禁区 3 午前1時過ぎ。 疲れた…。 一刻も早く家に帰って眠りたい。 酔いが回ったストライフが、完全に別人になりやがった。 普段コミュニケーション不全でありながらも、無口で礼儀正しい馬鹿真面目な落ちこぼれ兵士はどこへ行った。 今、目の前にいる奴は異常にアグレッシブに何にでも見境なく絡んでいく弩阿呆。弩阿呆としか言いようがない。 理性の欠片もない。 目に映る全て、それはもう看板から道路標識、車、ネオン、放置自転車、店のドア、道ばたの草、とにかく何にでも異常に楽しそうに片っ端から絡んでいく。 ただ、人間だけには絡んでいかないところはコイツらしくて笑える。いや、笑えない。 ”いない!”と慌てて探せば脇道に入り込んで虫を捕まえていたり、横で歩いていたはずが来た道を戻っていたり、通りかかった公園の遊具でしつこく遊ぼうとしたり。 おかげで帰すはずだった寮の門限は余裕で過ぎた。 どうせコイツの根性もたかが知れていると思った俺の方がとっくにギブアップだ。勘弁してほしい。 1歩進んで10歩後退する弩阿呆になんか付き合いきれん。 強制的に背負って前に進む。 確かに酔わせたのは俺だ。だから責任を取って面倒を見ている。 何なんだコイツ。酔ったからって何なんだ、ここまで人格が変わるものか!? 酔って変わる奴は珍しくもないが、ここまで正気の跡形もなく弾ける奴なんているのか?いるな。ここに。 急に暴れだし背中から飛び降り草むらに座り込むから「気持ち悪いのか?吐きそうか?」と聞けば、雑草の中に手を突っ込み「ネジだ!」と、嬉しそうに……。 あぁ、そうか、今度はネジか…そうか…お前の眼がいいのはよく分かった。 もう眠ってくれるか…。本当に…。頼む。 あと1回アホな事をしたら逃げるぞ、俺は。 もう十分我慢しただろ。充分だろ。 まるで戦利品か何かのように街灯の光に反射させ、楽し気にしつこくジロジロ見ている。 どうでもいいし面倒だからツッコミはしないが、手に持っているのはネジではなくナットだ。 「ネジだ!ネジネジネジだー!」 嬉しそうに服で汚れを拭き取り街灯の光にかざし、また拭き取りかざし、そして気が済んだのかポケットに入れ、得意げに俺を見る。 ストライフ、予言してやる。 そのナットは、正気に戻ったお前がポケットから見つけた時に「?」マークを出すだけのモノとなる。必ずそうなる。 更に他にも「イイモノ」がないか探し始める阿呆を再び強制的に背負った。 眠い。 眠い眠い眠い眠い眠い。 あぁ、眠りたい。夜勤明けでコイツの相手は拷問だ。コイツを侮りすぎた。 訓練でも群を抜いて体力の無いヘタレ。 店に入るまでは死にそうだった。 そう、間違いない。こいつは夜属性だ。 なあストライフ、俺は明日は本当なら休みだったんだ。いや、その前に今日も夜勤明けでとっくに帰っている予定だったんだ。 だがお前のせいで下級兵間に最悪の問題が起きていると分かって、朝から弩阿呆のお前に付き合い、明日は早朝からフルパワーで生ごみ処理にかからなくてはならない。 全く理不尽な話だが、俺の進退がかかっている。 しかも先手必勝の真剣バトルなんだ。出遅れたら取り返しがつかない。 お前だってこのままでは無事では済まないんだぞ。だからとっとと話せと、店で言ったよな?かなりキツク言ったよな?おかげで俺はランディに責められた。子供になんて事を言うんだ!とな。 …はぁ~…、どうせお前は明日には塵一つも覚えていないだろう…。 別に覚えてもらいたくもないがな。 途中からこの俺が!この俺が!弩阿呆に泣きを入れ、せめて今夜は早めに帰りたい、眠りたい。言ったよな?4回言った。勘弁してくれとも言った。だがクソ頑固者のお前ときたら…。 ストライフ…本当にな、本当に多くは望まない。せめて今だけは大人しく俺の背中に収まっていてくれ…それだけでいい。もう何も言わなくていい。他には何も望まない。 また蹴り上げて無邪気に、元気に着地し、寄り道を愉しむのを止めてくれ。助走をつけて俺の背中に戻って来るのも止めてくれ。背中ではしゃぐのも勘弁してくれ。 あー!!クソがぁ!やってられるか!このクソ弩阿呆をホテルにぶち込んでとっとと帰ってやる!それで終わりだ!!と、思っていたところ何か様子がおかしい。 ………嫌な予感がする。 つい今までの大はしゃぎから反転したように一言も喋らずピクリともしない。 嫌な予感。 眠っているのならそれでいい。だがこいつはそんなに易しい奴ではない。そんな俺の想定の範囲内に収まるような容易い奴が今の事態など引き起こしてはいない。 首筋がゾワゾワする。 ホテルに到着しフロントで鍵を受け取り部屋に行くためエレベーターに向かった。 嫌な予感で鳥肌が治まらない…。 エレベーターに乗り8階を押したところ、背中から瀕死の声が聞こえた。 「………ぉおり、ぅ……」 耐え難い、嫌な予感が確信になる。 「…どうした?」 「………グぅ…ぅ…」 ストライフが背後で喉をヒクつかせ始めた。 「は、吐くな!ま、待て!せめて部屋に入るまで待て!エレベーターの中はヤバイぞ!3,4,5あと3、2…耐えろ!!耐えろ!ストライフ!!」 胃が収縮する音が聞こえる! 「耐えるんだ!耐えろ!耐えてくれ!!」エレベーターが8階に着き飛び出す! 「頑張れ!あと少しだ!このまま部屋に行く!耐えろ!いや、飲み込め!いや、口に手をあ…!」 部屋に向かって走り出したその時……首から肩、背中にかけて……生暖かいドロッとした感触と共に胃液の臭いとオレンジの臭い、シフォンの臭いその他諸々が漂ってきた。 「………………」 走りかけた足が止まる。 首筋が……生温かい。……そして臭い。 「吐いちゃったぁ…」 「…………………………」 言うな。 汚物と化したドアホウを背負ったまま部屋に入り、そのまま浴室に入った。 バスルームの鏡に映った姿は…あぁぁ……俺の人生に他人のゲロまみれになる時があるとは……完璧だ、今日の俺は完璧に最低最悪だ。 「ストライフ!汚れた物だけ脱いでこっちに寄こせ!クリーニングに出す!」と、言ったが聞いちゃいない。浴槽の中で丸まって更に吐いている。 駄目だコイツ…ズボンまで汚しやがった……結局全て汚しやがった。 本当にコイツは状況を悪化させる天才だ。感心する! 今夜の全てのタイミングの中で俺がお前を背負い、且つ降ろせない時なぞ何秒あった? それまで散々我慢できた吐き気を何故よりにもよってそのタイミングで爆発させる!?何故だ?まさか仕返しか?今夜、散々怒り罵りまくり泣かせた俺への仕返しか?仕返しなのか!? いや、…もう今更どうでもいい。何もかもどうでもいい。つまりは俺はゲロまみれなのだ。ストライフのゲロを被って、ゲロ洗礼を受けた。…何を言っているのだ俺は。もう駄目だ、混乱しすぎだ。たかがゲロを被った程度で。……いや、こんな最悪体験をする奴が世の中にどれほどいるのだ。 夜勤明け、濡れ衣を晴らすために休みなしでアホの尋問をし、口を割らせられず、そのまま街まで連れ出し、金を出して飲み食いさせ、仲間に罵られつつ夜中まで付き合い、ホテル代を出し、ゲロの洗礼を浴び…… 虚無感と共にフロントにクイッククリーニングの依頼をした。 「ストライフ!直ぐにボーイが服を回収にやってくるから服を備え付けの袋に入れておけ!あとそのまま風呂に入ってろ!ゲロの臭いをさせたまま出て来るんじゃないぞ!」 浴室外から声をかけた後、ベッドの端に座り頭を抱えた。 クリーニングが仕上がってくるまでに2時間……。 もうアイツに付き合いたくない。 アイツは病原体。