禁区4 「さっきの教官の”お気に入り”ってどういう意味だ!お前まさか!まさか、オ、オースティン教官とも犯ったのかよ!?」 銃撃講習後そのまま実践訓練に入る為、下級兵達と移動していたオースティン教官。 武器倉庫裏から争う音と声がした。 「はっ…なせ!」 4人の集団に壁に追い詰められているのはクラウド・ストライフ。 襟元を掴まれ、振り回され、背を壁に2度3度と叩き付けられている。 逃れようともがいているが、下級兵の中でも一番背が低く身体も成長していないクラウドでは、持ち上げられたまま足が地に着いておらず、ギリギリと首を締め付けられるまま、その手を緩められることもできない。 現場を見つけた同期下級兵が止めようと駆け寄りかけたが、一緒に見つけたオースティン教官がアクションで制した。 「ビッチが!ほら、離してほしいなら自分で逃げてみろよ!ほら!ほら!やってみろよ!オカマ野郎!」 圧倒的体格差のある華奢な少年を酷く揺さぶり、加虐心に溺れ、小突き、壊れろ!とばかりに壁に叩き付け、4人の少年は代わる代わる脇を蹴り、足を蹴り、逃れようともがく少年の姿を鼻で笑い暴行を加え続ける。 雨上がりの日も差さぬ倉庫北側、兵士たちの靴は泥で汚れてグシャグシャ。 それで蹴られるストライフの服はあっという間に泥だらけでボロボロだ。 殴られ蹴られ続け逃れようともがいても、ストライフは呻き声を上げることは無い。 それどころか兵士たちの怒りを更に煽るように切れた口の中の血を相手の顔に吐き付け、ギリリ…と睨みつけている。 それがまた加虐心に溺れた集団の暴行を一層煽ると分かってはいても、ストライフはやる。 案の定、暴力が酷くなりそうになった時。 「何をしている」 弾かれた様に声がした方向を見た4人。 声を出したのはオースティン教官。その周囲には同じく移動中だった兵士達10数人が軽蔑、気まずい、呆れ、怒りを其々の表情に滲ませ遠巻きに見ている。 ストライフに対し圧倒的優位にいたはずの4人、その瞬間に全員がストライフからザッ!と一気に距離を取った。 貼り付けられていた壁から解放されたストライフはぬかるんだ地面にグシャッ…と崩れ落ちた。 オースティン教官と共に見ていた集団の中の数人が駆け寄り助け起こそうとしたが、それをもはね返しストライフは自分で壁に縋りながら立った。 「先程の授業で俺がストライフを”気に入っている”と言ったのを、お前たちは”兵士”としてではなく、どうやら妙な方向で解釈したようだな?」 オースティン教官は馬鹿にしたように片方の眉を器用に上げ、半笑いで泥でボロボロに汚れたストライフの小さな体を指した。 教官の後ろでは一緒に事の成り行きを見ていた集団が、失礼かつアホな発想をした4人を嘲笑、軽蔑し、怒っている。 更にそのギャラリーは後続の兵士達でどんどん膨れ上がり「どうした?」「何があった?」と囁く声がしている。 「そんなつもりは!」 「ではどういうつもりの”寝たのか”だ?…悪いな、言葉が下劣過ぎて俺には同じ言葉が吐けない」 顔は笑っているが声が怒っているオースティン教官に4人は揃って下を向くしかできない。 「早く!ハッキリと答えろ!実習に間に合わなくなる!お前たちは何をしていた!」 堪りかねた様にストライフを掴まえ振り回していた者が声を震わせながら答えた。 「あ、あの、何をやっても最下位のストライフが教官に目をかけていただく理由が理解できません! それで!あの、こいつは上級兵のボスの女でした!その人が移動になったら今度は他の何人もの上級兵達とも関係しました! それに最近こいつは殆ど寮に帰って来ていません!そんな奴がオースティン教官の気にかけられるとは思えませんでした!だから……」 まるで他人事のような顔をして服の泥を気にしているストライフを兵士は睨みつけた。 「だから何だ。