誕生1 戸口に立ったサイファーが指し示した部屋は、広さとしては充分だった。 しかしスコールは「ないだろ」と言ったきり部屋に入ろうとはしない。 その部屋にはWサイズとはいえベッドが一つ置いてあるだけ。 「俺はどこで寝る」 眉間に皺を寄せたまま問うスコールに、サイファーはフローリングの床を指す。 「ここは俺の部屋だ。当然ベッドも俺のもの。床が嫌なら机の上でもクローゼットの中でも好きなとこで寝ていいぜ」 スコールの眉間のシワが深くなる。 同じくサイファーの眉間にもシワが寄っている。 「テメエ、俺のベッドで寝てえとか抜かすか?」 「気持ち悪い事を言うな」 「だよな!で、ここは俺の部屋。ベッドは俺のもの。だからお前が床! キッチリ筋通ってんだろうが!分かったら鬱陶しいツラ晒すんじゃねえ!」 睨むサイファーを横目で睨むスコールは、やはり部屋に入ろうともせず入り口で立ったままだ。 スコールのそんな態度がサイファーの短気を加速させる。 「文句あんなら廊下で寝ろ!外でもいいぜ。雪に埋もれてさぞ温ったけぇだろうよ」 サイファーが窓の外の降り続く雪景色を指したが、やはりスコールは戸口から動こうとはしない。 キッパリハッキリと拒絶のメッセージが出ている。 「え、と、すまない、スコール。2日前にサイファーが部屋で魔法使って客間を黒コゲに...」 謝罪しかけたクラウドを遮り、サイファーが宣言した。 「要するにだ!テメエのための部屋はねえってことだ!! クラウドに俺の部屋に泊めろって言われたが、やーっぱ御免だ!!気分悪りぃ!!こんな奴入れたら俺様の部屋が汚れる!!テメエは雪の中でカマクラでも作って寝ろ!」 「…どうもコゲ臭いと思ったらそういう事か。だったら部屋が無いのは俺じゃない、お前だ 部屋の中で属性魔法使うなんて年少クラスだって滅多にやらない間抜けっぷりだ。 覚えてるか?ガーデンでそういう時の罰則」 魔法は範囲攻撃が多く、魔法初心者はよく対象以外を傷つけたり壊してしまうことがある。 そのためガーデンでは、屋内での魔法は指定された箇所以外での使用は禁止している。 その禁を破った場合、1週間の反省室と毎日の反省レポート、そして被害を及ぼした対象への治療、弁償がルールとなっている。 「お前もガーデン年少クラスを見習って白銀の世界に埋もれて反省レポート...」 突如サイファーが「っるせぁ!!」スコールの言葉を遮り殴りかかった。 だがスコールは予期していたようにクロスカウンターでフックをぶち込もうとした時 「ブレイク!!」「ブレイク!ブレイク!!」 クラウドが間に入って、2人を引き離した。 「家の中では暴れるなって何回も言ってるだろ!サイファー!! スコール、今夜だけだ。明日になればゴールドソーサーに入るから!ホテルもとってある!ちゃんと独りで寝れるから!」 それを受けてスコールがサイファーに言った。 「だそうだ。今夜一晩だけでいいそうだ。良かったな!行け!」と、サイファーに白銀の世界を指さした。 「があああああ!!!」 再びサイファーが殴りかかったところでクラウドがまた「サイファー!!」と、一括する。 「ああ、そうだ、サイファー、雷神と寝ろ。気心知れてるだろ。この部屋は俺が貰う」 名案を思いついたとばかりにスコールが提案をすれば... 「ふざけんな~~~~!!テメエは雷神のイビキがどれだけ爆音か知らねえで!」 怒鳴り散らしながらサイファーがスコールに掴みかかると… 「いや~、ワシ一緒に寝るんならスコールの方がいいだもんよ~」 「……………」 スコールの胸元を掴んでいたサイファーがハタ...と止まり、スコールも「?」...と雷神を見る。 身長2m18cmの雷神が照れた様に頭をポリポリ掻いている。 「どうせ一緒に寝るなら綺麗な方と寝たいだもんよ~」 ...引っ掛かる部分が無いでもないが、サイファーがニヤリ...とスコールに笑いかけた。 「決まり...だな。美人さん、雷神と仲良くな!」 スコールの眼が眇められ、チャリ...という音が聴こえたと同時に雷神の喉元にライオンハートの切っ先が突き付けられており、そのままスゥ...と、微かに横に動いた。 雷神の喉元の薄皮が裂かれ、血が滲み出てくる。 スコールの眉の片方だけがス...と上がった。 「誰と一緒に寝たい?...思ったままを言っていいぞ。雷神」 「サ・サササ・サイファ......」 「ッルセエエエエエァァァァァ!!!!」 「煩いのはお前だ。ホラ、雷神からの御氏名だ、ブサイク同士仲良く寝て来い!行け行け!」 スコールがサイファーを振り払い、シッシッ!と手をヒラヒラさせ追い払うようにした。 「ううがああああああああ!!!!」 サイファーが実力行使でスコールを雷神に押し付けようとスコールの胸倉を掴み雷神に投げつけようとしたところを、今度はスコールが反転させて遠心力を更にかけてサイファーを雷神に投げ飛ばそうとする。 「いい加減にしろ!!!」 家の主人であるクラウドが激怒しつつ、どうしても喧嘩をする2人を引き剥がしにかかる。 リーブが手配してくれた堅固な作りの由緒ある屋敷なのに、普段から雷神ゴリラのせいでアチコチ壊されかかってる上に先日はサイファーがとんでもないボヤを出した。 更に今また大の男が取っ組み合いの喧嘩を始めれば、取り返しがつかないほどにボロボロになる。 金での謝罪はできてもそれで話が済むような手軽な家ではない。本当に腕の良い職人が丁寧に創り上げた気持ちの籠った邸宅なので職人にも良質の材料にも紹介してくれたリーブにも本当に申し訳なく...未だに止まりそうも無い2体の獰猛肉食獣同士の喧嘩にクラウドまでもキレかけ本格的に参戦しかけたところ、今まで沈黙していた風神から鶴の一声がかかった。 「スコール、クラウド同室」 「え?」 キョトン?とするクラウドと、"ナルホド気が付かなかった名案だ!"と手を打つ男3人。"うんうん"と、自分の案に頷く風神。 「え...いや...あの...でも、俺の部屋もベッド1つだけだし、し、しかもシングルだ!!」 「シングル...はさすがに...」 スコールが困ると、今度もまた風神が名案を出した。 「サイファー、クラウド同室」 「え?」 嫌そうな顔をするクラウドと、"ナルホド名案だ!"と手を打つ男3人。"うんうん"と、自分の案に頷く風神。 「クラウドがサイファーへ行って、俺がクラウドの部屋で寝るわけか、最も合理的かつ平和的だな」 「何の冗談だ、それは」 予想外の声が予想外の方向から乱入してきた。 