・常識があるフリして違法行為のオンパレード、憲法はアナザーワールド

・少年クラウド以外全員オリジナルキャラ。

・少年クラウド可哀想、アホ、純粋、そして…愛とは?



禁区 1



アンダーミッドガル訓練基地から地下鉄で駅にある繁華街。

陽が落ちるに従い、様々な人種、職業の者が集いはじめ、夜が明けるまで享楽喧噪で賑わい続ける、あまり上等でない街。

その騒がしい街の中、ウッカリすると通り過ぎてしまう狭い路地がある。

配管や室外機が密集しているその路地は一見ただの裏手袋小路に見えるが、そこを入って行くと突き当りに見えるそこには奥に更に細い道が続いている。

その道を入っていくと古びた扉に突き当たる。

そこには表札らしきモノに『会員制』と書いたプレートが嵌め込まれている。

そこはオーナーの完全趣味の店。一見(いちげん)お断りの紹介制パブ。

明るさを落とした照明が照らす狭い店内にはカウンター席が10脚と人用テーブル席が席、そのフロアを抜けた最奥には人掛けのVIPルーム。

教官オースティンと少年兵はそこに入って行った。


壁もドアもアールデコ調でまとめられたVIPルームは、店内フロアと幾何学模様の総ステンドグラスで仕切られ、中の会話は聞こえないが大まかな様子はステンドグラス越しにユラユラした姿でフロア側、VIPルーム側互いに視えるようになっている。

店内にいる客の年齢層は20代から30代くらいで、教官オースティンもアラサーだ。

教官オースティンを含め客達は互いに顔見知りで、男も女も似合う似合わない関係なくおしゃれだ。

その中で明らか異色のローティーンの少年兵。

フロアにいた常連客達は、その可愛らしいが、妙に色気のある子供に興味津々となり、ジロジロとVIPルームの様子を伺っていた。

「俺の行き着けの店だ

パブだがここの店長が元料理人で食事がやたらと充実している

俺が知る中で番美味くて飽きが来ない。好きなのを頼め」

「はい」

オースティン教官から渡されたメニューを素直に受け取り見始めた少年兵だったが、メニュー名が独創的に凝り過ぎていてどんなものか想像できず、結局小首を傾げた後メニューを教官に返した。

「僕はいいです。」

教官は片頬で笑い、ウェイターを呼びいくつかオーダーを入れた。

その間、少年兵は怯えたようにキョロキョロと周囲を見廻していた。

オースティン教官は淀みなくオーダーを入れて行ったが、受けていたウェイターの手が一瞬止まったが直ぐにそのままオーダーを入れていき「かしこまりました」と、戻って行った。



間もなく少年兵の前におしゃれなタンブラーに入ったオレンジジュースとミニサラダ、オースティン教官にはキープしてあるらしいネームプレートのかかったバーボンとアイスペール、グラスと何かのピクルスがサーブされた。

自分でグラスに注いだ教官は少年兵にグラスを持つように指示し、「乾杯」と言って「飲め」とグラスを軽く傾け催促した。

言われるまま少年兵がオレンジジュースを飲みかけ、直ぐに咽た。

驚いた様にグラスの中を凝視している少年兵に教官が冷ややかに説明した。

「スクリュードライバー。オレンジジュースを酒で割ってある」

「お…………僕…未成年…」

戸惑う少年兵を教官は侮蔑する様に睨みつけた。


「今からお前がするべき事は

、ジャーヴィス襲撃犯全員の名前!

、お前が欠席を続ける理由!

