隣人15



キスティスのデジョネーターで元の世界に送られながら、クラウドは大空洞に残してきたモンスター達の状況を思い出していた。

たしかLV14070のものを20体弱くらい残していたような……と思い出していたところ、出口が見えてきた。

動くモンスターの姿の片鱗が見える。

グレーの硬質な皮にルビーのような赤い色...メルトドラゴン

この世界にいる時は一切そんな感情は生まれなかったけれど、僅か日スコールの世界に行っていただけで妙に里心が付いたようで、心の底から「ただいまー」と思いながら...メルトドラゴンに剣を構えた。


一気に視界が開け、明るくなったと同時に『天の叢雲』を振り下ろした

ザクッ...

一刀両断にされたメルトドラゴンが霧散し、アイテム"星々のカケラ"が残った。

拾う間もなく次のターゲットを決めようと視線を巡らせたクラウドは...そこにいた人物に目を眼を疑った。

見るからに疲労困憊し、全身ボロボロになった傷だらけの...セフィロス。

たとえ全身切り刻まれようとも直ぐに回復してしまうが、その回復も間に合わないらしい。

そしてセフィロスも突如現れたクラウドに無様にもポカン...と口をあけた。

クラウドは改めて周囲を見渡したが、やはりこの大空洞を出た時とモンスターの数は変わっていない。

つまりセフィロスの満身創痍っぷりからいって3日間無駄に玉砕し続けていたらしい。


神羅の英雄時代から今の今までで、こんなボロ雑巾状態のセフィロスはただの一度も見たことが無い。

だがそれも当然といえば当然。

最初から人の中で飛びぬけて戦闘能力の高かったクラウドが大空洞の入り口で戦闘不能にさせられたのだ。...というか、死んだ。

その時のモンスターレベルはせいぜい100over程度だった。

こんな空洞最奥部にライフストリームから蘇って以降ロクに戦闘もこなしていなかったセフィロスが入ってきて、LV140以上の知能も防御力も高いようなモンスター相手に歯が立つわけがない。

どう足掻いても勝てない。元ソルジャー1stの彼らの実力を読めていたからこそ、クラウドはモンスターを残してデジョネーターの穴に飛び込んだ。

追って来れないように。諦めるように。


「ザックスは帰ったのか

クラウドの問いに嬉しそうに細められていたセフィロスの瞳が揺れ、無言で上の階層にある泉のある場所を指差した。

その場所に行こうとすると、セフィロスが引き止め、言った。


「レイズが効かない」

クラウドはその意味が理解できないまま、泉のある場所に登って行った。


澄んだ水が滾々と沸き出でる泉。

スコールの世界に行く前にビバークしようとした場所、ザックスとセフィロスを置き去りにしてきた場所。

泉の真ん中あたりに隆起した蔦が化石化し丘のようになった場所がある。


ザックスが横たわっていた。

全身血で汚れた満身創痍疲労困憊ボロ雑巾のセフィロスとは対照的に、傷一つ汚れ一つ無く、眠っているかのようなザックス。


見れば分かる。死体だ。

クラウドはその躯の前に跪き、心臓に耳をあててみた。

何の音も聞こえてこず、物体に成り果てた体の冷たさ、固さ、無反応さを当てた耳に感じた。

いつもこんがりトーストのように黒かった肌は、血の気が失せ土色になって、横たえられた体の地面側に血が集中して紫色の模様ができていた。


死体だ。


ザックスの死体


「私とザックスは下に降りた

モンスターは異常に強くて我々は互いに何度もレイズをかけながら戦ったが、途中からザックスが復活しなくなった」


「レイズ


クラウドの強力な呪文はザックスの屍をピクンッと物理的に活性化させ撥ね上がらせるが、死んでから時間が経ち過ぎている身体は息の吹き返しようもない。

それでもクラウドは何度も何度も蘇生の呪文を唱える。


「レイズ


「レイズ

「クラウド、無駄だ」

強力な力で蘇生を強要される屍は不自然な細胞分裂を始め、自然の摂理に反逆したが故の肉体崩壊を始める。

肌の上面に黒や紫の斑模様が浮かんできている。


「ザックスは既に星に還っている

私も何度か死んでライフストリームに行っている

ライフストリームの中、散り散りに新しいサイクルに入ってゆくザックスのカケラに出会った

躯も時と共に星に還る

ザックスは最期まで戦い抜いた

...その身体も、時と共に星の流れに乗せてやってくれ。クラウド」


クラウドは固く目を閉じ俯いた。

絶対に勝てないモンスターだから撤退するだろうと置き去りにした。

戦い慣れている2人だから判断を間違うはずがないと軽く考えていた。


ソルジャーstの戦い方を見くびっていた。


頬を伝う涙を隠すようにクラウドはザックスの屍を抱きしめた。


............


!?


弾かれたようにクラウドはザックスの躯を離し、凝視した。

そしてまじまじと凝視した後、思い直したように再びザックスの躯を抱きしめた。

だがその抱きしめ方が少し妙な…耳を胸元に当てるような、妙な態勢だった。


...リヴァ…アサン.....


気のせいかと思ったが度目でクラウドは確信した。

ザックスの躯から声が伝わってくる。音、口じゃない、身体がメッセージを発している。


だがその声は離れているセフィロスには伝わらない。

「クラウド

妙な態勢でザックスの躯を抱いている…というよりも、何か別の理由でしがみ付いているように見えた。


クラウドは必死にメッセージを拾った。


『が……ね……じゃーねー……


「………」

遠くから、何かに流されるよう伝わってくる。

この声は……そう思った時

「クラウド、どうした!?

セフィロスに肩を掴まれ強く揺さぶられ、クラウドはザックスの身体から頭が離れてしまった。

バシッと容赦なくふり払って再びザックスの躯に耳をつけてみたが


...............


