隣人9 部屋を出たキスティスにスコールが「話がある」と切り出した。 キスティスも客人であるクラウド一人を残してスコールまで出てきた時点で何かあるのだろうな...と予測はしていた。 「...来る?」と、上の階にある自分の部屋を指さした。 一方、スコールの部屋ではカオスがクラウドを海に面しているテラスに誘った。 眼前に広がる凪いだ海原は、沈みかける夕陽に一面オレンジ色に染め上げられ細かな小波がキラキラとゴールドに光り輝いている。 空にはモクモクとした雲がピンクにオレンジ・朱・紫・ゴールドなど、その雲の厚さ密度でそれぞれで夕陽を受け止め世界を彩っている。 圧倒されるばかりの世界の美しさにただ魅せられ、耳から入ってくる音は浜辺に打ち寄せる静かな波の音、時折頬を撫でる潮風...。 『この世界では自然が生き生きしているだろう? あっちの世界にいる時はあれが普通だと思っていたが、やはり魔洸を吸い上げるというのは星が死に向っていたのだな』 頭の中でヴィンセントがクラウドに話しかけた。 「......ああ.........本当に綺麗だ...こんな世界、本当にあるんだな...」 星の生命が惜しみなく生き生きと溢れている。空の色、草原の色、全然違う。 この星は健康だ。 『お前の金色の髪も夕日に照らされて輝いている。この世界はお前を歓迎しているようだ』 「寒むっ!」 『...寒いか?私は体温が無いから分からないが…』 「お前のセリフが寒いって言ってんだ!そんな寒キモいセリフは、いつもお前が言われる専門だったろ!」 ゾワッと立った鳥肌を宥めるように何度も腕を摩りながら言うクラウドに、カオスは少しの間の後『あぁ、思い出した』と、永く放棄していた大昔の記憶を呼び覚ますきっかけをつかんだらしい。 当時は女よりもウェストも手首も細く、雪の様に白い肌に形の良い美しい指で銃を操ったヴィンセント。 その浮世離れした美しさは移動する土地で様々な逸話を作り出し、一緒にいた仲間達からはそれらの逸話をネタに揶揄われたりもしていた。 だが実はクラウドも見知らぬ女性(特に男性)に声を掛けられたり纏わりつかれる事が頻繁にあったのだが、そういった色気づいた?浮ついた事を何故か異常に嫌うクラウドが怒り暴れだし、相手や現地で暴力沙汰トラブルを起こし事件にしてしまう率が非常に高く、『バトル能力は高くてもこの潔癖、何とかなんねーか!』と、テロリストの自覚のないクラウドを仲間たちは本人にバレないよう密に壁となり盾となり周囲から守っていた。 逆にヴィンセントはどれほど”美人”っぷりを揶揄われネタにされようとも馬耳東風、右から左まるで響かなかったため、仲間内でクラウドの分まで揶揄われる役回りになっていた。 『ところでクラウド』 「ん?」 『変化したようだな』 「.........分かるのか?」 『多分私が完全ジェノバ体だからだろう。最初から視えていた カッコイイ翼だが何故片翼?』 「...俺に聞くなよ」 『愚問だったな、…すまない』 「……もっとジェノヴァ化が進めば両翼になるのかな……」 『なったとしても製作者はあの宝条だということを念頭に置いておけ』 「少しくらいは希望を持たせる事くらい言えよ。死にたくなる」 『死にたくて死ねるのなら俺はここにはいない』 相変わらずのドマイナス思考のヴィンセントがいちいち夢も希望もない返しをするが、今のクラウドにはそれが言葉とは裏腹に心に馴染み、心地良かった。 希望など持てる状況にないのはもう嫌というほど思い知っている。 そんな時に白々しい希望を語られても鬱陶しいだけだ。 「このままジェノヴァ化が進んでいつか完全ジェノヴァ体になった時、俺はどうなってしまうんだ? 一斉におかしくなったソルジャー達のようになるのか?それとも、あのポットに入ってた失敗したソルジャーみたいにモンスターになるのか? ジェノヴァ化するってことは、セフィロスの命令に100%逆らえなくなるってことだろ もし俺に正気が残っていたとしてもセフィロスの意志一つでどんな事でもやるんだろ? 