この項目を吐き出すまでお前は寮には帰れない。俺があらゆる手段を用い、今から徹・底・的・に追い込む

基地からここまでわざわざ移動してきたのはその為だ

ここでなら基地で御法度になっている事も無制限にできるからな

カクテルは手始め。全部飲め。必ずな。飲んだら次はもっときつい酒を飲ますその次は更にきついのを飲ます。お前に拒否権は無い

拒否したら明日から神羅にお前の籍は無い。お前が何をほざこうとも俺が必ず追い出す

大丈夫だ、酒で死ぬことはない。そうなる前に俺がお前の喉に指を突っ込んで吐かすお前はただ俺の命令に従って飲め。飲みまくれ

それが嫌なら1秒でも早くその無駄にクソ固い口を割る事だ

吐くのが遅くなればなるほど、お前は物理的に吐くことになる

いい機会だ。神羅の指導教官の指示に従わないクズがどうなるかお前によくよく教えてやる

多少調整に失敗したところで兵士崩れがどうなろうが俺は痛くも痒くもない。切り捨てて終わりだ

さあ、先ず一杯目だ。飲め!」


少年兵はオースティン教官の持つ独特の厳しくキツイ視線に、両手でグラスを持ったまま固まってしまった。

グラスを持つ手が震え過ぎてグラスの中が波打っている。



オースティン教官は素晴らしい教官で有名だが、その分厳しい事でも有名だ。

担当分野は銃器だが長年その世界でトップに君臨する人でもあり、その言葉には重み、強味や深みがあり、且つ兵士たちを押さえ込む迫力も力もある。

勿論少年兵もオースティン教官に逆らうつもりなど毛頭なく、むしろ憧れ、尊敬もしている。

しかし、彼にはどうしても言えなかったのだ。

言う口を彼は持っていなかった。

どうしようもなく不器用な性格で、今回の事件だけでなく今までも、そんなつもりなどなくともいつの間にか相手を怒らせてしまっていて、取り返しがつかなくなっている、そしてどうすることもできない、相手の怒りに身動きができない。

今回も早速そのパターンに陥っている。


一方、俯いたまま動かない少年兵の様子を冷ややかに観察するオースティン教官。

広いVIPルームの中は賑やかな店内とは対照的に重い重い重い静寂が支配し始めている。

そこにノックの後にウェイターが入って来た。

テーブルの中心に最初の料理品、ハンバーグと野菜をデミグラスソースで煮込んだものと、ホウレン草とベーコンのバター炒めを置き出て行った。


「食え」

「……」

唇をきつく引き結び、俯きひたすら固まっている少年兵からは応えが無い。

「返事

「はい」

「食えどうせ簡単に喋る気は無いんだろ!

今、喋るくらいなら昼の時点で喋っているだろうからな!

お前が教官の指示に従わないクソなのは十分知っている!

簡単に終わる事もお前がクソ馬鹿なせいでいちいち面倒な事になっているからな!

だが俺も今までに散々クソ兵士など当たっている!お前程度、今更珍しくもない!

と、いうことで今夜は相当長くなる。お前のせいで

俺はお前が喋るまで絶対に開放しない!

覚悟しろよ!今夜でけりをつけてやる!

お前の体力がどこまで持つのか知らんが、お互い体力勝負になるのは確実だ!

さあ!途中でぶっ倒れないよう、先ずはエネルギーを摂取しろ!喰え!