漂流するように緩やかに伝わってきた声は別の方向に向かってしまったようで、ただ何かが流れている音だけが聞こえてくる。

また何かが伝わってくるのではないかと必死に耳を充てるクラウドの必死さにセフィロスも慌て、なんとかザックスの躯から引き剥がそうと身体を大きく揺さぶる。

「クラウドしっかりしろ!!クラウド!!

バシッとセフィロスの手を払いのけ、ザックスに耳を押しつけるクラウド。


『………』

しかし、もう流れ漂うような音も聞こえなくなってしまい、ただ躯があるだけ。

諦めてゆっくりと丁寧にザックスを横たえた。


「クラウド

「うるさいどっか行け


その怒りでキリッと睨みつける瞳がいつものクラウドで、セフィロスは微かにホッとし、後半の言葉はいつも通り聞こえなかった事にした。


クラウドは立ち上がると再び凶悪モンスターの蠢く星の体内に降りて行きかけた。

戦闘態勢を整えつつ、思い出したようにセフィロスに言った。


「ザックスは俺が埋葬しておく。ここのモンスターも退治しておく

俺はここで人と待ち合わせしてるから、あんたは消えろ」


戦闘準備が整うとさっさとクラウドは一人で星の体内に降りて行った。

振り向かないその背中は、セフィロスがこのまま帰ることを確信していた。

だがセフィロスはニヤリ...と邪悪に微笑んだ。

別に邪悪なことを考えていたわけではないが、生憎セフィロスの顔の筋肉は邪悪な形にしか収縮しないようになっている。


星の体内にクラウドが戦意を纏い降りてゆくと、直ぐに累々と蠢いていた凶悪モンスター達の様子が豹変した。

ヒュンッ...と、斬馬刀が舞う度に首が飛び、グォンッと、風を切る音と共に別の方角のモンスターが絶命した。

モンスター達が......と霧散していき鮮やかに犇めき合っていたモンスターが減ってゆく。

クラウドとザックスは同じ斬馬刀使いでも、その扱い方はまるで正反対。

他の剣に比べ圧倒的な重量や質量を持つ斬馬刀は、対象を切り裂くのではなく叩き潰す、カチ割る戦いが基本だ。

そんなパワーソードを支配するには本来であればそれを捻じ伏せるだけの力を持ったザックスのような重量級の体格やパワーが必要だ。

しかしそういった体格を持ち合わせていないクラウドは、セオリー通りにするのではなく、逆にそれ自体の力を生かして操った。

ザックスはその恵まれた体格と力によって斬馬刀を振り回す大迫力の戦いで、その中心には常にザックスがいた。

逆にクラウドは斬馬刀自体が持っているパワーを増減させ方向を決める為、その戦いの中心は常に斬馬刀とクラウドの舞にあった。

そしてクラウドの操る斬馬刀が舞を止めた時…セフィロスが3日間玉砕し続けたモンスター達は匹残らず霧散して、後はアイテムやカードが散らかり落ちているだけだった。


「随分と奇妙な場所で待ち合わせをするのだな。どんな相手だ

もう帰ったと思っていた人物に声をかけられクラウドはウンザリした。


「邪魔。帰れ。失せろ。消えろ。早く

とりあえずどれか一つでも鬱陶しくて迷惑している気持ちが伝わればいいと思いつく言葉を全て言ってみた。


「いや、お前とこうして人で話せる機会は滅多に無いのだからその客人が来るまで話そう

ところで先程お前はどこから現れたのだそれにこの日間どこに消えていたのだこの先に道は無かったはずだが

クラウドの迷惑だと思う気持ちは残念ながら1mmもセフィロスには伝わらない。

ニッコリ邪悪に笑って会話の続行を勝手に始めるセフィロスにクラウドは少し考えた後、答えた。


「俺は今から時間くらいここを離れる。

アンタ随分と暇みたいだから、俺のいない間にもしここに人が現れたら、直ぐに戻るって言っておいてくれ

でも別に伝言しなくてもいい、消え失せて死んでくれるのが一番いい」

言うだけ言うとクラウドは召喚したアレクサンダーの鎧の中に泉のザックスの躯と共に入り、大空洞の外へ飛び立って行ってしまった。


一方的に会話を打ち切られ、また置いてけぼりにされてしまったセフィロスだったが、緩みかけていた頬はついに綻び、モンスターもザックスもクラウドもいないシー...ンとした星の体内に噛み殺したような不穏な笑い声を響き渡らせた。

...別に邪悪な気持ちは一切無かったが、笑い声が禍々しいのも、そんな喉しか持ち合わせていなかったので仕方ない。

セフィロスはただ単純に嬉しかっただけだ。


「お帰り、クラウド」


どこへ言うでもなく喜びに満ち溢れていながらも、セフィロスは邪悪に呟いた。



一方、クラウドはゴンガガの地に立っていた。

星の戦いを経て、何十年と経っても相変わらずのどかな南国の村。

ザックスの故郷、両親の眠る地。

そこにザックスの躯を埋葬した。


星の体内でザックスから伝わってきた言葉。

『リヴァイアサン』『じゃーねー』

あれはエアリス。

リヴァイアサンの伝言”フローム、ザックスと私”

リヴァイアサンに伝言をした時点でザックスはライフストリームに還ってたんだ。


エアリス…変わってなかった…。

あの軽いノリ。


その後クラウドはミッドガルの新庁舎にいるリーブに会いに行った。

あの庁舎大破壊事件での絶望的な絶交以来、突然現れたクラウド。

リーブは驚きのあまり”ケ・ケットシーを被らねばネ・ネコネコ”と、少し錯乱し慌てていた。

クラウドがリーブに言った。


「あんたに頼みたい事がある」





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