隣人11



結局ヴィンセントはクラウドをガーデン地下F召喚獣ダーク属性フロアに連れて来ていた。

召喚フロアというのは、魔女との戦いの時に半壊したガーデンを改装する際に、レオンハート指揮官の強い意向によりマスターノーグのいたフロアとエンジンルームを潰し、地下階がライト属性&無属性召喚獣のフロア、地下階を闇属性の召喚獣フロアに造り替えた。

召喚獣フロアは各召喚獣がジャンクションせずとも寛いでいられるようにフロア全体をクリスタルで囲い、魔力で充満させている。

そのためフロアに入れるのは極限られた魔力の高い者のみで、メンバー登録制になっていた。

それは魔順応性の低い者が、フロア内の魔エネルギーに中てられ廃人になってしまうのを防止する為のルールだったが、この日初めてガーデンに入ったクラウドは当然登録などしていなかったが、何も問題は起こらなかった。

問題などないことをヴィンセントが知っていた。


『こ.........ンに............ワ~。ぼく.........トンベリ~』


闇属性フロアで人を迎えたのは、他の全員の召還獣達がバトルに出払ってしまっていて唯一残っていたトンベリキング。

バトルでの実用性が低い上に相性の合う人間がただ一人、スコール以外いなかった。勿論契約者は発見者でもあるスコール。


『チミ、どお......しテ...泣い............てるノー

...ヴィンセント、ごめん。一人にしてくれ」

クラウドは何でもない、何もない、平気だというように顔をあげ真っすぐに前を向き、腕を組んで立っていた。

しかし瞳からは涙が止め処なく溢れ出ていた。

「頼む。ヴィンセント」

居た堪れない。酷く傷ついて、こんな状態になってもまだ傷ついていないふりをして虚勢を張る。

どうしようもない。

そんな虚勢は支える者がいてこそ有効なのに。


...30分後にまた来る』

「ありがとう」

カオスが姿を消した途端、クラウドは膝から崩れ落ち床に倒れ込んだ。

そのまま転がり床に大の字仰向けになり、高く暗い天井を見上げながらただ涙を流し続けた。


何もかもが憎い。

いつまでも悟れずにいる自分、後悔しても後悔しても諦められない自分が憎い。

こんな現実が憎い。

大切な人たちが死んでいった。

彼らはもうとっくにいないのに、何もかも失くしたのに、どんなに時が過ぎても、いつまでも俺だけが取り残される。

一人だけでモンスター化が進行していく。

何故だ。何故こんな事になっている。

俺が一体何をしたってんだ

大丈夫だ、もう少ししたら止まる。こんな感情の暴走、直ぐに止まる。

大したことじゃない。止まる...大したことじゃない。大丈夫


そう思っても、いつものようにはスイッチが切り替わらず、どうしてもポロ...ポロ...と次から次へと涙があふれ止まらない。


つらい。

つらくなんかない。どうってことない。

何百回、何千回と考えたって答えなんか見つからない。だから答えなんか最初から無いんだ!

だから考えたって意味ないんだ。

そんなもの忘れてしまえ

分かってる。だから考えない。どうでもいい事なんだ。意味のない事なんか考えるもんか

今は少しだけ不意を突かれただけだ。どうってことない。

少し驚いただけ、涙腺が壊れただけ。

哀しくなんかない痛くなんかない。

すぐ止まる!

今更こんな事で傷ついたりしない!

大丈夫だ!俺は大丈夫!

皆死んでしまえ!!


...頭をトム...トム...と何かがつついている。

巨大なカンテラだ。

暗闇に目を凝らすと、金色の王冠が少し傾いたままクルクル回っている。

廻る王冠から先を見ると...緑色のトンベリ...ああ、俺の世界のトンベリと同じだ...車のテールランプみたいな目が光ってる。

何となく分かった。...トンベリキングが同調して哀しんでくれている。悲しみの王冠傾きだ。

カンテラを持つ手とは逆の手に"ほうちょう"を持ってるのも同じだ。

BIGサイズのトンベリはほうちょうもデカイなぁ。ギラギラしてて恐ろしく切れそうだ。

大空洞入り口付近だったな...あの頃、どんなモンスターよりもトンベリの"みんなのうらみ"に苦しめられた。

毎回俺が一発でトンベリに戦闘不能にさせられるから、トンベリを見たらとりあえず皆で逃げたんだよな。

それで皆で「アブネェーアブネェー(汗汗)」って笑い合って………

あの頃、俺がこんな事になるなんて思いつきもしなかったなぁ...

