラウドらしい遺産だ」

シニカルに笑って言う魔王3位。

ツォンは改めて自分が下級の出であることを痛感した。

これほどドライには考えられない。

「………畏まりました」



ツォンは『生命』の部屋で無数の生命の灯に囲まれながら気持ちの整理を付けようと繰り返し自戒していた。

無数の命、人間、悪魔、獣族、幻魔、動物、ありとあらゆる命の眩い輝き、弱い灯、瞬く灯、大きい命小さい命ありとあらゆる命の灯に囲まれゆらゆらと揺れる灯の中で佇み、ただ美しいと思った。

命とはただあるだけでそこに在るだけで尊い。何ものにも代えられない揺れる灯。ひと時も同じ形ではいない。

それを自ら捨てようとしていた己のなんと愚かだったことか、地位に拘わらずザックスを堕ろすことなく産んでくれたルーファスの偉大さ。

絶対的な宿命に逆らい夫ダンテに命を懸け燃え尽きた妻トリッシュ。今はもうこの部屋には無いトリッシュ。

消えようとしているクラウドの命の灯。

強く眩く輝くセフィロスの命とは違いもう殆ど残っていない。

分からない。理解できない。

元々この星に来た時点で残りが少なかったと聞いた。

何故自分を傀儡化していた支配者を命を縮めてまで追ってきたのか、育てようと思えたのか。

そもそもセフィロスは悪魔相手に仮面をつけ続けていたような極めて質の悪い異星人。悪魔よりも質が悪い。

保護してやる必要など微塵もない。

今のセフィロスを見ていればわかる。どうせ造魔クラウドもロクな目には合っていなかっただろう。

何故そんな奴をあんなに愛情を込めて育てられた?

しかも命燃え尽きようとしている今、そいつに喰われようとしている。

お前は何がしたかったんだ。クラウド

こんな状態で終わっていいのか?


ともかく気付かれてはならない。

エリアスは聡い。そしてザックスも意外に気が付く時は見抜いている。

彼らに悟られてはならない。悟らせずできるだけクラウドから多くの技を継承させなければ

俺が守るのはザックスと主となるエリアス!

決意を新たにし翼を羽ばたかせ魔界を出たツォンだったが、魔界門を出てからの足取りは重く歩幅もどんどん小さくなっていき、いつの間にか大聖堂地下で一人、立ち止まってしまっていた。


しばらく会っていなかったルーファスに会いたくなった。





セフィロスに引きずられる形で強引に引っ越しをさせられたが、翌朝からクラウドは仕事を放棄し、夕方までダイビングをしてガウの探索をし続けるようになり、更に部屋には全く帰ってなかった。

サイファーは”聖堂前で待っていればそのうち現れる”と言っていた。

つまり聖堂の近くの海に住んでいるか、聖堂が巡回範囲に入っているということだ。

断り切れない仕事だけを夜間に回し、陽が昇っているうちは湖に入りガウを探し続けた。

そのうち現れると言われていても、探したかった。

何故と聞かれても答えなど無い。ただ探したかった。見つけることが目的ではなく。ただ探したかった。


湖の中は冷ややかで、空気の世界とは違う社会が成り立っている。

岩陰に潜む魚や色とりどりの珊瑚に擬態する魚、水底の汚泥の中に住まう得体の知れぬ生物、水中を漂うクラゲ、水中から見上げる空、前触れなく急に足元が無くなっている地形、激しい水流の通り道で壁の様になっている個所、そこにだけ生息している極彩色の謎な生き物。

一つ確実に言える事は、水中の支配者は悪魔でも獣でも人間でもない。

悪魔や人間が水中で暮らすことはできない。

人間はただの小さな小さな弱い訪問者で湖の中に悪魔や人間の日常は無い。

今まで育児や仕事に追われ続け、こんな目的も有って無いような探索をしている余裕なんて無かった。

本当は今も無いのだがどうでもいい。

どうせセフィロスの育児にも失敗したし、失敗していた事にも全然気付いてなかったし、セフィロスは結局前のセフィロスと全然変わってないし、それじゃあ自分がこの世界に来る必要なんて無かったし、あの許されない苦しみの連続は何の為だったのか、忘れていた過去まで掘り起こしてしまい眠れなくなって……スコールがいたら眠れたのに、スコールにはサイファーがいて……………そんなの知ってたし。知ってたし