館の主人クラウドから出入り禁止を言渡されているのに、馬耳東風で凝りもせず毎度意味不明な理由をつけ侵入してくる銀髪...。 「何処の馬の骨とも知れぬ男をクラウドのベッドで寝かせて、そのクラウドを(御山の)大将と同じベッドにだと? 全く...ろくな事を思いつきはしない。これだから安心して家にもいられないのだ」 「あのボロ家にいられねえのはお前の事情だろうが、凍えるからってウチに来るんじゃねえ! こっちはこっちで話はついてんだ!帰れ!帰れ!毒蛇!」 「クラウドは貴様などと寝れるほど無神経にはできてない。そこで私から親切にも提案だ スコール君、君を我が家に招待する」 セフィロスは歓迎するように仰向けた掌をスコールに向けた。 「断る」 「即答だな」 セフィロスは可笑しそうに首を傾けた。 「悪意を垂れ流しながら”招待”と言われてもな?」 口に冷笑、瞳に蔑みを滲ませたスコールに、セフィロスの瞳孔が糸のように細められた。 だがそのスコールの背後からクラウドがターゲットロックオン!していることに気が付いたセフィロスが慌てて言い訳をしようとした時... 「ミニマム!!!」 クラウドの強力なステータス魔法がかかり、セフィロスは一気に手の平サイズにまで縮んでしまった。 前回の"痺れ沈黙カエル"に続いてこれもまた見たことも無いステータス魔法に唖然とするスコール。 小さくなったセフィロスは、ちまちまちまちまと必死に逃げ惑うが、クラウドは問答無用でグシャッ!...と、靴の裏で踏み潰した。 小さくなったまま変な形に折れ曲がり、壊れた人形のようになっているセフィロスを摘み上げ、窓を開けて勢いよく投げ捨てると、少しの間の後に厚く降り積もった雪の上にポスッ...と小さな窪みができた。 その一部始終を唖然として見ていたスコールだったが、やがてボソリ...と呟いた。 「......クラウド、彼に外に出てもらっても何の解決にもならない」 その言葉に何気なくスコールを見上げたクラウド。 スコールはニッコリ優しく語り掛けるようにサイファーを指さしていた。 サイファーは青ざめた。 「おらおら、おーら!!終わり!終わり!散れ!散れ!スコール入れ! じゃあな!皆、おやすみおやすみおやすみー!解散!かいさん!かいさーん!」 強引にスコールを部屋の中へ押し込み、自分も入るとサイファーは扉を閉めてしまった。 スコールから微かにチッ!と舌打ちの音が聞えた時、サイファーは自分の早い判断に感謝し改めて青ざめた。 クラウドはスコールの言う事ならやりかねない。 扉の前から人の気配が無くなった頃、スコールがサイファーに聞いた。 「あの銀髪の男...ディアボロスに『セフィロスには気をつけろ』と言われたが、クラウドとはどういう繋がりなんだ?」 サイファーは部屋中の荷物をアチコチへと片付けながらスコールの質問には答えず違う質問で返した。 「...ディアボロスって、あいつだろ...俺から『英雄の薬』を『ぶんどり』やがったクソ召還獣」 するとスコールは嬉しそうに両手をパンッ!と叩き合わせた後、サイファーを指差し 「あれは有効に使わせてもらった!おかげでオメガウェポンを倒せた!!」 滅多に見せないスコールの会心の笑顔と反比例するように、サイファーのコメカミがピクピクと引き攣った。 「......クラウドは奴をスゲー嫌ってるが毒蛇は病的なクラウドフェチだってことしか知らん!」 そんなものはこの世界に来たばかりのスコールでさえ気が付いた。 つまりクラウドはまだ自分の事をサイファーに何も話していない、まだ信用していないのだな...と推測した。 サイファー達がこの世界に来て1か月。 ガーデン生だった頃、サイファーは確かに問題児だったが人の信頼は少なくとも自分よりは得る方だった。 それがひと月過ぎても何も知らされていない、外面的な事しか知らないということは多分サイファー達がクラウドに気を許していないということでもあるのだろう。 ガーデンに来た時のクラウドの印象は”チョコボ頭”が一番強烈で、おかげでお気に入りのとっておきの場所を紹介してしまう失態を犯してしまったが、次の印象は”年喰ってる割にメンタルがガバガバな奴”だった。 気持ちが剥き身になっていて他人の動向を素肌で感じているようなところがあった。 だが本当にそんな印象通りの奴だったのなら、サイファーに接すればクラウドは直ぐに落ちたはず。ガーデン時代のサイファーにはそれだけのものがあった。 今そうならないという事はサイファーが以前とは変わったという事になる。 「…病的フェチとは...凄い言い方だな」 「奴らと付き合っていけばその言い方が一番妥当だと思うぜ クラウドはヤツをぶっ殺すのを一切躊躇わないし、ぶっ殺されたヤツも血ぃダラダラ流しながら簡単に生き返って来る、キモい! アレだぞ、戦闘不能とは違う本当に死んで本当に生き返ってくるんだぞ?アイツ! とりあえず人間じゃねぇのは確かだ! この星の連中は普通に怪我するし病気になるし死ぬのに、なぜかアイツとクラウドだけは怪我しても直ぐに治る 多分クラウドも生き返るんだろうよ。死んだところを見たことが無いが それで生き返った毒蛇野郎は何も無かったようにまたクラウドに纏わりついてきて、親切面しながら常に隙を狙ってる」 「……クラウドは隙だらけだ。狙う必要もない」 「んなのオメーにだけだ。俺らや同業者にはそうじゃねぇし、毒蛇に至ってはまー……視ない、聞かない、話さない、反応しない、ぶっ殺す、全方向に徹底した拒絶だ それでも奴は毎度理由にもなってない理由をつけて割り込んで来て、結局同じことを繰り返す んなモン毎度見せられる俺らがどんだけストレスを食らってるかわかるか!?」 「……殺しても生き返るってのは厄介だな」 「終わりがねぇからな!あのクソみてぇな関係を何とかしてやれ、英雄」 「は?」 「俺は関わりたくねえ!」 いかにも迷惑顔、興味なさ気なサイファーにスコールは眉間に皺を寄せ深く溜息を吐いた。 「オラ!何だそのわざとらしい溜息は!」 チラッとサイファーを見てスコールは更に『困ったものだ...』と言わんばかりに頭を左右に振り、もっと深く溜息を吐いた。 「...その仕草...リノアとソックリだ。デキたって噂は本当だったんだな!」途端、スコールの眉間に皺が寄った。 サイファーは嬉し気にソファーにふんぞり返り、ローテーブルに足を乗せ意地悪くニヤリと笑い言った。 「あの手のタイプ、お前初めてだろ。