喪失の向こう側15

聖堂へ向けて歩き出したクラウドはセフィロスの凝視に気づくと歩きながら軽く手を振った。

その仕草はあまりに自然でまるで朝仕事に出た帰りかと思う程だが、蠢く魍魎たちによって波打つ建物の外観がその過ぎた時の長さを証明している。


クラウドが長く帰って来ない事を父ダンテからツォン伝いで知らされたエリアスとザックスは間もなく大聖堂を出た。

主夫のいない廃大聖堂など不便なだけで何も良い事がない。そして同じく廃大聖堂に居る意味も無くなったツォンも出た。

聖堂にはレノとセフィロスの2人になったが、魔族のくせに人間臭い生活を好むレノにとって人として何もかもが根本的に足りていないセフィロスとの生活はストレスにしかならず、しかもセフィロスにとってもレノは見えてはならぬ姿にしか見えず、それは冒涜であり拷問であり苦痛でしかなく、結局レノも離れて行った。

そしてセフィロスはほぼ15年間、この魑魅魍魎の跋扈する廃大聖堂で一人クラウド帰還を信じ、待ち続けた。


廃大聖堂へ向かって橋を歩いていたクラウドに急に大きな影が差した

見上げると、月明かりを遮る大きな大きな闇の隻翼が広がっていた。

その巨大さは夜空に浮かぶ月を遮るほどなのに、その羽根は一枚一枚が艶やかで創った様に美しい。

『英雄』

こんな誰も見ていないひと時ですらそう思い起こさせる。

何度生まれ変わろうともどんな育ち方をしようともセフィロスはそうなる。

思わず歩くのを止めセフィロスに魅入っていたクラウドだったが、その翼がバサッと空を切った次の瞬間にクラウド自身が月夜に引き上げられていた。


!?

どんどん夜空を上昇していくクラウド。

掴んでいるのは英雄セフィロス。

飛行スピードは加速し続けあっという間に山一つ分を越えた。


「おい何で飛んでる!離せ!俺自分で飛べる!離せ!テメ…どこに行くつもりだ

突然の英雄の暴挙に呆気にとられたクラウドだったが我に返るなり暴れながら罵声を浴びせたが、大人になったセフィロスは少年体系から抜け切れていないクラウドの抵抗など何物でもないように風圧も激しく凄いスピードでどこかに向かっている。



スコールに戦闘時にでも見せてもらえと言われたセフィロスのリミットブレイク姿、何故かいきなり見ている。

セフィロスが相当怒っているのは骨が軋む程に掴まれている力から文字通り痛いほどに伝わっていた。

確かに怒るのも無理はない。アレコレ約束した後で突然15年も失踪すれば怒るのも当然だ。そこは理解している。

だがそもそもが約束なんかしたつもりなど無かったし、あれは合意後にセフィロスが勝手に条件を変えただけだし、だからといって気は進まなかったがもうどうでもよかったし、でもやっぱりセフィロスなんかと恋人同士とかありえないし無理過ぎだし、あの『1回だけなら』の返事は自分でもマズかったと今更思ってるし、だがどう言って撤回すればいいのか思いつかないし、そもそもセフィロスなんか何を言っても自分に都合よくしか聞かないし、でもムカついてるならブン殴って終わりにしたらいいだろそのくらいなら受けてやるが他はお断りだ!としか思えないし、大体俺はスコールの結界に入ってから1日くらいしか経ってないからそんなに怒られても俺が悪いわけじゃないし、第一俺の話を何も聞かないうちからリミットブレイクしてるとか心狭すぎだろ……それにしてもコイツも隻翼……結局俺の隻翼は大元のお前がそうだから俺も変になったんじゃないか!でもお前の羽根は凄く大きくて強そうでツヤツヤしててかっこいいのに何で俺のは破れかぶれの蝙蝠なんだよ!コピーなのに差が付き過ぎだろ!しかも俺は第二形態になると体半分だけ武器化するし!マジで最低のセンスだ!宝条!やっぱりアイツだけは絶対に許さない!何が”半人前”だ!お前こそ”半人分”しかできないじゃないか!バカ!!


スコールに結界を解かれる時の”セフィロスのために何ができるだろう”などという愁傷な考えはこの時点で既にクラウドの脳内からさっぱりと消え去っていた。

結局何がどうなろうとも、英雄だろうが一般人だろうが美形だろうがモンスターだろうが嫌いなものは嫌いなのだ。

セフィロスがセフィロスである限り、クラウドがクラウドである限りセフィロスは嫌い!一生その思いは変わらない!