だが少年兵は震える手でグラスをギュッと両手で持ったまま微動だにしない。

というよりグラスから手を離すと震える手が支えを失くしてしまうので離せないのだった。

その様子を観察していた教官は舌打ちをした。

その舌打ちが聞こえた少年兵は増々顔を上げる事も何かを口に入れ飲み込む事も出来なくなっていった。

更に少年のそんな様子に心底ゲンナリし、どんな言い方をしたらこの”繊細なお嬢さん”にモノを食わせられるか考え始めた。


オースティン教官は実は少年兵が反抗して意固地で喋らずにいるのではない事は知っていた。

自己弁護や自己主張がうまくできないのは13歳という年齢では珍しくもない。

しかし目の前にいる少年はその不器用さが群を抜いている。状況をどんどん悪い方向に自ら持って行く。

その結果が大事件となった今だというのに、それでもまだ状況を悪化させようとしている。

馬鹿で無知で愚かすぎる少年に腹が立つ。

彼が自分を尊敬している事も知っているが、それにも腹が立つ。

尊敬だの憧れだのの感覚があるのなら、何故そんなに馬鹿なんだ!と、イラつきの方が先に立つ。



年度が替わり、訓練兵から上がってきた新下級兵クラウド・ストライフ。

訓練兵時代の担当メイヒュー教官からの内申書にはただ一言「トラブルメーカー」と書かれてあった。

検察出身のメイヒュー教官は几帳面かつロジック展開が得意な人で、各兵士の内申書コメントつが的確かつ簡潔かつ事実のみで、主観や憶測を入れない。

だが彼は切り捨てた兵士については、明らか「投げた」コメントになる。

「トラブルメーカー」とは、つまりメイヒュー教官は彼に失格者の烙印を押したのだ。

だが、失格者としたにもかかわらず、彼はストライフを下級兵へと進級させてきた。

何故だ。


訓練兵は神羅下級兵になる前の半年間でふるいにかけられる。

訓練兵教官は、この正式神羅兵となる者を選別する役目を負っている。


クラウド・ストライフ本人より、ロジック派のメイヒュー教官の矛盾した対応から彼に興味を持った。

最初はそうだった。

正直教官歴もそこそこになるとそういうレアケースが愉しみになる。

どんなモンスター兵士がやってくるのだろう。どんな風に手こずらされるのだろう。そいつをどうやって料理してやろうか。どんな反応が返ってくるのか。どんな変化が起こるのか。

何を以てして、メイヒュー教官に矛盾を起こさせたのか。

愉しみにしていた。

だがその気持ちを焦らすようにクラウド・ストライフは初日から連続で欠席を続けた。訓練だけでなく座学も食堂にも現れなかった。

期待は増々膨れ上がった。

ところがその数日後、同室のアレックス・ジャーヴィスがクラウド・ストライフの『体調不良』による欠勤届を出しに来た。

病院に行きもせずに週間も訓練だけでなく座学まで欠席するのはおかしい。

詳細を聞くため体調不良届を発行した医務室に問い合わせたところ、他言無用を確認した後、詳細を語った。

要するにレイプによる大怪我だった。

事の次第は、先ず年度替わりの前日にアレックス・ジャーヴィスが医務室にやってきた。

いわゆるそういう怪我を治す薬を大量に欲しがった。ジャーヴィスは最初は本人用と申告したが、その申告通りだとすると歩けるはずがない。熱発もしていなければおかしい。

だが彼はどこから見ても健康体だ。

なのに語る症状は随分酷い状態になっている様で、そんな事なら薬よりも担当教官に連絡をして『魔法ケアル』で直ぐに治してもらった方がいい、痛みも無くなるし二度とそんな事件も起こらないよう対処してもらえる、と言ったがジャーヴィスが”そんなことできるくらいなら最初からこんな事になってないこんな所になんか来ない”と泣きながら”薬をくれ、死んでしまう”と言った。

所詮は13歳の少年。直ぐに語るに落ちた。

ベテラン保険医は”神羅は男社会。毎年似たような事件が起きる、珍しくもない。教官はそういう事件の対処ができるし、そういうマニュアルもある。必ず秘密を守ってくれる。そもそも会社とそういう契約をしているから安心しろ。本当に辛いのなら教官に相談しろ。それが本人にとっても一番いい。

逆に誰にも相談せずに黙っていた兵士は必ず度では終わらずそういう役目を押し付けられがちになりマトモな兵士にはなれない。おかしな方向に行き精神を病んでしまう子も多い。保険医としてそういう事例に何度も対応してきた。

断言する。そういう事は自分達だけで対処できる問題じゃない。必ず度目度目が起きる。同じ形で起きなかったとしても必ず違う事件に繋がる。表面に出るのは極一部で根はずっと深い。上っ面だけ撫でつけて整地しても意味がない。君の友達も平気な顔をしていても心の深いところが傷ついている。

ちゃんと兵士になりたいのなら、君が友達にそうなってほしいのなら教官のところへ行け”と進言した。

するとジャーヴィスは「相談してみる」と帰って行った

だが再び戻って来て”相手と回だけって約束した。バラしたら死ぬ”って言ってる…お願いします、薬をください。と半泣きで申告して来たので、説得は無理だと薬を渡した。”後悔するよ”とは言っておいた。…と保険医は言っていた。


……くだらん。何がトラブルメーカーだ。

期待が180度回転した。

兵士間でのレイプは無くならない。男が男にハメるのは性的以外にマウントの意味もあるからだ。

しかしどんな意味であれ、ヤられて本当に悔しい、辛いのならどうすべきか分る筈だ。少しでも頭が働くのなら。

なのに医師からの助言を無視し、奴は最悪の選択をした。

とんだトラブルメーカーだ。クソ愚か者が!

