禁区8


「バート」

『The Gate』造園開始以来すっかり泥だらけの作業服が板についた夫ギルバート。

それまで土仕事など一度もやった事が無かったのに、やると宣言した日から凄い集中力で日の出から日没まで作業を続け、日没後は造園の勉強を休みなく続けている。


「お話があります。お時間いただいてもいいですか

「分かった。とりあえずシャワー浴びてくる」

「あ、そのまま、そのままで大丈夫です

「行ってくる。リビングにいてくれ」

「……はい」


教官姿もスーツ姿も射撃姿も素敵な夫だったが、作業着で泥だらけで汗まみれになっている夫は格別に雄フェロモンが出ていて素晴らしい。

好まし過ぎて泣き出してしまいそうな程に惚れ惚れしてしまう。

できることならその汚れた姿のまま抱いて欲しい。

夫の汗と泥と体液に塗れ、ただの雌になり下がりたい。

なのにそうなる気配は微塵もない。

 


神羅を辞めて以来夫は元気がない。

ミッドガル時代は独身の時を含め毎日どこかに寄り道をして午前様になるような遊び人だったのに、こっちに越して来てからは広いだけで何の資産価値もない汚らしい岬を買い取り、ガーデン造りにひたすら没頭している。

都会育ちの社交家で遊び好きだった人が携帯すら家に置きっ放しで、朝から晩までたった一人で土仕事に集中するなんて、辛いに決まっている。

こんな田舎者暮らしなんて彼に似合わない。

でもこれは夫の意思。

辛いのは分かってるのに、夫が決めた生活に口ははさめない。

だからせめてお酒好きの夫が疲れて帰ってきたら愉しめるようにと、世界中からレア物ヴィンテージモノのお酒を集め、地下貯蔵庫に並べ、サプライズでプレゼントをした。

「ありがとう」と言われたが、期待したほどには喜んでもらえなかった。

他に何か元気付けられる事は無いか考えたが何も思いつかず、娘ジゼルに何かないか相談したところ”パパは手作りの作りたての食事が大好き!”と言っていた。

でも次期頭首としておかしな育ち方をしてきた自分には家事などできないし、今更チャレンジしたところでマトモなものもできそうもない。

考えた末に朝食の時に夫が必ず飲むアメリカンコーヒーを家政婦に代わり煎れることにした。……と言ってもコーヒーメーカーにセットするだけなのだが『できたての熱いもの』には変わりはない。

そして「ありがとう」と言われるが、多分あまり喜んではもらえていない。


原因など分かっている。


「あの子が亡くなってもうすぐ一年ですね」

シャワーから戻って来た夫に冷たいお水を渡した。

「ありがとう」と言って一口飲んでテーブルに置き、夫は小さく溜息を吐いた。

「その話はしたくない」

下級兵ストライフの話はクリスマスパーティの日以来、家族の中で禁句になっている。

その名前を口にするだけで夫の機嫌は目に見えて悪くなり沈黙を決め込む上に、その後数週間は機嫌が悪さが続く。

娘のジゼルもその名には意気消沈をしてしまうし、そういう私も思い出すだけで怒りで震えが起きる。

夫が突然神羅を辞め、元々祖母が希望していたノヴェロ家の本拠地コレルエリアに越す事を了承してくれたことは嬉しかった。

けれどあの泥棒がこれほど早く死ぬと分かっていれば、ミッドガルにいるうちに殺しておくべきだったと、今でも激しく後悔している。

死体が見つかっていないせいで、未だに夫はあの泥棒の影に苦しんでいる。

あの汚らわしい男娼!

轢き殺してバラバラにして醜い肉の塊になったところを見せてあげれば夫はきっと忘れられたのよ。

いや、溺死させてブヨブヨの茶色い臭い水風船になったところを見せてやった方が効果的だった。その方があの汚らわしい男娼の最期に相応しい。そしたら夫も目が覚めてこんなにも苦しまずに解放された。

相変わらずの自分のトロさが許せなかった。いつだって夫の役に立ちたいと思っているのに、その機会を逃してしまった自分の間抜けさが許せなかった。


「私、あれからずっと考えていました

あの子が何故あなたの境界を越えられたのか、何故私は超えられないのか、ずっと考えていました」

「……………」

夫は窓の外を眺めていて返事もしてくれない。マトモに話を聞いていないのは分かっている。

でも仕方ない、もう今しかないの。

事は進んでしまったのだから。

「私はどうしてもあなたに愛されたいの。あなたに求められたい。その為なら何でもします

でもあなたは人との間に距離を保つ方

こんなお話はあなたにはご面倒でしかない、分かっています。

ですから私も今まで黙っていました。あなたの負担になりたくはありませんでしたから

でもあの日、チョコボの中にいたあの子を見つけた時、私は大きな勘違いをしていたことに気が付きました

チョコボの翼の中で泣いていたあの子は凄く寂しそうで、辛そうでした

あの子があなたと繋がっている、その上まだあなたを求めていたのは直ぐに分かりました

私は思いました

それは筋が通っていないでしょ!

だって、それは妻である私のものでしょ!?

あなたに会えなくて寂しいのも、辛いのも、悲しいのも、全部私のもの!

あの子にそんな資格はありません!!


窓の外を見たままだが、ギルバートの機嫌が非常に悪くなっているのが伝わってくる。

外を見たまま溜息混じりに出た言葉は…。


「あとどれくらいその話は続くんだ。何分くらいだ、秒まで分かるなら教えてくれ」


素敵よ、バート…あなたのその辛らつな言い方。でも私、泣いてしまいそうよ…。

「あなたに報告することがあります

とても大切な事なので聞いてください

でもその報告の前に私がそうした理由を聞いていただきます

だって私がした事を先に言ってしまうとあなたはその先を聞いてくれなくなるもの


妙な含みを持たせたような言い方にギルバートはようやく妻キャサリンの方を見た。

訝し気に妻を見るトパーズの瞳。

何度見てもその瞳にドキリとときめいてしまう。その度にその瞳に恋をし直してしまう。何もかもがその瞳の前では消え去ってしまう。

夫が私に恋してないのは最初から知っていた。

それでも、そんな夫を好きになるのを止められない。

忌々しいあの雌男!


「私、チョコボ小屋であの子を見た時は絶対に許さないと思いました

でもあの子のおかげで気付く事もありました

私はあなたと結婚する時、あなたになら何もかもを奪われても、失っても惜しくない、そう思いました

けれど実際は、あなたはその真逆の人だった

あなたは人に与える事に歓びを感じる人でした

私と結婚する時、あなたはノヴェロの力も財産も拒否しました

あなたは教官を天職だと仰って劣等生・問題児は特にお好きだと仰った

数多の劣等生達は殊更あなたを手こずらせ、あなたは惜しみなく力を注いでいらした

そしてあの子はあなたがいなければ成り立たない程の劣等生だった

神羅に居場所を無くしたあの子にあなたはマンションを与えた

自信もプライドも力も無かったあの子にあなたは自信もプライドも力も与えてあげた

温もりを求めたあの子にあなたは温もりを与えた

あなたが与えるものだけであの子は成り立っていた

それをあのレポートの主に暴かれた

あなたはあの子をご自分から引き剥がすしかなくなった

だからあの子はあんなに辛そうで…弱っていた

あの子はあなたの引く境界線を越えてたんじゃない。あなたに寄生していたのよ

だから宿主のあなたから剥がされたあの子は生き残れず、あの子に深く入り込まれていたあなたの傷は癒えない」


窓の外を見たままのギルバートからの返事は当たり前のように無かった。


「だから私もあの子と同じ事をすることにしました

私だって自分に自信なんて無いし、世間知らずで何もできないもの

あなたに守ってほしい

あの子の抜けた後でもいい、あなたに入り込みあなたの一部になりたい

だから今まで私がしていた一番の大きな間違いを昨日排除しました

私、ノヴェロ家と絶縁しました」

そして妻キャサリンはスカートの両脇をつまみ、メイドの様にお辞儀をした。


「もう私には帰る家がありません。資産財産現金何も持たないただの世間知らずで非力な女です

あなたに捨てられたら路頭に迷って死ぬしかありません。どうぞ私を守ってくださいませ、ご主人様」

それでも外を見たまま何も反応をしないギルバートに泣きそうになったが、更にキャサリンは爆弾を落とした。


「それと今日からジゼルは本城に住みます」

「え…」

ようやく振り向いたギルバートの瞳は驚愕に見開かれていた。

「そろそろ儀式も終わる頃です」

「…ぎ………………!!!何の!!