俺......俺は何のために生きてるんだ?」 カオスは自分の未来の姿。 既に完全ジェノヴァ化しているヴィンセントになら、この真っ黒な未来しか見えない恐怖を素直に言えた。 だがカオスはその答えを知ってか知らずか相変わらずの低温で語った。 『召喚獣という存在は人間とは生きている意味も命も次元も時間の意味も法則も、すべてが違う お前の知りたい答えを召喚獣達が知っていたとしてもそれに答える者はいない。 応える言葉を持たない。 存在の次元が違うということはそういう事だ 時空の壁を超えた時点でエネルギー体となり、言葉も存在も記憶も崩壊する。 ......稀に時空をそのまま超える召喚神もいるが...まあそういう奴は聞いたからって応えるような存在ではない』 ヴィンセントが何を言いたいのか分からなかったが、とにかく答えはもらえないらしいと分かり、クラウドはぼんやりと海を見た。 「...俺、今まで召喚獣っていうのは、高密度のバックグラウンドのあるエネルギーがマテリアに溶けて召喚獣って形になっただけで、魔法とそんなに意味合いは変わらないって思ってた だから人格とか性格とかなんて関係なくて、今みたいに人間と召喚獣が喋ったりすることなんか無いと思ってた でも今お前は自分で召喚獣って言ってる。 どういうことだ?この世界の召喚獣って何?」 『同じだ。向こうの世界もこちらの世界の召喚獣も』 「違うだろ。少なくとも俺は召喚獣と話したことなんか無い」 戦闘レベルの上がった最近は戦闘以外での召喚エネルギーの”流れ”を利用できるようになったが、それでも"話す"なんて選択肢はクラウドには無い。 召喚獣に意思なんて無いはずだ。そんな存在ではない。だからこそ人間の一方的な事情で召喚できる。…そう思っていた。 『俺はできないが召喚獣の中にはお前の世界やこちらの世界を自由に行き来する者も多くいる それは次元を超えるというのとはまた意味合いが違って行き来をしている それと今は便宜上"召喚獣"と云っているが、それは人間が一方的に人間にとっての"そういう存在"を召喚獣としただけで、同じ"召喚獣"という括りのものでも、例えば"アニメの中の世界"と"今、自分が肌で感じている世界"くらい存在に関わり合いのない存在だったりもする。 共通しているのは唯一『世界』という言葉だ。その『世界』が人間にとっての召喚獣という括りなのだ。 そして召喚獣と人間とのかかわりあい方も1つではない。 例えば私。元人間だからだろう、召喚獣の中でも特に人間にジャンクションする時の弊害が少ない。 逆に最もコミュニケーションを取り辛く親和性も低いものは、そもそも存在のベクトルが人間とは重ならないものだ。人間がその一生において一度も関わる事の無い存在。 人間自身にしてもそうだ。召喚獣との相性は魔力の高低にはあまり関係がない。 ガーデン随一の魔力の持ち主キスティスは人間に最も近く親和性も高い私の声を聞くことができない。 逆にキスティスよりも魔力が低くてもスコールはあらゆる召喚獣との親和性が抜群に高く、召喚獣の声を聞くこともコミュニケーションも取れる』 「次元の壁を超えた時点でただのエネルギーになるなら、なんでスコールやお前はこんなにコミュニケーションを取れてる?それに俺も。まるで人間同士の会話だ」 『先ず私は人間に近い位置に存在しているから。 その分召喚獣という分類の世界からは遠く小さな存在だ。 ...夜空の星で例えると分かりやすいか。 この星に一番近い小さな衛星。それが私。この星からは近いから大きく見えるが宇宙規模で見れば塵以下の小さな存在。 宇宙にはこの星よりも、お前の生きる星よりも遥かに巨大な惑星も、エネルギーを放つ惑星も、人など住んでいなくとも違う生命体で満ちている惑星もいくらでも無限にある。 お前の知らない世界でお前の知っている命などどこにも存在しないまま、お前に理解できないサイクルを紡ぎ続ける惑星もいくらでもある。 