周囲の者に癌を植え付け狂わせていく。 明日、いや、もう今日だ。早朝からアイツが育てた癌の事後処理に奔走しなければならない。 全く理不尽が過ぎる!俺はアイツの担当になってまだ3週間弱だ!欠席を続けていたせいで実際に顔を見たのは4回だけだ! いや、もうそこはいい!割り切った!どんなに日が浅くとも書類上でのみであっても、兵士に起きた問題に対応していくのが担当教官の役割。 だがせめてインターバルを入れさせてくれ!せめて今夜だけは、もうこれ以上は勘弁してくれ。本当に疲れた。 クリーニングが返ってくるまで2時間……嫌な予感しかしない…。何しろ相手はトラブルメーカーだ。 昼間から付き合って、結局アイツは最後まで重要な事は何一つ口を割らなかった。しかも予想外の問題行動を次から次へと息つく暇もなく… 俺は無事に家に帰れるのか? いや、帰るぞ!たのむ、帰らせてくれ! 俺はまた早朝から戦わなければならないんだ! やる事が山積みなんだ! ストライフの唯一の友人だったアレックス・ジャーヴィス。 世の理(ことわり)を歪めるトラブルメーカーと同居、且つ常に行動を共にしていながら何故最後まで友人のままでいられた。 俺は疲れすぎている。 頭がおかしくなっている。 俺は成人女性専門。それがこの体たらく!未発達のガキに振り回され……ありえん!何故こんなに混乱……いや、原因は分かっている。アイツが不正(いびつ)な存在だからだ。だから目を奪われる。混乱してしまう。 潔癖で素直で傷つきやすい少年という上っ面の奥に、人の本能を鷲掴みにし猛毒を植え付け、腐蝕させる魔性を持つ。 頼む、このまま何事も無く過ぎてくれ。頼む。俺はお前の事後処理に追われるんだ。それだけでも十二分に迷惑だ!頼む!あと2時間!たった2時間だ。何も無いまま……! フロントが持ってきた2枚目のクリーニングバッグに俺の上着を入れ浴室に声をかけた。 「ストライフ、開けるぞ!」 ……そこには浴槽の中でシャワーを浴びながら素っ裸で服を洗濯している奴がいた。 本当に…… ほらみろ、……ちゃんと次の事件を起こしてくれている。さすがトラブルメーカーだ。 俺はいったいベルボーイにどう思われるのか……………………………もうどうでもいい。 「……あのなストライフ、俺は汚した物だけ袋に入れろと言ったな?全部洗えとは言っていない お前はパンツまでご丁寧に洗って、そのびしょびしょのパンツがクリーニングから戻るまでの間、何を着るつもりだったんだ?」 ストライフはシャワーに打たれたまま顔だけを上げ許しを請うように俺を見た。 止 め ろ!そんな目で見るな!魔性が!混乱させるな! 「…………いい、最後まで言わなかった俺が悪かった もう、適当に絞って全部この袋に入れろ!全部だ!手に持っているものも!寄こせ!」 クソッ!もう、ランディにどう言われようともコイツはバカだ!バカを通り越した天才的マーベラスバカだ!スィートバカだ!それでいいだろう!口に出していないのだから!! ボーイに洗濯物を渡し、ストライフにバスローブとタオルを投げつけた。 「出ろ!風邪をひかないようにちゃんと拭け。髪も乾かせ!次、俺が入る!お前のゲロの臭いで吐きそうだ!」 「ぅ~……ひぃ~ごめんなさい~…」 ストライフが素っ裸で突っ立ったまま子供の様に泣き始めた。 何だこれは、何が泣きながら”ごめんなさい”だ、可愛いとでも思っているのか!可愛いよ!それがどうした!俺は女が好きだ!お前は馬鹿ガキで猛毒の魔性だ! 「………吐いてスッキリしたか?」 「うん」 ……うん?………、それは返事か? 「俺が入ってる途中でゲロ吐きに戻ってくるなよ?」 「ん…」 ……ん?とは……………そ、そんな………か…可愛くな…ないこともないが!それは兵士のする返事じゃない! 俺は教官でお前は兵士だ!立場を忘れるな!忘れるな俺! あとお前は男だ!そう男!そんな甘えた返事がハマる事も反省するべきだ!猛省しろ!しろ! 「お前は身体をよく拭き!バスローブを着て髪を乾かす! 言われてない事はやらなくていい!それだけやれ!できたら休憩してろ!分かったか!」 「うぇ…」 なんだその子供の様な泣き方は。可愛い子ぶっても俺は成人女性だけが対象だ! 「……怒ってない。きつい言い方をした。済まなかった 俺はお前に風邪をひかれたら困るから言ってる。①頭を拭く②体を拭く③バスローブを着る④髪を乾かす、できるな?ストライフ」 酔っ払いを刺激しないようできるだけ簡潔に言葉を選び、貧弱な虫を潰してしまわないよう優しく、安心させるように触れるか触れないかくらいにソ…と抱くと、腕の中に小さく収まって泣いていた虫がゆっくりと見上げてきた。 <>br/
しまった!これが駄目だ!! その瞳から雫がツ…と一筋頬を伝い流れ落ちた。 止・め・ろーーーーーーー!!! 慌ててバスルームに逃げ込みシャワーをMAXで流した。 あれは猛毒だ!罠だ!理を犯し歪める!喰らえば腐蝕が始まる!忘れるな!アイツが起こした事件を! 今から2時間!奴と距離を保ち、耐えて逃げ切って我が家に帰り着くんだ!奴は子供で潔癖の仮面をかぶった魔性だ! そうだ!これはミッションだ!何事も無いまま我が家に帰り着け!それが今夜の俺のミッション! 耐えろ!逃げ切れ!本当の勝負は明日、いや、もう6時間後からだ!こんな所で躓いている場合じゃない! 頭を覚ましがてら臭いが無くなるまでシャワーを浴び、下半身の理性をしっかりと取り戻してからタオルで拭きながら浴室を出ると…… そこには俺がバスルームに入った時と寸分たがわぬ位置で、姿で、変わらず濡れたまま片手にバスタオル、もう片手にバスローブを持ったままスンスンと泣いているストライフがいた。 膝から崩れ落ちそうになった。 何故だ……………バカでも覚えられるよう指示を極限まで簡略化し、リピートし尚且つナンバリングしただろう。 理由を説明し、お前の「…ん」という返事にもなっていない返事を聞いた。 それが何故今この状況だ!? 俺は10分はバスルームに入っていた。その間お前はずっとここに突っ立っていただけか!? 何故だ。何故お前はそんなに阿呆なんだ!?阿呆過ぎるだろう!こんなのはもう酔っているとかのレベルじゃない。悪意か!?いや、もはや白痴か!? 頼む。頼む、本当に勘弁してくれ。 俺を家に帰してくれ。ホモもロリも気持ち悪いんだ!そんな世界とは関わりあいたくないんだ!俺にはお前の1000倍可愛い娘がいる!守りたい家族がいるんだ!お前の癌は他に向けてくれ!頼む! ともかくこのままでは本気で風邪をひく。突っ立ったまま可愛く泣くだけの子供からバスタオルをひったくり、何も考えないようわざと荒々しく髪を拭き、身体を拭き……気が付いた。 13歳とは思えないほど幼いとは思っていたが…… 「………お前、毛も生えてなかったのか…」 それまでスンスンしおらしく泣いていたのがビクッと体を震わせ、俺から奪い返したバスタオルで身体を隠しながらタタッと後ろに逃げながら言葉と瞳だけは強気で言い返してきた。 「生えてたらエライのかよ!ばーか!ばーか!」 そう言いながら目に涙を湛えたままスンスン鼻をすすりながら尚も「ばーか!ばーか!ばーか!」と連呼する。 「俺は熊五郎になるんだからな!!お前チョットデカイと思って威張んなよ!!俺だってデカくなるんだ!そん時になって謝ったっておっせーんだからな!」 更に重ねて「ばーか!ばーか!」