予想もしなかった超展開に唖然としたギルバートだったが、絶縁、本城、儀式とくれば真っ暗なワードしか浮かばない。

「祖母とジゼルの頭首引継ぎの儀式です

私が正式に次期頭首を降りましたので、娘のジゼルに…」

勢いよくギルバートは立ち上がった。


つしか選べないのなら私はあなたを選びます

子供はまた産めるけれど、あなたの代わりはいません

ジゼルはもう私たちの子ではなく、ノヴェロの頭首です

咄嗟にテーブルに置きっぱなしになっていた携帯電話をギルバートが確認したところ、履歴が娘ジゼルから着信で埋め尽くされており、ラインの最後には『これから儀式始まる』

4時間前に入っていた。

爆発したように車に飛び乗り10分ほどの本城に突入したギルバート。


遅すぎた。

娘ジゼルはノヴェロ家頭首引継ぎの儀式を終えていた。

ギルバートが娘に会う為には本城就き召使を通し、頭首秘書の許可を得る必要があった。

不本意な手続きを踏み本城応接室でジゼルを待っていたところ、頭首就き秘書と名乗る者が現れ「これからは必ず同様の手続きが必要になる、父親と言えどあまり気安く声をかけないように、無駄に周囲の人の手を煩わせることになる」と、宣言された。


対するギルバートの行動は早かった。

ようやく会えた娘ジゼルとの面会その場でギルバートも本城に住むことにし、自分が雇っていた弁護士を呼びつけ、結婚した時の公正証書を全て破棄し、新しくジゼルに就いたばかりの秘書とは意見の合意ができないと解任させ、ギルバート自身が頭首就き秘書に就任した。

全てその日その場で手続きを完了させた。


ところが翌日、ノヴェロと絶縁し、しかも”ジゼルはもう私達の子ではない”と言い切った妻キャサリンが「頭首の母親ですから」と、シッカリと本城に越して来ていた。


秘書オースティンになってからは何かと忙しく、仕事の合間にしか「The Gate」に通えなくなった。

それでも少しでも時間が空けば必ず行ってガーデンに手を入れていたところ、頭首ジゼルも手伝いに来るようになった。

だがそうしてノヴェロ家頭首が土を触る事について、汚らしい!下賤気軽に城の外に出るのも自覚が無さ過ぎると一族に激怒、大反対された。

だが昔キャサリン次期頭首が孤軍奮闘、一族と戦ってギルバートを手に入れた時と事情が違っていたのは、そのギルバート自身が力をつけ頭首の強力な懐刀になっている事、そして頭首ジゼル自身がそもそも大人しく意見されるような性格ではない事。

父娘2人が揃いも揃って恐ろしく弁が立ち、対立時の力の使い方を心得ている事。

最後に、身内から密かに「KAWAIIジャックナイフ」とあだ名され恐れられているキャサリンが後ろに控えている事、等が重なり早い段階で一族との力関係はハッキリとした。

新頭首一家に対抗できる者など誰もいなかった。


ノヴェロ家頭首絶対権力制新時代の始まりだった。

それまで恒例となっていた様々な儀式、パーティ、様式、義務等どれも頭首ジゼルと秘書オースティンによって省けるだけ省かれ、逆に力を入れるべき部分は拡張もした。

また当たり前の様に許されていなかった頭首の学校への登校も寄り道も遊びも、秘書オースティンによって道を開かれた。


一方ギルバートとジゼルが晴れの日も雨の日も手を加え続けたガーデンは翌年には周散策するのに10分はかかるほどの公園に成長した。

そしてジゼルはいつ頃からか、学校の子達との寄り道やお出かけよりも父娘2人きりでの土いじりを優先させるようになっていた。

どんなに自由の権利を得てもやはりノヴェロ家頭首のレッテルは強力で、つまらない色んなことを引き寄せるため気軽に友人と呼べる子ができなくなっていたためだった。

また、母の性格を知ってはいても、実際に本城へ切り捨てられてしまった傷を理解して癒してくれたのは父だけであり、突然巨大なものを背負わされた重圧や、誰もから羨ましがられる地位だが本当はそれらは自分のものでも何でもなく、実際にはそのせいで色んなものを失くしてしまった気持ちに一番寄り添ってくれるのも父親だった。

ジゼルには、父親との「The Gate」の時間は何物にも代えられない、素顔の自分になれる大切な安息の時となっていった。



「それでですねー、僕も色々思うところがありまして~。そろそろ神羅を辞めようかと思っとるわけです」

その日、ジゼルは学校に行っていてギルバート一人でガーデンを造っていた。

ガーデンの中に小川を通すための土台作りで、パワーショベルで土地を掘り起こしていたのだが、機械の煩い音に負けじとエイプルトンが下で叫んでいる。

「で、辞めた後なんですがー。オースティンさん、雇ってくれませーん

オースティンは溜息を一つ吐きパワーショベルの操作の手を止めた。

いくら邪魔だと言ってもエイプルトンは操縦席の下で喋るのを止めなかったので、とりあえず小休止をとることにした。

「俺はただの雇われ人。俺に言っても無駄だ」

「まったまたぁ~”雇われ”なんて形だけじゃないっすかぁ~14歳なのに女王様になっちゃった可哀想なジゼルちゃんのパパ実質ノヴェロ家の一番偉い人雇って

「言っておくがこのコレル地区でジゼル”ちゃん”などと馴れ馴れしく呼んだらマトモな結果にはならないぞ

ミッドガルの時とここじゃノヴェロ家の影響力が違う。もしお前がそれでトラブっても俺はフォローなんかしない

それに俺のコネ採用は諦めろ。他の奴がお前を推薦しても俺が却下する

何故ならお前は剣以外マトモにできないアホのスピーカーで、俺はアホもスピーカーも嫌いだからだ

「うん、だから本城じゃなくてこのガーデンで雇って

俺、事務系とか召使とか無理だけどまだまだ若いから肉体労働できますしー雇って


オースティンの辛辣なディスり&拒絶も全く暖簾に腕押し、ただ真っすぐ”雇って”と繰り返すエイプルトン。

相変わらずのアホなだけでなく、鋼の心臓っぷりにオースティンの方が疲れて溜息が出る。

「これは趣味だ。人を雇うようなものじゃない」

「えーオースティンさんこんな趣味無かったですよねー草とか花とかーないわー全然似合ってねーっすよこんなの僕にだって分かりますよー新しい仕事を立ち上げるんですよね!?雇って若い力、役に立つよ

「若い若いって何だ、俺と同じ年だろうが若ぶってるジジイほど哀れでイタイものはないぞ

お前なんか雇うくらいなら肥料の一つでも買った方が余程有効活用できる!いい加減帰れ、お前と違って俺は忙しいんだ

本城の息抜きにここに来てるのに、お前がストレスだ帰れ鬱陶しい

そう言うと小休止終わりとばかりに再びオースティンはユンボで移動し始めた。

キャタピラーの回転に巻き込まれそうになり思わず後ずさり会話もできなくなり、取り残されてしまったエイプルトン。


「ぬあぁ~~んで!そう息を吐くようにポンポンポンポン罵詈雑言が出てくるんだほんと、アンタ嫌われ達人だな教官辞めてちったぁそのクッソみてぇな性格もマシになるかと思ったが、ホントクッソ変わらないな

アンタ本当、人としてオカシイぞ人の上に立つ奴がそれでいいと思ってんのか欠陥人間腹黒人間嫌われスペシャリストその人生反省しないとマトモな死に方しないぞ

まあっっっっったく!!ろくでもない親父性格クソ捻じ曲がりクソ秘書!!当分来てやらないからなハーいっそがしいったらねーよもーーーーーー休んでる暇もねーどっかの腹黒元教官がとっとと雇ってくれりゃもっと時間に余裕ができるのになーーーーーーーーーーーーーーーーッ

最後は思いっきり腹からシャウトをしてドスドス足を踏み鳴らしながらエイプルトンは去って行った。


あのアホさで曲がりなりにも一度だけだが世界一の剣士になれたのは天性の運動神経とあの類稀な鋼の心臓だろう。

自分も鋼の心臓の自覚はあるが、あのエイプルトンはそれプラス神経がナイロンザイル製だ。

嫌われている自覚があり、嫌ってもいるのに何故わざわざミッドガルから飛行機に乗ってまで雇ってくれと言いに来るのだろうか。毎度罵詈雑言を浴びせられ不愉快になるのが分かっているのに何故来るのを止めないのか。

神経が図太い上にアホだが、頭は悪くないし人当たりは良いし教えるのも好きだから教官としての人気もある。

剣の腕も曲がりなりにも現役だから仕事など神羅を辞めてもどこでも高給で引く手数多だ。それが何故こんな、どこから見てもただの肉体労働でしかない、ありえないが間違って雇ったとしても安月給間違いないK(キツイ、汚い、危険)仕事に執着するのか。

とてもそうは思えないが造園がやりたいのならミッドガルでだっていくらでも見つかる。何を思ってこんな遥か遠いコレルまで押しかけに来るのか。

オースティンにはエイプルトンという人間が年々理解不能かつ、元々鬱陶しかったが更にウザ鬱陶しくなってきていた。


だがその翌々年、星にメテオとホーリーとライフストリームとアルテマウェポンの世紀末戦争が起こり、岬にあった『The Gate』は跡形もなく流されてしまった。

時間を作っては知識を得ながら世界各地から苗・種を取り寄せながら育てながら足繁く通い、少しづつ少しづつキープ&育成してきたガーデンがたった数分で全てゼロ……どころか海水に浸かって砂荒地になり、植物の育成地盤として死んでしまった。