状況も読めず、助言も聞かずにただ目先の事、感情に流される馬鹿者。

期待していた分、会う前から侮蔑に近い感情を持った。

くだらん。失望させやがって!

そして日後、下級兵クラウド・ストライフが出てきた。

納得した。13歳とは思えないほどの幼く可愛らしいが妙に色気のあるルックスだ。

これでは変態野郎共の良い餌食になるだろう。

こいつには確実に度、度がある。というか、恐らく兵士達の中でそういう役割になるだろう。

心底失望した。

つまらん。ただの便所っ娘だ。一瞬でも期待した自分に腹が立った。

今既に一緒に訓練している連中がコイツを意識している。

笑わせる。何が一回だけだ。つまらん。全くつまらん

持て余すほどの怒りや暴力性を抱えたような奴を徹底的にブチのめしねじ伏せ教育する楽しみ、生き方に盲目になっているような奴や壁にぶち当たっている奴、自分自身に失望しているような奴に筋道を付けてやる愉しみ……があるのかと思えば、ただのオカマ野郎じゃないか!

関わりたくもない。視界にも入れたくない。クソガッカリだ


そう思いつつも教官として数日観察していたところ、クラウド・ストライフの印象がどんどん変わっていった。

、体力・体格・パワーは平均より絶望的に劣るが運動神経、センスは群を抜いて優れている。

、礼儀正しく素直で真面目で内向的だが気が強くプライドが高く排他的。

つまり絶望的に美少女ルックスのお嬢さんが人一倍男らしくあろうとして事件が起こり、更に世間知らずで頭が悪いくせに気が強くプライドが高いから教官に言えば未然に防げるトラブルも黙って厄介な方向へと事を進めていく。

メイヒュー教官の混乱も分かった気がした。簡単に解決するはずの事もいちいち悪い方向に転がしていく愚か者。

だが真面目なのだ。誰よりも。

きっとコイツはこの先何度も似た事件を起こす。トラブルにならないはずの事もトラブルに発展させていく。

なるほど。

『トラブルメーカー』

参った……。

………こいつは……別の基地に飛ばしてやるか…………無理か。それをしたら送り先の教官から俺が恨まれるし評判も落ちる。

マズイ。とにかくコイツが下級兵の癌にならないよう要注意だ。

なるほど、コイツはまさに『トラブルメーカー』だ。


ところがその数日後に事件を起こしたのは同室のアレックス・ジャーヴィスの方だった。

ジャーヴィスが何者かに襲撃され病院に救急搬送された。

あれから四日、未だに意識が回復しておらず回復したところで兵士への復帰は無理である事が伝えられ、そのまま神羅退籍となった。

元々”ジャーヴィス”という苗字には個人的に聞き覚えがあった。

嫌な予感がしてジャーヴィス救急搬送の直後に教官用内申書には記載されない個人プロフィールを事務方に請求しておいた。

兵士は兵士であり妙な依怙贔屓を出さないためにも個人のバックグラウンドは教官には開示されない。

だが退籍となった理由が兵士達による集団リンチ、しかも身障者となってしまった以上は詳しく知っておく必要がある。

事によれば対応を何よりも優先させなければならない。

そして事務方から答えが返ってきたのが申請日後。今日だった。

答えを待っていた4日間に同期の兵士たちに事件の真相について聞いたのだが、答えのトーンに個人差はあってもどいつもこいつも

”同室のストライフが原因”

”犯人は分からない”

