隣人4



クラウドは1体また1体と空洞奥から上がって来るモンスターを倒し、データーを収集しながら奥へと降りていった。

降り始めの頃はクラウドにとっても、その召喚獣たちにとっても厳しい戦いの連続で、全戦闘メンバー戦闘不能も珍しくもなかった。

しかしそうして亜種や新種のモンスターのデーターを集め続けた結果、大体のパターンが読めてきて戦闘のコツを掴み、進行スピードも段々捗るようになり、レベルが異常に高いモンスターばかりを相手にするおかげで経験値も大量に入り、空洞中腹時点で戦闘レベルは170を超えていた。


だが、召喚獣たちと共に激しい戦闘を繰り返し続け、空洞中腹に辿り着いた頃、クラウドは身体に違和感を感じていた。

具合が悪いというわけではない、戦っている時はむしろ今までになく体が動くし魔法のかかりもブレなく当てられた。

ただ違和感があるのだ。身体に。

移動中や休憩中、少し気を抜いている時などは特に体内がザワザワするような、体の中のどこかが消耗しているような、逆に増幅しているような、”違和感”としか言い様のない感覚が続いていた。

だがモンスター達は次々と奥から上がって来る。

”体の違和感”などという些細な事には構っていられず、強制的に戦闘が続いていた。

モンスターの出現率から言って、とても放置はできない。一刻も早く原因を根絶しなければ、せっかく掃除をした山がまたモンスター達に跋扈されてしまう。


だがそうして後回しにしてきた”違和感”はバトルを続けるにつれ、消えるどころか段々ハッキリと”異物感”へと変わってゆき、時々それが原因と思われる意識喪失が起きるようになった。

それでも意識が途切れるのは一瞬だけだったし頻度も低かったし”異物感”も結局体のどこに異物があるのかわからず、相変わらずモンスター達は好戦的で余談を許さず、自分の身体の異物感など気にしている余裕はなく、やっぱり後回しにした。


そうして戦闘レベルも190を超えてくるあたりで意識喪失が戦闘中にすら頻繁に起こるようになってきて、とうとう放っておけなくなった。

もしかしたら異物感、意識喪失の原因は疲れが溜まっているからかもしれない。

山に入ってからもうどれくらい経ったのかも分からなくなっていたが、一度もまともに眠っていない。

いくらソルジャー体質といえど、さすがに疲れている……ような気がする。

もう途中経過報告がてら麓に帰った方が良いかもしれない、そう思う傍からモンスターが上がって来る。

迷いに迷ったが、やはり行けるところまで行くしかない。

死んだっていい。

山にいたモンスターは一掃してきた。空洞内もここに来るまでのモンスターは全て片付けてきた。

おかげで持ちきれなくなったアイテム、成長分裂したマテリアはいつか心配したザックスが回収することになるだろう。

義務は果たしてきた。このまま奥へ進む。

死んだっていい。


現れたのはルブルムドラゴン。

真っ赤な身体のルブルムドラゴンHP147000LV135、能力の割にHP自体はそれほど高くは無いが、防御力がとにかく高い。

アルティメットエンドでも6000弱しかダメージを与えられない。

知能指数が高く、やられたくない技を確実に嫌なタイミングで繰り出してくる。

しかもこの大空洞で一番最初にエンカウントして戦闘不能にさせられた飛行モンスター・エルノーイルのように、ファイナルマジックで禁断魔法のメテオを発動してから霧散する。

大空洞内指折りのエンカウントしたくないモンスターだ。

ルブルムドラゴンが先制攻撃グラビデで分ののヒットポイント削り取り、間髪いれずにブレスでイキナリHPをイエローゾーンに入れてきた。

「もう...ホント、嫌な奴だよお前...

呟いたが、クラウドもこの大空洞に入ってからの戦闘はHPイエローゾーンとレッドゾーンは当たり前の戦いが続いていたので、ここからが勝負と斬馬刀を振り上げた。

その時


………ドクンッ!……


意識が何かに鷲掴みされるよう強引に、深く引きずり込まれ一気に飲み込まれた。

その引きずり込まれる途中、初めて身体の”違和感”の正体に気が付いた。


体の中……。


これは

……知ってる。

……これは。


ルブルムドラゴンが第3攻撃に入ろうとしている。


クラウド体は本人の意思とは関係なく勝手に動いている。

身体を乗っ取っているのは……


……


あの……


...あの時...


............


セフィロスに黒マテリアを渡した。


エアリスに剣を振り下ろした。


あの時…。


ルブルムドラゴンがブレスをかけようと口を開ける。

喉の奥からブレスが吐き出されてくる。


身体が勝手に従う…

…意識を踏み躙られる。


この身体

この生命は

全てはセフィロスのもの。

マスター。


誰が?

俺じゃない。

アイツじゃない。


ならセフィロスに黒マテリアを渡したのは誰だ。

エアリスを殴ったのは…。

殺そうとしたのは…?

俺は、誰?