ストライフがプライベートで何をしようが俺に何か関係あるのか! それともまさかお前ら、俺が”お気に入り”のストライフを俺の家に泊めているとでも言いたい…わけないよな?さすがに、ないよな?俺の家には妻も娘もいるんだが」 オースティン教官が半笑いになっていたが、その後ろの集団からは大きな笑いがドッと起こった。 兵士間ではオースティン教官の奥様は元お姫様で、大恋愛の末の結婚で愛妻家である事も有名だったからだ。 仲間だったはずの4人の中でも密かに「何言ってんだお前!」と声がしている。 「で、その”最近”の中にはストライフが3日間独房に入っていた期間も含まれているのか?」 「は?」 4人の兵士達だけでなく、見ていた兵士たち、誰も知らなかった情報に互いに顔を合わせて無言で確認し合っている。 「ストライフは一週間前の遠征時に集団からの逸脱行動をとり同行メンバーに迷惑をかけた。その罰として”蜂の巣”に3日間ぶち込んで反省を促したが、それも寮に”帰らない”中にカウントしているのか、と聞いている!」 驚いている4人の横でストライフは早く終われとばかりにどうしても口の中に溜まる血を何度か泥濘に吐き、我関せずで涼しい顔をしていた。 「……知りませんでした」 「だろうな。発表していないからな。ストライフと同じパーティだった者達には処分は連絡しておいたが、その者達は無暗に話を広げるような者達ではなかったという事だ。兵士には必要な資格だな で、寮に帰らないからといって、それが何だ? 少なくとも俺には関係ない。だがお前たちには何か関係があるのか? 訓練、講義、実習、ミッションを熟し(こなし)神羅の名を汚さぬ行動である限り、どこで何をしようが当人の勝手だと俺は思っているのだが、お前たちには我慢ならないほどの間違いがあるのだろう? 教えてくれ。どこが間違っているのだ?4人で殴り倒すほど、何が間違っている?」 もはや顔を上げる事も喋ることもできなくなってしまった4人。 「言及する必要などないと思っていたが、この際言っておく どんな馬鹿者にも分かるように、サル以下の知能でも分かるように言っておく 俺が気に入っているのはストライフの根性と伸びしろだ ストライフは誰よりも運動神経が優れている。お前たちの誰よりも、だ 今は体格の成長が遅れているから結果につながっていないが、体ができてくれば優秀な兵士となる 俺は鍛え甲斐のある奴を育てるのが好きだ。成長していく兵士たちの姿は教官冥利に尽きる 当然ストライフには、今も人よりも厳しい訓練を課している ストライフはただ黙々とそのノルマをこなしている それを無駄に誰かに吹聴することもない 何故なら、コイツはその訓練が自分の成長に繋がると知っているからだ そういう意味で、気に入っていると言った それをお前たちは何だ?何と言った?何故ストライフに暴行を加えた?」 「申し訳ありません!」 4人揃って頭を下げた。 「それで済むと思うか?」 「申し訳ありません!」 兵士たちは腰から直角に頭を下げたままだ。 「俺の職業意識に泥を塗ってくれたお前たちは、次の実習訓練には出なくていい 胸糞が悪い! ストライフに対しては……まあ、お前たちが謝罪したところで意味はない 今ので分かっただろう。こいつは聞く気、喋る意思が無ければ外野が何を言おうがしようが絶対に喋らないし聞かない 一般人としては社会不適合者だが、兵士としてはそれもまた良い資質だ お前たちも下らん事で身を滅ぼしたくなければ、ここは軍隊であり、一般社会とは常識からして違う事を自覚しろ」 「申し訳ありませんでした!」 集団から取り残された4人、恐らく数分後には罵り合うのだろう。 「ストライフ、来い!」 「………」 4人の中を抜けてきたストライフをオースティン教官は周囲にたくさん人がいる中、隣を歩かせた。 