隣人5 結局、村へは戻らず大空洞最深部へ進み続けた。 新種モンスター退治の依頼はもう関係ない。 ただ外の世界に出たくない。誰にも会いたくない。 理性の無い、ただ本能で動くモンスター達の中にいたかった。 自分の未来の姿がそこにある。 絶望の中で溺れていたい。 いつかこいつらと同じになる。 その時にはもう、苦しくなくなるのだろうか。 そうして目的を失くしたままモンスターたちと戦い続け最深部に最も近い泉の辺りまで降りて来ると、時折奥から妙な音が聞えてくるのに気がついた。 今までに聞いたことのない奇妙な音だ。 その音がする時は必ずモンスターの雄叫びも一緒に聞え、その直後にモンスター同士が争う音が聞こえた。 繰り返し聞こえてくるそのパターンに、今回の大空洞の新種の凶悪モンスター大量発生の原因がある気がした。 地形的に泉を降りたら最深部を残すのみとなっていたが、その最深部にはモンスター達の大群の気配がしていた為、泉で一旦ビバークすることにした。 空洞内部には所々にモンスターが近寄らない場所がある。 この湧き出でる泉もその中の一つ。 戦いで汚れた身体を洗うため身につけていた全てのものを脱ぎ、泉で服を洗い、申し訳程度に生えていた不精髭をキレイに剃った。 そして澄みきった泉の中に飛び込み、身体の汚れを落しがてら泳いだ。 まだ1度しか出現していない背中の翼は、通常は気配もなく消えている。 どんな条件で出てくるのかイマイチ分からない。 背中をチェックしていた時、ふと泉の中、自分のいる場所だけが水面に波紋を作っていることに気がついた。 自分の場所だけ、水が動いている。 何となく、両手で水を掬って頭上高くにまで持っていき、そのままバッと左右に開いて水しぶきを周囲に散らした。 透明な水滴が飛び散り、遠くの水面にまで落ち、それぞれの場所で波紋を作った。 両手を広げ、そのままバシャ―ンと後ろに倒れた。 そのまま仰向けで鍾乳洞のようになってる内部の壁や、岸辺などに生い茂る不思議な植物を見たりした。 ただ何も考えず泳いでいると昔の記憶が浮かんできた。 昔、同じこの場所でバレットやシドやナナキ達と同じようにここを風呂代わりに飛び込んで...そしてマテリアを見つけたり、レアアイテムを見つけたりした。 皆素っ裸で子供のように遊んでいたあの時、ヴィンセントは「私は遠慮しておく」と、早々にテントに入っていった。 あの時あえて彼を引き止めなかったのは、きっと皆に一部ジェノバ化してる身体を見られたくないのだろうと思ったから。 その推測は多分間違ってはいなかったと今も思う。 だが自分自身のジェノバ化が進行した今、思い知る。 ヴィンセントの気持ちを分かったつもりになって本当の意味では何も、ほんの一欠けらすら分かってなどいなかった。 言葉にしてしまえば「ジェノバ化した身体を見られたくない」、その通りだ。 だがその言葉の闇深さを知りもせずに、安っぽくも察したつもりでいた。 闇を知らないままに『闇』を外側から見て分かったつもりになっていた。 ヴィンセントは星に許されたのだろうか。 だから復活しないのか。 視界が歪む。 再び両手の平で水を掬って、バシャッと顔にかけた。 もう一度掬って今度は目の前でバッと両手から放り投げ、散らす。 キラキラキラと輝き、水滴達は水面に、胸に、腕にそれぞれ落ちて行く。 掬って、頭上高くに持っていき、そしてバッと頭上に放り投げるように散らす。 キラキラキラと、頭に、顔に、首に、肩に水滴たちは落ちてくる。 流れ落ちる滴は涙なのか泉の滴なのか。 肌を一筋の透明な道を作りながら伝い降り、再び水面に溶解していく。 瞳から零れ続ける水滴も一緒に紛れていく。 透明度の非常に高い泉。 水に浸かっていても肌の産毛やキメまでがハッキリと見える。 