突然、身体が爆発したように体内から眩い光りを放つと同時にクラウドに意識が消えた。

その身体は宙に浮き上がり、全体がまるで卵のような形の透明なシェルターに覆われた。


...ドクンッ...ドクン...

シェルターの中でクラウドの身体は内側から弾かれるように波打っている。


...ドクンッ...

しなり跳ね上がる身体!


シェルターが虹色に輝きを放ち始めた。

シェルターの外ではルブルムドラゴンが凶悪な爪でシェルターを破ろうとしたり、ブレスで焼き切ろうとしているがびくともしない。


ドクンッ...

繰り返し、身体がしなり跳ねあがる。


体内を這い回わっていた異生命体がその背中に集中し始めている。

今では見た目でもハッキリと見て取れる。背中の皮膚がどんどん盛り上がり、メリメリと肌に亀裂が入り始めている。


「はぁ......


皮膚を内側からメキメキと裂かれいく痛みにクラウドの意識が表層へ戻ってくる。

ドクンッ...


心臓が今までのどんな時より速く強く胸を打っている。


「はぁはぁ...あう......


まるで貧血のように視界が白くぼやけて再び意識が切れ切れになる。


...バリッ...


背中が裂け、その体内から何か黒い大きなものが出てき始めた。

虹色に輝いていたシェルターの光が更に強くなり、瞳が焼かれるほどの真っ白な強い輝きを放つ。


...んっ...んぅ......


シェルターの中のクラウドにも、外側で攻撃しようとしているルブルムドラゴンにも、その放つ輝きが強すぎて何も見えない。

............


大きく裂かれた背中のあまりの痛みに意識が途切れてゆくが、もう今度こそ手放すまいとクラウドは必死に手繰り寄せる。


...っは...っはっ...はっ...っあ・あぁ……っ!!

メリ...バリッ!!...

いつの間にかクラウドを守っていたシェルターが消え去っている。

背中に現れた大きなソレが正体を現した途端、今までの意識が飛ぶほどの痛みは嘘のように消え、噴き出していた血も止まり、早鐘のように鳴っていた心臓も存在を感じないほどに落ち着いた。

違和感のある背中を確かめようと振り向けば、漆黒の何かに視界を遮られた。


...............遮るもの..それは

大きな大きな真っ黒の翼...

背中から、1枚。


............


暗闇色の翼...禍々しくも装飾的な黄金の爪も生えている...


...


.........

何故?

……いや、その前に翼………翼…なんで


呆然とするクラウドだったが、シェルターに妨害され攻撃を当てられずにいたルブルムドラゴンが再びファイヤーブレスの体勢に入っているのに気づき正気に戻った。

だがクラウドが戦闘を意識する前に、身体が勝手に動きクライムハザード発動、300000のダメージを与えルブルムドラゴン戦闘不能、霧散。

ルブルム得意のファイナルマジックのメテオを発動していったが、何故か何のダメージも喰らわなかった。


...つい先ほどまでは、ルブルムドラゴン相手ならクライムハザードならば40000弱のダメージだった。

それが今、7倍以上の戦闘ステータスになっている...

背中を見てみれば.........まだある...真っ黒の...悪魔のような禍々しい翼。


何故、隻翼

試しに翼に力を入れてみると、動く。

なぜできるのか分からないが、今の今まで無かったものが極自然に自分のモノのように思い通りに動く。

本当に自分の身体から生えているらしい。

しかも、この禍々しさには懐かしさを感じる。

何だろう、この懐かしさは…そう思った時に一人の人物を思い出した。


はためく大きな大きな禍々しい黒い翼。

カオス

そうだ……ヴィンセントが似た翼を持っていた。

カオスのように空を飛べるのかと大きく翼を扇いでみたが、不安定に浮かび上がることはできても飛び続けることはできなかった。

HPがイエローゲージに入っている自分に気づき、ケアルをかけノーマルゲージに戻すと翼は小さくなってゆき、何も無かったかのように背中に消えた。


何を考えたらいいのか分からない。

目の焦点も合わせられず......ただ頭の中が真っ白で、状況を把握しようにも思考も焦点が定まらず空回りをした。

そうこうしているうちにモンスター・メルトドラゴンHP40000がやって来た。

今までに何度もエンカウントしている。

今さら戦術など考えなくとも身体が勝手に動くし戦闘レベル162になった今、戦闘LV110のメルトドラゴンなど敵にはならない。

勝手に動く体でバスターソードを繰り出していると、不意にヴィンセントの言葉を思い出した。


『この呪われた身体で生きることが、私に与えられた罰。』


カリビアンビースト、デスギガデス、ヘルマスカー、最後にカオス。


「呪われた身体.........


......


『この呪われた身体で生きることが、私に与えられた罰』


エアリスや、母を助けられなかった。

役立たずだった罰なのか?

黒マテリアをセフィロスに渡したくせに生き残ってしまった卑怯者への罰か?


誰も守れずただ一人、老いもせず死ねもせず。

いつまで経っても、何をしてもライフストリームへ還ることを許されない。

俺はいつまでも許されないのか


モンスター化していく身体……


死にたい、死にたい、死にたい、もう嫌だ。

楽になりたい...