を連呼する……… ………眼に涙を溜めたまま慌ててタオルで華奢な体を隠し、稚拙な言葉で繰り返す悪態…… …もう…… ………こいつ………… 犯っちまっていいんじゃないか? こんなの………… いちいちあざとい。 俺はあざとい可愛さは好きじゃない。というか、大人の女が好きなんだ。 なのに俺が何度も必死で保とうとしている理性がこうも容易く、この白痴小僧の安っぽい誘惑に蹴散らされ……。 犯っちまえ。 どうせコイツはきっと明日には今の記憶がトんでいる。 こんな奴……。 いや、待て待て、だから!これは罠だ! コイツは周囲の空気を歪める。本人が幼いまま周囲を腐蝕していく。 だからこそ今回の事件が起こったのだ。原因はコイツだ。 キャラハンにしてもアイツは元々は男にもロリにも引っかかるような奴ではなかった。 そうだ正気に戻れ。代償が大きすぎるだろ! 事実はどうであれ、第三者が見ればコイツはただの被害者だ。13歳の被害者だ。 俺だけじゃない、俺を取りまく全てに取り返しがつかなくなる! 「………熊五郎とは?」 妙な事を考えないよう手が少しでも止まらないように急いで荒く強く拭いてやる。 細い骨に薄っぺらな身体。骨格も筋肉も何もかもが未発達。 こんなもののどこに反応しろというのか。いや、だから反応しなくていい! 帰りたい!今すぐ!クソッ!服が無い!畜生! 何だこのデススパイラルは!全部コイツが原因だろう!何でお前は無邪気に被害者面している!…してはいないが。 「逆乳毛男だ!ばーか!オッサンそんな事も知らねーのかよ!ばーか!ばーか!ナメんなよ!!」 「………」オッサン…さっきは”お前”とも言ったな。 「ジジイ!」 嬉しそうに…… 悪い言葉を言ってはしゃぐ子供だな。 きっと諫めたらもっと喜ぶんだろう。どうしようもない。 本気で子供だ。 コイツは明日になればきっと今の事を覚えていない。 どうせ覚えていないんだ……犯っちまっても…違う!!違うぞ! 拭き終わりバスローブを着せてやれば…なんとバスローブの裾が床に付いてしまっている。 袖も指先が袖口から出ていない。 …………俺の8歳の娘よりも小さいぞ、この13歳…… 「ストライフ」 「んー?」 何だその返事は。お前は誰と話している気になってる。 ストライフを等身鏡の前に誘導した。 そこに映っているのは同じバスローブを着ていながら身長191cm、95kgの俺との違い。 俺はローブの裾が膝辺り、ストライフはバスローブ裾を床に引きずる王様ガウン状態。 俺は手首が袖から完全に出てしまっているが、ストライフは指先も見えない状態。 その差に気が付いたストライフは鏡の前から逃げながら 「俺は~これから熊五郎になるんだよ!成長期だもんねー!これから毛がボーボーに生えてー、筋肉ダルマになってー、むっさいくなるからいいの!」 バスルームのドアの陰に逃げ込みピョコッと顔だけを出し、イッ!と歯列を見せた。……ドアの下からは引きずったバスローブと素足が覗いている。 …………この、あざといガキ……直ぐにでも神羅を辞めるべきだ! 無意識でこんなあざとくも可愛い仕草をする奴が男社会で無事でいられるわけがない。 あぁそうか、もう既に無事ではないな。 「こっちに来い、座れ!」備え付けの小卓の上にあったドライヤーをセットした。 「なんだよ~」と素直にヒラヒラと戻ってきたストライフを椅子に座らせ髪にドライヤーをかけ始めた。 「で、熊五郎だの逆乳毛だのとは何だ?」 ストライフは嬉しそうにクスクスと笑いながら「あのねー」と話し始めた。 ……完全に、自分の担当教官の顔を忘れているな? それにしたって甘ったれで幼い性格…本人も自覚しているんだろう。 誰にも知られたくない。 だから必要以上に周囲にバリケードを高く張り巡らせている。 正気の時はな。 あぁ、クソッ! マズイぞ、このパターンは。俺のデススパイラルだ! 生き方が不器用で危なっかしくて目が離せない…俺は元々そういう奴に弱いんだ。 泥沼に嵌っている奴を見ると体が勝手に反応する。 ヤバイぞ!早急に正気に戻らなければならないのは俺の方だ。
コイツは男、理性で見ろ!こんな貧相な、1日で死ぬような蜻蛉、どこがいいのかサッパリ分からない! いや、分かってはいる。こんなに可愛い上に妖艶さを持っていれば性別など関係ない。 いやあるだろうが!根本的な問題だろうが! だがこいつは存在そのものが歪だから… いや違うだろう!それ以前に俺には妻がいる!娘もいる! とにかく距離を保て!そうだ!世界一可愛い娘を思い出せ!コイツは毒花だ!俺は父親だ!浸食されるな! 「スッゲー毛深い奴いるじゃん。胸も腹も背中も毛ボーボーの全身毛むくじゃらの奴!」 ドライヤーで髪を梳かされながら嬉しそうに話す。ストライフの髪はツルツルしている。髪はストレートで乾かすだけでふわふわ天然チョコボヘアーが出来上がる。 「いるな。それが熊五郎か?」 「うん!それで全身毛むくじゃらなのに乳首のとこだけ毛が生えてない奴いるだろ!」 ドライヤーが終わり、ストライフの髪を指で撫で梳きながら整える。 ドライヤーの熱の温かさと、ストライフ自身の匂いと髪の手触り…指で梳けば梳くほど……熱を帯びてゆく…苦労して覚ました熱が再び集中してくる。 「あぁ、なるほどそれが逆乳毛か…ストライフはそうなりたいのか?」 こいつは既に男を知っている。 バージンではない。 だったら……一人も二人も同じだろう。 浅い噓に騙されてヤらせるような馬鹿で、無茶をされて体を裂かれて、それを誰にも黙っているような大馬鹿。 それに明日になればこいつは今の事は覚えていないはずだ。 「んー、んー、んー、そうじゃないけど。でもー。まだ毛が生えてないからって女扱いされるよりはマシだろー? 誰も筋肉ダルマの熊五郎を女扱いしようなんて思わないだろー?」 「女扱いされてるのか?」 ストライフ、それは今だけだ。 あと何年もしないうちにお前は立派な美青年に育つだろう。 男女関係なくたくさんの者がお前に惹かれるだろう。 だがこのまま神羅にいたのなら、お前は男の色に染められる。避けられない。 だから神羅を出ていくべきなのだ。歪められる前に。 今ならまだ間に合う。男社会の神羅から消えろ。 お前の為にも、周囲の皆の為にも。 「んー、なんか………んー、そんなの他の奴にはやらないだろ!?っていう……んー、何か変なのやられる 庇うとか、守るとか、勝ったら俺とキスとかデートとか~なんか、なんか~、死ね!って思う 全然俺の知らない所でそんな話になってるんだぜ?全然知らない奴が突然”もう決まってる事!”とか言いやがってキスしろ~とか、、、だからムカつくから殴ってやったんだ!そしたら俺が怒られるんだ、ジジイに!意味わかんねえよ!」 「…ジジイ」 俺はそんな事件は知らない、という事は……… 「えーと…なんつったっけなー…ムカつくクソジジイなんだ!『この世界は君には向いていない。できるだけ早くここを去った方が君の為にも皆の為にもなる』ってさー!うるっせえんだよ!クソジジイなんかに俺の何が分かるってんだ!なーんにもなーんにも知らないくせに!ヤなジジイなんだ!」 ………訓練兵時代の教官、メイヒュー教官か。 彼もコイツの猛毒を知っていたのか……だったら何故訓練兵の段階で落とさなかった。 ちゃんとコイツの危険性を分かっていたじゃないか。 しかも実力も全く基準に達していない、トラブルを起こしまくる実績もあった。落とす条件はフルコンプだった。 なのに何故下級兵に送り込んだ。 「俺、ミッドガルじゃ嫌な事だらけだ!神羅なんか大嫌いだ!皆頭オカシイ!」 指で髪を整え終わり…整ったかどうかは別として普段通りにはなった。