このつの意見が全員一致していただけで何も情報らしい情報が入らなかった。

だが教官としての勘が”襲撃犯達はこの”分からない”と言っている連中の中にいる”と確信していた。

大体の当たりはついていたが証拠が無かった。

そして事務方から返ってきたアレックス・ジャーヴィスのプロフィールは予想通り……最悪のものだった。

アレックス・ジャーヴィスの父親は金融出身の剛腕実業家で、一代でジャーヴィス家の名を世界に轟かせ、その性格も剛腕っぷりに比例した暴君で有名で、訴訟も慣れたもので新聞にも時々ジャーヴィスのコラムが出る。


最悪だ。クソ最悪だ

何故そんな人物をこんなトラブルメーカーと同室にしておいた!

加害者も被害者も俺の担当の中にいる!どう転んでも俺の処分は免れない!

元検察官のメイヒュー教官ならジャーヴィスの身元などとっくに勘付いていたはずだ!そんな奴を何故トラブルメーカーの盾にしておいた!こんな奴の盾にるすなら遅かれ早かれこうなる事は分かっていただろう!

トラブルメーカー!

言いたくはないが『クラウド・ストライフ』は俺の担当になってから合計日しか顔を出していないんだ。

何故俺が矢面に立たなければならない!クソ!……メイヒューの野郎!

覚えてろよ……このままでは絶対に終わらせない


部屋に閉じ篭ったままのトラブルメーカーのドアを蹴り開けた。

まず驚いたのはそのやつれっぷりだった。

本当に…馬鹿だ。

ジャーヴィス襲撃にこのガキが関わっていない、そして今までも被害者であったのは皆、周りの兵士も分かっている。俺も分かっている。

分かっているのにこうして部屋に閉じ篭って欠席裁判を好きなだけ開かせ、集団心理に飲み込まれ、ヘイトを貯め、一人でやつれていく。

あぁ、くだらん。あの暴君ジャーヴィス相手に戦争をするというのに何も楽しくない。こんなに楽しくないバトルがあるか?

まるで膨大な生ゴミ処理だ。

どうせ事件を掘り下げていっても、カマ臭い話になっていくのだろう。最低最悪の仕事だ。

それでも、たった4日間とはいえ担当教官となっている以上は問題を最少規模で終結させないと俺に汚点が付く。

さしあたりこのバカガキには栄養を摂らせなければならない。早急に。

こいつはジャーヴィスが襲撃されたその日から何も食べていないのだろう。あぁ……最低につまらな過ぎる。


昼間神羅内の個人面談室に連れて行き、自販機のコーンポタージュを出し事情聴取をしながら飲まそうとしたが、結局俯き唇をきつく結んだまま尋問にも答えず飲みもしなかった。

そして秘密が確実に守れる店に連れてきた。

少しの量でエネルギーを補充できるものを…と肉料理とバター炒めなどを頼んだが、逆効果だったようだ。

喰わない奴に「喰わなければ俺が口に突っ込む!」と脅してやったところ、料理を欠片口に運んだが、直ぐに口を押えフォークをテーブルに置いた。

胃を悪くしているのが見て分かった。まあ、日間も食べていなければそうなるよな。その前からもマトモに食堂に来ていなかったし。

少しでも自己防衛本能のある奴なら食堂に行かなくとも購買で買ったり友人に食べ物を調達してもらったりもするが、このバカはそういうタイプじゃない。そんな最低限の自己防衛ができるのならレイプされ保険医に忠告を受けた時点で俺のところに来ている。