秘書オースティンは如才なく仕事を完璧に熟していたが、それ以外の時間は地盤死してしまった岬でただボー…と、一人何もせず、ただ海を眺め過ごすようになった。

その日も何もない砂浜で海に向かってただポツン…とオーナー専用ベンチに座っていた。

訪問者があった。


「………よく俺の前に顔を出せたな」

訪問者の姿を認めても相手と対話するでもなく再び海に向かってたださざ波の音を聞き、海風に吹かれているオースティン。

「君が神羅を辞めてガーデン造りに精を出していると聞いた」

「出していようがいまいがあんたには関係ない」

「ガーデンが破壊されたと聞いた」

「失せろ」

「私が復旧を手伝う」

「断る。あんたにだけは関わっていただきたくない

あんたにだけはガーデンのどこにも踏み込んでほしくない」

「……君がどんなつもりで扱いの難しいガーデンを作ろうとしていたのか、…私には分かっているつもりだ

償いようもないのも分かっている

何をしようとも許されるなどと思ってはいない

私は全てに有害だった

それに気づくのも遅すぎた

だからせめて君のガーデン復旧を手伝わせてほしい

何かをさせて欲しい。どんな仕事を言いつけてくれてもやる

君は娘さんの秘書もやっているから忙しいだろう

私も仕事があるから毎日フルタイムで手伝うというわけにはいかないができる限り手伝わせてほしい

生きている君に償いをさせて欲しい」

「断る。失せろ」


変わらず海の方を向いたまま陸地側を一瞥もしないオースティン。

それでもメイヒューは荒地に膝をつき、両手を地に付け、頭を下げた。


「生きている君に償わせてほしい


一人海に向かったままのオースティンは忌々しく溜息を小さく吐いた。

「俺はアイツが死んだとは思っていない。アイツの死体が見つかっていない

ガーデンはただの趣味。だからアンタには関係ない

贖罪をしたいのならニブルヘイムにでも行け

もうあそこはニセモノしかないがな」

メイヒューは地に両手をつけ頭を下げたまま答えた。


「どんなに後悔しても、探しても、謝りたくても、…もうどうすることもできなかった

全てが手遅れだったどうか、生きている君の力にならせてほしい

「だったらアイツをここに連れてこい

死体でもいい、ここに俺の前に連れて来い

それ以外アンタに望むことは何もない

それができないのなら贖えない苦しみを背負い続けろ

アイツを連れてくるまでは俺の前に顔を出すな!ただ罪を背負って失せろ

メイヒューは苦し気に口を閉じた。

だがオースティン自身今まで黙っていた、自らに禁を課していた事を口に出してしまい怒りが収まらなくなり、立ち上がり振り向きざま座っていたベンチを蹴り飛ばした。


「アイツはアンタが担当していた頃から何も変わっちゃあいなかった

アイツが兵士として安定して見えたのは俺が強気の仮面を付けさせたからだ

アイツ自身のモノじゃない俺が創った仮面だ

そうしなければアイツは神羅で生き残れなかった

だが中身は何も変わっていなかった

変われないんだアイツは

いつまで経っても精神が脆弱なくせにプライドが高く!自虐が得意で一度傷ついたら自分で治すこともできない

だから俺がいつも傷ついたアイツの傷口を騙しながら塞いでいたあの部屋で

アイツが生き残るためにはあの部屋が必要だったんだ!

だがアンタのおかげでアイツは俺に頼る自分を断罪した卑怯で汚い事をしているのだとどんどん自分を傷つけ始めた

際限なく!

俺には見えていた

アイツが自分に深くナイフを刺していくのが!見えていた

だが俺には時間が無くて傍にいてやれなくて間に合わなくて!!間に合…………!!


手負いの獣の慟哭だった。

クラウドが自分を裁き、ジゼルが自分を裁き、メイヒューが自分を裁いたように、オースティン自身も自分自身を裁き続けていた。


「失せろ!!

「申し訳ない………申し訳ない。………………………また来る」


それ以降もオースティンは秘書の仕事の合間に岬に来ていた。

何か作業をするでもなく、ただ何もない岬で自分専用のベンチに座り、海を眺めるだけの日々を送っていた。


「パパ

「ジゼル今日は日差しが強いぞちゃんと日焼け止めクリームは塗ったか

この日も時間を見つけて岬に来てボヤ…と一人ベンチに座っていたところ、城からジゼルが追いかけてきた。

「勿論抜かりないわ

ね、パパ、ガーデン無くなっちゃったからさ、この際もっと内地の方に改めて造り直さないもっと本城の近く

そしたら私、前よりも手伝える

娘ジゼルの明るい表情とは対照的に父親ギルバートの表情は哀し気に陰った。

「……また新たに土地を買って、耕して、植樹して、管理して…か

もう俺の財源も厳しいし、気力がなぁ

考えてたんだが……俺のガーデンはそうなる運命なんじゃないか、なるべくしてなったんじゃないか……

また造っても、また壊されてしまうんじゃないか

そういう運命なんじゃないか…そう思うんだ…」


聞いたことのない父親の弱音。

大好きな父親。どんな時も誰より強く、賢く、いつも敵から守ってくれる、どんな時でも頼りになる理想の男性。

世界が父親の言う通り、描いた通りに成ってゆく。

大好きな父と本城の中では話せない事を『The Gate』でだけ2人きりで気兼ねなく、たくさん話せた。

なのにガーデンが流され、文字通り塩漬けにされてしまった

岬が流されて以来、いつもここで海に向かって長椅子を置いてたった一人誰も寄せ付けずにいる。

でも知っている。

本当は違う。

ここで父が本当に見ているのは海ではなく湖。

ベンチに座っている父は本当は一人じゃない……もう一人隣に……


「止めてよパパいつまでこんな事してるの

ねえ、造り直そうよガーデン

財源なんて全然問題無いよ

ノヴェロ家のものは私のモノ私のモノはパパのモノ

土地は放置されてる野原がいくらでもあるし経費だって頭首の私が手伝ってるのよじゃんじゃん根こそぎ使っちゃおうよ

でなきゃ私、タダでノヴェロ家に貰われたことになっちゃうよそうでしょ!?パパそれでいいの!?私は嫌よ

「……そうだな…ノヴェロなんかクソだ地に堕ちればいい

でもジゼル、ガーデンだけは自分の金以外は使いたくないんだ

金は力……良くも悪くも金が流れる所では必ず力が暴れる

勿論俺は制御できる自信はある

だが、もうそういう戦いはしたくないんだ…もう…『The Gate』では……」


父親が言葉にしない部分が透けて見える。

でもそれを見てはいけない。見れば父の想いに引きずられてしまう。


「駄目使うのこんな時にノヴェロ家の力を使わないでいつ使うのよ

パパは今気力が出ないんでしょ!?だったら外から力を入れるのよ

パパが言ってた事だよ『夢を見たければ自分の足元を見ろ』って

パパの夢はとってもとっても育成の難しい草花木々達が咲き誇るガーデンを造る事

でも足元を見て!パパ!この岬全部塩を被ってもう海岸と変わらないこの土地全部死んだの

しかもアッパーミッドガルにあるパパのマンション2棟もメテオとホーリーで大規模修復が必要になって、キャッシュも今はこっちに回せないこれがパパの現状

黄昏てる場合じゃないのパパ、どんどんどんどん夢から離れていってるのよ分かってるよねこのままじゃ駄目なの

ガーデンを守りたければパパが立ち上がって戦わなきゃいけないの!戦わなきゃ何も守れない!そんな事パパが一番分かってるよね


「……………」


答えは無く、ただ自嘲気味に海を見たまま微笑む父親。

そんな姿が悲しすぎた。涙が出てきそうだったが、今は引きずられては駄目だとジゼルは眉間に力を入れ耐えた。


「ね、パパ

さっきね、私専属の運転手雇ったの

彼にも手伝わせるから人手ももう用意できてる指示出してくれたら直ぐにでも作業に取り掛かれるよ今すぐやろ!?

「………

昨日までジゼルの運転手は秘書兼任のギルバートだった。

訝る父親にジゼルは乗って来た車を案内するように掌を向けた。

運転席から男が一人降りてきた。


「ああ!?

一瞬にしてオースティンの表情が凶悪に歪む。


「私が贖罪すべき相手は君だけではない」

「パパ、私ね、この人の娘にもなってあげることにしたの」

「ジゼルコイツがどんな悪質な事をしたのか忘れたわけではないだろう

激怒するギルバートにジゼルは涙が出そうになるのを必死に堪え、微笑み、運転手メイヒューの隣に並んだ。


「パパ、忘れてるみたいだけど私もあの子に謝らなきゃならないことたくさん言ったし、殴ったんだよ…

今まで言えなかったけど…私、あの時の事がずっと忘れられないの

ずっと苦しいの。……あの子を凄く傷つけて追い詰めた

だからパパの『The Gate』造りを手伝いたいの

それにこの人を許す事もあの子への贖罪に繋がるかなって思ってる

それでね、パパ。この第二のチチから貰ってほしいものがあるの」

メイヒューはオースティンに封筒を差し出した。

「とりあえず今月分、これで手伝わせてもらえないか…」

封筒の中に金が入っているのは確認しなくても分かった。

「どうか、君たちに何かをさせてほしい」

だがオースティンは差し出されたメイヒューの封筒を思いっきり叩き払った。


「言ったはずだ、俺がアンタに望む事はただつ。それができないのなら消え失せろ2度と俺の前にツラを見せるな

金などいらない。俺のガーデン造りは趣味だ誰かに手伝ってもらうようなものではない

「だったら毎日ここに来て苦しそうにしてるの止めてよパパ

趣味なんでしょやってよやって動いてよ苦しそうになんかしないで

趣味で造ってる人は”運命”なんて言わない俺の金しか使いたくないなんて言わないお願いそんな事言わないでよ

もう嫌パパ哀しんでばっかり見てられないのパパが悲しそうにしてると私が責められてるみたいで辛いの

何もしないでいるのが辛い助けてよパパ!私、苦しいのよパパ

また私たちで作ろ!?手伝わせてよ私は立ち直りたいの指示出してよ何かしたいの

あの子に酷い事言ってしまった罪が一生消えなくても仕方ない背負って行くでも少しでも、この痛みを軽くしたいの

パパが哀しんでると私が苦しくて仕方ないの

私のせいなの!?ねえ!?あの子が死んだのは私のせいなの!?

育成に凄く手のかかるめんどくさいガーデン造ろ?造らせて!皆で凄く苦労しよ!?

1回流されたからって何なのそれでこそ育成が難しいガーデンじゃないもう1回頑張って造ろうよそれでまた駄目になったらまた造ればいいよ

ねえ育成が難しい子達がたくさん咲き誇るガーデンになるまで、何度でも何度でもチャレンジしよそうしよ

手伝わせてよ

それにね、パパ、私たちがどんなに苦労して立派なものを作っても、それはやっぱりあの子じゃないし、私が何をしてもあの子が生き返るわけじゃない。もうあの子は許してくれない

メイヒューさんが私やママやパパに何度も何度も謝りに来たって、そんなのただの自己満足。贖罪になんかなってない。時間は戻せないんだから

だからパパ、私たち全員同じなの私たち全員手遅れなんだよ

だったらパパも私やメイヒューさんを受け入れてもいいんじゃないの!?私達全員!何をしようとも!2度と許されないのよ!