「まあ、言ってはいなかったが、お前の運動センスは群を抜いている だが体ができていない、体力も無い。それが全ての可能性を潰しているんだ 反射神経が優れていてもそれを生かす俊敏性が無ければ意味がない 俊敏性は力が無ければ発揮できない 銃の扱いに関しても同じだ。お前は姿勢を保つ力も発射反作用を抑える力も無い 全ての基礎は体力だ とにかく体力をつけろ、体力を付ける過程で身体もできてくる」 「はい」 ストライフは返事をするものの、オースティン教官の話よりも先ほど揺さぶられた時に弾け飛びそうになったボタンを気にしているように周囲には見えた。 「オースティン教官、伺ってよろしいですか?」 「なんだ?」 一緒に歩いていた集団の中の兵士が手を上げた。 「ストライフはどのような訓練をしているのですか?僕も体力が無くて何とかしたいと思っています」 「ストライフはA区画の訓練棟から駐車場の外周を走らせている 時計を持って5分流し走行、5秒ダッシュ、5分流し、5秒ダッシュ、5分流しで繰り返し ただ、今は完全消化はできていない。体力がないからな この場合、走る時間を短くしても歩いてもいいが、とにかく最後までやる事。それを続けていれば必ず最後までやり切れるようになる。そしたらまた新しいセットを考える ちなみにこれはストライフのトレーニングだ。お前とは違う お前が同じことをやってもあまり結果にはつながらない」 オースティン教官の隣を歩いているストライフは自分が話題に出されているというのに我関せず、オースティン教官を見ないまま、ただ歩いている。 他の教官ならともかく、オースティン教官は礼儀に厳しい教官だ。 兵士達目線では、ストライフのこの態度はオースティン教官の雷が落ちる……と、ヒヤヒヤしつつも…先程から落ちずに…なんだか、逆に教官の機嫌が良さそうなのだ。 妙だ。 それにストライフの態度もおかしい。 ストライフはどの教官にも基本礼儀正しい。兵士間でのもめ事は山ほど起こしているが、全ての教官に対し礼儀を尽くしている なのに何故オースティン教官にはこうまで…なんというか…無礼?…疑問を持ちながらも、兵士が再びトレーニングについて質問をしてきた。 「オースティン教官!よろしければ私にもトレーニング法を教えていただけますか!?私も体力をつけたいです!」 「……お前ならグラウンドを周ってから校舎を周って寮門をゴールにしろ 100mダッシュと流し走行200mを繰り返し校舎まで、そこから寮門までは残りの全力ダッシュ きついが続けろ。どんなに筋肉痛が酷くても苦しくても続けろ。必ず結果になって現れる トレーニングはそれぞれ身体が違う様にメニューも変わって来る。目的によっても違う 仲間同士励まし合うのはいい事だが、比べるなよ。競い合うな。トレーニングは自分の身体に語りかけるものだ」 また別の下級生から質問が出る。 「あの、確かにストライフは体力も力もないですけど、それはそこまで無理をして急いで上げるものですか?僕達下級兵になったばかりで…」 そんな質問者を、オースティン教官のアンバーアイが鋭く射貫く。 「お前たちが今ここで剣・銃術を習い体を鍛えているのは趣味なのか?」 「も、申し訳ありません!」 「お前たちはもう訓練兵ではない。下級といえど俺と同じプロの兵士だ。戦場に行く機会もある お前たちが今後派遣されていく現場には俺たち教官クラスはゴロゴロいるし、凶悪モンスターも際限なく出現する処もある 勘違いするなよ、神羅はいつまでも商品価値の低い兵士は置いてはおかない 力がついていようがいまいがお前たちは戦場に送り出されていくんだ 今の緩い仕事がこなせているからって暢気に構えていると痛い目を見るだけでは済まない 意味は分かるな?」 皆沈黙してしまったが、一人の兵士が言った。 「でも教官レベルはゴロゴロはいないです!