一方セフィロスもクラウドの反応に関係なく『クラウドは俺のもの!』の意志は15年のブランクがあろうと生まれ変わろうとも微塵も揺るがない。変わらない。

どこまで行っても平行線な2人だが、とりあえず今は抵抗するだけ無駄だと悟ったクラウドがどこかへ荷物の様に掴まれ運ばれる事を受け入れた。


月明かりに浮かび上がる景色はただ鬱蒼と生い茂る木々山々、遠くには真っ黒にしか見えない海が見える。

どこまでも続く単調な景色の何を目印にしているのかセフィロスは飛び続け、ある地点で唐突に翼をたたみ下降し始め木々の傘を抜け森の中、地上へ舞い降りた。……と思う間もなく地上だと思っていた場所は実は草木に覆われただけの大きな落とし穴の様になっており、足が付いたのは地上からmほど地中に潜った……よく見てみればそこは天井が抜けた50㎡程の小さな鍾乳洞だった。

抜けた天井部分から差し込む月明かりで岩礁の足場には所々泉や池ができており、その水には夜光虫のようなものが棲んでいるらしく、セフィロスとクラウドが着地した事で揺れた水に夜光虫がザァ…と波の様に蒼色に発光した。

夜光虫の数からしてこの鍾乳洞はどこかもっと大きな海中鍾乳洞と繋がっているらしいとクラウドは推測した。

一方セフィロスはそうして状況把握に忙しいクラウドの身体を未だ腕の中から解放していなかった。

だがクラウドは腹の上で組まれているセフィロスの腕が緩まないのを利用し梃子にして、鍾乳洞の奥を覗き見たり足元を調べたり天井を仰ぎ見たり……

その反応にセフィロスは表情には出さずに打ちのめされていた。


接触嫌いだったクラウド。

何かトラウマがあるのは分かっていた。

昔は触れる為の理由をいちいち作るのが面倒だった。

クラウド……

気付いたのは止まぬ空腹感からだった。

獲物は常に目の前で踊っていた。

容易いはずだった。

手に入れたはずだった。


満たされるはずだった餓え。

代わりになる餌などいないのは既に体で知っていた。

狂ったように探し続けた。

探して、探して、探せば探すほど喪失の疑惑が底なしの現実となっていった。

日毎に空腹は飢餓へと変貌し、飢餓は絶望と癒着してゆき、渇望がやがて”渇”ただそれだけのものとなった。

デビルハンター・レディに厳しい戦場に連続で向かわされた。

鬱陶しい女だったが傭兵業界では一番の派閥と支配力と実力を持っていた。

当時はデビルハントも駆け出しで逆らえず、何よりもレディとクラウドは仕事だけでなく個人的に強く結び付いていた為情報収集の為にもその傘下から抜けるわけにはいかなかった。