そうして肌を滑り落ちていく透明な雫を見ながら、どこかで誰かから聞いたことを思い出した。 純粋すぎる水では植物も育たず生物も生息できない、適当に有機物だか不純物だかが混ざってないと草木も枯れてしまう。 空洞奥深く、岩の亀裂から差し込む光だけで伸び伸びと生い茂る草木、泳いでいる小魚。 眼に見える透明な泉も、純粋そうに見えて色んなものを含有している。 両手で水を掬ってみた。 指のシワや指紋がハッキリと見える。 ...透明な水......... 強引で優しくて、元気で明るくて、姉のようだった。 エアリス その明るさが、人権を無視され、理不尽に突きつけられた厳しい環境の中でも屈しなかった強さから来るものだと知った時には...彼女はもう生きていなかった。 思い出したくない。 誰のせいだ。 剣を伝い流れた赤い血。 目の前で途絶えた命。 途絶えて2度と、2度と戻ってきてくれなかった。 何度呼んでも、後悔しても、夢に見ても、謝っても、謝っても、謝っても...2度と応えてくれなかった。 生き残った自分だけが罪を何度も繰り返し思い出す。 堕ちかけた思考を無理矢理中断させるように頭をブンブンブンブン降った。 髪に含まれていた水分と、また瞳から零れ始めた水滴がスプリンクラーの噴射のように周囲に飛び散った。 頭をドボンと泉に浸し、ザバッと頭を挙げ、再びブンブンブンブン頭を降った。 花火のように、噴水のように周囲に飛び散る水滴たち。キラキラキラキラ光る。 再びドボンと頭に水を浸すと、今度は立ち上がりざまザバァ!と下から上へ頭を上げる。 自分の目の前でキラキラキラキラ...と舞い上がり、そして再び落ちて行く水滴たち。 しかしその時、キラキラキラキラ光る水滴たちの向こうに...何か...不穏な気配がした。 目の焦点をそちらの方向に合わせようとした時... 「喩え様もなく美しい...(涙目)」 「クラウド~~~~~~!探したぞ!!」 黒のロングコートに身を包む銀髪のアイツが立っていた。 白いシャツにモスグリーンのニッカボッカの見事な"どかちんスタイル"の色黒男ザックスが洞窟を必死に下りてきている。 ウッカリ2人に一糸纏わぬ姿を見られてしまったが、翼も消えているし毛も生えているので別に恥ずかしくない。 余裕をもってクルリと背を向け、洗っておいた服を着始めた。 「そんな濡れたものを着たら風邪をひくぞ」 セフィロスが泉を渡って近付いて来る気配がしたが無視して服も防具も着装し続けていると、恐らく自分の着替えなのだろう、荷物の中から服を差し出す気配がして... 「コメテオ!!」 突如発動された最上級封印魔法を、咄嗟にウォールでカバーしたセフィロスだったが…。 クラウドの戦闘ステータスは既にLV190を超えている。 半端ではないプロミネンス爆発&フレア業火をセフィロス単体に集中させバリアごと粉砕爆破させた。 飛び散ったセフィロスの肉片、霧散した血をクラウドは冷たく見下ろしていた。 セフィロスの毒牙から守るため走り寄りかけていたザックスだったが、目の前で起きた見た事もない魔法テクニックと威力、そしてクラウドの凍て付いた瞳に思わず足が止まった。 「………クラウド...?」 「あんたに言おうと思ってた。俺、これからは一人で生きていく。今までありがとう」 「な・ななななな―――――――――っっっ!?!?!?」 泉をつっきってクラウドの所まで駆け寄って来たザックスだったが、その足元では血をゴボッ...と吐きながらも、ヌルヌルと骨肉が集まり復活しかけている銀髪セフィロスがいた。 「早っ!テメ、インスタント復活かよ!」 無詠唱でプロミネンス爆発&霧散させたクラウドにも魂消たが、霧散からのセフィロスのインスタント復活っぷりにもザックスは衝撃を受けた。 