俺も、皆も。


また新たに涙が溢れてきて、もう諦めて静かに瞼を閉じた。


一方ディアボロスは自由に動き回れる実体のあるヴィンセントに変身し、エレベーターから出てスコールのいる訓練施設に向かって速足で歩きながら自分自身に対し腹を立てていた。

リヴァイアサンの言葉は一々が真実だった。確かにその通りだ。

しかしその言葉が全てではないことも知っている。だが反論できなかった。

単純すぎる言葉の前で、当事者である自分が、それが全てではないとは言えなかった。

クラウドを傷つけていると分かっていても、それが自己弁護めいていて言えなかった。

闇を切り裂き貫く単純で幼い裁きの光から守ってやれなかった。

致命的にメンタルが脆弱なくせに強気を貫くクラウドを守ってやれなかった。

何十年と経った今も傷口が塞がっていない。なのに平気な顔をする。

だがそんな危うい強気さがクラウドを戦闘に向かわせ、結果強さに繋がっている。

弱く迷い続けている事を認めず孤独であることを選び続け、自分を許さないまま答えを出せず現実を受け入れられないまま戦い続ける。

限界などとっくに超えている。そこから目を逸らし続けるので精一杯なのだ。

なのに"誤魔化したってその重荷は現実だ。そしてこれからもっと重くなる。逃げ場などどこにもない。"

そんな事は言われるまでもなく分かっている!!

幼い故の残酷さ。

果てのない深淵の闇と薄っぺらな黒との違いが分かっていないリヴァイアサンにはクラウドにかかっている重力が分からない。窒息するほどの闇の中で生き続けなければならない重力を分かっていない。

封印せずにはいられない傷を知らない。


そうして激怒しながら足早に訓練施設に向かうヴィンセントの姿は壮絶に美しく、ガーデン全体を揺るがす大事故に集まりかけていた生徒・Seed達の人波をすり抜けすり抜けすり抜けすり抜けすり抜け、そんなヴィンセントに気付いた生徒たち一人一人がその姿に息を呑み、時が止まり、ハートをガッチリ捕らえられ、心臓を鷲掴みにされ、次々と無自覚に悩殺屍の山を築きながら訓練施設に突入した。


「スコール


立ち入り禁止にした訓練施設に普通に入ってきたヴィンセントの声。

入口を警備をしろと言っておいた奴、使えないな...と思いつつ振り向いたスコール、怒れるヴィンセントの姿を見て納得した。


「どうした美人さん。クラウドは

「下。ダーク属性にいる。今は独りにさせた方がいい。...トンベリはいるが」

「あぁ、アイツなら大丈夫だろ」

「ああ、俺もそう思ったから置いてきた」

スコールの背後に見える訓練施設内は見事に壊滅状態だ。これはまたリフォーム決定だな、と思っていた時...懐かしい姿が横切った。


「ラムウ...タイタン...

よく見まわしてみると、他にもチョコボ&モーグリ、イフリート、シヴァ、オーディン、フェニックス、アレクサンダー、バハムート・改・零式、ナイツオブラウンド。

他にも恐らくあの戦い以降にクラウドが見つけたであろうライト属性、無属性の召喚獣達が右に左にエネルギーをまき散らしながら訓練施設をリフォームしていた。

よくよく見てみれば瓦礫の山の向こう側ではダーク属性の召喚獣たちが同じようにエネルギーを放出している。

それぞれの召喚獣たちが魔性エネルギーをまき散らすことで新たな訓練施設を作り上げていた。

だが逆を言えばクラウドの召喚獣達は今、大変な勢いでHPMPを放出しているので直ぐにエネルギーは尽きてしまう。

だがそこで召喚獣にエネルギーを与えることのできるスコールのコモーグリが踊り続けており、エネルギーが尽きることなく大変な勢いで訓練施設復興が進んでいた。


「疲れたら地下の召喚獣フロアで休んでくれと言ったんだが、拒否された。こっちの世界の召喚獣達の手伝いも拒否された」

困ったように言うスコールにヴィンセントが無慈悲に言った。

「当然だろう、彼らはクラウドの召喚獣

ここの召喚獣達よりもずっと上位であり重鎮でありレベルも比べるべくもない。手伝いを申し出る事自体が失礼だし、その分、質が落ちる!」

「そういうことか、重ね重ね申し訳なかった

さっきここにいたウチの召喚獣達はライト・無属性フロアに戻った

それからクラウドのリヴァイアサンもあっちのフロアに行ってる。召喚獣同士で話があるんだろう」

「そうだな、それがいい。お前のリヴァイアサンはまだ子供だ

どうせダーク属性の私が何を言ったところで聞くことはできないだろうが、クラウドのリヴァイアサンは同族の中でも重鎮だしレベルも遥かに上だ。さすがに話も聞くだろう」

「ああ、クラウドには本当に申し訳ない事をした。...というか、お前の言った"同族"とはそういう意味だったのか」

スコールの言葉にヴィンセントは少し俯き、言葉を選ぶように言った。


「属性などその生き方、意思とは関係ない

少なくとも俺達がこうなったのは俺達の意思ではなかった

なのに責任を負い、裁かれるのは俺達だ

俺たちに逃げ場などなかった

死すらも我々を見放した

今となってはそれが宿命だったのだと、長い年月をかけた末に私は思えるが、今も肉体が変化し続けているクラウドにはまだ無理だ

闇は全てを覆い隠す安らぎの褥でもある

裁き、消し去る光にはその褥が見えない、分からない。

闇の無いところには光の存在も意味を無くす

幼い光にはそれが分からない」

そう呟くヴィンセントを見ていたスコールが驚いたように言った。


「お前、けっこう喋れるんだな……」

スコールはこういう奴。…ヴィンセントは自分を納得させるように目を瞑り頷いた。


その頃召喚獣闇属性フロアでは...