「わわわ!」と驚くストライフを持ち上げベッドに移動した。 「女顔じゃないが女の子より可愛いぞ、お前は」 「だから!俺が可愛いとか可愛くないとかそんなの関係ないだろ!俺は男だし!俺がどんな顔してようがそれで他の奴らの何か変わるんだ!変わらねぇだろ! 結局アイツラは”男女ごっこ”したいだけだ!そんなのやりたい奴同士でやれっつーの!関係ない俺を巻き込むな!すっげー迷惑!アイツラ皆頭おかしい!嫌い!」 ストライフ、関係なかったのは”アイツラ”の方だ。巻き込んだのはお前だ。 お前が”アイツラ”の弱い部分を浸食し、正常な部分まで病み狂わせた。 この先どれほどの兵士に癌を爆発させればお前はそれに気付けるのか。 「例えば誰だ?」 「オッサンに関係ない!」 「ほう?」 ストライフは仰向けに、俺はそのベッドに腰かけているだけだったが、首の両脇に腕を突き立て見下ろしてやった。 「………何だよ」 下から俺を睨みつけてくる眼には怯えの色が見え始めている。まぁ、それは怖いだろう。首の横に着いた俺の掌はお前の顔よりも大きいし、体重も3倍ある。 突き立てていた片側の肘を顔の横で折りストライフの半身を体重がかかり過ぎない程度に下敷きにし、頭と体の半分の動きを封じた。 ストライフはといえば下敷きになっていない方の手足をばたつかせ逃げ出そうとしているが、残念だな。そんな事で抜けられる抑え方はしていない。一応教官だからな。専門外でも一般的な体術くらいはできる。 それにしても抵抗する力も非力で本当に虫みたいだ。どこもかしこも小さく華奢で弱々しく、コイツの抵抗よりも壊さずに扱う方に気を取られる。 直ぐに息も上がってきて……体力も本当に無い。訓練の時にも思ったがヘバるのが本当に早い。 伸ばしていた方の腕をストライフの腕の付け根に突き立て加重し、下敷きにしていた側を解放した。 動ける隙間が復活したことで再び俺の体の下から逃れようとして……気が付いたらしい。 押さえこまれていた半身が痺れて動かなくなっている。 そう、だから解放したんだ。 片方の腕付け根を押さえたまま見下ろし、もう一度聞いた。 「誰がお前を女扱いした?」 体の半身は痺れて動けず、もう半身は押さえ込まれて動けない。 泣きそうになりながらもまだ動かせる下半身を意味なくバタつかせ逃れようとしている。 上半身に縛がかかっているのだからそんな事をしても意味ないだろうが。 せめてもの抵抗か、首筋がクッキリと浮き出るほど顔を逸らせるだけ逸らして俺を見ないようにしているが、その華奢な顎を掴み無理矢理俺の方を向けさせた。 「言え。誰だ」 顔をこちらに向けさせると最初は視線も俺に向いたが、目が合った瞬間に逸らした。 ……いちいちが可愛いな。泣かせたくなる。 そして優しくして甘やかして、全てから切り離して、俺だけに懐かせ俺だけをその眼に映す。 …………どうかしてる。 掴んでいる顎からは怯えきって歯の根が合わないカチカチカチカチという振動、押さえている身体は芯からの震えが伝わってくる。 行き過ぎた恐怖のせいだろう、息を吸うのを忘れている。 顎を掴んだ指で、薄いが彫の深い唇の表面を撫でながら途中から唇を割り侵入させ、カチカチと音を立てている歯に爪を当て、鍵盤を撫でるように前歯から奥に向けてカツカツカツカツ当てていってやるとヒューッ!と勢いよく息を吸う音がして胸が上下した。 呼吸が戻ったと同時に顔を逸らそうと力が入る。がそれを封じ、歯の合わせ目から指を割り込ませていき爪の背で上顎の裏を一撫でし、腹で頬の裏、歯の裏、奥に引っ込んでいる舌と順に撫でていく。 口端は指を出し入れされたせいで唾液で光っている。 「ジャーヴィスを襲ったのはお前を女扱いしていた連中だ。誰だ」 「…………」 ……また息を詰めている。……そんなに怖いか? つい今までジジイ、オッサン、アンタ、お前、バカ、好きなように言ってくれていた相手に………ガクガクと震え泣き出しそうだ…… …………そうか、キャラハンの記憶か。 無理もない1週間も寝込んで2週間も訓練を欠席するダメージを受けたんだ。酷い拷問だったのだろう。 今、似たような事をしているしな。怖がるのも無理ない。 口内から指を引き揚げていくのと入れ替わりに唇を合わせ、舌を差し込みそのまま奥に引っ込んでいる舌の先、側面、下から上へと強く舐め奥で固まっている舌を無理矢理動かす。そして唇を少し離し喉を軽く締め放してやる。 またヒューッ!と呼吸が戻る。 怖いよな、こんなに震えて涙を流して…可哀想に。 クラウド・ストライフ 俺の矜持のネタは尽きた。 もう、犯っていい言い訳しか浮かんでこない。 だが大丈夫だぞ、俺の体力も尽きているからな。…キャラハンと同列まではいかない。 抑えつけていた腕を解放した。 これで両腕とも痺れで動かせない。 抵抗ができなければ心が折れるのは早い。 心を折ってしまえば後で力が戻ってきても、もう抵抗する力は戻らない。 抵抗で足をばたつかせたせいでストライフのバスローブは足の付け根ギリギリまで開いている。 二次成長の来ていない少年の足、白く滑らかな素肌は男のものではない。 …………こんな華奢で小さな体で受け入れたのか……それは壊れるしかない。
酷く震えて涙を流して…可哀想に。 目尻から流れ落ちている涙を指で拭い取り、拭い取り、何度も何度も繰り返していると落ち着いてきたのか、それともその先に進まない事に気が付いたのか、俺から逸らし続けていたその瞳をゆっくりと戸惑うように戻してきた。 バスローブをはだけた素肌。人形の様に華奢な首、鎖骨、肩。 必死だが、まるで抵抗になっていない手を俺の胸に押し当て退けようとしている。その力の震える弱々しさに逆に嗜虐心を煽られる。 押し当てられた手を取り、頭上でベッドに押し付けた。 ポロポロと溢れ出した涙を無視してその唇に舌を這わせ、唇に囁きかけた。 「怖くない。怒れ。何でもいいから何か言え」 俺の唾液で濡れて光る薄い唇は微かに開きキレイに並ぶ小粒の歯列をのぞかせている。 深く唇を合わせ、並ぶ歯1つ1つを舐めて行き歯列を割り奥で眠っていた舌を唾液ごと絡めとり、更に奥へ逃げてゆこうとする舌をキスの角度を変えながらクラウドの口の中でわざと水音をさせながら何度も強引に絡ませ吸う。 少しだけ唇を離した時、喋りだした。 「っ、やだ!…っ……っ…や!」 泣きながらも動くようになったもう一方の手で胸を叩いて必死に距離を取ろうとしてくる。 クラウドの上から退き、座るついでにその小さく軽い身体を持ち上げ、俺の膝の上に跨る形で乗せた。 顔の位置が同じくらいの高さになった。 「怖いか?」 「やっ……やっ!……っ!…やだ!」 震えながら流れる涙を手の甲で拭いつつも怒っている。 分かっている。お前のせいじゃない。 すまない。 既に引っかかっているだけだったバスローブを肩から腕へかけ撫でて落とし、明かりに晒された華奢な肩に軽く歯を立てた。 「痛いか?」 「……やだっ!」 瞳の涙はなかなか止まらないようだが震えが静まりかけている。 歯を立てたところを指でなぞった。 「クラウド 誰かを知りたい時は相手と話をするだろ? こうして肌を合わせるのは言葉の会話とは違う、もう一つ身体の会話なんだ 一方的に自分の話ばかりされても分かりあうことはできないだろう? たくさん会話をすればたくさん分かり合えるように、たくさん肌を合わせてお互いに体の会話をすれば、より深く理解し合える 今のお前みたいに怖かったり、痛かったり、一方的にされても互いに分かり合うことはできない 嫌だ、怖い、痛い、が他の全ての感覚に蓋をしてしまって何も受け取れなくなる だがなクラウド、身体の会話の気持ち良さや楽しさっていうのは少しの痛みの向こう側にある ほんの少しの痛みの門を潜り抜けないと気持ち良さは手に入らないようになっている。 