ちゃんと続いてるのかよ?」 スコールの眉間の皺がグッキリと深くなった。 「...あの手のタイプとは?」 「お前いっつもどこにでも転がってるようなブスばっかり相手にしてたじゃねーか。 しかも、そんな100円均一みてーな女にすら毎度捨てられてたろ!」 楽しくも懐かしそうに言うサイファーに、スコールの目が据わる。 「捨てられたことなんかない」 サイファーはフンッと鼻で笑い飛ばした。 「テメエと付き合う女ぁ、どいつもこいつも自分から触れ回ってたんだよ。『スコールくんと付き合ってるの~』ってな ガーデン一の美少年スコールくんと付き合って一躍時の人ってわけだ ところがどいつも半月も経たずに別れた・関係ない・付き合ってない宣言。あぁ?立派に捨てられてんじゃねーか テメエ、ガキん時、掘られ過ぎて妙な性癖拗らせたんじゃねえかって密かに心配してたんだぜ?」 「俺が付き合ったのはリノアだけだ。他の女はどれも1回ヤっただけ。ほぼ2回目は無い それと俺がガーデンにいる間にヤった相手は男女・人種・職種・年齢関係なく200人超えてる そのうちの何人かが勝手にふれ周っていたようだが俺は関係ない、誰とも付き合ってなんかいない それとガキの頃、掘られてたのはお前も同じだ だがお前と違って俺は他にも脂肪率、筋肉形、ホルモン分泌率、骨格、成績、攻受、全て分け隔てなくヤったが、結論、俺は概ねノーマル範囲内だ。データーベース200人以上の実績ベースだから異論は認めない。そして200人以上と分母が曖昧なのはそれ以上は数えるのを止めたからだ 逆にロクに女と付き合えてないお前の方こそ自分がどんな趣味なのか分かってないだろう!」 スコールの意外にも隙の無い反論にさすがのサイファーも言葉に詰まった。が!それでもそのまま言われっぱなしになるのはプライドが許さなかった。 「ケッ!俺は理想が高いんだ!お前と違ってそこらの雑草に用はねえ!俺はイイ女以外とはヤらねえ!それにガキの頃のあんなモン!今じゃ俺の方が100倍強い!!」 「頭も良いしな!」と、自分の頭を指先でトントンと叩き「経験も上だ!」、「それに巧い!」と、付け足し付け足し不適に笑った。 その自画自賛の極致、何が何でも絶対に頭は垂れないその姿勢に溜息とも微笑みともつかない息を吐き、昔その強さに無理矢理引きずられていた頃をスコールは思い出した。 6歳でガーデンに入所させられた当時はまだ学校施設が発足して間もなかった為、人員も設備も穴だらけだった。 目的ばかりが先行した学校では子供だというのに日々軍隊戦闘訓練という異常な教育を受けさせられ、学生寮という名のもと大部屋に3歳から20歳までの幼児・子供・思春期・青年・大人までがいっぱいに詰め込まれた。 管理が未熟な設備の中での異常な教育。 真っ先の犠牲になるのはいつだって力の弱い経験のない者たちだ。 そんなガーデンのあまりの酷さ・恐ろしさに逃走した子供もいれば、上級生に練習台にされ、絶命し密かにどこかへ捨てられた子供も多かった。 そうしてガーデンに入所して1年経つ頃には幼少クラスの初期人数は毎年、年度初めの5分の1以下になっていた。 今の時代ではそんな事は許されなくても、当時は魔女戦争で混乱した時代、学校や教師は子供達が行方不明になっても捜すことなどなかった。いつだって行き場の無い子供達は町に溢れていた。 成人するまで衣食住を保証してもらえるガーデンには次から次へと本人の意思に関係なく子供達が送り込まれ、子供がいなくなれば、そこに新しく子供が入れられるだけだった。 傭兵学校なのである。生き残れない者に用は無い。 たとえ幼児でも子供でも、生存競争に勝ち残れないようでは戦場でも足を引っ張る。運の無い奴はどこでも運がない。そんな者は仲間にはいらない。やられたら、やられた方が『悪い』『失格者』『能力不足』 傭兵学校にはそんなご立派な大義名分があった。 そんな環境の中で幼少クラスが何よりも最初に覚える事は、「逃げる」「隠れる」「スケープゴートを立てる」「沈黙」 それら全ては学校で教師に教わるよりも早く、寮で上級生達によって身を持って仕込まれた。 そして入学時から美少年の誉れ高かったスコールは上級生達からの捕食が熾烈を極めていた。 息をすることすら苦痛なボロ雑巾にされていた日々、使い捨ておもちゃの様に次々と殺され捨てられていく同級生達。 彼ら同様スコールにもハッキリと死が隣にいた。 生き抜くことへの未練などカケラも残らない、"死"こそが解放、それ以外に楽になれる場所などどこにもない、ただ楽になりたい…一秒一秒死を望んでいた。 だがそんなスコールの意思を全く無視し、自らもボロボロに傷つきながらも盾となり続け、生きようとしないスコールを無理矢理生き長らえさせていたのが、同じ"イデアの孤児院"育ちのサイファーだった。 『上級生の目に止まってしまった奴には近付くな』 それが幼少クラスの鉄則。 当時7歳だったサイファーが青年の集団に敵うわけもなく、しかしたまに撃退できても次にはもっと強力集団リンチになり、もっと凄惨な地獄に突き落とされた。 サイファーなんか盾にならない。 関わってくるな。 もう嫌だ楽になりたい。 抗う気力を根こそぎ奪われる日々。 弱い、未熟、無知だということは、何をされても文句を言う資格は無いのだと日々身を引き裂かれ焼かれ刻み込まれる。 それでもサイファーは立ち向かった。 息も絶え絶えのボロボロにされる日々でも鋼鉄のプライドは傷付かず、まるで悪ガキよろしく保健室にポーションを盗みに入り、すっかり生きることを諦めているスコールを叱り飛ばし、無茶苦茶な傷の手当てをし、心も体も痛みに浸ることを許さず、サイファー自身が血反吐を吐き続けながらも負け続けながらも立ち向かい、"イデアの孤児院"育ちのプライドを持ち戦うことをスコールに強要した。 「強くなれ!強くなって俺を楽しませろ!!」 サイファーの悲鳴のような叫び、その強さを憎んで、憎んで、憎んで、誰よりも、何よりも、心底憎んで殺意を育み続け、スコールは生き長らえた。 サイファーの性根の強さ、気高さを、醜悪で邪悪で下劣で卑怯な上級生達より憎み、見てみぬフリの同級生達の姑息で狡猾で卑屈さよりも!サイファーを憎み、この世に存在する全てよりも!自分の弱さ、間抜けさを憎んだ。 サイファーのような強い心が欲しい、決して穢されない気高さが欲しいと願い、そして憎んだ。 負けるくらいなら殺してやる。騙されるくらいなら殺す。