「なあ……クラウド、ここで何があった? 山は地獄絵図だったし、大空洞入り口にはお前の防具に大穴が空いたのが捨ててあったし、周りは血の海だったし、アレお前の血だろ? 昨日セフィロスがお前がヤバイつって来たんだ どういう事だ!?一体何があった!?」 だがクラウドはザックスの質問には答えず、ビバークで設置していた簡易テントに行くと中から大きなバッグを出し、差し出した。 「アンタに送ろうと思ってた 丁度良かった。マテリアとアイテム、それから何に使うのか知らないがカードも入ってる。 カード以外どれもけっこう金になる。 途中から持ちきれなくなったんでそのままにしてきたものも空洞の中にいくつかある。全部アンタにやる あの家も好きにしていい、俺の物ももう全部捨ててく・い゛っ!?」 全てを言い切る前にザックスの怒りの拳骨が、黄色い頭をゴツッ!!と直撃した。 「俺は!何があったのか聞いてんだ!弩阿呆っ!まず!それを言え!!!」 空洞の中、ザックスの怒りの大声が反響した。 「うるさ...っ...!!」 又も言い終わらない内に今度はザックスの怒りのビンタが、その柔らかな頬に大きな音を立てて張られた。 白く繊細な頬に痛々しいほどに赤く大きな手の形が浮かび上がり……魔洸色の蒼い視線がザックスを見返した。 「…痛てぇ」 「うるせえ!!口で言っても分からねえ馬鹿だから殴ってんだ!!このトンチンカン野郎!! 大丈夫、大丈夫で殆ど音信不通! ヤバイと聞いて追いかけて来れば、バイバイ!? っざっけんな!!大馬鹿過ぎる!!どうしようもねえ!! お前何か俺に言う事があるだろうが!!まずそれを言え!!他は何もいらん!! 何があった!!俺が聞きたいのはそれだけだ!!言え!!」 ザックスはクラウドから渡されたアイテム袋をドン!と、その胸に突き返した。 「……」 クラウドは胸に突き付けられたアイテム&マテリアを受け取らないまま、無言でテントの方へ踵を返した。 「クラウド!!」 無言でテントを片づけ始めた黄色い頭に再びザックスの怒りの拳骨が炸裂した。 「帰って来い!!今すぐだ!!一緒に帰るぞ!! 俺は!大!大!大!勘違いしてたぜ!とんでもねえ勘違いをしてた!! お前はバカだ!!どうしようもねえ大馬鹿だ!!しっかり者どころかとんでもねぇヘタレ野郎だ!! お前、今の顔!鏡で見てみろ!!”超死にそうに悩んでます!ウツでーす!ぴえん!!"って、びしーっと書いてあるぜ!! なあ!クラウド!話したい事がいっぱいあるだろ?言えよ!!ちゃんと聞くから!聞かせろ! とにかく!!とにかく帰るぞ!!ここから出る!!お前は今ここにいたら駄目だ!」 このままでは取り返しのつかない事になってしまう、と焦るザックスをクラウドは冷たく睨み返した。 「誰もいらない 聞いてもらいたい事も何もない 俺は未だここのモンスターを掃除し終わってない アンタはここに居ても意味がない。帰れ」 「クラウド!!!」 焦り怒鳴るザックスの声は空洞内にワンワンと響いたが、目の前にいるクラウドには届かず、テントを片づけを続けながら考えていた。 ザックスと復活したセフィロスはもう梃子でも動きそうもない。 ならば最下層に降りて行くしかない。 最下層で蠢いているモンスター達はザックス達の戦闘レベルでは太刀打ちできない。 ザックス達がここまでやってこれたのは、単に自分が上から順にローラー作戦で出会うモンスター全てを倒してきたからエンカウントしなかっただけのこと。 恐らく今までのどれよりも強いであろうモンスター達が集結している最下層に入ってしまえばザックス達は逃げ帰る以外に道は無い。 最下層からはやはり不定期に聞えてくる例の妙なサイレンのような音。 それと同時に聞えてくるモンスターの雄叫び、そして空洞内部のモンスターが争う気配。 