堪えきれず泣きながら訴える娘の姿に父親も瞳から雫が零れそうになったが、拳をきつく握って耐えた。


「アイツは死んでないって言ってるだろう!!



だがその日からコレルエリアのノヴェロ本城近くで新・ガーデン造りがオースティンを筆頭としてメイヒュー、ジゼルが手伝いに入り再開された。

またオースティンが「The Gate」に向かう時、妻のキャサリンが飲み物を作ってくれるようになった。

「ケイト、気を使わないでくれ」

「いいの、作らせてください。私にはこれくらいしかできないので

とっても難しいお庭作っていらっしゃるんですってね

お肌焼けちゃうからお手伝いはできないけど、素敵なガーデンができるといいですね」

夫の庭造りの意味を誰からも説明などされなかったが、勘で分かったキャサリンなりのギリギリの譲歩だった。

あの男娼は今でも許せない、きっと生涯許す事などないだろうが庭造りを再開させることで夫の元気が戻ってくれるのならもうそれで良い、その為の協力をしたかった。


その日はたまたまオースティン・ジゼル・メイヒューの空き時間が揃い、全員で建造現場に行くとまた例によってエイプルトンがいた。

「おっはよ~うお手伝いに来ました~ジゼルちゃんお久しぶり~もう、世界一の美女だねあれ~あなたはメイヒュー教官おぉお久しぶりです……って、なんでメイヒュー教官が作業着を!?

メイヒューに敬礼をしかけたエイプルトンがその場の不合理さに気が付いた。

「先月から私はノヴェロ家頭首付きの運転手兼雑務係だ」

「え、、頭首って、、、ジゼルちゃんのえぇ!?

と、エイプルトンが愕然としながらギルバートに視線で聞いた。

「お前も本当、懲りないなぁ…来るなと何回言えば通じるんだ本当、しつこいぞ」

「え、ちょ、待って待って運転手!!あ、じゃあ僕、ボディーガードになります雇って

オースティンが心底嫌そうにエイプルトンに言った。

「本当……どうしようもないアホだな。俺とメイヒューがいて何で今更ボディガードが必要なんだ造園の手伝いはどうなった

アホなのは仕方ないが神羅が無くなってもお前だってそれなりの経歴があるんだからどこでも雇ってくれるだろう、こんな所に来てないでとっとと就活したらどうだ」

「うぅっるっせぇ僕ぁ別に金に困ってる訳じゃないんだ長年高をやってきた独身ナメんじゃねえ

ううわぁ~~う…そだろ……詐欺だ……やられた…クソ……わわわ~~…ちょっと出直して来る……」

半泣きで帰って行くエイプルトンの背中に「もう来なくていいぞ」と、オースティンは声をかけた。

「……パパ、”サンコウ”って何

空港で借りたであろうレンタカーで去っていくエイプルトンを見送りながら聞いたことのないワードを父に尋ねる娘。

「高学歴、高収入、高身長で高、ジジイ世代に流行った言葉だ。そんな言葉使うのは今どきエイプルトンくらいだ

ちなみにアイツも中卒、そもそも3高じゃない」

「ふぅ~ん」

「さて、今日は耕した中から石やゴミを取って行く。ジゼルは大きいのがあったら言ってくれ、取るから

ゴミはゴミ袋、石はサイズ別に籠に入れてくれ」

「はーい

前向きになってくれている父が嬉しく、輝くばかりの笑顔で返事をしたジゼル。そうして作業は進んでいった。


翌週、その日は作業現場にオースティンとメイヒューで来た。

「おっはよーーーーーあ、ぁ~今日は女神ジゼルちゃんいないの~

何故かそこに作業準備万端のエイプルトンが待っていた。

「……………お前、目と耳と脳みそが腐ってるだろ

どう言えば来るなって言葉を理解する俺が嫌がっているのは見て分かるだろうが

だいたいミッドガルからここまで交通費毎度いくらかかってるんだそんなんじゃ直ぐに金も無くなるぞ

未婚ジジイが無職で浪費家のアホのスピーカーなんてのはクソ以下だぞ迷惑だから一度生まれなおして来いそしてここにはもう来るな

嫌そうに言ったオースティンにエイプルトンは最高のドヤ顔で答えた。

「うるせえよ毎度罵詈雑言ばっかりポンポンポンポンポンポンポンポンポンポン聞き飽きたわつか、聞いてねぇよザンネンでした

俺だってその程度の計算はできるっつーの言われるまでもないっつーの

昨日引っ越し完了~新居はここまで車で10分のご近所さんちなみに本城までは自転車で5ご近所付き合いは大切ですよギルバートくん仲良くしようぜ


オースティンが呆気に取られていると、隣にいたメイヒューがエイプルトンに聞こえない程度の小声で言った。

「オースティン秘書、先入観と常識は思考を阻害する」

意味が分からない、とオースティンがアクションで意思表示をすると

「彼はとてもシンプルな人だ。彼の言動にはフェイクもフェイントもない、常に真っすぐに目的に向かっている

ま、そんなところが誰よりも才能がありながらも競技でブロンズコレクターと呼ばれた原因でもあるんだがね

ヒント、今ここにいる3人は全員揃いも揃って性犯罪者、か性犯罪予備軍だ。君から見ればね」

静かに微笑んでいるメイヒュー。


性犯罪……ギルバートとクラウドの関係はとっくにメイヒューにバレている。

というか、結局オースティンがどれほど言葉で煙に巻こうともメイヒューは2人の関係の確信を変えなかった。

そしてメイヒューもクラウドのストーカーだった性犯罪者だ。本人にバレなかっただけで。

全員………ならばエイプルトンは何だ性犯罪とは他に何があるコイツは何をやらかしたんだ

いや、予備軍これからか何故それをメイヒューが知っている

隣でメイヒューは静かながらも笑いが止まらないらしい。声に出さずに意味ありげに笑っている。

それを見ていてギルバートはピンッときた。

徐に携帯電話を取り出し、午後から手伝う予定になっていたジゼルにかけた。


『どうしたの何かあった

「お前は俺がいいと言うまでこっちに来るな。性犯罪者がお前を狙っている。危険だ」

それが聞こえていたエイプルトン。

「え!!それ、まさかジゼルちゃん!?せ、せいはん…っ!?ど、どこに!?

慌てて目を皿のようにして周囲を見回すエイプルトンとは真逆にジゼルは父の言いたい事を正確に把握した。

『その声はエイプルトンさんマジで…ていうか前から変だなとは思ってたけどねアハハ

パパの事が好きなんだと思ってたあはっ

「それなら早い。撃ち殺して終わりだ

だがお前の足元には無駄な屍は築きたくない

この変態野郎、城下にまで越して来やがった危険だ出てくるな

「テメ……っざっけんなよ!!クソオヤジ!!アンタと違って俺はまだ何もしてないだろ!!変な事言うな!!ジゼルちゃん違うから違うよ~!?

「っるせえアホのスピーカーのくせに色ボケしやがって、俺のジゼルに近づくな、バカと加齢臭が移る

「なんだと!俺が加齢臭ならアンタだって加齢臭だろーが!」


電話の向こう側で始まった元同僚2人の喧嘩、多分もう一人の元同僚は少し離れてその様子を愉しんでいる。

その楽し気な様子が目に見えるようでジゼルは参加したくなった。

『ワァ~オパパ、今から行くそれとパパ、ちょっとケイタイをスピーカーにして

「来なくていいこんなド変態に見られたら汚れる

『いーいからパパ、スピーカーにして

オースティンがチッと舌打ちをしながら娘甘々でスピーカーにすると……

『エイプルトンさん、私今から行くけど、指一本でも触れたらパパにマグナムで頭撃ってもらうね

それといやらしい目で見たら心臓撃ち抜いてもらうあと話しかけてきたら股間撃ち抜いてもらう

あのね私、パパがダメっていう人は人としてダメだと思ってるのよろしくね

じゃ、パパ、マグナム持っていくね私、屍なんか何体足元にあっても平気よそれより久しぶりにパパが射撃するところ見たいな~

明らか声が面白がっていた。

「良い子だ、ジゼルブラックホークを持ってこい弾を多めにな見せてやる

『オッケェーイ

満面の笑顔で携帯を切ったオースティン、エイプルトンに笑顔そのままで言った。

「ジゼルが来たらショータイム開始だ踊らせてやる…お前の肉片をな

見事な父娘の連携攻撃に半泣きになりながら、冗談だと思うけど本気だったらどうしよう…と迷っていたエイプルトンにメイヒューが聞いた。

「私の勘では君がジゼル頭首に目を付けたのはまだオースティン秘書がただの教官だった時代からだと推測しているんだがどうかな

「ぇ、え~…

思わぬ追及に明後日の方向を向いて、明らか焦り始めるエイプルトン。

「それはない、俺が教官だったのはジゼルが10歳の時までだからな

その後は統括になった」

「うん、でもそう考えると彼の行動が全部繋がるだろう

彼は君とすごく仲が悪いのに何故こんな所まで追いかけて来てる

ミッドガルの自宅には君がいるいないに関係なく何度も来ていたんだろ

つまり彼の目的はずっと君じゃないんだ

当時ジゼル頭首がいてもいなくても来ていたのは単に彼女の情報が彼に入らなかったからなんじゃないか

だから彼は犯罪予備軍。年の差だけで言ったら君と彼以上

エイプルトン君が目を付けた当時、ジゼル頭首は10歳以下だった。それはさすがに人として犯罪だ

自覚があったからエイプルトン君は手を出せなかった。だからといって諦められないまま今に至った

まあ、恐らく手を出せなかった原因の95%くらいが君の存在だろうが。そうじゃないかエイプルトン君」

「え、まぁ…えへへ

エイプルトンが誤魔化し笑いをしながらオースティンの表情を盗み見たところ、殺意にギラリと黄金の瞳が光っていた。

結局エイプルトンは女神ジゼルが本当にブラックホークを手に到着する前にダッシュで逃亡する事となった。

しかしその足で地元で求職活動を始め、結局城とは反対方向にある車で40分の格闘技道場に就職をした。

そうしてエイプルトンも休日には無料で手伝いに来るようになった。


それから数年

植樹は根付き、草花は花を咲かせるようになりガーデンの形が整いかけていた頃、ギルバートが言った。

「とりあえず庭園づくりは一度保留にする

これからは教会造りにシフトチェンジする」

「教会

ジゼルとメイヒューが聞き直した。

「レンガ造りの小さい教会で、塔の一番上に鐘のある教会を造る」

「パパ、そんなもの造れるの

「任せろ、勉強はした」


翌日庭園の維持作業がひと段落したところで、ガーデンの中に造り付けたティーテーブルにオースティン、メイヒュー、ジゼルが集まり教会の設計図を開き、作業工程の説明をしていた時、恒例の訪問者があった。

「よう、エイプルトン今日はお前にやってもらう事は何も無いぞ

相変わらず追い払おうとするオースティンに何やら大変な決意を固めてきたエイプルトン、突然叫んだ。


「ギルバートくんお父さんと呼ばせてください!!