傷つけられるくらいなら殺す。嘲笑われるくらいなら殺す! サイファーを憎み、サイファーが生きる支えとなり、指針となった。 本当の強さは力ではない。 戦い続け挑み続けるサイファーが傷だらけのボロボロの背中でいつだって示していた。 「だからよ、お前がリノアと付き合ってるって話を聞いた時は正直、魂消たぜ(たまげた) いつもどういうわけかお前の周りにゃいい女が集ったし、そいつらぁ大抵お前に気がある連中ばっかりだったのによ、そういうの放って置いて付き合うのはいつもブスばっかり。あ、いや、まー、実際はともかくお前とヤッたとスピーカーしてたのは100均ブスばっかりだったからな マジでヒデー趣味だなって思ってたのが、性格はともかく見た目だけはGOODなリノアを選んだんだからな...快挙だ!!そこだけは褒めてやる!」 そんなご機嫌なサイファーにスコールは深い溜息を吐いた。 「...お前、本当に隔離された生活をしてたんだな」 「わぁ~るかったな!情報が化石でよ!テメーがリノアと青春ドラマをしてる間、俺達ぁ拷問監禁三昧だったぜ! 拷問についちゃー俺達が最新情報だぜ!効かねーけどな! ったく、どいつもこいつも!戦力がゴミみてぇな野郎に限って、拷問じゃ生き生きしてやがってよ!ウンザリだぜ!クソが!」 サイファーの眉間に皺が寄ったが、気が付けばスコールの眉間の皺はもっと絶望的に深くなっていた。 「...思い出した。収容所で俺を拷問したお前は実に生き生きとして楽しそうだった ナルホド、戦力がゴミな奴に限って...」 サイファーが無理矢理遮った。 「うっせぇ!!俺は強いし拷問なんざ趣味じゃねえ! だがテメーだけは別だ!テメーだけはVIP待遇で切り刻む!!」 そう宣言するサイファーを、スコールは鼻で笑った。 余計にサイファーが激高するであろう事を意識して。 サイファーが惚れる女というのは、どういうわけかいつもスコールの身近にいた。 ガーデン時代、サイファーが殊更スコールに勝負を仕掛けてきたのも、同じ武器を使う戦士としてのライバル心だけではなかった。 自他共に認める女好きサイファーだったが、本気になった女にだけはお子様心理が働いてしまうのか、絡み苛めてしまい哀れにも悉く(ことごとく)嫌われた。 結局は、好きな女がスコールの周囲にいようがいまいが、サイファー本人が嫌われてるのだからスコールに絡むのは八つ当たりでしかなく、そんなところも益々女に印象を悪くさせ、それがまた気に入らないサイファーは益々スコールをライバル視し当たり散らし更に好きな女達には嫌われ、女達は益々強くカッコイイスコールに拠り所を求めていっていた。 「ジメジメした暗~いお前!にベタベタ好きのリノアがくっつけば地獄並にベッタベッタの亜熱帯湿地ナメクジカップルでさぞや周りに迷惑をかけたろうよ!この歩く不快カップルが!げえ!」 わざと吐く真似をしてみせたサイファーに、スコールは溜息を吐いた。 「...だから情報が古いというのだ。もう付き合ってない。別れた」 一瞬虚を抜かれたような表情になったサイファーだったが、今度は大きな溜息を吐いた。 「まーたかよ!!お前...早えぇよ!何か!?お前、実は病気とか持ってんのか?それとも本当に変な趣味でも持ってんじゃねぇのか!?何なんだよお前!1年もってねぇじゃねぇか!……ハーーー……」 「............」 冗談にも乗らないスコールの完全に不機嫌な反応に呆れてものも言えないといった仕草で片手をソファーの背凭れにかけ、もう片手でお手上げ状態・・といった仕草をした。 「お前...『特殊技』以外に、もう一つ『得意技』って項目作っとけ!『得意技:フラレル』...はぁ!格好悪いSeed様だなぁオイ!」 あっはっはっは!とわざとらしく笑うサイファーにバッサリとスコールは言い返す。 「じゃあお前も作れ『得意技:キラワレル』...結局お前、惚れた女の一人でも落せたことあったか? 言っておくが俺は落そうと思って落せなかった女、男も一人もいない。成功率100%だ」 スコールがわざわざ短銃で大袈裟に狙いを定めるように人差し指でサイファーを指さしダーン!と撃つマネをした。 サイファーのこめかみに青筋がググッ!と立った。 「リノアが俺から去っていった理由は何だと思う?」 「知るか!知りたくもねえ!どうせテメーが下手くそだったんだろ!」 「違う。俺は巧い。それも実績で証明済み。異論は認めない。口だけのお前とは戦歴が違う 別れた理由はリノアが魔女になってしまったからだ」 スコールはサイファーの眼を正面からキッチリと見据え言った。 その反応に、サイファーは訝る。 ツッコミを入れてやりたい箇所はチラチラッとあったが、それよりも普段あまり人と目を合わせようとしないスコールがこんな風に正面からメンチを切る時は大抵...喧嘩に入る時だ、子供の頃からの付き合いのサイファーにはそれが分かった。 「...そんなのデキる前から分かってたろ」 「分かってなんかいなかった。全く、何一つ、少しも分かっていなかった 俺もリノアも サイファー、お前も分かってない、何も 魔女になる事の意味を全く分かってない」 サイファーが不審げにスコールを睨んだ。 「アルテミシアからハインを継承したママ先生はどうなった?言ってみろ、サイファー 」 「........................」 その悲しい結末を知っているからこそ、言葉にはできなった。 まだサイファーの中でママ先生の事は整理のできていなかったから。 「言えよ、サイファー。でなきゃその先のリノアの生き地獄も教えない」 「生き地獄.........?」 あのリノアが? リノアはスコールと幸せに暮らしていると今の今まで疑いもしなかった。それ以外の未来なんて無いはずだった。 スコールはエスタの大統領の息子で、ガーデンの総指揮官・最高責任者で、世界を救った英雄で、妹みたいだったリノアと恋人同士になって、幸せになって輝かしい未来を歩んでいると。 おかしな話だが、それが刑務所で最低の日々、未来も希望も無い中での、サイファーの唯一の慰めだった。 正義のヒーローは報われ人々に愛され、悪者は報いを受け散っていく。 そうなるべきだ。裏舞台など必要ない、誰も知らなくていい。 「言え。ハインを継承したママ先生はどうなった」 真っすぐにサイファーを射抜く瞳はどこまでも悲しく、泣いていないのに泣くよりも深い哀しみの色をしている。 