ただしその痛みはお前が知っているような痛みじゃないぞ?お前の知ってる痛みは一方的なものだっただろ?我慢できない痛みだっただろ?」 「…………」 蒼い瞳が潤み、鼻をスンスンさせながら素直に聞いている。 すまないな、全部嘘だ。お前用にいい加減な事を言っている。 男同士で体の会話なぞしない。普通はな。常識知らずで素直で頭の悪いお前くらいにしか通用しない出まかせだ。すまない。でも構わんだろ、どうせ明日になればお前は忘れている。 少し紅くなった乳首とは反対の乳首を強めに摘まみ、その先端を爪で軽くひっかいた。 クラウドは体を引きながら摘まんでいる俺の手を上から触れた。 「痛いよ!バカ!」 「そうだな。痛いよな?でもちょっとだろ?我慢できるだろ? こうして少しづつ感覚の目を覚まさせていくんだ。それに今みたいに痛いとか…バカはいらないが、反応を返してくれると俺も分かりやすくてやりやすくなる。 何も言われないと、やり過ぎてしまうかもしれないだろ?それとも全然刺激が足りないかもしれない これが体の会話だ。俺がやって、お前が反応を返して、俺がその反応を受け取る。 こうして繰り返していくとお前は軽く触っただけでも感覚が目を覚ますようになって体の会話が楽しくなっていくし、巧くなっていく。 楽しい事はやりたいだろ? だがお前が何日も動けなくなった痛みは二度としたくない痛みだっただろう?そこが決定的に違う」 止まりかけている涙を手で拭いながらヒックヒックとシャックリをする様が…可愛い…。 「………無理。……っ…あんなの…っ、絶対に2度と嫌だ!俺、本当に死、にそうになった! 滅茶苦茶っ痛くて途中から…死んだ方が楽だって思って、……滅茶苦茶痛くてっ、頭も死ぬほど痛くて、滅茶苦茶気持ち悪くなって、何日も滅茶苦茶痛くて!全然動けなくて!アレックスに怒られたっ!全部お前が悪いんだろってえぇ!凄く怒られたぁー! うぅ…俺すっごく痛かったのに~!滅茶苦茶気持ち悪くてっ死にそうなのに、滅茶苦茶我慢したのに、凄く怒ったあぁ! なんでだよ!何で俺が悪いの?アイツ凄く付きまとって、皆の前でも”俺のだ”って!ベタベタ触りやがって!死ね!俺いっつも気を付けてたんだぞ!アイツに見つからないように!いっつも!いっつもぉ!でも捕まっちまうんだ!わっかんないよ!どうして?どうやったらアイツに見つからなくできるんだ!? 凄く嫌な事するし!言うししつっこいし!!凄く凄く嫌で大嫌いで、もう絶対に2度と捕まるか!って凄く凄く気を付けてるのに、何でなんだよぉ!バカバカバカバカ!! あいつデカイし!力あるし!凄く怖かったし!!俺だってヤりたくなんかなかった!あんなの嫌だ!当たり前だろ!大嫌いだあんなホモ野郎!でも1回だけって言うから…1回やったらもう付きまとわないって言うから……!だから!………でもアイツ、約束破った!何でか俺の携帯に登録してやがるし!また待ち伏せしてやがるし! 俺、本当に死にそうになったんだ!そのせいでせっかく進級したのに全然訓練出れなかったし、アレックスは怒るし、凄く怒って口きいてくれなくなるし、どっか行っちゃうし、帰ってこないし!皆が変な目で見るし!オースティン教官はバカバカ言う、し…………んぁ…?」 途中からまた泣きながら話していたが、最後で何かに引っかかったらしい。 俺を見ている。 「……教官?」 涙に濡れた瞳で俺をジッ……と小首を傾げ見つめてくる。ようやく俺が誰か思い出したらしい。 「俺…、何だっけ?アンタ教官に似てんね?」 どうしようもないな…。 「もういい。どうせ覚えていられないだろ だが思い出したらその時は何故こんな事になったのかちゃんと教えてやる ただしお前が思い出さない限り俺も今夜の事は忘れる。これは事故だ」 そう言うと俺に跨るクラウドを抱き寄せ、深く口付けをしたが抵抗はなかった。そのまま舌で唇を割り侵入し奥にある小さな舌に絡めていくと舌が戸惑う動きをしたが、逃げる方向に合わせ強引に絡め嬲っていると、いつの間にかクラウドの舌が応え始めた。 抱き寄せた時は俺の胸を押し返すように当てられていた手が徐々に肩へ、そして首に回され絡められ、いつの間にか舌を交じり合わせながら俺の後ろ髪に指を絡め撫で始めている。 クラウドの舌を軽く噛んでやると、次にはクラウドがキスの角度を変え交じり合っている舌を吸ってきた。 巧いな。 膝の上に抱いたまま乳首を軽くつまんだり捏ねたりしながら何度も舌を絡め合い口内を舐め合いながら互いの息が合い、舌の温度が同じになり、唾液も交じり合い、離すのが苦痛になる程に馴染んだが少しだけ放し、唇に語り掛けるように言った。 「うまく反応するじゃないか」 「褒められたw」クラウドも同じように唇に応えてきた。 軽く唇にキス、頬にキス、耳の後ろにキスをした。 「言葉で話す時に話やノリが合わない相手でも肌を合わせれば凄く合う相手もいれば、逆に話は凄く合っても体の相性が悪いってのもある」 再びキスをすると、今度はクラウドから軽くキスがあり、そして小さな薄い舌で俺の唇をペロリと舐めた。 「そんなのどうでもいいよ。俺元々話しの合う奴なんかいないし、皆キライ」 「でもジャーヴィスとは仲良くなれただろ?」 「……レックス……」 動きが止まり、途端にまた瞳が潤み始め、抱き付いて来てまた泣き始めた。 ……地雷ワードだった。 「アレックス~どこ行ったんだよぉ。もう怒ってないって言ってたのに~!怒ってないって!言ったじゃんか~!!どこ行ってんだよ~!俺どうしたらいいんだよぉ~!もーやだ!俺、誰と訓練したらいいんだよぉ~!どうやってアイツから逃げたらいいんだよぉ~!」 全く、よく泣くなぁ。 後ろ髪を撫でながら縋り付く小さな背中をゆっくりと撫でるのを繰り返した。 なかなか泣き止まなかったが何度か背中をあやす様に軽く叩いたり撫でたりを繰り返すうち、段々泣き止み静かになっていき……………………眠った。 「…………」 まあ、…………これはギリギリで助かったと思うべきか。 クリーニングが戻ってくるまであと30分……このまま持ちこたえたら乗り切れる! 5時間後からは忙しくなる! そして事件が解決するまでの間にコイツが神羅を辞めれば全てが良い具合に収まる! 問題はどうやって辞めさせるかだが……前振りは店で散々刷り込んでやったが、……大丈夫か?今の反応を見る限りまだまだ神羅でやっていきそうな気配だったが……勘弁してくれ。 ここまでやって言うのもなんだが、関わり合いたくないんだ。 今回はイッてないし突っ込んでもいないからセーフだよな。無かったことにできる! 考えながら30分間ひたすらテレビのネイチャー番組に集中し、横で眠っているトラブルメーカーを視界から外していたが、TVを見ていてふと思いついた。 コイツは本社向きじゃないか?受付とか秘書とか…あとマスコミ担当にも向いてるんじゃないか? 今は”可愛い子”だが、あと4,5年もすればハンサムな青年になる。 本社には肉食系の女がたくさんいるし、さっきの反応からいってコイツはセックスのセンスが良い。 ……良いんじゃないか?本社にはコイツに合った仕事があるし、無くても稼ぐ女が喜んで拾うだろう。 