「………」

キモイ事を言いやがって…、と、思いはしたが……ハタ、と気付き、やがて娘のジゼルを睨んだ。

睨まれたジゼルは驚いたようにただ首を振った。

「ちょ、ちょっとエイプルトンさん!?意味わかんないんだけど!!

「え!?あ、あれあれ??

「君は相変わらず剣術以外はダメな人なんだねぇ…」

メイヒューがしみじみ感心したように言った。

「マズった…今日はマグナム持ってきてない…あ、鉈(ナタ)があるからいいか…」

オースティンが小声で呟きつつ、大鉈を置いてある場所に目を走らせている。

「あれえ、と、えーっとですねお嬢さんと、結婚を前提にお付き合いさせてくださいと…言いたかったんですがー

「えぇ!?ちょっと意味わかんない何故急にそんな事言うの!?

エイプルトンさん、この前ここでちょっと話しただけよねユアンもいたし

「…ユアン……あ、メイヒューさん、名前、ユアンとおっしゃる

「………まあ、そうだが……」

初めて知ったとばかりに少し嬉しそうに感心しているエイプルトンだが、”空気読まないにも程がある”と、メイヒューは呆れていた。

「死にたくなきゃ今すぐ失せろ、腐れロリコン野郎」

オースティンが怒りの雷鳴を周囲に轟かせているが、エイプルトンはオースティンのその言葉だけは一生認める気はないとばかりに禁句を爆発させた…。

「っざっけんな!ショタ親父がアンタに比べりゃ俺ぁどんだけ合法だってんだ!!紳士過ぎる自分が怖いわ!!

「誰がショタだお前こそ脳みそ洗って出直して…いや、頭と体切り離されたくなかったら二度と来るな失せろ

「パパエイプルトンさんはともかくパパはショタって言われても仕方ないでしょ

あの子、パパが手籠めにした時14になったばっかりだったんでしょ凄くロリロリしてたって8歳くらいに見えたって聞いたわよ

「……………」

オースティンは最初メイヒューを睨んだが、メイヒューは激しく首を横に振った。

続いてエイプルトンを睨むと目を逸らし手を口に当てた。

「……ジゼル、いいか、コイツは神羅でも有名なスピーカー野郎だった

お前が話した事も話していない事も、コイツの耳に入れば漏れなくバラまかれる」

「うわぁ~…最っ低っそんな人お断り帰って

「ジゼルちゃん…」

「失せろ糞ロリ野郎

ジゼル確かに最初はアイツは小さかった。だがその後は少しでも早く大きくなるよう俺なりに心血を注いだ

だから16の時のアイツは標準だったろ!?

「……うん。あのねパパ…私、今18歳なんだけど……

「うん知ってるぞ何故そんな事を聞く

「あ、うん、言ってみただけ…」

戸惑う娘を庇うようにしてオースティンはエイプルトンに鉈をギラつかせた。

「帰れスピーカーロリジジイ

自分が矛盾していることに気付いていないらしい……と、オースティンの背後でジゼルとメイヒューは困った様に目配せをした。

「ジゼルちゃん~…また来るね困った親父だよ、もう……」

「ん、そしたらエイプルトンさん今度から来る日は前もって言ってくれるその日私は来ないようにするから」

「ジゼルちゃん…」

「あのね、大抵の人は一番最初に気付く事だけどエイプルトンさん未だに分かってないみたいだから、ちゃんと、親切に、教えてあげるね

私とパパは双子父娘なの。外見だけじゃなくて中身もね、ツインズなの

パパが嫌いな人は私も嫌いパパと仲良くできない人は私も仲良くできない、パパがアホだって言うなら私もそう思ってるの。分かった

もう少し分かりやすく言うとね、私もアホのスピーカーは嫌いなの。ウザいの。分かった

「……ジゼルちゃ…」

勝ち誇るギルバートとこれ以上なく完璧に敗北したエイプルトン。

結局その日も何も手伝えないまま半泣きでスゴスゴと帰っていったが、数日後また何事も無かったようにナイロンザイル製神経のエイプルトンは「こんちは」と、上っ面で遠慮するような素振りで遠慮なく手伝いに来た。

どうあっても目的を見失わず、決して諦めずに突っ込んで来るエイプルトンだった。


そして翌年には森の中にレンガ造りの小さな教会が出来上がった。

教会の中は手造りの長椅子が造り付けで並んでおり、新郎新婦の歩く場所、立つ位置のみに天井と祭壇側の十字のフィックス窓(嵌め殺し窓)から自然光が降り注ぐ仕組みになっている。


「うぅぅ…俺…絶対、ここで結婚式するぅ…」

教会内に現れた光のD十字架の光景に涙しながら、心の中で(ジゼルちゃんと)と付け加えていたエイプルトン。

「知ってるか、エイプルトン

結婚は一人ではできないんだ。先ずは相手を見つけろ余所でな

これほどの美しさに心洗われる教会を設計した本人とは思えない嫌味を言うオースティン。

「しかし君にこういうセンスがあるとは…本当に驚いた」

感心したように言うメイヒュー。

「センスとかじゃない。結婚というものを形にしただけだ

誰だってこんな風に明るい光の中を祝福されながら愛を誓い合い、手を取り合って2人未来に向かって歩きたい

だがこの光は安定しないものだ

少し時間がずれただけで光の道から外れるし天気が悪ければマトモな光は入らない。夜ともなれば真っ暗だ。どこに何があるのか何も見えない

そうなれば夫婦の道だって見失うし、彷徨って繋いでいた手を離してしまうこともある

……まあ、月夜の明もあるがな

というコンセプトだ」


「よく考えてあるようだが、それは建前だろう

穏やかに静かに言うメイヒューをオースティンは冷ややかに見下した。

「私は君の言葉はあまり信じていないんだ

君は私の知る中で誰よりも上手く真実の中に嘘を混ぜる

そうして自分の思う方向に人をコントロールする。決して悪い意味ではなく

……育成の難しい木々草花を集め、実を結びにくいものや維持育成に特定の条件が必要なものを選りすぐったガーデン

そこそこ形になってきたところでこの教会を建てた

この教会はガーデンが育っていくのと同じように、この景色の一部に同化していく

君にはストーリーがあるんだろう

『The Gate』『光の教会』

君は、待っているんだね?」


光に包まれ輝いている祭壇前を見つめ、オースティンは何も答えなかった。


メイヒューはフッと自嘲気味に微笑んだ。

「などと偉そうに言う私は光の届かぬ中で道を踏み外したわけだ」

オースティンは変わらず祭壇前を見たまま呟いた。

「道を踏み外したのは元妻だろ。アンタは子供を最期まで愛し抜いた

生半可な事ではなかったのは俺にだって分かる

相変わらずアンタは人の事は良く見えるようだが、自分の事は分かっていないんだな」


そうして再びガーデン拡大に作業を戻したが、いつ頃か街でガーデンの中の「光の教会」の噂が流れ、中で式を挙げたいというカップルが現れるようになった。

言うまでもなく、噂の出どころはスピーカー・エイプルトンだった。

だがそういう事は断りづらく、結局結婚式限定で非公開を通してきたガーデンをオープンすることにした。


そして翌年にまた新たにガーデン管理地を広げ、ジゼル提案の温室ガーデン造りに着手した。

ジゼルは栽培、他3名は大規模温室造りにかかり、その2年後にはギルバートの案でチェリーブロッサムエリア造設にかかった。

そのエリアのコンセプトは『単種では実の成らない木』だった。


「ジゼルちゃん

「あら、お久しぶりエイプルトンさん」

お昼休みで皆が休憩している時にエイプルトンが応援物資を携えてやって来た。

「今日はジゼルちゃんの19歳の誕生日だねプレゼント」と、小箱を差し出した。

「……ナニソレ

嫌な気配にジゼルは受け取らないままエイプルトンに中身を聞いた。

「指輪

「いらない」

「そ、即答!?え、ひど、え、えぇ~

「彼氏に悪いから貰えないわ」

「えいるの!?あえ!?いつから!?