「………ハインに乗っ取られ、魔女イデアになり…お前との戦いに負け…リノアに力を継承し………………殺された」 「そう、自称被害者家族とそれを支援する団体に磔刑にされ、焼き殺された で、サイファー?ママ先生が乗っ取られたハインに何故リノアがうち勝てると思ったんだ?その根拠は?」 今、絞り出すようにやっとの思いでイデアの事を答えたサイファーだったのに、スコールは更に次の答えを要求した。 「......リノアも......まさか乗っ取られたのか?」 「そうなるまで気づかなかった俺もいい加減馬鹿だが 1年前、一緒に住み始めて半年、突然リノアの魔力が急上昇した そして.....................出て行った。......そしてつい先週.........」 言葉にするのが苦しいように、スコールは沈黙してしまった。 「先週、何だ!何があった!途中で止めるな!」 サイファーもその先など聞きたくないが聞かないわけにはいかない。 リノアの事。可愛い妹分、甘ったれだったリノア... 「............ハインの浸食からは逃れられない。だがその速度はゆっくりだ。イデアがそうだった ママ先生はアルテミシアからハインを受け入れたが、完全に乗っ取られるまでの間に、ハインを殺すSeedを育てるガーデン創り上げた リノアは自分がイデアと同じ道を辿ると悟った時、俺から離れて行き............それから何をしたと思う?サイファー」 「知らねえよ!!知るかよ!!俺ぁムショに入ってたんだ!お前らがどうなってたかなんて...ブッッ!!」 途中でいきなりスコールがサイファーを殴った。 吹っ飛びはしなかったものの、殴られた頬が赤と白の2色に別れた。 「てめえ!!」 サイファーが立ち上がって喧嘩の体勢になったが、スコールは椅子に座り直した。 「あの頃お前たちの死刑が確定して...俺は、どうやってお前たちを脱獄させるかを毎日考えていた 俺はお前たちが死んで楽になる事だけは許せなかった 絶対に許さない お前達が生き続けて、徹底的に苦しんでくれるなら何でもする!そう思って毎日脱獄法を考えていた だがコンピューターでの警備もトラップも人員でも建物構造でもあの刑務所は鉄壁だった どうシュミレーションしても詰まった どうやったら潜り抜けられる。それに脱走させたとしても、その後の生きていく場所をどう確保したらいい イデアが焼き殺されるような世の中だ。お前たちが生きていく場所なんかどこにある、どうしたらいい...いつも考えてた そんな俺をリノアは180度回転して好意的に捉えてた。 ...本当にリノアの考えは短絡的で好意的だ。端的に言えば”オメデタイ”ってやつだ 俺の脱獄計画を"友情"だの"絆"だの馬鹿らしい事を言っていたが、あえて訂正はしなかった。そう思ってくれていた方が面倒が無くていい そんな時に突然リノアの魔力が上がった 妖気が常に全身から放たれてるような異様な状態だった ガーデンに連れて行ってリノアの魔力を測ったら測定不能になった。測定値を振り切った 何故なのか分からなかった。リノアも分からないと言った。...その時は 結局俺は仕事の忙しさとストレスとお前らの脱走計画に埋没してリノアの急激な魔力上昇については深く考えないままにした。…というより考えたくなかったというのが本当のところだ 嫌な予感がしていた ちゃんと考えれば絶望しかない。考えない方がいいって、目を逸らしてしまった でもリノアはそうはいかなかった その翌日、魔力の上昇の原因はハインで、自分がいつかイデアのように完全に乗っ取られて何もかもを忘れて、恐ろしい魔女になる日が来ると...鏡に映った自分の姿で悟った リノアの魔力上昇から4日後、俺が仕事から帰ったらリノアの荷物が無くなっていて手紙があった サイファーたちを合法的に表の世界に出す方法を思いついた。自分の事は心配しないでくれ これから忙しくなるから暫く連絡しないでくれ。ガーデンの改革を楽しみにしてる。と」 スコールがソファーひじ掛けに頬杖をつき、横目でジロッ...と見下すようにサイファーを睨んだ。 「リノアはハインに乗っ取られるまでの残された僅かな時間をお前たちの為に使った」 ソファーのひじ掛けを握りしめたサイファーの指先が白く、小刻みに震えている。 「ティンバーに戻り、議員選に立候補したんだ たくさんのハンデを背負って茨の道の選挙戦を勝ち抜き当選し、議員になってお前達の"死刑撤回""裁判無効"を推し進めた ...さすがに...知ってたけど.........本当に馬鹿だよな、アイツ……もう、笑った……笑うしかない…なんて馬鹿なんだ… 昔、シドに指定されてティンバーに派遣されて”森の梟”のフォローを命令されてた時もずっと思ってた。なんて短絡的な女だって 選挙期間中にもリノアの対立候補が、リノアが以前は戦犯であるお前と付き合ってた事、戦争屋の俺と同棲してた事、レジスタンス活動をしていた事、お前たちの死刑求刑に反対していた事。全てをネガキャンで広めた そんなリノアが全ての障害を乗り越え当選して、何よりも優先し推し進めたのがお前たちの死刑撤回...... 馬鹿だろ...そんな女、一体誰が信頼する。誰が協力する。"結局ティンバーの事を何も考えてないじゃないか。昔の男を助けたいだけだろ"…...誰でもそう思う。......リノアと俺以外 即辞職要求が起きた ガーデンにも馬鹿みたいに敵を作った 結局議員になってから1年弱、本懐だったお前たちの死刑が撤回できないまま、無駄にたくさんの敵を作りながら何だかんだと議員活動は続いてた ところが1週間前に突然「急病」で議員を辞職した そして俺に電話がかかってきた。泣きながら"もう抑えられない"って 意味が分からなかった どういう事なのか聞きたくて嫌がるリノアに会いに行った 待ち合わせの場所には女が立ってた。でもそれはリノアじゃなかった リノアの服を着た............お前もよくご存じの魔女だ 誰だと思う?」 「……俺が知ってるって何だ」 「聞いてるのは俺だ。答えろ」 スコールがサイファーを睨んでいる。 サイファーは知っている魔女を思い出してみたが、ママ先生、イデア、リノア、アデル、アルテミシア以外には知らない。 「わかんねーよ。どういう事だ?リノアの服を着た俺の知ってる魔女って...話が見えねえ」 「...消去法でいくか。その時点でママ先生は殺されていていない イデアもリノアが魔女になった時点で消滅してる アデルも倒した。