苦しそうに眉を顰め掌で口を押えている。

性格は素直だ。これほど厳しい状態にあっても文句も言わず逃げも言い訳もしない。


「何をしている。冷めるだろ、早く食え

どこまで教官に従えるのか試してやる。

辛いのは分かっている。

スクリュードライバーをまるで洗剤でも飲むかの様に少しの量を肩を上下させ無理矢理飲み下した。

きつそうだ。きついだろう。胃を悪くしている奴にオレンジジュースは利くよな。

増々俯き、全身を震わせながら握った両手で薄い唇を押さえている。


面白い……。なかなか……良い反応だ。バカめ。

……楽しいじゃないか。

それほど辛いのに何も言わずにただひたすら命令を実行しようとする。


そのまま指示を与えずにただ見ていると、……ガキめ、気持ちの動きがよく読める。

自分で勝手に自分を追い込んでいる。

手に持ったグラスをギッと睨みつけ、一気に煽った。

割方飲み下し、ダンッとテーブルにグラスを置きそのまま後ろを向き両手で口を押えていた。

あぁ、物凄い馬鹿だ。どうしようもないバカだ

良いぞ楽しい……良いじゃないか清々しい馬鹿め

どんどん自分を追い込んでいく。良いぞ!


こいつは自分に言い訳を見つけられない、薄氷の上を歩く奴だ。

そうか

…………こいつは……

こいつは………


虐めたら楽しい奴だ……。


ヤバイ

ヤバイぞ……この苦しむ表情……

良いぞ好みだ


……見つけたぞ……こいつの愉しみ方。

…そうだ…こんなくだらん事件に巻き込まれた見返り、少しくらいあってもいいだろう。

…虐めてやる。


そうだ…「教官命令」の大義名分で虐め倒せば、コイツはそう遠くなく心が折れて神羅を去る。

そう仕向けてやる。

自分に失望し、あるいは神羅に失望し、俺に失望するだろう。

そして去れ!

それで『トラブルメーカー』とも縁が切れる。




「それだけ飲めば効いてくるだろう」

限界を超えるストレスで震えの止まらなくなっているているトラブルメーカー。

俺が喋り出したことでテーブルに向き直った。うむ、どんな状態でも軍人理念を守る従順な精神素晴らしいが、バカだなぁ。本当に。

従順にだって頭は必要なんだ。ただ忠実であればいいわけじゃない。

トラブルメーカーが決死の気合いで空けたグラスを持ち上げ、その目の前で揺らしながら言ってやった。

「自白剤を入れておいた」

「………」

表情はあまり変わらないが眉が跳ね上がった。

「覚悟しろと言ったろマスターに頼んで仕込んでもらった。どうだ、自白剤の味は」

「…………………………」

眉頭が徐々に寄って来て、うむ、これは眉を顰めるという状態だろう。

突然トラブルメーカーが口を押え後ろを向いた。

胃から酒が逆流してきたらしく反射的に口を押え、必死に飲み下している。汚い……。

だがさすがに憐れだ。

さすがに追い込むのは…やめて……………………もう少しやってみよう。


なかなか……うむ、良い顔をする。


可哀想にな……俺を愉しませるお前が悪い。

ま、いいよな。子供相手にこんな虚しい時間外労働を身銭切ってやっているのだから、少しくらい愉しんでもいいだろ。


点」


その言葉に苦痛に顰められていた眼がこちらに戻る。

「お前、バカだろ。何をありえない事を一発で信じている

しかも薬入りと聞いてからも逆流してきた酒をまた必死に飲み下している。ハッキリ言うが汚いぞお前

兵士にとって素直である事、信じやすい事は利点じゃない。欠点だ

その単純さの代償は自分だけではない、お前を信頼した仲間までも払わされる事になる。覚えておけ

では追試

①自白剤は当然だが違法薬物だ。そんなものを神羅兵教官である俺がどこで手に入れたのか。

②俺が自白剤を持っていたとして、いつ、どこでここのマスターに渡したか。

③マスターに渡したとして何故こんな周囲に人がたくさんいる場所で自白剤を使う。

ちなみに自白剤は血管注射で使用するものだ、飲むものではない

④最初に言ったが酒は自白の役割をすることもあるし、無茶な飲み方をしない限り後には引かない

一方自白剤は違法薬物になるだけあって脳にも命にも非常に危険な薬だ。使い方ひとつで成人男性でも廃人になる事も死ぬこともある。

アルコールを飲ませた上に、何故そんな危険な薬を使うのだ。

⑤大人でも危険な薬物を13歳未発達のお前に何故使う

⑥そんな危険行為をしたと何故俺はお前にネタばらしをする。

以上点、俺は今から各要素を使用しお前に投与していないことを証明していく

逆にお前は要素点でもいいから用いて俺がお前に摂取させたと結論付けてみせろ。この場合経口投与も可能であると仮定する

お前が点でもいい、俺を納得させられたら……そうだな、今すぐこの場を解散し明日からも俺は何も聞かない。今までの欠席も不問にする。但し点も反論できなければこの後更にキツイ酒を一気飲みさせる!何日も何も食べていない今のお前には命がけの取引になるだろう。お前には後がないぞ。本気で考えろ