『クラウド』


どこからともなく聞えた声にクラウドが閉じていた瞼を開けば、そこにはクラウドのリヴァイアサンがぼんやりと輝いていた。

『クラウド、すまない。すまなかった。奴に代わって謝罪する。すまない』

「いいよ別に。事実だし。それよりもお前らちゃんと喋れたんだな...驚いた」

『こういう場所があれば我々もこうして留まっていられる。

だがそんな事よりもクラウド。お前のジェノバは穢れではないぞ。間違えるな』


つい今さっき同族のリヴァイアサンが穢れ、腐臭がすると言ったばかりではいくら付き合いの長いリヴァイアサンの言葉でも説得力が無さ過ぎた。

ジェノバが穢れでないのなら、何故『星の厄災』と語り継がれたのだ。


『ヴィンセントはお前が望むことで、昔の姿に戻っている

ザックスもジェノバ属性になっていたからこそ復活してきた

お前が今これだけ多くの召喚獣を従えているのはお前が現役で傭兵であり続けているからだろう

戦わぬ唯の人間には不可能なことだ

お前が他の誰にもできない厳しい仕事を受け続けているからこそ、誰にも創れないレアマテリアを創れている

お前が創り出すマテリアで心潤し癒される人たちがたくさんいる

お前が厳しい戦いを続けているからこそ救われた命、安心して眠れている人々がいる

それでもお前のジェノバは穢れだと言うか

「でも...

『お前達の知る"ジェノバ"は神に背くものだった。確かに星の厄災だった

だがそれは個性であり、それを”人”が"穢れ"と記したのだ

間違えるなクラウド、"ジェノバ"を穢れと伝承したのは人であって、神でも古代種でもない

クラウド、わが身に起こっている事を冷静に、ただ受け止めろ

何故我々召喚獣はお前に力を貸すのだ

我々にとって人間など浜辺に打ち寄せる波の泡のように、儚く脆いもの

戦闘をしない人間には我々の姿が見えず、必要もない。

我々にとっても本来は人間など必要ない

なら何故我々はお前に力を貸している。貸し続けている。何故だ

戦闘能力だけならば今のお前に我々は必要ないだろうそれでも我々はお前の傍にいる。何故だ』


クラウドは大の字なったまま聞いていたが、起き上がりたくさん涙を溢れさせた瞳で、目の前のリヴァイアサンを見た。

『お前が神羅兵だった時代、奴の言葉を借りるのなら、お前はまだ清かった

ジェノヴァに汚されていない人間だった。だが我々召還獣とは縁がなかった

お前に我々召還獣が協力し始めたのは、奴の言葉を借りればお前が穢れてからだ

何故だ。召喚獣には私を始め神の僕(しもべ)が多くいる

我々はお前にジェノヴァ遺伝子が埋め込まれていると最初から知っていて協力をしてきた

お前が認めない事も、忘れた事も全て知っている。その上で協力している

光属性、闇属性、無属性、神の欠片、妖精、伝説の英雄、今までどれか一体でもお前に力を貸す事を拒否した召還獣がいたか

お前の知る召還獣のいずれ一体でも、お前を否定した者はいたか


クラウドはリヴァイアサンを見ながら、また涙を溢れさせていた。

「でも...」もう疲れた...

後半の言葉は声にならなかった。


『我々はお前と共に闘い続ける約束をした

何故なのか

答えはこれから自分で見つけるのだ

どんなに時間がかかってもいい、お前がお前である限り探すことを諦めるな

簡単に見つかるものでもないが自分で出さなければ意味がない

諦めるな、お前自身の為に

答えは必ずある

それとクラウド、あとほんの少しで人間にも召喚獣にも新しい時代がやって来る

我々召喚獣は皆その時が来るのを待っている

どんなに哀しい時も、傷つき疲れ果て、もう一歩も動けぬと思っても、生き続けてさえいれば必ず新しい局面がやってくる

クラウド、我が同胞はまだ若い。見えぬことの方が多い

神の僕とて初めから完璧ではないのだ

私も誕生した時はあやつと似たようなものだった

我々召還獣もお前が育てるマテリアのようにたくさんの経験を積みながら成長していく

あやつはただ幼いなりに主を守りたかった

お前と戦えばスコールが負けるのをあやつは分かっていた

だから割って入り、わざとお前を傷つける言葉を選び戦闘を阻止しようとした

若さ故、稚拙な方法しか取れなかった

我が同胞の愚言、許してやってくれ』


涙に濡れた瞳でクラウドはリヴァイアサンを見ていた。


『迷え、惑え、生き続けろ

お前にはまだ救わなければならない者がいる

まだ使命がある

そして我々は常しえに(とこしえに)お前と共にいる』


そう言うとリヴァイアサンの映像が薄くなり、どこへともなく消えていき、同時に召喚フロアのエレベーターの扉が開き、ヴィンセントが入ってきた。


「良い場所へ案内する。行こう」


ヴィンセントが美しく微笑んだ。



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