残ってるのは一人だな?」 「............アルテミシア...だがあいつも過去でママ先生に......あぁ、そうかあいつは遠い未来の魔女だったな ?アルテミシアがリノアの格好をしてたった事か?」 「そうだよな?どうしてアルテミシアがリノアの格好をしてるんだ? それにど う し て リノアが鏡を見た時にアルテミシアが写ってたんだ?...何でだ?」 スコールは凶悪に憎悪の笑いをしながらサイファーを睨みつけた。 「鏡にアルテミシアを見た時のリノアの恐怖が分かるか?」 スコールの言葉の意味が分からずサイファーは考えを巡らせた。 やがて...恐ろしい1つの答えが出たが、それだけはあってはならない事だったので、また別の答えを見つけようと考えを巡らせたが...どうしてもその最悪な答えに戻ってしまい、だが認める事が出来ず口には出せなかった。 「...............鏡に...」 「リノアの格好をしたアルテミシアがな、到着した俺に気が付いたんだ そしたら、途端に顔が変わったんだ 俺の、目の前で、アルテミシアからリノアに、フッ...と。チャンネルを変えるみたいに、顔が変わった」 サイファーの最悪な思いつき、絶対にあってはならない事をスコールがそのまま言葉にした。 「嘘だ!」 「アルテミシアだったリノアは俺に抱き付いて泣き出した。"助けて"って言った。ガタガタ震えて泣いていた "助けて"助けて"と繰り返して"もう無理""無理!""私が消える!""助けて!"”こんなの嘘だ!”って。可哀想なくらい震えてた だが俺はリノアが発する桁違いの妖気に...その時、鳥肌をたててた。抱き返すこともできなかった」 「嘘だ!!」 あのリノアがあのアルテミシアになるなど、あっていいはずがない。 リノアが俺を忘れるはずがない。スコールに危害を加えるはずがない! 「つまりだ、サイファー。俺が殺したあのアルテミシアは、リノアだった! アルテミシアは!ハインに乗っ取られたリノアだった!! なあ?そういうことなんだ!サイファー!! 馬鹿だろ、俺。世界一の!最悪の!救いようもない大馬鹿だろ!! 絶望が見えるからって目を逸らしたって、消えてなくなってくれるわけじゃない! そんなの知ってた!知ってたけどどうしても受け入れられなかったんだ、見えてた答えを!信じたくなかった リノアの魔力が急激に上がったあの日から、忙しさを理由に目を逸らし続けた!嘘だって。こんな酷い話あるわけがない! リノアも俺も命を懸けて戦ってきた。たくさんの犠牲を払って魔女との闘いを終えた なあ?もういい加減報われていいだろ?容易な事じゃなかったんだ たくさんの血も涙も命も散らしてきた。頑張ったんだ。俺も、リノアも!ご褒美くらいあってもいいだろ? だがその倒した魔女、俺が殺した魔女がリノア自身だった!?………何だよソレ。そんなのってないだろ?許されるのか?こんな事 何なんだ、これがあんなに苦労した俺達への褒美か!?」 「嘘だ。違う」 そんなわけない。そんな酷い話じゃない。甘ったれのリノアは不器用なスコールに甘ったれて... スコールが立ち上がり、惑うサイファーの首元を掴み上げグッ!と顔を近づけた。 「リノアは!ハインに完全に喰われてアルテミシアになった! 俺は!わざわざ時間圧縮までして!未来まで追いかけて行き!アルテミシアを殺した!イデアの時みたいに半殺しにしておけばリノアも助かったのに!俺は殺した!殺してしまった!!でもハインは死なない!ハインはママ先生に乗り移って! 死んだのはリノアだけだ!俺が殺した!!俺がリノアを殺した!殺しちまったんだ!リノアを!俺が!この、俺が!」 スコールはサイファーの胸ぐらを掴んだままブン廻し、床に叩きつけた。 「あんなに!甘ったれで!元気で!一人より二人!二人よりたくさんで何かをしたがったお祭り女のリノアが! 誰にも言わずにたった一人で苦しんで苦しんで、俺は何の助けにもなれず!たった一人で!どこまでもハインに抵抗して、苦しみ抜いて、最後の最後にガクガク震えながら俺に助けを求めた後に............そう言った後に、なんて言ったと思う?リノア "嘘だよ、私は大丈夫" 泣きながら笑いながら!そう俺に言った!!あのお祭り女の!甘ったれのリノアが!」 スコールは床に倒れたままのサイファーの前にしゃがみ、真っすぐに瞳を射抜いた。 「なあ?何が大丈夫なんだ?なあ?俺に殺された女が、"私は大丈夫"って俺に言った 何が言いたいんだ?あいつ。俺には分からないんだ。いくら考えても 教えてくれ。何が、どこが、大丈夫なんだ?あいつ、何が大丈夫なんだ?教えてくれよサイファー」 瞳を射抜いてくるスコールの深い哀しみの瞳、泣いていないけれど深く傷ついている瞳からサイファーは目を逸らさずにはいられなかった。 「アルテミシアを殺した後のリノアとのたった半年の同棲は楽しかった 俺の人生に"幸福"があったすれば、あの半年間だけだ。断言できる。リノアは俺に"幸福"を教えてくれた」 スコールは今度は自分から視線を逸らし諦めたようにポツリと言った。 「"不死の神"の前ではSeedなんか何の役にも立たない あっちの世界が平和になれたのはママ先生とリノアが命と人生を犠牲にして2人の間に無限ループを作り、ハインを閉じ込めたから そのママ先生は自称被害者たちによって魔女式私刑...生きたまま磔にされ、焼かれ、殺され、晒された 彼女の墓はシドに頼まれた俺がガルバディア郊外にある"名もなき王の墓"の中に埋葬した どうせあそこはもう空になってたし。ママ先生の墓がそこにあるのは俺とシドしか知らない だが俺もシドも花を手向けには行かない。行けば埋葬がバレて何をされるか分からない。………?」 俯いていたサイファーはスコールの最後の妙な反応に顔を上げた。 スコールは彼方を見ている。 「サイファー、風神雷神が来る。悟られるな。全てを捨ててお前についてきた奴らをこれ以上苦しめるな」 「……………」 サイファーは言葉など出せそうもなかった。 もう今、この場から逃げ出したかった。こんなのは嫌だ。 こんな未来は違う。悪者は退治され、王子様と女の子は幸せな日々を過ごしました。 それ以外にいらない。認めない! そして突然扉がバーンと開いた。 「サイファー!入るだもんよー!」 雷神が何本かの酒と小鉢、風神がいくつかのツマミと4つのグラスを笑顔全開で持って入ってきた。 「は・入ってから言うんじゃねえっていつも言ってんだろ!!」 