そうだ、こいつが辞めなければ本社に移動させればいい! 軍部にいて男に喰い荒されるよりも本社の女達に喰い荒された方がまだマシだろう。 待望のクリーニングが到着し、トラブルメーカーを置いて自宅に帰った。 眠ったら起きれなくなりそうだから身支度し、一息してそのまま出勤をした。 上級兵キャラハンを呼び出し、処遇の最悪のパターンを教えてから取引をし、ジャーヴィスに暴行した者、クラウドにセクハラを繰り返した者達のリストアップをさせた。 そのリストを持ち、先ずは下級兵他教官たちを緊急招集し即席会議をし、極秘に裏取り調査を教官達で手分けして開始した。 結果ジャーヴィス襲撃実行犯は全員で4名、クラウドにセクハラをしていた者は軽罪を含めると驚いたことに上級兵を含め50人を超えた。ただし事件は起こっていても犯人未決のものも残った。それを含めるともしかしたら70人近くいるのかもしれない。 そして改めて今度は訓練兵・下級兵・上級兵の緊急合同教官会議の場を設けた。 結局襲撃実行犯以外に上級兵、下級兵合わせて20名余の転属処分、20数名の謹慎処分者を出すこととなり「クラウド・ストライフ」は訓練兵、下級兵、上級兵の職員達の間で悪い意味でその類の金字塔、アイコンとなった。 過去にもセクハラ被害者はたくさんいて事件になったのも多いが、犯人が割れているだけで50人以上にもセクハラ対象にされていたのは前代未聞だった。 またジャーヴィス襲撃犯4名は神羅の名誉を傷つける悪質極まる暴行だと、戦場に片道切符で送り出す事が最初の下級兵教官会議で決定していた。 その日のうちに訓練兵メイヒュー教官と、同じく加害者達の担当でもあったエイプルトン教官の3人で会議結果を携え即、アレックス・ジャーヴィスが入院している病院に向かった。 意識が戻っていないのは分かってはいたが、自宅に電話をしても取り次がれないので”見舞い”の名目でアレックス・ジャーヴィスに会いに行った。 予想はしていたが面会は拒否。そしてジャーヴィス家弁護士が出てきた。 だがそれでいい。 真の目的はその弁護士を炙り出す事だった。 一方的に相手側に戦争を進められては適わない。 ジャーヴィス家弁護士との交渉により神羅側とジャーヴィス側の弁護士同士の会見の場を設けられたのが3日後。 向こう側が”3日後”を指定してきたのは、その間に交渉のイニシアチブをとるためだ。 だがそうはさせるか。戦争についてはこっちも本職だ。分類は違うが。 「今の時点で話す事は何も無い」と主張するジャーヴィス側弁護士に”参考までに”と「神羅側状況報告」だとアレックス襲撃犯を拘束した事、戦場への片道切符を発行した事、ジャーヴィス家からの許可が出次第切符を切る事を口頭「報告」し書類も押し付けてきた。 その時病院にいた弁護士がまだ経験の浅い奴で助かった。 これでジャーヴィス側は一方的な暴走はできなくなるはず。 なにしろこちら側は”神羅”としての”処分の結果”を”報告”している。 しかも襲撃犯たちへの戦場へのGOサインはジャーヴィス家の回答待ち、そう伝えているのだ。 もし状況を無視し、向こうが何か出し抜いたのなら、その際にはジャーヴィス側にペナルティを主張できる。 こちら側は会見までの3日の間に神羅弁護団と打ち合わせて襲撃の詳細報告書、襲撃に至るまでの経緯を教官連のみで追跡完成することに決まり、職員間には緘口令を布いた。 セクハラトラブルなど大掛かりになればなるほど経歴は無事でも記憶に黒点を残す者が無駄に増えるだけだ。 一般兵士達には一切詳細を知らせず、ただ処分対象者だけが次々と姿を消していく状態で通常通り訓練を行った。 だが結果的に3日以内に上級下級合わせて40名以上の移動なり除隊なり謹慎となる異常事態に兵士間で不穏な空気が起きた。 しかし何故か当の台風の目、クラウド・ストライフにはこれといったリアクションも変化も無かった。 「公然ではないにしろ自分が原因で兵士間にこれだけ大きな変化が起きているのになぜあんなに何事も無いようにしていられるんですかね?」 同僚エイプルトン教官が会議の合間に誰にともなく呟くように言うとメイヒュー教官が答えた。 「それだけストライフが周囲から孤立しているのです 訓練兵の時からそうでした。常に周囲に壁を張り巡らし話しかけられない雰囲気を持っていて、それでも彼はあの通り目立つ子ですからね。彼へのコミュニケーションがいきなり暴力になってしまう子も珍しくありませんでした この先も何か手を打たなければ彼は似たような問題を何度も起こすでしょう ……ですがもしかしてオースティン教官、優秀なあなたの事ですから既に手は打ってあるのでしょう?」 鋭い目つきで俺を見ている。 そこまでストライフとその周囲を分析していながら”トラブルメーカー”と放り出し、尚且つ進級させた。 要するにお前はストライフを時限爆弾にして俺に送り付けたんだ。 メイヒュー教官……言っておくがお前も無傷なままでは済まさない。 「…応急処置はしてあります。アレックス・ジャーヴィスの件が終了するまで私以外の者と一切の私語を禁止しました。他の兵士達にも言ってあります。期限は1週間と区切ってあります」 「なるほど!彼があれほど周囲から切り離されているのはあなたの差し金でもありましたか! しかも読み通り、この件は1週間で型が付きそうだ! さすがですね!あのストライフから情報を引き出した時点でここまで絵を描いておられたのですね!」 称える言葉とは裏腹に俺を見る眼が更に鋭くなった。 ……メイヒュー教官は考えを滅多に顔に出さない。だが今はあからさまに敵意が現れている。隠そうともしない。 何があったんだ、コイツ。何故俺なんだ。 恐らく今回の件でお前は更迭される。俺がそうさせる。だが次にまた俺に悪意を向けるようだったら…その時は、はっきりと教えてやるからな。誰を敵にしたのか。 死ぬより辛い後悔をさせてやる。 3日後ジャーウィズ家弁護士に指定されたホテルの会議室に代表教官3名と神羅弁護団で向かった。 そして明かされた話。思った通りジャーヴィス家はアレックスが病院に運び込まれて以来、訴訟の準備を始めていた。 ジャーヴィス家からの和解案は神羅の人間の一切と家族全員が面談拒否、接近禁止、ビジネス面でも協力拒否、そして今後は決して同じ事件が起きないよう徹底する事とその為の改善策、襲撃者たち全員のプロフィール提出。 彼らへの処分手段には口を出さないが、その後の報告は「最後まで」する事。 以上全てを神羅側が飲む代わりにジャーヴィス家は訴訟を起こさない事で合意に達した。 会合を辞する時に神羅弁護団に依頼された調査詳細報告書という名のアレックス・ジャーヴィスの神羅時代の人徳エピソードを渡し帰社した。 あとは兵士たちを順次粛清していくだけだ。 ……終わった。 「ストライフ、昼食が終わったら私服に着替えて南A3出口まで来なさい 午後からの訓練は免除、剣術のエイプルトン教官にも話は通っている。帰りも遅くなる。寮管にも話は通してある」 事件の大きさ故ストライフにはセクハラ被害者としてカウンセラーが派遣された。 しかし本人がそれを拒否していた。相も変わらず「被害になんかあってない!」と繰り返すばかりで1回目以降は話すどころか会おうともしなかったそうだ。 予想通りといえばそうだが…使えないカウンセラーめ。たかが13のガキに何を振り回されている。……まあ、人の事が言えたものではないが。 カウンセラーにはストライフに「自主退社」を勧めるよう、駄目であれば「本社移動」を言っておいたが、とんだ役立たずが!