クラウドは一つの仮説を立てた。 妙なサイレンのような音はモンスターがどこからか送り込まれる音。 無理矢理送り込まれるモンスターは抵抗の雄たけびを上げる。 送り込まれたばかりのモンスターたちはそれほど戦闘能力は高くない。 だがそれを待ち構えて捕食しているモンスター達の戦闘能力が、大空洞の魔床のせいで上限が無いまま高くなっている。 今まで出会ったモンスター達が我先に大空洞から出てこようとしていたのは、この最深部の最強モンスター連から逃れて来ていたからなのではないか? だからモンスターが送られてくる場所から逆流して送り元に辿り着き、そこを絶てばモンスターはもう増えないはずだ。 「クラウド」 「またコメテオ落とす」 もう完全復活してしまった相手を振り返りもせずクラウドは言った。 だが相手も慣れたもので全然懲りてない。 「進化したのだろう?」 静かに響いた落ち着いた声。 最下層に降りて行きかけていたクラウドの足が止まった。 「変身するお前の映像が視えた。お前はとても苦しんでいた 俺だけが来たところでお前は拒絶する。だからコイツを連れてきた コイツの言う通りだ。一旦帰ろう。少し休め」 「そうだぞクラウド!帰ろう!...て、おい!クラウド!!おい!!おい!!」 問答無用で最下層へ降り始めたクラウドは、振り返らないまま2人に”バイバイ”と手を振った。 「クラウド!!」 凶悪モンスター達が蠢く最下層へ一気に飛び降りた。 読み通り、セフィロスとザックスは追ってこようとしてもモンスター達からの攻撃から逃れるので精一杯で前に進めなくなっている。 それどころか2人とも既に深手を負っている。 2人との距離がどんどん離れていく。 「クラウド!!待てコラ!!クラウド!!クラウドーーーー!!」 ザックスの声が頭上から響く。 もう何もいらない。 何の意味もない。 何もかもが遠い。 次々と襲ってくるモンスター達を、セフィロス達との防波堤にするべく殺さずかわしながら大空洞最下部に辿り着き、そこから星の体内を覗いてみた。 累々といる錚々たる凶悪モンスター達。 じりじりと何かを待っている様子だ。 何の前兆もなく例の変なサイレンのような音がした、と同時に、丁度ジェノバ最終型のいた辺りに真っ黒な影がポッカリあいた。 そしてその奥から「グヲオォォ...!」という高速で移動するモンスターの声が聞えてきた。 『アダマンタイマイの声だ...』と思うのと同時に、その通りアダマンタイマイがポッカリあいた黒い影からビュンッと放り出されてきた。 そしてポッカリと開いていた黒い影はスゥ...と消え、また元の何もない空間に戻った。 放り出されたアダマンタイマイは、恐らくレベルは100程度だろう、周囲で待ち構えていた凶悪モンスター達に、あっという間に食い荒らされてしまった。 黒い影が開いてから閉じるまでの間が4秒。 モンスターが出てから黒い影が閉じるまでが1秒弱。 アダマンタイマイの出てきたスピードからいくと、カナリの押し出す力がこちら側へ向っている。 ということは、逆にこちら側から行く場合は逆流になるからモンスターが出るのを待っていたら間に合わない。 送られてくるモンスターと衝突覚悟で空間が開いたら直ぐに突っ込むしかない。 「零式!!」 全ての召還獣の中で最もスピードのあるバハムート零式を召還した。 どうなろうと知るか。 黒い穴の向こうがモンスターだらけであろうとも、自分だってモンスターなのだからかまわない。 黒い穴の向こう側に世界などなくて次元の狭間に落ちることになっても、永遠の屍になったとしてもどうでもいい。 今だって似たようなものだ。 モンスター化しているこの身体で 今更望むものなど何もない。 何もかも消えてなくなればいい。 隣人4 NOVEL 隣人6 |