「えーと、今の彼は…3か月かな

「え…今って…その前もいるの…うそ……」

「嘘って…当然いるわよ。19

それに12の時から彼氏がいなかった時なんてないから」

「ええぇぇ~~

そんな二人を見ていたオースティンとメイヒュー。

「アイツがいつまでも独身な理由がよくわかる」

「確かに。一途過ぎてとうの昔に賞味期限が切れている自覚が無い

結婚詐欺でもいいから一度女を知っておけばいいのに」

「そこーーーーーーー!!聞こえてるからーーー!!そんなのお断りだからーー!!……え、つか、なんで

ギルバートくんジゼルちゃんに近づくなっていつも散々俺に言ってるじゃない。なんでなんで

「俺はお前に言っているだけだ。何度も言うが俺は馬鹿もスピーカーもお前も嫌いだ

ジゼルが選んだ彼氏なら俺が何か言うものでもない

たくさん経験してたくさん傷ついて大人になればいい。応援する」

「えぇ~~……」

半泣き状態のエイプルトンにギルバートの追い打ちの口撃は緩まない。

「お前、今何歳だ

40歳になっちゃった。えへっ」

「だよな俺も40だ。で、ジゼルは19になったばかりだ帰れ、性犯罪者

「っるせーなショタを愛人にするような性犯罪者がヌカシてんじゃねぇぞホモ野郎


撃たれても撃たれてもミラクルな程に根性が折れず、粘り腰の強烈反撃をしてくるエイプルトンに、ついにギルバートもブチギレ手近にあった大鉈を持って立ち上がり戦闘態勢に入る。

するとまたエイプルトンも”なんだコラ剣なら俺の方が上だぞ”とばかりに迎え撃つ態勢に入り炎上しかけた2人の間を絶対零度の空気が駆け抜けた。


「エイプルトンさん…あなたって本当に馬鹿ね…本物の馬鹿よね

来る度にパパを怒らせて…。もう本当、来ない方がマシよ

言ってるでしょ、私、パパと仲良くできない人嫌いだから」

「ジゼルちゃん……俺、もうマジで泣きそう……」

「泣けばそれで帰ればもう来なくていいわよ、ホント」

「ジゼルちゃん…」

「エイプルトン君、本当に一度他の女性に目を向けてみたらどうだ

君、ここに来る度に自分の株を落としているよ

少し冷静になって自分の状況を考えみなさい」

「何言ってんすかジゼルちゃんみたいなパーフェクトな女神様の高貴なオーラを持った世界一の美女はどこにもいませんよ

僕だって10年以上前から諦めようっていつも思ってました

恋人欲しいし結婚したいし女の子大好きですから魅力的な女の子は世界中たくさんいるし

こう見えても僕だってモテないわけじゃないんです!!いくらだって声はかかるんです

でもジゼルちゃんのような完璧に最高の女神は唯一無二です他の女の子が霞みまくって見えなくなっちゃう

この娘とどうにかなっちゃおうと思ってもジゼルちゃんを思い出すと全部”ハズレ”って思ってしまうんです

な!?分かるよな!?この気持ち」と、エイプルトンはよりにもよって父親ギルバートに目を向けた。

「……ジゼル、お前完璧な女神様だそうだ……」

父親が冷やっこい視線を娘に送ると、娘も同じく冷やっこい視線を父親に返し、そして言った。

「アリガト、エイプルトンさん。でも私、誰からもパパにソックリだって言われることに関しては、どうあなたの頭の中で処理してるの

「えやだなぁ。どこもちっとも似てないじゃん

ジゼルちゃんは美と戦いの女神全てが完璧いつだって頭に王冠が輝いてる誰の眼も惹き付ける女性の頂点

ギルバートはただの邪魔で鬱陶しい腹黒嫌味ジジイ嫌われ者こいつが死んだら喜ぶ人たくさんいるどこが似てるのさ

アハハハハ~と一人、高らかに笑うエイプルトン。ピーナッツ父娘の眼が氷点下の処刑人になっている事に気が付いていない。


「エイプルトンさん、あなたとりあえず年間出入り禁止

3年後にまだここに来たければ少なくとも女性2人以上と付き合った履歴を持ってきて

それと私の言った”双子父娘”を理解してきて。できなきゃ永遠に来なくていいわ」

キッパリとしたジゼルからの死刑宣告に今度こそエイプルトンは真っ白になった。



2年後、実のならないチェリーブロッサムエリアが根付き、その春にノヴェロ家の新しい事業として有料で『The Gate』を一般公開をすることに決めた。

コレルサウス側の目玉は「小さな光の教会」

教会の周囲は疎らに植えられた常緑の木々、地面には季節に応じて小さな花をつける数種類の花々が植えられ、木々の葉の隙間から洩れる木漏れ日が地面の花々に光のシャワーを降らせる。

コレルイースト側の目玉はチェリーブロッサムストリート…とはいえ、実は数種のチェリーブロッサムだけでなく、プラム、ピーチが随所に混ぜ込んである。

単種では実が成らなくとも、異種と混合させることで寿命が延び、実が成る時がある。

コレルノース側の目玉は巨大ガラス細工の中の温室エリア。

温室はオースティンとメイヒューで設計をデザインし、職人を加え建設した。


そうして年が経つと共にガーデンの規模も更に拡大していき、観光客も増えていき、ジゼルの発案により新たな目玉としてコレルウェスト側にホテルを建設することになった。

ホテルロビーの半分は観葉植物エリアで、その天井はアールデコ調のステンドガラスの半ドーム状になっており、空間と白大理石の床に色とりどりの模様とプリズムの色彩を描いている、そして残りの半分でホテルに繋がっている。

ホテルの中にはテーマ『豪奢』な教会が設けられ、パーティやセレモニーができるように多目的会場も作られた。

多目的ホールのホールチーフはミッドガルのパブ出身のランディ。

接客技術については見事と評判だが、旧知の間柄というオースティン秘書と偶に遭ってしまうと2人して丁寧な言葉を使った嫌味合戦が始まり、本人達は笑っているがそのあまりの辛辣な空気に周囲を恐怖で泣かせるという不思議現象が起きる。

誰も喋らないので誰にも知られていなかったが、実はランディを誘ったのはオースティン秘書自身だった。

更に数年後にはコレルイーストのオースティン担当地区でチェリーブロッサムストリート以外にも新たに藤花アーチ、ミモザアーチ、ローズアーチ、ジャカランダアーチ、夏雪カズラアーチを放射状に造り、それぞれのストリートの先にはオールプライベート空間のコテージを建設した。

「The Gate」の規模は既に新エリアにまでなるほどに拡大していた。

新しいリゾート観光スポットにもなり客も常時後を絶たなくなり、政府の推奨する自然回帰、絶滅危惧種、絶滅種保護の方針にも沿っていたため新しいエリア且つ保護地区として認定されることとなった。

認定許可を出したのはリーブの後継者サイファー・アルマシー。


新しいエリアの名前は「エフェメラルランドエリア」(泡沫の地)。命名者はギルバート・オースティン。

エリア認定式が行われることとなったが、当初はその認定者として政府の代理の者が来ることになっていたがオースティンがそれを拒否し、認定者本人サイファー・アルマシーに来るよう指定した。

指定する際の交渉材料として、ギルバート・オースティン自身がサイファーの恩人であり育ての親である亡きリーブと同じ神羅出身で何度か話したことがある顔見知りであること、そしてもう一つ、そのまま『The Gate』を商業施設を除き国へ譲渡…国有化にしたいと取引のカードを切り、果たして認定式にはサイファー・アルマシー本人がやって来ることとなった。


目の前で見るサイファー・アルマシーは年の割には相手に有無を言わせぬ迫力のある、だがどこか少年のような幼さの残る、プレミアバトルのLEONと同じ眉間に傷を持つ男だった。

認定式兼国有化セレモニー開始前の僅かな時間、ギルバートはサイファー・アルマシーと2人だけになるよう自分側を含め周囲の全員の人払いを要求した。

今や政府の中枢にいるサイファー・アルマシーを一人にするのには周囲が反対したが、何故かサイファー自身がオースティンの申し出を予期していたようにすんなりと受け入れ、部屋に2人だけとなった。


「バトルスクエアのプレミアバトルの応援席に一緒にいたのはクラウド・ストライフとソルジャーstセフィロスですね

彼らは今どこにいますか」

予想していた質問だったらしく、サイファー・アルマシーの表情は変わらなかった。そしてこの状況を面白がっているようだった。

「この『THE GATE』を手放そうってんだからな。ゼロから創っていったっていう、ここはアンタの人生みたいなもんだろ。それを手放そうなんざ、何でなのか調べさせてもらったぜ

で、分かった。アンタ、命にリミットがかかってんだな」


あと半年持たないと余命宣告を受けた。

様々な事が胸に去来したが、最後に、何を引き換えにしても、全てを引き換えにしても、これだけは…クラウドの行方だけは突き止めたかった。どうしても。

このままでは終われない。

会いたい。


世界災害後、初めて放送されたゴールドソーサーのプレミアバトル。

ソルジャーでないのに人間離れした戦闘力との前評判だった『LEON』。

とんでもない戦士だったが、そのセコンド席!

クラウド!

ノヴェロ城からゴールドソーサーまでそれほど時間はかからない、直ぐに会いに行ったが、もうホテルは引き払われ、どこを探してもバトルスクエアに出ていた全員、誰一人として見つからなかった。

そこから使えるコネクションの全てを使って調べたが最後の最後には「官僚リーブ」という厚い壁に阻まれどうしても”現在のクラウド”には辿り着けなかった。


アンタ、クラウドの教官だったんだってな。”伝説の教官”て云われてるんだろ


LEON、クラウド同じく「官僚リーブ」の厚い壁の向こう側で正体も経歴も謎のままのサイファー・アルマシー。

ならばサイファー・アルマシーに繋げられればクラウドに繋がるはず!と望みを託した。

今を逃したら、俺にはもう二度とチャンスは巡ってこない。


「クラウド・ストライフはどこにいますか私は彼に用があります

それと彼はソルジャーにはなれないはずです

細胞適正も魔晄適正も適性なしでした

なのに何故ソルジャーになっているのかご存知ですか

ソルジャーは全滅したのに何故彼らだけが生きているのですか」

別れたあの頃から少しだけ大人びただけで、ほぼ変わっていないクラウド。

何があった…。

お前は今までどこで暮らしていた?