何の為に生きてるのか。

何の為にここにいるのか。

何の為にわざわざここに来たのか。

水中はいつも独り。泣いていても誰も、自分も気が付かない。

ダイビングに疲れたら水面に上がって漂ったり、叢に上がって空を見たり

この無責任さがいい。

色んな事から解放される。

解放されていなくとも無責任が許されなくとも、やる気が出ないから仕方ないじゃないか。

どうせ頑張ったって何もマトモには出来なかったのだから。

やる意味なんかない。


引っ越した時以来セフィロスには会っていない。

あいつを見たくない。

俺の影響なんか何も受けてない、昔と何も変わらないアイツ。

会いたくない。

騙していたくせに、掌を返したように優しくなる。

何で俺がアイツに優しくされるんだ。

男に優しくする男なんか大嫌いだ死ね見るな死ね

………でもアイツは……昔のセフィロスは俺の過去を知っていながら黙っていた。

知ってる事を黙っていてくれた。

神羅にいた時にアイツみたいな反応をした奴は一人もいなかった。

バレていなかったのにどいつもこいつも俺を男娼みたいに……似たようなもんだったけど…バレてなかったのに……。

なのにセフィロスは知っていて、ろくでもない俺を一人前に扱ってくれていた。

あのソルジャーの頂点にいたセフィロスが、最悪の兵士だった俺を認めてくれていた。

知ってる事を噯(おくび)にも出さずにいてくれた。

だから俺は忘れたままでいられた。

ラクーンで俺に我慢できない殺意を持った時にも、ジェノヴァ能力も使わず、逆に命を削って分けてくれた。

「行ってしまえ」と言ったあの時………


あいつが……

あんな顔をするから来てしまったんだ、気になって。

いや、来たのは良かった。

この世界はすごく気に入った。

でも結局アイツには俺なんか必要なかった。

アイツは何も変わらない。

俺を騙してた。

スコールに”幸せになって欲しい”なんて言ったのが馬鹿みたいだ。馬鹿みたいだ

馬鹿!!スコールのバカ

セフィロスなんか嫌いだ

セフィロスとくっ付けようとするな!!スコールのバカ!!

サイファーなんかと………サイファーなんかとなんでサイファーなんだ!!馬鹿スコールの馬鹿!!スコールも嫌いだ!!大嫌いだ!!