だってオースティン教官はライフル、クレーで現世界チャンピョンじゃないですか!エイプルトン教官も片手剣部で世界3位ですし!そんな人……」 最後まで言う前に被せるようにオースティンが言う。 「現場にソルジャーがいなければそうかもな」 「あ…」 「ちなみに各専門分野でメダルの1つや2つ取っているのが神羅兵教官になる最低条件だ だからお前たちが今まで世話になってきた訓練期間の教官達も、これから世話になる殆どの教官が俺と同じメダリストであったり、その分野の第一人者だ」 「え?そうだったんですか?」 「我々教官の中では当たり前の事だから誰も言わないだけだ 神羅は才能のある者は子供時代から引き抜いて育てるし、その育成から脱落すれば切り捨てる そのままレールに乗り続ければそれだけの報酬を得られるし、その競技を続ける為の最高水準のフォローも用意する つまり我々教官もお前たちと同じ。結果が全てだ。神羅に”必要”であれば相応の待遇をする。”不必要”とされれば切られる どれほど兵士を使い捨てたところで神羅の報酬と待遇は世界最高だからな、空いた席1つに行列ができている だから俺たち教官も、お前たち兵士も結果を出し続けなければならない そしてソルジャーはそんな神羅が創り上げた人間の枠を超えた戦士だ ソルジャーが競技に参加しないのは能力が人間とは桁違いで試合が成立しないからだ お前たちがソルジャーの存在を失念していたのは、それだけお前らがヘボ兵士だという事だ 命がけのミッションではソルジャーは必須 それだけお前たちはソルジャーとは無縁のユルいミッションに出されているということだ だがそれも、あと半年もしないうちに新たな下級兵が訓練兵から上がってくる そしたら今お前たちがやっているようなユルいミッションは訓練兵上がりに譲られる お前たちは実力があろうと無かろうと本格的に危険を伴うミッションに送り出されていく ストライフが早急に体力を上げなければならないのはそういう事だ 今の下級兵の中ですら足を引っ張っているストライフは半年後には生き残れない」 和やかな空気だったが、下級兵の現実を突き付けられ、皆が言葉を失っていた。 「聞いていたか?ストライフ」 「はい」ストライフはボタンを弄ったまま教官を見ずに答えた。 何だろうコレ… 何でオースティン教官は怒るどころか、上機嫌なんだろう? 周囲の兵士たちは思わずストライフとオースティン教官の2人を交互に見た。 アッパーミッドガルに建つ、とある単身者専用マンションの一室。 1DKのさほど広くもない部屋のスペースの多くを占めるダブルベッド。 「…っ……っ………はっ……」 「よし、息をするのは忘れるなよ」 「……はっ………はっ……」 「痛いか?」 「……はっ………う……は……!」 「分かった、少し息が落ち着くのを待とう」 ベッドの中央に座るのはギルバート・オースティン、そしてその腕の中に抱かれているのはクラウド・ストライフ。 2人とも一糸纏わぬ姿だ。 ベッドサイドテーブルにはついさっきたっぷりと使ったローションボトル。 そして何かが入ってたらしいケースが開いた状態で置かれている。 「も、無理……っ……は……はっ……っ!」 クラウドの必死の言葉にギルバートはゆっくり答える。 「うん、だがなぁ…今日はこれ以上はやらないが、少なくともあと1つ太くしないと俺が入れられないんだ 今度はもう1つ上までやりたいから今日はもう少し馴染むまで頑張ろうな? それにさっきから体に凄く力が入ってるだろ?これも結構良いトレーニングになってるんじゃないか?」 昼間の会話を揶揄うような言い方をした。 「し…死ね……!」 ギルバートの腕に縋りながらも必死の悪態をつくクラウド。 そんな様子にギルバートは罪悪感と、どうにもならなかった後悔と、同じだけの愛しさが込み上げる。 