失礼ですがバトルスクエアで見て以来こちらも調べさせていただきました

あなたはあのセコンド席にいたソルジャーstセフィロス以外のメンバーとしばらく共に生活をしていましたね

バトルスクエア後、LEONとクラウドとソルジャー1stセフィロスはどこに行ったのですか?」


オースティンと話しながら窓から見渡せるガーデンを見ていたサイファー・アルマシーだったが思い出したように振り返った。

「ただの興味なんだが、何故ここのガーデンの名前を『The Gate(門)』にしたんだ

あー…知り合いに『門』とか『鍵』とかに拘ってる奴がいてよ……」



「……昔、神羅教官をやっていた時代

ミッドガルには今よりもモンスターがたくさんいて、夜ともなれば更に強いモンスターがたくさん跋扈していました

神羅基地のGateの外は手練れの者でも夜は一人では出られないほどだった

そんな頃、一人の兵士が武器も持たずにGateの外へ走り出しました」

オースティンは窓辺にいたサイファーを追い越し両開きの窓のロックを開け、両腕で同時に開き馨しい春の空気を入れた。

「『THE GATE』の中では樹木も動物も保護管理され育てられ、敵もいなく、四季折々に花々が咲き乱れ

夜ここで眠ってしまってもモンスターも襲ってこないし、チョコボ達はここに子育てをしに来る

あの時、兵士が飛び出したGateの先がこんな場所だったら………そう思って創り始めました」


サイファーは内心

『その話アンタとクラウドの事だろうがよ。調べたつってんだろ

当時アッパーミッドガルの住人の愛人と云われていたクラウドが通っていたマンションのオーナーがこのギルバート・オースティンだった事とか、クラウド脱走事件直後に下級兵教官統括を辞めて、その際にクラウドを実質昇進の本社へ移動させかけたとか。その後の人生をかけて造ったガーデンを手放してまでこうしてクラウドの情報を聞きに来てる事とか……間違いねぇよなぁ。これは…

大体あのド潔癖の生まれてこの方オナニーもしたことありませんてツラしてたクラウドが13歳の時から教官の愛人やってたとか、セックスシンボルとかよぉ…調べさせて後悔したぜ。楽しくないビックリ要素有りすぎだ。』そう思っていた。


「私の余命については未だ誰にも言っていないし言うつもりもない

だが、私なりに人生の清算はしておきたい

『The Gate』は私がいなくなっても時代が変わっても維持できるよう、腕の確かな者達から者達へ代々引き継いでいかれるよう、個人所有の壁を捨てることにしました

そしてもう一つ、私はどうしてもストライフに伝えなければならない事があります。どうしてもこのままでは終われません

彼は今どこにいますか?私に命があるうちに彼に会せていただけませんか?」


クラウドがこの元教官を避け続けた理由は分からないが、少なくともギルバート・オースティンは生涯をかけ、そして命が尽きても、何かをクラウドに伝えようとしているのだろう。

だからこその、クラウドとの『THE GATE』なんだろう

傭兵の世界じゃ”命”なんて安いもんだ。

だが”人生”を懸ける何よりも難しい。強い意志、枯れぬ想いがなければできない。


「……俺はもうアイツに直接会えなくなっちまったんだ

だが会える奴にアンタの事は伝言しておく。…それでいいか

「ありがとうございます。期待します。……会えなくなったというのはあなたが偉くなり過ぎたからですか

バトルスクエア当時は無名でも、今では星を動かす中枢にいる男サイファー・アルマシー。

周囲には常に大勢の人間がアルマシーを取り囲んで動いている。

これだけ周りが騒がしければ、全滅したと云われているソルジャーになって生き残っているクラウドでは表立った接触はできないだろう。


だがサイファー・アルマシーはさも可笑し気に笑い始めた。

そして両手首を顔の前で揃え、言った。


「俺は生きて生きて生き抜いて、贖い続ける、無期の罪人だ!」


その時セレモニー開始の声がかかり、サイファーとの2人だけの会見は終了した。




「おとーさぁん式も終わったしそろそろ帰りましょーみんなが待ってますよー

「……うるさい。お前たちは先に帰れ。俺はメイヒューに会ってから帰る」


レイ・エイプルトンは脅威の粘りを見せ、3年後に戻ってきた時には40人余りの女との500回以上のセックス履歴(恐ろしい事にセックス帳などというものを作っていた)とそれぞれの女達からの応援コメント、そして健康診断書と共にプロポーズをし、結局新郎44歳、新婦22歳などというシャレにならない結婚式を光の教会で挙げた。

一度もデートをしない、交際期間時間のままの結婚だった。

後から聞けばジゼルが歳の時に神羅クリスマスパーティで見かけた瞬間、恋に落ちたそうだ。

新婦が澄ましている横でジジイの新郎が号泣のし過ぎで進行が度々止まる、どこに出しても恥ずかしい結婚式を挙げた。

身内だけの結婚式にして正解だった…と新婦と新婦の父は溜息を吐いた。

エイプルトンは”お父さん”と言えばギルバートが嫌がるのに味をしめ、殊更”お父さん”を連呼した。

ジゼルは「旦那様がおじいちゃんだから急がないと」と、結婚して直ぐにポンポン子供を産み始めた。

家族人員に不釣り合いな大きい城で育ったジゼルだからこその思いだったのだろう。

3度目のお産で双子を生み、合計5人の子供ができ、その子達も子供を産み、今では曾孫世代が10人。

本城の巨大な城に4世代大家族と大勢の使用人達に囲まれ毎日ギャーギャーと何かの事件が起きている騒がしい毎日。

昔、廃墟の様な城で家族3人、寄り道ばかりでなかなか城に帰りたがらない父娘、そんな暮らしをしていたのが嘘のような賑やかな日々だ、



「あ、そしたら私たちも一緒に報告を…」

「いい。お前たちは先に帰ってろ」

残りたがるジゼルをレイに任せ帰し、チェリーブロッサムエリアの中にある長椅子に座った。

長椅子の背には「ユアン・メイヒューとハーモニー・メイヒュー」とだけ印字されている。


時は春。


実をつけぬ徒花達。


株分けでエリアを広げていった。


地面を花弁が埋め尽くし樹木も花が満開。


ここまで来るのに長い年月がかかった。


木々の隙間から見える青い空以外が薄桃色で埋め尽くされている。


一気に咲き、一気に散り、四季に応じて顔が驚くほど変わるチェリーブロッサム。


メイヒューがここを特に気に入っていた。


だからどこにも身寄りのなくなっていたメイヒューをここに眠らせた。娘と共に。



突然、春の突風が吹いた。

地面に積もっていた花弁、風で木から舞い散った花弁で一瞬世界が薄桃色に染まり何も見えなくなった。

やがて風が収まり、目を開けた時……未だ舞い散る花弁の向こう側に人が立っていた。

だが何かおかしい。

人物が映像のように見える。


幻覚か……


望み過ぎたからか……


『久しぶり』


映像が少し困った様に照れたように恥ずかしそうに微笑んでいる。

懐かしい、特有の微笑み。

お前以外にそんな微笑み方をする奴などいない。


「クラウド」


……別れたあの時から少しだけ大人になった……もう何十年と経っているのに

何だこの状況は。


何で映像なんだ


『アンタ、年喰って更に迫力増すとか、本当怖い』


はにかんで少し睨んで微笑んで…。

あぁ、本当に変わってないな……クラウド。


「信じなかったぞ。お前が死んだなんて信じていなかった

お前はそんなヤワな奴じゃない!

だが来るのが遅過ぎるいつまで待たせるつもりだ何で映像なんだ


嬉しそうに微笑んでいる。


『俺さ、ずっと…アンタの事忘れてたんだ

ニブルヘイムのミッションで色々あって、その時記憶を全部失くしたけど

その後で少しづつ思い出してきた

でもアンタの事だけは思い出さなかった

思い出したくなかったから』


「クラウド


『俺、アンタを憎んでたよ

…憎んで、憎んで、忘れようとして…忘れたくて………忘れた

あの日、Gateを出たあの時

俺はモンスターに襲われてもう駄目だと思った

もう、これで本当に終わりだって

あの時さ………これでいいと思ってたんだ、俺

それだけの事をしてしまったんだから

モンスターに喰い殺されて死ぬ

俺はそういうモノなんだって

それでいいって、受け入れてた

でもアンタが助けに来た

車から身を乗り出してさ、射撃で100100

あの時、本当に、本当にアンタを許せなくなった

俺が知ってるギルバート・オースティンの中で一番、最高にカッコ良かったよ

あの時、まるで映画を観てるみたいだった

モンスターの中にいるのも、痛いのも忘れて、ただアンタに見惚れた

かっこ良かった、凄く、本当に、本当に、見惚れた

だから許せなくなった

もう俺達別れるのに

もうそれしかないだろ

何で?何で最後の最後でアンタの最高に、一番カッコイイ姿を見せるんだって

俺、どうしようもなくて

ただアンタに見惚れてて

すごく、許せなくなった

俺たち、終わるしかないのに

たくさん人を傷つけてしまったのに

許されない事をたくさんしてしまったのに

どうしてもアンタへの気持ちが止まらない

別れてからもアンタの事ばかり何度も何度も思い出して

会いたくて

触れてほしくて

そんな自分が許せなくて

思い出して消して、

思い出して消して、

思い出して消して

どうしても思い出してしまって

苦しくて苦しくて

だから記憶を失くした時に、絶対に思い出さないように蓋をして鍵をかけて蓋をして鍵をかけて、二度と開かない部屋の中に仕舞って、扉に鍵をかけた

でも

何年か前に事故があって扉が開けられてしまった

あんなに厳重に鍵をかけたのに、それから簡単に、勝手に、開いていってしまった』


クラウド…。


『アンタが死ぬって聞いた』


「情報が早いな」


つい先ほどアルマシーに言ったばかりなのに。


『俺、アンタに酷い選択をさせに来た』


 