その日の夜、断り切れない仕事の為、鬱々としたまま現場に向かうとセフィロスがいた。

「たった日で随分やつれたな。不眠不食といったところか」


何を言われようとも何も答える気力が無かったため、そのまま無視して依頼された廃ビルに入った。

後ろからセフィロスもついて来たが放っておいた。

灯も無い廃ビル内でのバトル。視覚はほぼ封印された状態。

モンスターのレベルもステージも今のセフィロスには無理だ。

Fですら通過できないだろうと思ったが放っておいた。

勝手にすればいい。


F+屋上&地下全て掃除し終わってFに戻ってみれば案の定セフィロスが死んでいた。

どうでもよかったので、そのまま捨ててきた。

どうせお前は復活する。どうせ俺より長生きなんだ。勝手にしたらいい。


ガウがいなくなって1週間、ダイビングで冷え切った身体を湖の畔の叢(くさむら)の中で温かい太陽に照らされ微睡んでいた時、誰かが呼ぶ声で意識が浮上してきた。


「クラウド」

「…………」見下ろしていたのは髪の長いスコールだった。相変わらずキレイだ……

「行くぞ」

「……どこに」


喜べない…スコールが来たのに。

でも、やっぱりお前は温かい。お前がいるだけで何でこんなに気持ちが楽になるんだろう。


「ガウの所」

「…………お前本当に何でも知ってるんだな…」


俺がこんなに毎日毎日探して気配すらも見つけられないのに…

暫くそのままでいたせいかスコールが聞いてきた。

「どうした

「別に、セフィロスを誘えばガウは元々セフィロスが気にいってた。俺は自分で探す」

言いながら身体を反転させサイドから覗き込んでいたスコールに背を向けた。

スコールが身を乗り出して横向きに寝転ぶ体を両腕で挟むように見下ろしてきた。

「自分でガウを見つけるから邪魔すんなって」面白そうに笑っている。

そんなんじゃないスコールのばーかばーかお前なんかサイファーを選んだくせに!!お前なんかサイファーと…と、それ以上は考えない

ここは水中じゃない。何も隠せない。違う事を考えなければ


『スコール、ソヤツは拗ねておる

愛い奴よのぅ、サイファーに嫉妬しておるのじゃ

愛い、愛いのぅ、たまらんのぅ』

」…この声

思わず起き上がり振り向いたが、同じく起き上がって後ろを振り返っているスコールしかいなかった。

俺に気が付いたスコールが指先で何か仕草をすると、召喚にタバコ本分の時間がかかるというスコールのセイレーンが姿を現した。


「クラウドがアイツの何に嫉妬するんだ

スコールが意味が分からない、とばかりにセイレーンに話しかけている。

「セイレーン何言ってんだ

しかしセイレーンは余所行き用の美しい顔をしながらも舌なめずりをし

「美味(うま)そうじゃぁ…なんと美味そうな奴じゃぁ…食したい、食したいのぅ……ふふふ……」

意味が分からないが身体の芯が震えた。


「こやつはサイファーがお前とリンクした事が気にいらぬのだ

拗ねておる拗ねておーる子供の様に拗ねておるのじゃぁ

嗚呼愛いのう愛いのう堪らんあぁこれは美味い美味いに違いない

少し先っぽだけでいい、舐めさせてたも~れ…ズルッ…」

飲み込み切れない涎がセイレーンの口端をテラリ…ヌラリ…と輝かせる。

「さ、先っぽって……」

嫌だ、言い方が凄く嫌だ…怖い…こいつ怖い…怖い

「セイレーンの言ってるのは感情の端の事だ」

スコールが呆れながら答えたが、興奮してきたセイレーンは後ろからスコールの首にガバッと抱き付き、頭の羽をバサバサし始めている。

抱き付くセイレーンがバサバサと頭の翼を羽ばたかせるので、スコールの長い髪も一緒にフワフワと一緒に揺れ踊っている。


「クラウド、お前の知ってるサイファーはただの失敗テロリストだっただろうが、あの後サイファーはリーブに引き取られて凄く頑張ったんだ

リーブは凄いな。あのアホサイファーに最初の一撃でガツンと筋を通した

あのセフィロスを使いこなしていただけある。

その後リーブは病に倒れたが、サイファーは遺志を継いでたくさんの部族で別れていたお前の星を統合して、星を回復の方向に向かわせた

サイファーは最期まで…あの後30年だったか40年だったか忘れたが、ジジイになって死ぬまでリーブの弟子としてその遺志を貫いた

英雄セフィロスとは違う形でサイファーはお前の星で英雄と呼ばれてる

本人は死ぬまでその称号を辞退し続けたけどな」


そうかよそれはスゴイなちなみに30年でも40年でもない!52年だ!お前の相棒の事くらい覚えておけ!

あぁ空が青い小さな雲も空高くにある。今日は天気が良くてぽかぽかしていて叢での休息も気持ち良い

このまま一人で眠りたい一人でな


「この前会った時、あまりにも変わってたから驚いた

失敗テロリストの面影がどこにもなかった……そうだな…『英雄』、そんな風格があった

お前とサイファーは運命で繋がってるんだなって、よーく分かった

「…何だよそれ、気持ち悪い事を言うな

お前がそんな事を言うならお前とセフィロスは運命の糸で繋がってると言ってやる!どうだ!ムカつくだろう!気持ち悪いだろ

「……」

スコールはイタズラっぽく冗談のように言うが、今はそんなものすら否定も笑い飛ばす気力も出てこない。

ただ暖かな陽気と、スコールの存在が心地良くて眠りたいだけ。

疲れたから眠りたいだけだ

ガウに会いに来たなら早く行けよ俺はもう眠りたいんだ眠いんだ

スコールが不思議な顔をして、セイレーンがその後ろで嫌な顔でニヤニヤしている。嫌な召喚獣だな!どっか行けよ!