可愛いが妖艶、ヒネているくせに素直、プライドが高いくせに忠実、常に一人でいようとするくせに、こうして一度肌を重ねると自分からは離れていかない。 不器用な正直さのせいで神羅での態度が不審になるのにはヒヤヒヤするが、そんなところも後悔と愛しさが募る。 「馴染んできたようだな。息が落ち着いてきた」 「し……ね…!」 言いながらも腕にしがみついているクラウドの顎を捕らえ上を向かせ、その薄い唇を舌で一撫でし湿らせ蜜が滴るほどの深いキスをし、その華奢で小さな体を抱きしめた。 「早くお前の中に挿れたい」 唇を解放されたクラウドは返事をするようにしがみついていた腕に思いっきりガブッ!と嚙みついた。 「死ね!」 「お前を俺の愛人にする」 その言葉自体が理解できないように無反応だったストライフ。 「この一週間、兵士たちの間で何が起きていたのか、本当に気付いていなかったのか?」 「え?」 その言葉に我に返ったようにストライフは返事をした。 「そこまで孤立しているのなら、今のお前の状況は絶望的だ」 「…………」 「お前が今まで神羅で生き残れたのは上級兵キャラハンがお前の傘になり、ジャーヴィスが盾になっていたからだ 結果、その2人がお前の代償を払った」 「…………」 「そして今、傘と盾を失くした無力なお前は一人孤立無援 お前も気が付いているのだろう?だから部屋から出てこれなくなった 屋上でどれほどの決意をしたのか知らんが、今のままではお前はひと月は持たない 早急に新たな盾となる者を立てるか、お前自身が即席強く賢くなるかだ だが後者はありえない。だから俺が傘にも盾になる 他兵士たちの前でお前を俺の”お気に入り”だと宣言し、手を出せなくさせる 但し、俺は無料奉仕はしない。”愛人”というのは言葉通りだ。それなりの事を要求する 嫌なら嫌でいい。自分で何とかできると思うのならやってみろ もう一度一週間やる。独りでは無理だと思ったら、俺の所に兵士としてではなく個人として来い。それで契約成立だ」 そして思い出したように付け加えた。 「あぁ、お前の携帯の短縮1でもいい お前はきれいに忘れているようだが、「beautiful liar」の時にキャラハンのアドレスと俺のを入れ替えておいた」 その時はそれで別れた。 ストライフは1週間では答えは出せないだろうとは思っていた。多分あいつは1か月やっても1年やっても答えは出せないだろう。 あいつの性格ではそうだろう。 だが状況がそれを許さないだろう。可哀想だが。
携帯が鳴ったのは僅か2日後、ストライフが教会へ遠征警備に行っている日だった。 先に同じパーティに組まれていた兵士達から連絡が入っていた。 任務後集団帰還の集合場にクラウド・ストライフが現れなかったと。何かあったに違いない。 真面目なストライフが仕事を完遂させる前に隊を外れるはずがない。 現場に向かった。 その数十分後に本人の携帯からかかってきたが、通話にはなっていても何の声も物音もしなかった。 「クソ!」 キャラハンがアドレス登録だけでなく、短縮まで入れた理由は分かっていた。 だからこそ上書きをしておいた。 クラウドにはそれが必要だからだ。 「場所だけでいい、言え!今、どこだ!」 「……………………」 何かの気配はしたが声は聞こえてこなかった。 「すぐ行く!携帯は切るな!そのままにしてろ!」 それきり、何度話しかけても通話が繋がったまま何も応えはなかった。 30分後、位置情報で見つけ出したクラウドは警備にあたっていた教会の裏の森の中に酷い有様でいた。 最初は死んでいるのかと思った。 何も身に着けておらず、ピクリとも動かない。体も冷え切っており、実際あと数時間で死んでいただろう。 フルケアマテリアを消費し応急回復させ、自分が着ていた上着で包み車に乗せ、近くの神羅倉庫に飛び込んだ。 湾岸沿いのその倉庫は昼間は多くの従業員や船やトラックが出入りしているが夜は全く人気がなくなる。 