召喚獣も似たようなもの。 人間の眼から見えず人間には何の協力もしない、人間にとっては無いも等しい"召喚獣"が宇宙の中の巨大銀河の中心だったりもする。勿論銀河も一つではないし宇宙も無限にある。 俺にディアボロスと名が付いているのもこの世界での俺がそういう系統の属性を持っているから、違う場に行けば違う名で呼ばれ違う力を持つ 召喚獣となった私がお前とここまで微細に通じられる理由は、ジェノヴァ同士だからに他ならない。 スコールが私や他の召喚獣達の声を聞けて親和率も高いのは…まあ、体質だ。 この星でもスコールほど召喚獣とコミュニケーションを取れる者は他にはいない。 その代わり…でもないのかもしれないが、スコールは人間とのコミュニーションが下手だ。どうしようもなく』 「どうしようもなく?」 『どうしようもない。周囲も呆れ、諦めている 本人も改善する気が無いからどうにもならない お前も先ほどのスコールの対応で少しは気が付いただろう?私ですら憐れんでしまうほど人間関係がダメだ。 だが、アレでも以前に随分マシになった 去年半年間で随分教育されて人間臭い思考ができるようになった』 「教育?」 『別れた彼女に』 「ああ、もしかしてあの段ボール?」 クラウドは振り返らないまま部屋のクローゼットを親指で指した。 『そう、まるでスコールの対極にいるような非常に人間臭い女性だった。 スコールは彼女と出会うまでは少し...カナリ...セフィロスに似て無神経というか、人の気持ちがわからない、分かろうともしない奴だった まあ、今も分かっていないという意味では変わらないが 以前は理解しようとする意志すら無かった』 やっぱりな!ほら、やっぱりアイツと同じ人種だ!と、クラウドは自分の勘が正しかった事に内心ガッツポーズをとった。 カオスが例え話のように言った。 『2人の男がいた。2人とも戦闘、傭兵業以外何も教えられず与えられず育ってきた。 同じ時期に1人は悪い魔女に出会い、1人は良い魔女に出会った。2人の運命は大きく別れた』 「?良い魔女に出会ったのがスコールで悪い魔女がセフィロス? でもスコールのパートナーはキスティスなんだろ?良い魔女はどこに行った?ジェノヴァみたいに封印されてるのか?」 『............色々あるんだ』 ゆっくりと時は流れてゆき夕日は次第に傾いてゆき オレンジ色やゴールドに煌いていた海原も真っ暗になり、空と海の境目がわからなくなってゆき、月明かりにチラチラと照らされる水面と小波の音をただ...聞いていた。 「……俺さ、大空洞での戦闘で何回も死んだはずなのに一度もライフストリームに還ってないんだ。多分 胸に大穴が開いてさ...どう考えても心臓も肺も胃もいっぺんに持っていかれてんのに...気が付けば生きてた 片腕をもぎ取られて血を流し過ぎて意識を失くした時も、気がつけば元に戻ってた おかしいだろ?ザックスもセフィロスも最初の復活までは30年ライフストリームから戻ってこなかったんだぞ?お前だって一度はライフストリームに還った それに今までのソルジャーだって欠損したものは戻らなかったよな? どうして俺だけが死やライフストリームのサイクルからこんなに弾かれてるんだ?セフィロスもザックスも人間の姿のままなのに俺だけが変化してきたのは何でだ?」 穏やかに吹き抜ける潮風がクラウドを優しく撫でていった。 クラウドは潤む瞳を力でねじ伏せるように眼前の真っ黒な海原を睨みつけた。 『セフィロスは本当は死んでも直ぐに復活できた。古代種たちが阻まなければ』 「え?」 『ライフストリームの中でリユニオンしようとするセフィロス、それを散り散りに散らす古代種たち。 私たちとの戦いが終わった瞬間から、セフィロスと古代種たちの戦いがライフストリームの中で始まっていた。 私も一度死んで肉体、魂、記憶、エネルギー全てがライフストリームに散ったが、結局ジェノヴァ細胞だけはライフストリームから弾かれた。 