「……………色々…

何も思い通りにいかなくてちょっと疲れてるだけだ。眠いんだ」

去る様子の無いスコールとセイレーン。

スコールはいるだけで気持ちが緩んでしまうから嫌なんだ。

今はちょっと変な事を言ってしまいそうだから一人にしてほしいんだ早くガウの所に行ってくれ


「お前さ…まだ人間だった時にミッドガルの俺の家に来た時、サイファーに言ってたろ

ガーデン時代に200人以上と寝たって

ソレ、本当はその殆どが取引だったんじゃないのか

ヤる代わりに何かをしてもらう

お前がただのデーター収集やスキルアップの為だけにそれだけの数と寝てたとは思えない」

「……それがどうした」

「別に、俺がそうだったからお前もそうなんじゃないか、と思っただけだ

……このまえセフィロスにもそう言った

俺が身体を取引に使ってたって

でもアイツ、全然堪えなかった

なんか…サラッと流された。逆に俺の方がどうしたらいいのか分からなくなった…そんな反応されてさ

……お前とセフィロスは時々似てるよ

英雄同士だからかな…それでサイファーまで英雄になって

俺だけがくだらないままで、大昔の事にいつまでも一人だけ拘ってて、皆とっくに忘れてるのに、俺が生きてた事なんか皆忘れてるのに……セフィロスの育成にも失敗して、失敗している事にも気が付いていなくて

何の為にここに来たのかも分からなくなって………」

あぁ畜生、言ってしまった

何なんだよ俺何でいっつもスコールにベラベラ喋っちまうんだバカ!!バカバカバカ!!


「くだらなくはないぞ

こやつはただの無神経男

セフィロスも無神経男

こやつやセフィロスが拘らない代わりに周囲の者が傷つくはめになる

の~うスコール

そう言いながらセイレーンは抱き付いたままのスコールを横から凝視していた。

スコールは嫌そうにセイレーンから視線を逸らせた。

「あの子は傷つかなかったろ。笑ってた」

「私が傷ついたのじゃドアホウ


どうも前々からスコールとセイレーンの間には何か確執があるとは思っていたけど、もしかしたら今の話が原因なのか

そんな視線を感じたのか、スコールが嫌々セイレーンとの確執原因を説明をした。


「ガーデンの指揮官時代、どうしても致死率の高い……ハッキリ言うと人壁が必要なミッションがあった

まあ、そういうのは説明の段階で兵士たちも自分の役割に気が付く

こっちもわざと匂わすしな。現場でいきなりパニックを起こさないように

そのメンバーの中にセイレーンのお気に入りの子がいた

コイツはな、レズなんだ。マンイーターのくせに

鬱陶しいよなぁレズなら女を喰えばいいじゃないか、なあ

スコールは親指で背後にくっ付いているセイレーンを嫌そうに指した。

「女は趣味男は食料じゃ

キッパリと言い切ったセイレーンが頭の羽をパタパタさせながらこっちを涎を垂らさんばかりに見てくる。

凄く嫌だ……見るな……。


「その子はミッションに参加する代わりに俺とヤりたいと言った」

その瞬間、セイレーンがスコールの頭にガスッと手刀を一発入れ、スコールの頭が揺れた。

「お前との "思 い 出 を く だ さ い" と言ったのだ

またカス言葉に変換し腐りおって幼少期からひっそりと可愛らしくお前に恋をし続けた純情な娘の最初で最後の願いを

命を懸けた願いだったのじゃぞ!!何故そんな薄汚い最低の言葉に置き換えられるこのド無神経男め

そんなのだから周囲を傷つけると言われても反論の一つも出来ぬのだ!!この阿呆が!!弩阿呆が!!