クラウドは意識が戻ったものの疲労やショックや何やらで目を開けているだけの人形、ただし絶え間なく震え続けている。 汚れた人形をシャワールームに運び、抱きかかえながらきれいにしてやった。 シャワールームの中、黙々と作業を進めるうちに最初はガチガチに固まり震えていたクラウドも安心したのか段々と力が抜けてゆき体を預けるようになり、いつしか外敵から逃げ込むように俺の腕の中に収まり、そのまま眠りについた。 無言の契約が成立していた。 クラウドを襲った連中については予想通りというか、クラウドは名前を言わなかった。…全く。 だがほぼ特定はできていた。 一緒に遠征に向かったメンバーからいって下級兵に犯人はいない。全員が平和主義の連中だ。クラウドの為にそういう采配にしていた。だがそれが裏目に出た。 担当外の上級兵がよりにもよって問題のある連中が集められていた。間違いなく犯人はそいつらだ。 だが当面の問題はそんな事よりもクラウドのメンタルだ。 クラウドは体力も力も弱いが、メンタルはもっと弱い。頭もクソ弱い。 シャワーで汚れを落とした後、倉庫にあったものを勝手に使い身支度を整えたまでは良かったが、腕の中で不自然なほどに昏々と眠り続けるストライフ。 これでは寮に戻せない。 何しろ先の事件で今のクラウドに敵はいても味方はいない。 思いついたのが神羅の独房、通称「蜂の巣」。 トイレと洗面のみの部屋。ベッドすら無い。だが今のクラウドにはそこが良いだろう。 とにかく人気を遮断し落ち着かせる必要があった。 「集団から逸脱した行動をとった為」ということで周囲には説明し、蜂の巣に入れた。 そして仕事の合間を見て度々様子を見に行った。 四方をコンクリートに囲まれ、外界とをつなぐ扉は鉄とコンクリートの2重になっており、天井にある。 天井の扉を閉めればもう何も見るものが無く何も聞こえない、大抵の奴は数時間で苦痛になり数日で正気を失う。 だが今のストライフにはそんな場所こそが必要だ。 いつ見に来ても部屋の隅でずっと同じ姿勢のまま置物の様に動かない。 このまま黙っていればストライフは神羅から消える。 まともに仕事もこなせない、問題は起す、訓練にも講義にもマトモに出ておらず、全下級兵の中で最下位の成績。 除隊にしても誰も文句は言わない。 ストライフ自身も何も言わない。 何もかもを勝手に一人で背負って自分に絶望して消える。 俺が最も望んでいた結果だ。
可愛らしい少年。 誕生日が来てもう14歳になった。身長も下級兵に上がってきた時よりも何㎝か伸びた。 親友アレックス・ジャーヴィスの病室を遠くから眺めるしかできなくて、だからこそ悲壮な覚悟で友人の分まで兵士として上を目指す決意を固めたのだろう。 その僅か2日後に決意も存在も蹂躙され、可愛らしい少年は壊れてしまった。 分かっていた。こうなる事は。
ミッション翌日には犯人達は拘束された。 愚かにも犯人達が自身で広めたからだ。 悪い意味でのセックスシンボル、クラウド・ストライフを3人で輪姦した事を自慢したかったらしい。 その日のうちに上級兵の中で噂が広まり、下級兵に流れ、教官に伝わった。 担当教官である俺にクラウドの行方を他教官たちから聞かれ、「集団行動から逸脱したため蜂の巣に入れている」と言っていたが、日を追うごとに被害者であるストライフが独房に入れられるのはおかしい、と声が出始めた。 蜂の巣が精神的拷問部屋として有名だったのもあるだろう。 教官たちの手前、入れておけなくなった。 だが今のストライフでは寮には戻せない。 もう、居場所が神羅のどこにも無い。