「構わん。昔、俺もお前に酷い選択をさせた

だから気にするな」


何がそんなに辛いんだ?何をそんなに泣きそうな顔をしている


『……俺、今映像みたいに見えてるだろ

それは俺が違う世界にいるからなんだ

でも次元をワープしたら実体化できる

でもそれをするとアンタは俺から離れた途端に死んでしまう

今ここで死ぬことになる

アンタはファミリーに別れの挨拶もできなくなる』


更に言い募ろうとするクラウドの言葉を遮った。


「クラウド、実体になれ」


哀しまなくていい。

お前に会えるのなら何も惜しくない。


「早く実体になれ。何十年お前を待っていたと思っている

待たせ過ぎだぞ

家族とはもう十分一緒に暮らした余命宣告を受けた時点で全ての手続きを完了させてある

今ここで死のうが何も問題はない

妻も10年前に亡くなっている

迷う事など無いお前の迷いなど時間の無駄だ

早く実体になれ!」


パタタタ…と、瞳から美しい玉の雫が落ちた。


クラウド。


俺は知っている。

お前の落とす雫に俺の真実がある。

お前が泣いてくれるから、俺が今まで生きてしてきた事に意味が生まれる。



「『The Gate』……お前には俺が言いたい事が伝わったはずだ

YESなら実体化しろ

NOならそのまま映像のままでいればいい」


クラウドの映像が激しく揺れた。


『相変わらず酷いなアンタ……』


「お互い様だ

俺はとっくに選択をし、そして生きてきた

お前の答えを待ち続けてきた

文字通り、死ぬまで待った

生きているか死んでいるかも分からない、どこにいるかも分からないお前の答えをただ待った。待ち続けた

いい加減、早く返事をしろ!

少し顎を上げわざと意地悪く笑ってやる。


映像の揺れが激しくなる。

ノイズが酷くクラウドの姿がよく見えなくなったその時、突然魂を引き裂くようなクラウドの悲鳴が胸に響いた。


『SQUAAaa……………aa…aaa…LL…L....!!!


魔法呪文なのか薄桃色の花弁舞う中、俺へと歩いて来るクラウドの映像がハッキリしたり消えたりしながら、気が付けば実態を持った神羅下級兵クラウド・ストライフが目の前に立っている。


そしていつの間にか俺は……神羅教官時代に戻っていた。


「………クラウド」


目の前に立つクラウドの頬に触れた。


触れられた…

クラウド!


「アンタ意地悪過ぎだ!

本当に嫌な奴だ!嫌な奴!!酷い!!」

雨の様にパラパラパラパラ涙を降らせながら怒っている。


温かい、滑らかな肌


クラウド


会いたかった。会いたかった。


会いたかった。


会いたかった。

触れたかった。

抱きしめたかった。

この感触……!



昔も何度も泣かせた…。


あまりに可愛くて。

愛しくて。

この感触!

困る姿も突っ張る姿も、我慢しきれずに泣く顔も可愛いくて、狂おしい程に可愛くてきれいで、もっと泣かせたくて、つい苛め過ぎて追い込み過ぎて、本気で泣かせた。

求め続けた!


 

この感触、この手触り、この香り、この抱き心地。


顔を持ち上げキスをすると……………あぁ、本当にクラウドだ。


…会いたかった……………………………………お前に会いたかった…


「やっぱアンタ、デカ過ぎ。座って


ベンチに座ると膝の上に乗って来た。

そうだ。身長差があり過ぎる俺達は当時この姿勢が一番楽だった。


「酷い選択させられた!」


まだ言うか!

泣いているのに無理に怒った顔をするから変な顔だぞ。


「……いい加減泣き止め」


後から後から頬を伝う涙を拭ってやりながらキスをすると、あの頃の様に首に腕を回し抱きついてきた。

変わらぬ金色の頭を撫でてやる。昔と同じに。


「なあ…クラウド

俺達は共に生きられなかった

だが俺は常にお前と共に居た

それを伝えたかった

それに最期にお前に会えた

俺は最高に幸せだ

お前のおかげだ」


神羅の時、俺達は確かに同じ時間を生きていた。

いつか別れ道が来るのは分かってた。

でも、終われなかった。

 



「……俺アンタにずっと、言いたかった事が、ある!」

「何だ、この際だからどんな恨み言でも聞いてやる。好きなだけ言え。全部持って逝ってやる」

「……っ……………………」


ソルジャーになっても、一度決壊が崩れてしまうとどうしようもなくなるのは変わっていないんだな。

プライドの高い意地っ張りで可愛いヘタレめ。

泣き震える背中を軽く叩いてやりながら落ち着くのを待った。


「お前との2年半にあった事のつを、何度も思い出した

そして眠れば夢に見た

間違っている事を承知の上でお前に卑怯な形で取引をさせた時の事も、あの時のお前の表情も

付き合ってみればお前は可愛いし、肌を重ねれば苛めたくなるし、可愛がりたいし、泣き顔が見たくて苛めて嫌われる快感も、お前の微笑みも拗ねる顔も怒った顔も、全ての時が俺には混じりけのない真実で

いつまでも色褪せなかった

俺はお前を愛したことを後悔したことなど一度もなかった

お前と過ごした瞬間の全てが…神羅を辞めてからの俺の生きる糧になっていた」

抱きつき顔を隠したままのクラウドが何度も頷いている。


「あの頃……」

嗚咽でうまく喋れないクラウドの頭を撫でて先を促してやる。


「絶対に、言わないって、決めてた

でも何度も、言いそうになった……苦しかった」


「何だ?お前、まだそんなに凄い秘密を抱えてたのか怖いな」


笑って背中を撫でて促してやるとクラウドが微かに身動ぎ耳元へ、小さく薄い唇が触れるように囁いた。












「大好き」











熱く蕩けるように甘える声。










相変わらず涙が止まらない。直ぐに顔を隠す。




強く抱きしめた。


「お前に”嫌い”と言われるのが至高の快感だと思っていたんだ

また聞きたいと…何度も願った、夢に見るほど望み続けたが

……こっちの方が良い


キスをした。


頼むから泣き止んでくれ。

俺まで泣いてしまうから。


「ここはお前と行ったあの島を思い出しながら創ったんだ

そしていつもここでお前に語り掛けていた

帰ってこい。俺のところに戻ってこい、と

そしたら何故かお前が帰ってこないでチョコボ達が集まって来た

ここはどうやらチョコボには過ごし易い環境らしいぞ?

毎年子育てにやって来てたくさん巣立って、また戻ってきて、巣立って、戻ってきて、巣立って……最後にお前が立っていた」


微笑んでいるがまたパラパラと雫が輝き落ちている。



涙が早く止まるように安心させるように何度も頭を撫でてやる。



「俺、アンタに一個だけ勝てることが、ある、のに気が付いた」


「なんだ


涙も段々止まって来たかよしよし、頑張って泣き止め俺の為に。

キスをした。


「アンタ、魔法ができないだろう


「そうか、バレたか」


「答えは最初から出てたのに

beautiful lierでマテリアを腹に当ててもらったあの時、魔法だと思ってたけど違った

アンタ最初からそう言ってたのにね

これは魔法じゃないって」


「俺は目に見えないものは苦手なんだ」


「そうその割には俺の事待ってた」


「お前の死体を見ていないからな。見てないものは信じない」


「ホントに、……もう」


困った様に微笑むクラウドの瞳からまた雫が一筋零れ落ちた。


「これからアンタに魔法をかける」


「どんな


「今俺達がこうしていられるのは次元と時間超えの魔法がかかってるからなんだ

でもその魔法がそろそろ切れる」


「……俺のタイムリミットか」


クラウドが再び抱きついてきた。


「俺がアンタを送る」


マテリア色に染まった真っすぐな瞳。

この瞳の強さは昔のクラウドには無かったもの。

たくさんの経験をしてきたのだな。


「お前に出会えた事

生涯をかけてお前を待てた事

今、全てが報われた

愛してる、クラウド

これが俺の真実だ」



唇を合わせるだけの軽いキスを角度を変えながら互いに繰り返し、強く抱き合い昔を思い出すように、再開を歓び合うように繰り返しているうちに膝の上の重みがどんどん軽くなっていき、意識が薄れていった。


気が付けば身体から意識がズレ、どんどん上昇していき、眼下には桜舞い散る中ベンチに座る2人、眠っているような俺を抱き、上昇してゆく俺を見上げて声に出さず俺の名を呼び、どうしようもなく泣いているクラウドがいる。


少し離れたところからジゼルとレイがやってくる。


意識が光に溶けていく。


「胸騒ぎがするのよあなたはいいから、戻ってなさい


「えー、皆で戻ろうよー」


「パ………え、クラウド……


「わ、本当……え、消えた……!?


「パ……パ……パパ!?


「ギ…………」


ジゼル…レイ…………………俺がいなくなっ…………………安心し……




………………







チェリーブロッサムエリアに一陣の風が吹き、世界の全てが儚い薄桃色になった。


この薄桃色の景色も


眩しすぎて目を開けられなかったコーラル島のあの朝も


保たず消えてしまう刹那であっても


その瞬間だけは永遠


永遠に色褪せぬ真実の瞬間

ギルバート・オースティンによって始まった「The Gate」

エフェメラルランドエリアは国有地となり、腕の確かな者たちに代々伝授されてゆき

樹木草木は保護され拡大してゆき、大地は力を取り戻していった。


         完         NOVEL

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