「……………」


スコールは黙って暴力暴言の連続に耐えたが、言葉は変わらなかった。

「…だからヤった。で、その子はミッションに参加して死んだ

その事をセイレーンはいつまでもいつまでもシツコクこの通りだ」

「阿呆が私が怒っていなければお前はあの娘を忘れる

お前にあの瑠璃唐草の様に小さく可愛らしかった少女を忘れさせてなるものかこの安チンタマ野郎が

「……ま、こんな感じだ」

呆れたように紹介するスコール。

スコールの首に抱き付いたまま後ろからカス言葉以下の最低な言葉で批判を続けるスコールの召喚獣…。

セイレーンてのは確か歌声で男を誘惑して海に沈める妖精だったよな。

こんな凄い性格でこんな怖い顔した奴に誘惑される男がいるのか

と思った途端、スコールに絡んでいたセイレーンがヒタ…とこっちを見た。


「…今…お前が何を考えたのか読~めたぞえぇ小僧」

物凄く邪悪な笑い方をしている。

怖い…怖い…怖い、止めろ見るな。怖い怖い怖い…喰われる…ヤダヤダヤダ怖い

こっちを邪悪な顔で睨んだままのセイレーン、見ている、見てる見てるから俺も目が逸らせない怖い、怖い、怖い

…でも何故か…その表情から少しづつ猛毒や極悪さや凶暴さが消えていき、入れ替わるように美しく嫋やかで麗しい女性に変化していく。

え、何でコレ、スコールのセイレーンだよな

表情は何も変わっていない、はずだ。なのにヴァルハラ宮殿に住まうワルキューレの様な美しく優しい女性が痛みを癒す微笑を湛えている。何故あれさっきまでの最低に下品な暴言召喚獣はどこに……

まさか、もしかして俺はセイレーンの術に嵌っているのか

周囲はいつの間にか叢(くさむら)ではなく、昼のはずなのに夕焼けがキラキラと凪の水面に反射して眩しく、このまま……


”パチン


目の前で何かが弾ける音がして現実に戻った。

スコールの指が目の前にあった。

「セイレーン!」

スコールの声が段低い。

「フン、お前程度、歌などなくともいくらでも落とせるぞえクラ~ウド

また邪悪な笑いに戻っている。怖い…ヤダ、本当この召喚獣凄く嫌だ…怖い怖い怖い怖い

思わずスコールの影に隠れた。


「クラウド、この前言ったろお前にも俺にも蟲が棲んでるって

セイレーンもそうだ。召喚獣にはこれと共存してる奴が多い

この、美しい、セイレーン様、は中々に腹がどす黒いからな

お前が振り回されて散々な目に合わされているその蟲すら完全に飼い慣らしている

その蟲もセイレーンにかかれば手乗り状態だ」

「フフンお前は馬鹿だ」

セイレーンが凄く偉そうに断言してくる。


…まあいい、変な技を出して落とされるよりも見下された方がマシだ


「クラウド、確かに俺とセフィロスは似たところがある

セイレーンの言う通り、自分が傷つかない代わりに周囲を傷つけているとも思う

だが無神経男には無神経なりのプライドがある」

「ほほ~う

セイレーンが抱き付いたまま”言ってみろ。叩き潰してやる”というように悪意満載の横目で睨んでいる。


スコール、キツイ環境にいるんだな。召喚神なのに…。


「”取引”ってのは、最低でもそれで相手が納得しなければ次には繋がらない

例えば高いレストランには当然相応のものを期待するが、もしそこで不相応な物を出されたら度と行かないし誰かに”ハズレ”だと言いたくもなる

俺は取引相手の殆どがガーデン内だった

皆そこで育ってきて根が繋がってる連中だ

良くも悪くも評価は根に還元され、根から他の株に吸い上げられる

だからこんな無神経男が結局最後までセックスが取引材料として成立していた事だけは誇っている

勿論俺もセイレーンと同じで蟲は有効に使いまくった

あるものは使う。使わないものはいらない、出て行かないのなら使う。それだけの事

だから俺に言わせれば、お前は俺の対極にいる

あるものを否定し、否定しながら共存し続け、しかも、ここから先が一番違う

俺の勘ではお前はほぼマグロだった。そんなもの…」

「違うからそんなのを許してくれるような……!!

うぁ…何を言おうとしてんだ俺のバカ!!

なのに言いたい事は伝わってしまったらしい。スコールは首を傾げて”そうか~”と……わざとらしい仕草を…。

更に抱き付いたままのセイレーンまでもスコールと同じ様に全然似合わないのに首を傾け…わざとらしいな!なんなんだコイツラ!!なんだなんだよ!!