だがそのせいで同じパーティには煩いザックスを従えた鬱陶しいエリアス、あるいは教会と魔界をバックに持つ白髪頭のネロのどちらかが必ず配備されていた。

どちらも小賢しく頭が回る鬱陶しい奴らだったが、ネロは戦力、エリアスは戦術が誰よりも信用できたし何よりプライベートに関わってこようとしないだけマシだった。

つの戦場が終われば次の戦場へと渡り歩き、現場で気の趣くまま苛立ちと怒りのまま族性関係なく無差別に抱き潰した。

惚けた顔が途中から恐怖と苦痛に歪んでいき泣き赦しを請い悲鳴をあげ絶命に向かう様を見る時だけは苛立ちが収まった。

何人何体壊れようが死のうが俺の知った事ではない。全ては自己責任だ。

だが結局そんな使い捨て共では何も埋まらなかった。

何をしても届かない、唯全てが無意味無味乾燥。

虚無、喪失、執着、枯渇が突き付けられるだけの行為など止めた。

日々全てが砂塵と化し何も残らず絶望の中に沈み続けた。

それでも命ある限り息をし続けるように、答えなどとっくに出ていても無意識に常にクラウドを探していた。

いないのは嫌というほど分かっていた。

だが目が探す事を止めない。

無意味かつ矛盾した状態に腹が立ち探すのを何度も止めようとしたが、それには強い意志での自戒を必要とした。

だが苦労して自制し、ようやく探す事を止めても気付けばまた目がクラウドの気配を探していた。

こんな役立たずの目などいらぬ!と潰してみても暗闇の中で浮かぶのは金色に輝くそれだけだった。


クラウド、俺が生きるためにはお前がいなければならぬ。

お前がいない事を認めてしまえば俺は死ぬ。

俺は今、生きながら死んでいる。

お前がいて初めて俺は正常に機能する。

だから俺は命の欠片(クラウド)を探さずにはいられないのだ。

役立たずの目を潰したところで何も解決しない。

酷い結論だがそれ以外に答えが無いらしい。


絶望だけが深く根を生やしていく日々の中、夢を見た。

殺しても飽き足らぬ奴。

クラウドの間男。

真っ暗な夢の中を薄く浮かび上がったまま通り過ぎた。

消えた後には薄く灯る見た事の無いモノが落ちていた。

落ちていたモノを手にした時、メッセージが伝わってきた。

『クラウドは15年後に帰って来る』

手にしたモノは消えて無くなっていた。

くだらぬ。

クラウドが媚態を晒す男。

何が15年だ間男風情が!クラウドは俺のものだ目障りだ!二度と俺の領域に入って来るな!


………もしかしてクラウドはどこかで死んで再生しようとしているのかそれに15年かかるのか

俺は再生に1年くらいかかり卵になって再生して来たと聞いた。

もし死んでいるのならクラウドはどんな状態で生き返るのだ

卵か俺が育てるのか

まあ、それもいい。子供の頃から俺だけを信用し俺だけを頼るように仕込む。

大丈夫だ。お前が拘る”強さ”も今の俺の戦力を超える者などいない。誰よりも強く育ててやる。

そして名実ともに俺だけのクラウドに育て上げる。

俺の隣には常にお前を置く。

そして他の誰にも目移りなどさせぬ!


だがどうせ違うのだろう。

今までもそうだった。コミュ障のくせにお人好しのクラウドなど簡単に堕とせそうだったが結局こんな状況だ。

しかもあの心底腹の立つわざとらしい神モドキがクラウドの失踪に噛んでいるのなら必ずどこかに落とし穴を作っている。

ふざけるな!クラウドの主は俺だ

お前が何者であろうとも主は俺だ!他者が入り込む隙など無い!鬱陶しい!二度と現れるな!消え失せろ!


あと13

クラウドどこで何をしている

一秒でも早く帰ってこい!声をあげろ!俺を呼べ!待つのも飽き飽きだ

俺のもののくせに

お前は俺の傀儡だろう!

誰にも一欠けらも渡さぬお前自身にも

帰ってきたら二度と自由など与えぬ

お前を自由にさせた事を俺がどれほど後悔しているか思い知らせてやる!


あと12

……本当にクラウドは帰って来るのか

本当に俺はこの渇きから解放される時が来るのか

いや、夢など見ない俺が年以上経った今でもあの神モドキの夢を鮮明に覚えているのだ、必ず意味がある。

必ず帰って来る。

だがどこにどこで待てばいい。

誰よりも一番に見つけて二度と誰にも触れさせぬ!


あと11

クラウド。

俺は随分変わっただろう色々経験したんだ。

お前はこんな俺を受け入れてくれるだろうか。

いや、受け入れさせる。必ず。お前は俺のものだから。

どこに帰って来る。

クラウドがこの世界に現れたのはフォルティナの地下。

最初に生活したのは繁華街のレディの家。

ダンテの家にいた事もある。

クラウドがいつも気にかけていたのは巫女のマリー。

最後に探していたのはガウ。

アイアンホースが置いてあるのは郊外のバイク親父の工場。

お前はどこに現れる。

どこだ!誰よりも早く一番に確保しなければ!

失踪にあの人間モドキが関わているのは分かっている!だが2度と出し抜かれたりはせぬ!神だろうと関係ない!必ず誰よりも先にクラウドを手に入れる!2度と誰にも触れさせぬ!

クラウド!俺のものにならぬのなら殺す!必ず探し出し捕まえて殺す!

俺を絶望に突き落とすのなら、必ずお前の命で償わせる!

レノとツォンが魔界から出られなくなる日がやって来た。

去り際にレノが言った。

クラウドが15年先に飛んだ訳を。


「クラウドがいなくなったのはクラウドのせいじゃねぇ。増してやあの雨降らしのカミサマのせいでもねぇ。お前のせいだぜ」

「何を言っている。俺はそんな事を望んだ事など無い!」

「そうじゃねえ、クラウドの命はもう殆ど残ってねぇの!

今のお前じゃクラウドが死んだら怒りそのままにクッソろくでもねえ事しでかすだろうし

生きて受け入れたとしてもやっぱりお前はロクでもない扱いしかできねえだろ!