カウンセラーなど廃業してしまえ!! 結局ストライフからキャラハンの名を聞き出した俺がカウンセラー代行を神羅教官会議により任命された。 会議でも何度か言ったが俺はストライフから聞き出してなどいない。あいつは最後まで喋らなかった。 ただ俺はストライフのケイタイ履歴を見ただけだ。そこから推測をしていっただけ。 だが他教官達は悪い意味でのセックスシンボルとなったストライフには近づきたくないから俺がどんなに否定しようとも勝手な理屈で押し付けてきた。 「はい、教官」 あの日からもストライフからは一切の他意を感じない。 思った通り、アイツは何も覚えていないらしい。 だが、俺は覚えている。 他教官達が接触したがらない以上に本当は俺が会いたくない。誰よりも会いたくない。 俺も忘れてしまいたい。 頑固でプライドの高いお嬢さん。 俺の視界から消えてくれ。 南A3出口に向かえば既にストライフは来ていた。 あれは購買で売っている4枚1000ギルの黒の細身のTシャツ、ダボダボのジーンズの裾をロールアップして、あの使い古しの白のスニーカーも購買の一番安いやつだ。 そのいかにも安っぽい、実際安いスタイルだが今の俺には………毒だ。 俺は……まだ立て直せていない。 「乗りなさい」 車に歩いて行きながらロックを解除する。 「どこかに行くんですか?」 意外そうな表情。…この冷静な対応…ムカつく。 「4番街に行く。報告する事がある」 「報告ですか?僕にですか?」 「……1週間前にお前を”Beautiful liar”に連れて行ったのは覚えているか?」 「はい」 「俺が何を報告するのか分からないのか?」 「…………………」 唇に指を当て暫く考えた後「あ!」と言い 「アレ、、ジャーヴィスをリンチした奴らが分かったんですか?」 ……確かに俺は周囲とのプライベートでの会話・接触を禁止した。だがここまで同期がいなくなっていて謹慎者まで出ていて、その反応か? どこまでズレている。 「ああ、分かった。そしてもう解決した。ところでお前は1週間前の事はどの辺りまで覚えているんだ?」 一体俺はどこまで巻き戻して話せばいいんだ…。 「店に入って……教官にマテリアで胃を治して頂いたのは覚えています」 車のエンジン音と共に街の景色が流れてゆく。 スピードを上げ高速道路の車の流れに乗る。平日昼間の半端な時間はラッシュもなく、其々の車が競うように風を切っている。 そうか……殆ど忘れているのだな。 ……思った通り脳みそが溶けていたのだな……。 「なら何故お前がホテルに泊まる事になったのかは覚えていないのか?」 「……僕が酔ったからですか?」 ”僕”な、今更だな。 「お前が俺にゲロをぶっ掛けたのは覚えていないか?」 「は、え!?あ、あの、ふ、服!着てたものがクリーニングされていましたが!あれは……!」 驚愕に瞳が揺れている。まるで他人の様に自分のやったことに驚くのだな。 「髪に付いたゲロの臭いはなかなか落ちないと、この年になって初めて知った」 「お、覚えてません!知りません!申し訳ありません!」 何だその崩れた3段活用は。 「…………ネジ…最近その単語を口にしたことはあるか?」 「は?」 は?とは何だ、あれだけ連呼しておいて。 「あるか?」 「……ありません」 不安で不審な顔をしている。…そうか、言い切るんだな。きれいに忘れたな。 「俺を何度もオッサン、ジジイ呼ばわりしたのは覚えているか?」 「は!!??」 助手席側のドアに貼り付かんばかりにして驚いている。 面白いなぁ。アホだな。よくここまで記憶が消える。 普段取り澄ましているだけにこのギャップは可愛い! そうか、酔っていようが素面だろうが虐めたくなるのは同じだな!新発見だ! 男のくせに反応が可愛すぎる! 「”は?”とは何だ?お前が俺をそう何度も呼んだのだぞ。あと”バカ”呼ばわりは何度だったか…お前が正気に戻った時に教えてやろうと回数を数えていたが、数えきれなくて途中であきらめた 店を出てからは、お前は一度も俺を”教官”とは呼ばなかった”バカ”か”バーーーカ”か”オッサン”か”ジジイ”か”お前”だった ストライフ、お前の俺への本音はよーーーーーく分かった。俺の様な老い先短いバカジジイが偉そうに教官なんかやっていて申し訳なかったな」 「お!あ、お、ぼ、え?あ、は?た、た?ば、僕!思ってません!」 動揺している、動揺している。可愛いなぁ。”罰”だと言ってキスをさせたい。 正気の時はどんなキスをするんだろうか。 「そうか、だが思ってもいないものをあそこまで何度も連呼できるのならお前一度病院に行った方がいいぞ。頭のな メイヒュー教官に至ってはムカつくクソジジイと連呼していた 恐ろしい奴だな。澄ました顔をしてそんな事を教官たちに思っていたのだな」 「あ、お、おれ、あ、あの、あ……ぁ……」 真っ青で指先が震えている。もう少し責めたら貧血を起こしてしまいそうだ。本当にお前は虐め甲斐がある。可愛いなぁ。 言っておくが教官が嫌われるなど当たり前だ。そもそも好かれるような職業ではない。 そんなものマトモな教官ならば当たり前に受け止めている。嫌われるのも悪口を言われるのもへでもない。 「他にも熊五郎?だの逆乳毛だの盛んに言ってたな。俺はいつか熊五郎になるのだからその時に謝ってもおせーぞ!ばーか!とも言われたな お前は面白い未来像を持っているのだな。感心したぞ、ストライフ!」 「……………」 もはや言葉も出ないようで震える両手で顔を覆っている。クソ!可愛い!もう一度半泣きで”ごめんなさい”と言うところを見てみたい。 泣かせたいなぁ。 「ところで店を出る少し前に俺はお前に今後の身の振り方をどうするか1週間の間に決めておけと言っていたんだが、もしかして覚えていないのか?」 「……………」 「覚えていないのだな……なら俺がお前の携帯の設定を変えたのは覚えているか?」 「……………」 覚えてないな、……つまり天然で1週間誰とも接触しなかったのか……なるほどメイヒューの言う通り半端な孤立じゃないな。 「……目的地に着くまでにあと20分かかる。その間に今後どうするか身の振り方を決めろ ちなみに本社総務課への移動が教官全体からの勧めだ。俺もお前には軍部よりもそっちの方が向いていると思っている ハイテクかつクリーンな環境だしアッパーミッドガルだし、給料、待遇も兵士よりずっと良いし命を脅かされる事もない。お前が希望さえすれば移動できるようになっている だが、もしこのまま軍部に残るのなら……お前には非常に厳しい環境になる。兵士達からも色眼鏡で見られるのは避けられないし、何度も嫌な思いをすることになるだろう それはお前が悪いわけじゃない。だが今回の事件とお前に関する事件で上級下級合わせて40名以上の処分者が出ている お前にとって今までより厳しい環境になるのは避けられない 今神羅を辞めるのであれば退職金は特別多く出るし、本社移動は実質栄転だ だが軍部残留だけは勧めない ストライフ、しなくていい苦労、知らない方がいい事もある 退職、移動、どうするか今から考えろ」 「…………………………」 普段かける事のないFM音楽番組を流しっ放しにした。 車を運転する時は基本何もかけない。この車特有の微かなエンジン音と癖を愉しみたいからだが、この趣味を理解する人間は今のところ身近にはいない。 まあ自己満足だからな、人に理解してもらう必要もない。 それに今はあまり運転を愉しむ気にもなれない。 