「そんなじゃなかったいっつもいっつも体力がち、あ……

止めろ!何を喋る気だ!!バカバカバカ!!

慌てて口を閉じて、それでも喉から出て来ようとした言葉を奥歯を噛みしめて閉じ込めた。


知られたくない

あの頃の自分は弱すぎて情けなさ過ぎて、愚かで酷すぎて…思い出したくない!


俯く頬にスコールの手が伸びてきた。

驚いて顔を上げると、その親指がス…と唇の中心を撫で、割り開かれた。


「聞きたい」


アイスグレーの哀しいような優しいような瞳が誘っている。


開かれてしまった唇


閉じ込め続けた言葉がズルズルと引き出されていく。


気のせいかもしれない。俺が望んでいるだけかもしれない。


知られたくない。でも………


蜂蜜色の……。


あぁ…ぁ……


出てしまう


「嘘ばかりついた…」


ポトン…と言葉が落ちてしまった。


「うん」


スコールが言葉を受けて取ってくれた。


「間違ってるのは分かってた」


ポトン…と言葉が落ちた。


「そうだな」


スコールが受け取る。


「でも、」


ポトン…と言葉が落ちる。


口から出てしまう。


どんどん溢れ出してくる。止まれ、止まれ、止まってくれ。


「俺にはそれが正解だった」


「あの人との関係だけが、俺の、ただ1つの正解だった」


水の中にいるかのように視界が揺蕩う。


「うん」


瞳を閉じたら滴が流れ落ちた。


「誰に嘘をついても、傷つけても、誰にも渡したくなかった」


滴が溢れ出す。


「うん」


「でも……失くしてしまった」


滴がポトポトと零れるのと一緒に何かが流されて行く。


「うん」



ポトポトポト…ポタタタ……


タ、タタ……タタタ……


「あの人といる時だけ、俺は正解だったのに」



「あの人自身も……穢してしまった」


雨が降る


細かな


快晴の中の霧雨


「うん」


「凄く意地悪で許せなくて……でも…」


霧雨が睫にも瞳にも頬にもかかって、滴になって、ポトン、ポトン


流れになる


「でも


「大好きだった」


「どこまでも、どこまでも、昇れた」


「うん」


「あの人といる時だけ、俺は……俺を認められた」




空は青いけど、眩しいけど


雨が全てを洗い流してゆく



温かい雨…




「うん」


「もう償えない」




「俺は……」

誰よりもあさましく汚く醜い


「アレックスが、あの後どうなったのか知ってるだろう


俺のせいで人生を変えてしまった。


「……子供がいた…」


「そう、あのまま神羅にいたらそんな未来は彼には無かっただろう

お前が彼に守られたように彼も家族に守られ、励まされ、リハビリを頑張り続け歩けるようになった

彼がホテルを継いだのは、兄が大学教授になってしまったから

だが代わりに継いだ仕事の関係で彼女が出来て、プロポーズして、奥さんになって、子供が生まれて、成長して、その子供も子供を授かり今のお前の年では仕事も子供の代に譲って、孫の世話係だ」