あの夜、強く望んだ結果が目の前にある。 このまま放っておけばストライフは退職する。 壊れたままま。 このまま、消えてくれる。 俺は無事日常に戻れる…。 アッパーミッドガルにあるマンションの一室。 「ここはマンション自体が俺のものだ 神羅の教官などいつまでもできるものでもない 実入りが良いうちの財テクで建てた 部屋が空いたから偽名でとっておいた」 ストライフにアッパーミッドガルの身分証とマンションのセキュリティカードキーを渡した。
「いつでも好きな時に来たらいい。そして当然だが俺も来る。そしてお前を抱く アッパーでは専用の身分証が必要だから基地の連中と顔を合わせることはまず無い だが教官クラスは大抵は俺の様に資産を持ってるからアッパーをウロついていてもおかしくない だからお前がこのマンションの外をウロつくのは禁止する。 マンションの1階にはスーパー、2階にはコンビニがある。そこ以外で調達したいものがあれば俺に言え どれだけ泊まってもいいが昼間は基地に戻れ。座学、訓練、仕事は絶対にさぼるな」 ストライフの瞳が揺れた。 「俺は本社移動を勧めた、辞めた方がいいとも散々勧めた それでもお前は軍に残ると言った あの時の決意はどうした」
ストライフの瞳から涙が溢れそうになり、俯いた。 その顎を捕らえ自分に向けさせ、涙が零れている瞳を見て言った。 「お前は俺に言った。そんなに軽い決意で言ったのか?」 「…………」 「言葉で言え。お前の頓珍漢で阿呆な感情など俺にはわからん。言うまでこの手を離さない」と、顎を掴んでいる手をグラグラと揺らせた。 「……無理……」 瞳を閉じると、ツ…と涙が頬を伝う。 「何がだ。教官である俺が基地に戻れと言っている。それに対して”無理”とはどんな返事だ」 それでも瞳を閉じたまま涙を流し続けるストライフ。 「無理……」
酷く傷つき、全てに絶望している。…当然だ。可哀想に…。 ストライフに軽く、浅く、長く、長く、長く、言葉では伝わらない想いを口から口へ流し込むように唇を重ねた。 言葉で言うよりも体の会話の方が得意なこいつにはこっちの方が伝わる。 重ねていた唇が離れた時、涙を流したままストライフは瞳を開けた。
「言っておくが今が初めてじゃない。お前が酔っぱらってホテルに泊まった日にそれなりにやってるからな」 驚いたように更に瞳を見開いた。 「でなきゃいきなり”愛人”なんて言葉がでるか、阿呆」 ストライフの顔がクニャ…と崩れた。 「……ビッチかよぉ……俺ぇ……もう、なんで死なねぇんだよぉ…死ねよぉ」 自分を諦めたように涙を流している。 「クラウド、お前は確かにヤバイウィルスを持っている。だが問題はそこじゃない お前がそれを垂れ流しているという事だ ビッチ扱いされたくないのなら垂れ流さないよう蛇口を付けたらいい 俺が教えてやる だからいつまでもヘタレてるな! 神羅の軍部に残ると決めたのはお前だ! アレックス・ジャーヴィスに誓ったんだろ! 俺はお前のその決意に賭けることにした! そんなお前を立派だと思ったからだ!信じられると思ったからだ! だからお前は俺に!お前を信じた俺に全てを賭けろ!」 涙を流しながらもしばらく俺を見ていたクラウドが思い出したように言った。 「でも教官も俺を犯るんだろ」 「ああ、抱く。無料奉仕はしない。但し傷つけはしない そんな趣味は無いし下手くそでもない…多分! クラウド、このままニブルヘイムに帰るか、どこかに消えるか、今後も一人で軍で頑張るか、俺の保護下に入るか、今決めろ 本当は教会裏からの電話が入った時点でお前は選択しているのと同じだが、まあ正気ではなかったということでノーカウントにしてやる これが最終選択だ。今選べ そして選んだらもう後戻りはさせない」 「俺なんか……」 「なんか、何だ」 「無理……」 「無理かどうかお前が決めるな。どうせお前の判断など間違っている それにこんな浅ましくも鬼畜な事を言っている俺自身も信じなくてもいい 何も信じるな 唯、教官としての俺を信じろ 必ずお前を強い兵士に育て、その垂れ流しのウィルスにも蛇口をつけてやる 一人前の男にしてやる それまで俺のモノになっていろ」 「う………ぅ……」