高速を走り流れ続ける音楽、俺も、恐らくストライフも聴いてなどいない。 だが聴かない音楽が必要な時もある。 ストライフはサイドウィンドから外ばかり見ているが、流れていく景色も見ていないだろう。頭が動かない。 結局一度も正面を見ず、俺に顔を見せることもないまま…… 「降りろ」 着いたそこは薹(とう)の立った10階建ての雑居ビル。 昔建築されたビルらしくコンクリートむき出しの階段は狭く急で、エレベーターは小さく、恐らく今の建築基準を満たしていない。 疑問符だらけのストライフを連れエレベーターで最上階である10階を押した。 おっと………今……1週間前の最低の記憶が蘇った。コイツとはエレベーターには乗りたくない。 最上階で降り、奥にある階段を昇り屋上への扉を開ける。 立ち入り禁止ではあるが鍵が内側から回転式のものだから簡単に出られる。 屋上には給水塔やエアコンの室外機が並んでいるだけで転落防止の柵なども設けられていない。 「アレックス・ジャーヴィスを襲撃したのは全員で4名。全員お前たちの同期だった 既に全員配置異動になり非常に厳しい現場に送った。恐らく1週間しないうちに神羅の人間ではなくなる」 死んでる、という意味だがあえて暈した。 「……そうですか……」 俯いて、可哀想に。 そして落ち込んで去れ。 「ところで上級兵キャラハンがいなくなっているのには気が付いたか?」 何故その名を!?みたいな表情をしているが……お前……隙だらけなのは素面の時も変わらないのだな。 今までそれをジャーヴィスやキャラハンがカバーしていたのだな……。 「アイツはお前に実際に手を出していたし、大けがを負わせている 本来なら最も厳しい処分を受けるところだが、俺と取り引きをした お前は「beautiful liar」で結局襲撃犯の名前、悪戯をしていた連中の名前を一人も言わなかった 散々時間をかけ、飲み食いさせ、それをゲロで返され、パンツまでクリーニングに出させ、挙句何一つ情報を引き出せなかった無能な俺は、お前の携帯に履歴の残っていた上級兵キャラハンに会った アイツはアレックス・ジャーヴィスを襲撃した連中にあたりを付けていたし、悪戯していた連中も大凡読んでいた キャラハンの情報のおかげで今回の訴訟は未然に防ぐことができたようなものだ お前は嫌だったろうがキャラハンが皆の前でお前の所有権を主張していたせいで結果的にお前は守られていた 知らないだろうがアイツは上級兵の中でも多くの仲間を持つ云わば派閥の長だった。それだけ強かったし状況を読む能力に長けていた そんな奴が所有権を主張したら下級兵には太刀打ちなどできない。……表立ってはな だから同級生たちは正体がバレないようお前に悪戯するのが関の山だったんだ 結局キャラハンは別の任地へ移動していった。一応お前への接触も今後は厳禁としておいた 他に比べれば甘い処分だが、それだけ奴は今回役に立ってくれた。お前の代わりにな」 「………………」 「それとジャーヴィスの意識が戻った」 「本当ですか!」 初めて見る激しい反応だな。 「来い」 ストライフを屋上の端まで連れてきた。 陽は既に落ちかけ、街はネオンが映え始めている。 小高い土地に建てられたこの雑居ビルの屋上の今立っている場所は、丁度ビルとビルの隙間でミッドガルの一部が遠くまで見渡せる。 夕暮れ時、アンダーミッドガル街のネオンや街頭や高層マンションの光の洪水が瞬き始めている。 「あの金融の大きなネオン、分かるか」 夕空に一際目立つ隣町の賑やかなネオンを指した。 「?…はい…」 「その隣奥に高さは低いが大きな白いビルがある。一番上の階のライトが明るくて10列くらい並んでいる、その下からは少しオレンジ色になっている建物だ。分かるか?」 「はい」 「そのオレンジ色の明かりの一番右、分かるか?」 「はい」 「あそこがアレックス・ジャーヴィスの病室だ」 クラウドがビクッと緊張した。 「あそこで寝ている。まだ目覚めただけで話せる状態でもないそうだ 神羅の人間は一切面会をシャットアウトされている。ジャーヴィス側との代表交渉係だった俺も面会させてもらえなかった」 オレンジ色のライトを食い入るように見つめながらクラウドの瞳からパラパラパラと涙が零れ落ちる。 呻き声一つ上げる事もなく、ただただ堪えていただろう涙が流れ続けている……。もっとも……堪えていたのは正気の時だけで、酔っぱらった時はワンワン声を出して抱きついて泣き崩れていたがな。 「彼はあそこで3か月くらいを目途に治療を受ける事になるそうだ それから左隣の少しだけ背の高い、大きなビルがあるだろ」 「……………はい」 「あれはリハビリ施設だ。今、彼が入院している病院で医師の判断であそこに移るそうだ 今、彼が入院している病院は外来無しの入院専門の施設だが隣のリハビリ施設は外来もやっている あの病院には大きくて良く手入れされた庭園とそこから続くカフェテリアがある 外来患者や入院患者がそこで休憩したり話をしたりしている 俺も昔友人があの施設に入院した時に見舞いに行っことがあるが入院患者がリラックスするのに最適な場所だった ジャーヴィスも動けるようになったらカフェテリアや大きな庭園に休憩しに来るかもな そしたら偶然友人に会う事もあるかもしれない」 ストライフはただ大人しく一言も喋らず、ネオンの光を受けキラキラと輝くガラス玉を生産し落し続け、明かりを見ていた。 暫く一人にしてやることにした。 俺も一人になりたかった。 1週間かかっても理性を立て直せず、今が最後のチャンスだと自分を取り巻く現実の1つ1つを列挙し理性が戻ってくるように最大限の努力をする必要があった。 そして陽も完全に落ち切って肌寒くなってきた頃、屋上ビルの端で座っているにストライフを迎えに行った。 「帰るぞ」 声をかけると驚いたように振り返った。恐らく俺の存在は完全に忘れていたのだろう。 「あ、お構いなく…お、僕一人で…」 「駄目だ。ビルにセキュリティが入るし、これから守衛が来る」 「…………はい」 車に戻り基地に向かいながら聞いた。 「身の振り方は決めたか」 「軍に残ります」 即答か……まあ、そうだろう。お前は半端なトラブルメーカーじゃないからな!選び抜いて素晴らしく最悪の答えをだす。マーベラス!! 馬鹿野郎!! 「お前にとってろくでもない環境になるぞ。後悔してもしきれないほどの最低の環境になると思え!」 「残ります」 「何故そんなに軍にこだわる。ソルジャーにでもなりたいのか?」 「……………」 違うようだな、だが何にしろこういう時のコイツは絶対に口を割らない。パブで思い知らされたからな。 「この先どんなことになっても文句を言うな」 「はい」 口に出せば引き返せなくなる。 必ず後悔する時が来る。 お前が屋上でアレックス・ジャーヴィスに話しかけていた間、俺も努力を続けていたんだ。最大限。 全てが壊れる。 これで。 この境界を渡ってしまえば先にあるのは俺がこの1週間でしてきたことだ。 俺が粛清される。 この先にはブラックホールがある。間違いなく。 高速を走る中、街灯の明かりが行く先を案内するように駆け抜けていく。 「お前を俺の愛人にする」 暫く何の反応も無かったが、やがて俺の方を見てストライフは首を傾げた。 言葉の意味が理解できないらしい。 引き返せない。 もう引き返せない。 spiral! spiral! spiral! 4 NOVEL
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