では先ず俺から行く。違法薬物について。当然そんな危険薬物は一般人の手に入るものじゃない

軍人であってもそうそうはお目にかかるものではないし、増してや神羅教官の看板を背負った俺が手にしたらデメリットの方が大きすぎる。

万が一どこかのルートで個人で手に入れていたとしても何故リスク承知でこの店のマスターに渡す必要がある

また特殊なルートで手に入れたそんな貴重な薬を何故お前如きに使う必要がある

しかもまだ体も出来ていない少年に危険薬物など無謀すぎるだろう

そもそもアルコール自体が自白に使う場合がある

しかも入手は簡単だ。どこでも売っている

それにこんな場所に連れて来て自腹を切って無駄にガバガバ飲まさなくても、ほんの少量のアルコールを血管に流してやれば済む。神羅内でな

注射器本でお前は一気に酩酊。例えば…医務室でなんかどうだアルコールはべつに飲料用でなくとも構わないんだ

医務室には注射器もあるしな。医療用アルコールもある

摂取させるのに尤もらしい言い訳もたちやすいよな

例えば”遠征前の予防接種”なんかどうだ先ほど一発で信じたお前だ、何も考えず腕を差し出すだろう。

ところでここに来て直ぐ、最初に基地ではできない事もここでならできると言ったが事実はその逆だ

こんな一般人の目が集まっている場所で個室とはいえガラス張りで一体何ができる

基地内の方が余程楽に事を進められる。俺達担当持ち指導教官には個室が与えられている。他にも会議室、商談室、リラックスルーム、尋問室、独房、そして医務室。いくらでも簡単に神羅内でプライベート空間は作れる

本当にヤバイ事をするのならこんな所に来ない方が余程簡単に事が運べる

それにお前如きに薬を飲ませるためにマスターに渡したとしたら少なくとも今日ではないな俺はお前と一緒に入店し席に着いた

昨日は当直で寮泊まりだったし今日は朝から仕事だった。まだ一度もここのマスターと顔を合わせていない

ちなみにこんな店内満席の状態ではマスターは不味いカクテルや食えない料理を作るのに忙しく、怪しげな注文など受けている余裕は無いのではないかあぁ、勿論これは嫌味だ。俺はここの料理は気に入っている。街で一番美味い店だと思っている

残念ながらお前の口には合わない様だが

そう言って嫌みたらしくトラブルメーカーの前にある取り分けたまま食べられていない料理の皿を指先で軽く弾いてやった。

トラブルメーカーはまた俯いた。……ヤバイ、段々可愛く見えてきたぞ。何という不器用かつ馬鹿可愛い性格。

たった一言”体調が悪い”と言えばいいのに、誤解されたままただ俯く。

お前はどうしても固形物が食べられないから、その代わりにと酒を無理矢理流し込んだのだろう

一言そう言えばいいのに。そんな事をする必要もないのに。この不器用はどこまでも損をするタイプだ。

だが俺は好きだ。

虐め甲斐のある奴は好きだ。楽しませてくれ、俺を。

「さて残る一つの方法、俺がウェイターに渡しウェイターからマスターに渡ったパターンもありうるな

だがウェイターは店内、他の客たちの間を通って我々をここまで案内している。こんな狭い店内、歩くスペースは人人が譲り合わなければ通れない。そんな衆人環視、至近距離で誰がどこを見ているか分からない中での違法薬物受け渡し、無いな