ジェノヴァ細胞を殺すはずのデスペナルティもカオスも彼女の細胞には有効でも結局宝条に加工された私には無効だった それでライフストリームから弾かれていたジェノヴァ細胞同士、セフィロスのカケラと何度か触れ合った。その時に奴の意思、声が伝わってきた。 直ぐに復活しようとしていたセフィロスとそれを阻んでいた古代種。…というかメインでエアリスだったな、あれは』 「え?」 『古代種たちはセフィロスの復活が避けられないのは最初から知っていた。 だからエアリスがせめてその時にはザックスも復活させていようとしていた。 エアリスは生きているお前に言葉を届けることはできなかったが、代わりにザックスを届けセフィロスから守ろうとしていた。 だがエアリスがライフストリームに還った時にはザックスは既に星に散って一部が新しいサイクルに入ってしまっていた。 だから古代種たちはザックスのカケラが全てライフストリームに揃うまで、セフィロスと戦い続け、散らし続けていた。それが30年だ。 お前がたった一人で戦い続けた30年はエアリスに守られ続けた30年でもあるんだ ザックスが復活してからは彼がお前の盾となっただろ。セフィロスからの ザックス本人に記憶がなくとも、その為にエリアスに送り出されたのだから』 クラウドは猶更きつく闇色の海原を睨みつけた。 「俺、エアリスに会いたい。謝りたい 母さんに会いたい。欠片でいい。会いたい 俺なんかのためになんか何もしてくれなくていい。会いたい」 『………何もかもがお前に見えるもの、理解できるものばかりではない。 全ての営みには『役割』と『時』がある。 役割は時が満つれば自ずと姿を現す。』 「なら…その『役割』ってのを教えてくれ、具体的に。今すぐやる それで俺はもう終わりにする。母さんに会いたい もう生きていたくない」 『……お前の時はまだ満ちていない。時が満たなければ役割も形になっていない 果実を手に入れるためには花が咲かねばならぬ。花が咲くためには蕾がつかなければならぬ。蕾をつけるには樹木が育たねばならぬ。 何一つ飛び越えられはしないし、無理に進めれば本来役目は果たせぬ…そういう事だ』 クラウドは呆れたように「ハッ」とため息を吐き、デッキチェア―に背を持たせかけ、手首で目を覆い隠し、ただ夜の海風に吹かれた。 それきり何も喋らなくなってしまった。 『眠るのだったら、ベッドに行った方がいい。疲れがしっかり取れる』 気遣うヴィンセントに、クク...と喉だけで笑ったクラウドは、手で目を覆ったまま答えた。 「面倒、ここで眠る。おやすみ、カオス」 ベッドが必要なヤワな身体じゃない。 大空洞に入ってどれだけの間なのか、殆どマトモに眠ってない。それでもちゃんと生きてる。 ……ちゃんとかどうかは分からないがな。 クラウドの救われない、凍えた孤独はヴィンセントにも身に覚えがあった。 だが自分にはそれを温め満たしてやれるような腕も胸も、体温も、今はもう無くしてしまった。 人間であることを自ら捨てた当時は、心の底から人間である事も人間と関わってしまった事をも呪った。放棄する事に一厘の迷いも無かった。 だが今だけは、後悔している。 かつて共に戦ったクラウド。 どんな言葉も、真理も、クラウドの疵・孤独を癒してやる事などできない。クラウドのいる奈落には届かない。 寒くて震えるクラウドに必要なのは言葉じゃない...同じ場所に堕ち、触れてやれる手。 実体を無くした自分だからこそ今があり、視えたものがある。 だがクラウドが求めているのは言葉ではない。 温かい体温。 だがクラウド自身がそれを拒否をしている。 凍てついた心は己を傷つけ続ける。 救われることを熱望し、拒否し、前進も後退もできなくなっているクラウド。 ただジェノヴァ細胞に引きずり込まれていく。 世が更けていき、クラウドがテラスのデッキチェアーで望み通りの何十年ぶりかの夢も見ない大睡眠へ意図的に墜落している時、ちょっとした事件が起こっていた。 |