俺の差し出した手にクラウドはブルブルと震えながら触れ、そして縋りついてきた。 もう、後戻りはできない。 堕ちるところまで堕ちよう、俺の意思で。
翌朝アンダーミッドガル基地に帰ったクラウドだったが、その基地に入る前にキツク言い含めた。 「お前に何が起こったのかもう殆どの奴が知っている。ヤった奴らが”合意の上”だったとして広めた そんなわけあるか、と思う者もいるが言葉通り受け止める奴もいる、そう思いたい連中もいる 加害者の連中はもう基地にいない。神羅の社員ではなくなった。それも殆どの奴が知っている お前は今まで以上に皆に色眼鏡で見られる。風当たりも相当きつくなる、敵も多い そういう状況になっている! いいか、絶対に何があっても下を向くな!どんな時も背中を丸めるな。それがどうした、くらいの気持ちで跳ね返せ。そう思えなくても強気を演じろ! 絶対に気迫で負けるな!今のお前にできるのはそれだけだ 挑め!自分に張り付けられるレッテルと戦え! どうなってもフォローは必ず俺がする!戦え!俺のフォローを信じてレッテルに挑め!いいな!」 「一週間前、移動の時にトレーニングで話しかけてきたソバカス覚えてますか?」 「ソバカスな…彼はホワイトバックと言うのだ」 「今日、トレーニングに出るときに”頑張れ!”って言われた。そいつもこれから校舎と寮を周るんだって言ってた」 「嬉しそうだな?」 「別に!」 俺の腕の中にポスンッと包まるクラウド。 クラウドの頭をワサワサ撫でながら秘かに微笑む。 「気を抜くなよ。今のお前はどれだけ気を締めても足りないくらいだ」 腕の中でクラウドが振り向いた。 「よく言うよ、教官が俺にしてるのは女にする事ですよね!」 もう笑いが止まらなくなる。クックックックと震える振動にクラウドが問いかける。 「………なんですか」 クラウドは敬語とタメ語が混在している。 そんな妙な態度や言葉に胸の痛みを覚えながらも、可愛らしく思えて笑わずにはいられない。
「女性とはな、こんな面倒な事は必要ない」 「面倒な事?」 「女性には元々ちゃんと入れる場所があるからな。洗浄も必要ないし自然と濡れるようになってるからローションも必要ない」 驚くクラウド。 こんな時は特に胸が痛む。 女を知る前に男とのセックスに染めてしまっている。 「時間をかけて解す必要もないし、苦しい思いをして拡張する必要も無ければ、ヤった後立てなくなるなんてことも無い」 「凄い!楽だ!いいな!」 「まあな。だからお前にしていることは女性とのセックスとは全く違うぞ?」 「でも教官、随分慣れてますよね?」 「そう思うか?」 「うん。だって変なモンたくさん持ってるし使いこなしてる!」 「4番街の雑居ビルに行った日から男とのセックスの勉強を開始していた。男は本当にお前が初めてだ」 可愛らしくも疑わし気に見つめてくる。 「そんな事よりも武器庫裏の時は何故抵抗しなかったんだ?」 「え?」 「あの程度の奴らなら勝つまではいかなくとも、逃げられただろう?」 「……アイツらの言ってた事は間違ってなかった…」 「……………」 「それに……憧れに泥を付ける奴を許せない気持ち、わかる アイツらは俺に否定してほしかったんだ。教官とのこと……」
リンチを受け、罵詈雑言浴びせられ、反撃できると分かっていても殴られ続ける方を選んだ…。 恐らくこんな事はこれから一度や二度ではない。クラウドがこの調子で神羅にいる限り最下級扱いは続くだろう。 恐らく数か月後に上がってくる訓練兵達からもこの不器用さでは蔑まれる。 腕の中に収まっている小さな体を愛しく守るように優しく抱きしめた。 「……嘘なら得意だ。ブラフもミスリードも、俺に任せろ」 |