億が一やったとしても、これでこの件にそれぞれ家庭を持つ男、マスター・ウェイター・俺の人が絡む事となった。何の為にそんな危険行為を侵す。お前に自白させるためにかたかがその為だけにバレたら俺は神羅教官を失職するだけでは済まない、お前は13歳。関わった者たちは社会的に抹殺されるだろう。店は営業停止となり、雇われマスターとウェイターは失業。オーナーは大損害。

皆それぞれ家族を養っている。俺らが失職したら家族はどうなる

何故そんなリスクを背負った違法行為を個室とはいえ、満席状態の店のガラス張りの店内でやる必要がある

さてストライフ、俺はもっと続けたらいいのか

肘をテーブルについて乗り出し真っすぐ見てやった。プレッシャーをかけるためだ。


俯いていても視線は感じる。

トラブルメーカーは俯いたまま

「……申し訳ありません」

ノックの後にウェイターがカクテルを持って入ってきた。

ナイスタイミングだ!ランディ!

「それはどういう意味だ。俺にまだまだ説明を続けろと言う事かそれともお前が投了したという事か

勿論その場合、お前が何をしなければならないのか覚えているよな

トラブルメーカーの前にライムが差してあるシャーベットがカクテルグラスに入れられて置かれた。

「最初に言った通り、さっきよりも更にキツイ酒だ。シャーベット状だから溶ける前に食べろ。スプーンでな」

顎を少し上げ食べるように促すと、その通りスプーンを持ってまるで処分でもする様にパクパクと一気に食べ切った。それでは味も何も分からないだろう。

というか、何も食べないままシャーベット一気食いは寒いだろう。

コイツは本当に……。


「冗談だ。ソレは酒を抜いてもらっている。普通のシャーベットと変わらない

フローズンダイキリといって今のはライムだが他にもストロベリー、レモン、オレンジ、メロンなんてのもある」

「……………」

トラブルメーカーは返事もできないようでガタガタと震えている。

「で、次はどれがいい

「……い…りま…せん」

「却下。言っただろう。この状況から解放されたければ2項目を満たせアレックス・ジャーヴィス襲撃犯

「…………」

OKなら次はストロベリーだ先頭から順にいく。お前は俺をイラつかせた次は本当に酒をブチ込む!楽しめよ!

「……………」

ガタガタと震え涙目になりながらも何も反論しない。

本当にコイツは……いたぶり甲斐が…あり過ぎる。

ストイックな顔が苦痛に歪み、目を潤ませる様は非常に……良い。

好みだ。

だが、まぁ……さすがにこれ以上は止めておいた方がいいだろう。救急車を呼ぶ羽目になる。


「お前今体調が悪いよな胃だろ”大丈夫”とか言うなよ?そうではないのは見ていたら分かる」

「………………すみ…ませ…ん……」

「立て」

「は…い」

……素直なんだよなぁ。つい色々無理をさせたくなる。

鞄の中からマテリアを出し、トラブルメーカー側のテーブルに廻った。

「腹を触るぞ」

「は

逃げられないように肩を抱き、もう片方の手に持ったマテリアをトラブルメーカーの胃の辺りに充てた。

体に触れられた瞬間逃げようとしたが、こんな虫のように小さな奴の抵抗を抑えるのに力など必要ない。

手に持ったマテリアをそのまま腹に当て続けた。

身長は…これだと150cm弱くらいか。本当に骨格も驚くほど華奢で抵抗する力もまるで弱々しく………あれだ、一晩で死ぬ虫、蜻蛉(カゲロウ)のようだ。何もかもが儚く弱々しい。

腹に当てたマテリアがどんどん熱を持ちはじめ汗ばむほどになってくる頃にはトラブルメーカーの貧相な抵抗も収まっていた。

暫く人そのままの体勢でいると少しづつ少しづつマテリアの熱が覚めていき熱を感じなくなってきた。


「少しは楽になったか

腕の中にスッポリと収まっているトラブルメーカーに聞いてみれば、ゆっくりと…緩慢な動作で驚き目を見開いたまま微かに口を開き、至近距離で真っすぐに見上げてきた。


思わず息が詰まった。



Spiral 2     NOVEL

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