戦い続けて死ねば死んでもいいだろ?

だって逃げてない。

なのに死んでも直ぐに再生。恐らくライフストリームに還ってすらいない。

あのセフィロスですらライフストリームから戻ってくるのに30年以上もかかったのに。

ザックスは戻って以来回復能力が一般人並みに低くなった。

何故だ。

何故ここまで裁かれなきゃならない。


どうすれば楽になれる。


そこまで俺の罪は深いのか。

俺が弱かったから守れなかった大切な人たち。

俺が守るべきだったのに。

分かってる。

俺が弱かったから......

強くなる。絶対に守る。

弱い事は罪悪だ。

絶対に逃げない。そう決めた。

だから...戦い続けた。


でも、もう疲れた。

楽になりたい。

こんな人生は嫌だ。

十分戦っただろ

死にたいんだ。こんな人生から解放されたい

もう嫌だ!

なのに!

生えてきた大きな悪魔の翼。


何故だ。

どうすれば許される

何をしたらこんな最悪の人生から解放される

どんどん腐っていく。


モンスター化していく身体。

嫌だ

もう許してくれよ!

何故だ

母さんやエアリスや仲間たち...もういない、明日になっても明後日になっても誰も戻って来てくれない。

どんなに辛くても寂しくても後悔しても何度夢に見ても...死んでしまった人は戻ってきてくれない。

俺だけが呪われた現実の中で、死ねもせず日々埋もれる。


夢の中で彼らは俺に失望する。

繰り返し繰り返し、夢の中で俺は期待を裏切る。

彼らは失望の表情で死んでゆく。

現実では彼らはとっくにいないのに。

いないのが日常。

俺が弱かったからだ。


誰もいない事などとっくに慣れた。

無様で罪深く取り返しのつかない罪を犯したのだから仕方ない。

何もかもが元へ戻せない。

どんなに後悔したって時は元には戻せない。



視界が揺らぐ。

楽になりたいよ......もう嫌だ...

俺でいたくない。

嫌だ。

もう嫌だ。どこまで裁かれるんだ。

きっとこの先もモンスター化していく。ヴィンセントの様に。

ライフストリームに還りたい。

疲れたんだよ、もうウンザリだ。

俺を解放してくれ。

生きてたって何一つ希望がない。

もう嫌だ。嫌だ。

何もかもから弾かれる。

こんな裁かれ方は嫌だ

お願いだ、もう俺を消してくれ

誰にも会いたくない

ザックスが心配するだろうが、会いたくない。話したくない。

お前もセフィロスも30年もライフストリームの中に還れていた。

俺だけ

死ぬこともなく、許されることもなく、生きながらバケモノに変わっていく。

悪魔の様な翼。

ジェノバ!

俺の意思じゃないのに!何度も誓った忠誠。

途切れた意識。

いつか俺が完全にモンスター化した時、俺は何者になっている。


『私を殺して、ヴィンセント』


そう言ったルクレツィア。

自分を殺すカオスを作り出した化学者ルクレツィア。

セフィロスを産んだ女。

産んだ事を悔いた女。

人の意見を聞かずやってしまってから悔い、そこからの開放をヴィンセントに願った女。

あの身勝手な女が大嫌いだった。

自分だけが楽になる事ばかり考えた女。


ルクレツィア...

あれは俺の本音。

だから大嫌いだった。


セフィロス

神羅屋敷の地下深くで自分が創られたモノであることを自覚した。

地下深くに篭り、出てこなくなったセフィロス。

人に自分の特異を知られたくなかったのか違うお前はそんなに弱くはない

異生命体だと知られることを恐れたから、神羅屋敷を出て村の全ての人間を殺し、焼き払った

違う

違っていてくれセフィロス。

お前だけは俺の対極でいてくれ。お前の苦しみや痛みなんか見せないでくれ。

お前だけは...どこまでも悪者でいてくれ。


人の温もりが欲しい。

ただ温かな体温が欲しい。

一人は嫌だ。


寒い。

ただ・ただ・寒い。

寒い。寒い。

いっそ凍えて死にたい。


眠りたい。

何も考えず深く。

死ねないのなら目覚めない眠りにつきたい。


母さんも、エアリスも...もう誰も何も応えてくれない。

俺が悪かったから。弱すぎたから。

俺のせいだから。


でも疲れた。寒いんだ。

誰か...恨み言でもいい、俺に声を聞かせてくれ。

俺だけを遺して行かないでくれ。


とっくに死んだはずの身体。

生きながらモンスターになっていく。


モンスター。

いつの間にか周囲を取り囲んでいる凶悪モンスターの群。

お前たちと俺と、何が違う。

違わないだろ...何も。


モンスターの俺がモンスターを狩り、ジェノヴァ化が進行し、いつか完全モンスター体になり理性も失くす。

人間だと思っていたけど...とっくに違っていた。


もうとっくに...とっくに、あの復活した時から俺はモンスターだった......

もう、誰にも会いたくない。




隣人3    NOVEL    隣人5

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