「…孫までできてたのか…」


アレックス…


一緒に訓練して、ヘトヘトになって、ご飯食べて、馬鹿な話ばかりして、たくさん笑い合った。

俺のせいで終わってしまった大切だった友達。合わせる顔が無かった。


「時は流れ続ける。止まることはない。そして元に戻る事も決してない。

お前がいたからこそ、兄がいたからこそ、彼女と出会ったからこそのアレックスの人生だ

彼は神羅を辞めた後もお前に連絡を取ろうとしていた

だが寝たきりの姿でお前に会ってもお前を追い詰めるだけ。分かっていたから彼はリハビリを頑張った。

ちゃんと立って歩けるようになってから会いに行こう、きっとお前は自分からは会いに来ないから会いに行ってやろうと頑張っていた

だがお前はニブルヘイムのミッションで死んだことにされた

彼がどれほどショックを受け悲しんだのか想像つかなかったか


いつもいつも一方的にアレックスを見ていた。

彼の前に姿を晒す資格は俺には無いと思っていた。


「ゴールドソーサーのプレミアムバトルが生放送された時にお前が映った

若いままのお前やセフィロスに混乱しながらも彼は連絡を取ろうとした

だがお前は俺のいた世界に越してきていた

お前は逃げたけれど、彼は最後までちゃんとお前の友達でいたんだ」


「そしてもう一人、プレミアムバトルでお前を見つけて動揺した男がいた」



「傷ついた人たちにも時は流れる

誰もが同じ場所には留まらない

同じ場所にいるように見えてもそこは既に以前とは違う場所

過去に戻れないように、お前にも誰にも須く時は流れている

彼らに申し訳ないと思うのならその人達の為に前に進め

後悔を過去にしろ

お前の友達の為に、お前を愛した人の為に、お前を憎んだ人の為に、守ってくれた人の為に

愛も憎しみも痛みも全て抱えて彼らの為に前へ踏み出せ


「…………」



温かい雨が降る。


凍土を溶かしていく。


洗い流していく


溶けて流れ始めた流れは止まらない。


何もかもを洗い流してゆく。



流れ、流れ落ちて


隠していたものが現れる



許される事じゃないって分かってた………分かってたけど………


「愛してた


俺のせいで何人もの人を傷つけて人生を捻じ曲げてしまった


あの人に合わせる顔が無かった、でも会いたくて…、でも会いたくなくて!



スコールが髪を撫でた。


「眠れ、疲れたよな」


意識がふわ…と軽くなった。



クラウドを眠らせたスコールは真体に戻り、クラウドを翼の中に仕舞った。


「ぐうっふふ………」


上気し、目尻がだらしなく下がり、涎がツラツラと流れ、頭や体の翼の羽ばたきが止まらないセイレーンの手の中にはクラウドがポトリ…ポトリ…と落とした言葉の滴がたくさん握られていた。

「視よこの熟成されまくっていながらにして、どうだこの純潔純粋な滴!!どうだ!!

どうするスコール私はどこまでランクが上がってしまうのだどぉぉうするスコール!!

つだけ取れ。あとは全部この世界にばら撒く」

「あぁ!?

「相当なレア滴が生産されたのは、もうこの世界のモンスター、妖獣、悪魔も気が付いてる

一斉にお前を目指して来ている。全部バラ撒いて奴らを散らす

今すぐ寄こさないとお前一人でこの世界の連中と戦わせる」

「なんだと!?

「ソレはクラウドがこの世界に来たからこそ生産されたもの

この世界に還元するのが筋だ」

「クゥゥ……!!

口惜しさのあまりにセイレーンが裏の顔になりつつある。

「早くしろ俺も無駄に召喚獣を失くしたくない」


四方八方から無数の召喚獣、モンスター、妖獣達がセイレーンを目指して飛んできている。

「死ね!!安チン野郎!!


セイレーンが叫びつ滴を取り残りをスコールに押し付けた。

同時にスコールがセイレーンを結界の内側に入れながら遥か上空高く一気に舞い上がり、舞い上がる毎に回転を速くして行き、その姿が地上からは確認できない高さにまで上昇すると、世界の四方八方に滴が輝きながら飛び散っていった。


「きれいだな。セイレーン」

「うるさい死ねチンタマ袋……と言いたいところだがコレに免じて言わないでおく

暫くは鑑賞して愉しむ」

と、たった一つ選んだセイレーン好みの滴を胸にしまい込んだ。

「あーそーかよ、言わないでくれてありがとよ行くぞ、セイレーン

「任せろクソ男、最高の熟成純滴に免じてガウを最高待遇で加護してやる」


そしてクラウドは完全に行方不明となった。


どこにいるか、何があったのか魔界位と使い魔ツォン、淫魔レノは知っていたが誰も喋りはしなかった。


そして15年という時が流れた。

喪失の向こう側13   NOVEL    喪失の向こう側プロローグ

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ここで一旦切って番外編に移ります。

番外編の内容は上でクラウドくんが全部喋ってますwwwそういう内容です。

なので番外編を読まなくても本編だけで最後まで通ります。

番外編は読む人が読めば倫理的にどうかと思います。

読むのは自己責任です。

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