サイファーは立ち上がりながらスコールの手首を掴むと雷神に向って、そのままブンッ!と投げつけた。 ゴトッ!ガラガラガッシャン!!ゴンッ! 精神的に持ち直す時間をサイファーはなんとか捻出しようとした。 「うわーっ!」 自分に向って投げつけられたスコールを受け取ろうと雷神は手に持っていた酒類全て放り出したため、酒類が一瞬にして床に散乱した。 幸い床が木であったことと丈夫な瓶に入っていたため床を濡らす事は無かったが...小鉢が割れた。 「雷神!!清掃!!」風神の罵声 「す...すまないだもんよ~」と、散りとりを取りにダッシュする雷神。 床にゴロゴロと転がった酒ビンを拾い集め、散らばった乾きモノを拾い集める風神。 片づけながら風神がスコールを睨んだ。 「スコール?サイファー頬打撲」 「まあね、少し拳で語り合ったんだ。な?サイファー?」 スコールが分かりやすい作り笑顔をサイファーに向けると「キメー顔こっちに向けんな」不機嫌顔を作りながらなんとか体裁を取り戻す。 そこへ雷神が散りとりを持ってダッシュで帰ってきた。 「スコール!ガーデンはどうだ!?俺達の後の風紀委員誰がやってるだもんよ?ニーダは?ゼルは?シュウ先輩は元気か!?皆変わりないか?」 ガーデンは傭兵学校であり、プロの傭兵集団でもある。 誰もが身体を張った仕事をしているのだから日々当たり前に変わりあるに決まっているが、雷神だけはそういう素人臭い部分がいつまでも抜けなかった。 だが雷神がそう思う気持ちも全員よくわかっていた。命の削り合いと言ってもガーデンは他には替えられない故郷。どんな事があっても皆が子供の頃から育ってきた場所。 「ガルバディア・トラビア・バラムとも、もう建て替えや修復も終わって、生徒達やSeedも戻って通常通り稼動している。そして2週間後から3校とも組織が閣僚制になる それぞれの分野の閣僚も決定済みで引継ぎの為、今は各分野準備期間に入っている 俺はこっちに1週間来ることが決まってたから先に引き継ぎは終わらせてきてる 風紀委員はこれまでは先生が臨時でやってたが、以降は各学年各クラスから男女1人ずつ選出される そして各学年の風紀担当教師がそれぞれを管理する ガーデンの校長は学園内抗争が勃発して以来引退状態にあったシドに代わって、暫定で職務をこなしていたシュウが正式な校長となる ニーダはF・Hのシークレットサービスに就職する 俺、キスティス、セルフィ、アーヴァインはSeedから「S・T・A・R・S」に転職する ゼルはSeedを引退してバラムで格闘技教室を開くことにした ガーデン年少クラスの戦闘教育は一切廃止し、一般教育のみとなる 戦闘に関する教育の一切は14歳からで選択制。選択しない場合は、他の学校へ転校となる 召還獣は自分で見つけてきたもの以外はSeed候補生になってからしかジャンクションしないルールができた ............大きく変わるのはそんなとこか、他質問は?」 「なんか...ガーデンじゃないみたいだ...」感慨深げに雷神が言うと、 「世界は平和に向かっている。市民は戦争・暴力・暴動に飽き飽きして憎んでもいる だが現実的に世情は不安定だ。力の強い者が罷り通るし諍いも絶えないしモンスターも減る事もない 俺たち暴力屋・戦争屋は必要とされているが、憎まれ嫌われてもいる だからガーデンでは子供は子供として育て、教育し、その後傭兵を選択した者は純粋にビジネスとして育成する これがガーデンと今の世間との合意点 このたたき台を出したのはキスティスだったが、ガーデン管理職・Seedで異議を唱える者は誰もいなかった」 「............キスティス最年少Seed...」 風神が呟いた。 「ああ、だからこそ誰よりもそんな気持ちが強かったんだろう 彼女は目標があれば一生懸命頑張ってしまうし、今までのガーデンでは力をつけた者はどんどん次のステージに送られ、そして現場に出された 魔女戦争があったから仕方なかったが、これからは子供は子供として育ち、弱くても許され育むべきだとキスティスは言っていた」 「...ガーデンじゃない」 また雷神が言って嬉しそうに笑った。 「そうだな。俺らも今の時代に生まれたかったな」 スコールも雷神に苦笑いをした。 「何故貴様達学園否残?我知S・T・A・R・S強傭兵危険地帯死亡率高」 「うるせえぞ、風神。くだらねぇ事、聞くんじゃねえ」 サイファーが遮った。 言葉にしない、したくない闇。言葉にしなくても理由はお互いに知っている。 風神も思い至った。 「...陳謝」 残らないんじゃない。...残れない。 こんな、弱くても許されるなんて…まるで普通の学園のように変わるガーデン。 どれほど望んだだろうか。子供の頃、弱い頃、どれほど夢に見ただろうか。 だが自分達はそうじゃなかった。 もう自分たちはそういう人種ではなくなってしまった。だからそこには居られない。 明るい光が差す世界では血にまみれた過去を持つ者は空気を汚す。 『俺達は過去の遺物、負の遺産』 子供の頃から重ねてきた罪はこの身体が覚えている。 自分の意志でガーデンに入ったわけじゃない。 普通の学校に授業があるようにガーデンには戦闘訓練があった。 能力に応じて適正武器を持たされ、気が付けば人々の死・叫び・血・涙の修羅の道を歩いてた。 人を殺す意味を知る前に、もう手にした武器は赤黒く滴っていた。 望んだ道ではない。 でも、どうせ歩くのなら、納得して歩く やっている事が罪だというのなら、罪だと知り罪に堕ちてやる それしか選択できなくとも、自ら選択し、踏み出す。 そうでなきゃ…時代の『犠牲者』になってしまう。 「ところでサイファー」 「あー?」 「お前...酒に弱い体質だったのか?」 思わず、ププッ...雷神が吹き出す。 サイファーは元々色の白いタイプだが、アルコールが入ってそれはもう見事なピンク色へと変わっている。 「うっせーっ!だから何だってんだ!弱くなんかねーが顔に出るんだよ!酔ってなんかいねえ!!」 「そうか、酔ってないか」と言いながらスコールはわざとらしく横を向いてフッと笑った。 「ん、だとぅ!?」怒るサイファー。その笑い方が癇に障った!非情に許し難い笑い方をした! 風神がアハハ...と声を出して笑いながら雷神を指差し、 「雷神超酒強スコール挑戦可!?」と...嬉しそうに話す。 隣で雷神が、うっへっへっへ...と恥かしそうに照れている。 「へえ?だが俺も強いぞ?」スコールが不敵に言い返す。 「否、否、雷神不敗、同!勝負!」 勝手に風神が雷神の勝負を受けて立った。 ソファーに座るサイファーも風神と一緒にポーズをとって「勝負!」などと笑っている。 「いいよ。雷神、勝負しようか」 スコールが余裕の微笑みで雷神を見ると雷神が恥かしそうに俯き、そして頭をボリボリ掻く。 「スコール、少明変?」不意に風神が穏やかに微笑み言った。 「明るく...?...あぁ...まあ...色々な事がどうでも良くはなったな」 「おいおいおいおい、元々戦闘に勝つこと以外全てどうでもよかった奴が何を今更...」 サイファーのからかい交じりのツッコミにスコールは手に持っていたグラスをダンッ!!とテーブルにブチ置いた。 「どうでも良かったわけじゃない。関わり合いたくなかっただけだ!俺はお前と違って人から嫌われるって得意技が無かったからな!」 ダンッ!!スコールの嫌味に今度はサイファーがクラスをテーブルに叩きつけ、立ち上がりスコールを見降ろした。 「ムッツリヤリチン野郎が年喰って可愛くない度に拍車がかかりやがった!!」 スコールが立ちあがり嫌味で片方の口はしを釣り上げ笑った。 「逆にお前は何処もかしこもピンク色になって、可愛い度に拍車がかかってるな! それじゃ女は一人も引っ掛からないだろうが、ホモ野郎は釣れるだろうよ!ピンク・サイファー!」 「じょおおおぉぉぉぉぉとおぉぉぉだあ!!!!!!!表に出ろ!!」 激怒により、ピンクから赤に変わりつつあるサイファー。 「夜に怒鳴るなピンクサイファー。シラフで俺に勝てない奴が酔っぱらってて勝てるわけないだろ!その程度の事も分からないほどバカになったか!ピンクサイファー?」 片方の眉を吊り上げて嘲るスコールにキレた。 「酔ってねえつっっってんだろうがああぁぁぁぁぁ!!うううぅぅがあぁぁクッソ我慢ならねええええぇぇぇぇ!!!!」 サイファーはスコールに突進すると、そのまま巻き込みながら窓に向ってダイビングした。 「うわあっ!!」 風神と雷神の叫びを背に受けながら、スコールとサイファーは、身体の重みでパアンッ!と観音開きに開いた窓から落ち、積雪80cmの雪の上にボスッ!と2人一緒に落ちた。 「サイファー!!!」 2人一緒に落ちてもサイファーだけを按じて叫ぶのは、さすがに風神・雷神だ。 しかしスコールを下敷きにして落ちたサイファーは一足先に体勢を立て直し、雪の中で呻いているスコールを煽った。 「オラオラ!とっとと起きやがれ!Seed野朗!!」と、見下し目線で片手を前に出しクイクイッ!と指で手前に招く。サイファーお得意のポーズだ。 「...............!」 スコールは起きざまサイファーに突進し、勢いそのままラリアットを叩き込む。 その勢いそのまま後ろ向きに倒れ、雪に埋もれるサイファー。 スコールも雪だらけになりながら倒れて悶絶しているサイファーを、更に蹴り上げる。一緒に粉雪が舞い散る。 「うわぁ...やっぱりスコール、ヒデェもん。容赦ない」 2階の窓から風神と雷神が見下ろしている。 「昔既存知スコール鬼畜」 「そうだったのか?ワシ、全然知らなかっただもんよ...」 「立て!ピンクサイファー!!」 スコールがサイファーを誘う。 2階から見下ろしている2人には分からない。 スコールは笑っていない。 「っせあっ!!人をどっかのマスコットみてえに呼ぶんじゃねえ!!!殺す!!ぶっ殺す!!」 派手に雪を巻上げ立ち上がりながら、足でスコールを払おうとしたが、それに気がついたスコールが一瞬早く後ろに下がりかわす。 しかし更にサイファーは起きる時に手に握っていた雪を丸めて、スコールにビュッ!と投げつけ、それがヒットし、パアァン!と雪が舞い散る。 「......!」顔に飛んできたのを腕で受けたスコールだったが、スコールも手近にあった雪を手にとると、丸めてサイファーにバシバシッ!と2連発で投げつける。 これがサイファーの顔面に連発ヒットして、当った部分がより一層赤くなる。 「!!!ゆるさねえ~~~!!」キレたサイファーが、片っ端から除雪機の勢いでズババババ!!と、スコールに雪を舞い上げ始めた。 それを受けつつ同じように返すスコール。 そして再び取っ組み合いの喧嘩になる。 その獰猛な肉食獣2人が殺し合う勢いでじゃれ合う様を見ていた風神がもう一つの視線に気が付き、それを雷神に視線で知らせた。 さっき死んだはずのセフィロスがもう復活して2人を見ている。 ただ...見ている。 喧嘩をしている2人を何の感情もなく。モノを見るように。 そして2階からは見えていなくても同じ場所で見ているセフィロスには見えていた。 2人が持って行き場の無い怒りを互いにぶつけ合っていることを。 少し前から復活していたセフィロスはスコールとサイファーだけの会話も窓の外で聞いていた。 人間には聞こえなくても、ソルジャーには聞こえていた。 そう クラウドも雪の中のスコールとサイファーを自室の窓から眺めていた。 聞く気は無かったが...聞こえてしまっていた。2人の会話が。 途中で聞くのを止めようとしたが、、、止められなかった。 リノアという魔女の存在...。ハインに浸食されてゆき、スコールに殺される運命になってしまったスコールの彼女。 きっとあの部屋のクローゼットにまとめられていた荷物の主。1つ1つ買ったはずの家具。 スコールの深い哀しみ。 あの時...召喚獣リヴァイアサンの言葉に傷ついていたのは自分とヴィンセントだけじゃなかった...。 良い魔女と悪い魔女との出会い...2つに分かれた運命...。 スコールとサイファーが除雪ブルドーザー並に雪を舞い上げ潰し合う姿をただ無表情に見ていたセフィロスだったが、ふいに視線を2階から見下ろすクラウドに向けた。 しかしクラウドは2人しか見ない。セフィロスの視線に気がついても、見ない。 消えない罪。互いが生きている限り決して消えない過去。 セフィロスに何もかも奪われただけでなく、今もジェノヴァ化が進むクラウド。 してしまった事を贖うことなどできない。 時間を戻せない限り。 同じ孤児院、同じガーデンで育ち、強い者達と戦い続け、地獄の中でもがき続け生き抜いてきた2人。 決して寄り添わず、誰にも痛みを悟らせない2人。 2人の間にだけ存在する繋がり。 牽制しあっている。 でも、誰も入り込ませない繋がりがある……… クラウドには スコールとサイファーの関係が羨ましかった。 |