それじゃお前を更生させるために次元を超えて追いかけてきたクラウドが可哀想過ぎだ!寿命を縮めてまで来た意味がねぇ!

だからあの雨降らし(スコール)が未来にスキップさせた

昔の星での悲劇を繰り返さないために

クッソ迷惑な話だ!おかげで俺らは会えないまま終わっちまう!」


昔の悲劇がどうとか言われても身に覚えがない。

そんな事よりも……

「命が…残っていない?クラウドのか?

「そうだっての!

魔界には命の部屋がある

たーーーーくさんたくさんの命の灯

夜空に瞬く星よりもたーくさんの地上の星々

人間、魔族、獣族関係なく代わる代わる灯り瞬き消え、灯り瞬き消え

命ってーのはいいもんだ、命に代わるものなんかこの世もあの世も天界魔界、森羅万象どこにもねぇ

その命を誕生させる仕事をしてる淫魔ってーのはスゲーんだ!

んで、この世界に在る命の部屋にクラウドの灯もある

クラウドの灯はこの世界に来た時既に残り少なかった

だから俺はクラウドの所に来たんだ。こいつとは短い付き合いになるから後腐れがねえと思って

んで一緒に住み始めて気が付いた。アイツの燃え方は超おっせーんだよ。あ、お前もそうだけどな

周りの命と同じに燃えていても全然灯が小さくなっていかねー

異星人だか何だか知らねーがちっと目測誤っちまったな…とは思ったがここの生活は楽しかったし、まあいいやと思ってた

だが燃え方は遅くても確実に灯が小さくなっていってた。そりゃそうだ、それが命ってもんだ

だがさすがにもういよいよだな…って時にスパーン!と失踪した。そしたら灯の動きが止まった

ビックリだぜ。燃えてる形のまま止まってんだ

そんなモン初めて見たが、魔王スパーダがこっちの世界でのクラウドの時間が止まってるっつってた

この世界にはいても、この次元にはいねー。要するに”いない”らしい

だが灯は無くなってないからいつか必ずこの次元に帰って来る

その時は別の次元で消費した時間分がここで一気に清算される、ってよ

今俺に言えるのはクラウドが帰って来るのは少なくとも俺らがこの世界にいられる間じゃねーってこった!

お前のせいだぜ。バーロー!ファミリーセットだった俺のオキニ生活返せ!ファック!」


クラウドの命が残り少ない?

…………それは…死ぬ、ということか?

俺を残して?


俺を残してか?

クラウドが?

なんだそれは?

どう考えても、発想の転換をしても、生活を変えても

クラウドの存在しない自分の未来が見えなかった。

待つことも許されない未来が想像がつかない。

分からない。

なんだそれは。

そして15年前に突然消えた時と同じようにクラウドは忽然と廃大聖堂に現れた。


本人に自覚は無いようだが、まるで別人の様に変わっていた。


一目で分かるほどに。

「ここを出てからどれくらい時間が経過した?」

クラウド…だった奴が辺りを見回している。

「大体1日くらい。で、ここはどこだ?何でここに連れて来た?」


一日?そんなわけはないだろう?

腕の力を緩めてやると自然な仕草で腕の中から逃れ出た。

以前のお前ならばこんな反応はしない。

以前ならば、とにかく何よりも腕の中から逃れようと躍起になるだけで会話など成立しなかったはずだ。

こんな接触を許さなかったはずだ。


辺りを探るためクラウドが一歩一歩と歩を進める毎に足元の夜光虫が発光している。

それは夢にまで見た光景だったはずだが、まるで今が悪夢のように中にいるようだ。


「雌犬の顔をしているな」


洞窟の中を彷徨っていた視線が俺に帰って来た。


分かっていた。

どこかに落とし穴がる。あの外道が絡んでいるのだ。必ずどこかに何かを仕掛けている…そんな事は分かっていた。

最悪の状況を考えるべきだと、クラウドの帰還に期待を混める己を常に戒めていた。

あの外道を信用してはならぬ!初対面のあの時から敵だと分かっていた!

それでも愚かな俺は学べていなかったようだ。

クラウドのいない未来だけではない。

まさかこんな答えがあるとは想像もしていなかった。できなかった。


俺のクラウド。

誰の目に触れる事も無いままひっそりと咲いた花のような奇跡の清純さと危うさをもったお前。

保護者の顔の下では癒せぬ傷に血を流し続けていた。

あのクラウドはどこへ消えた。

壊れた過去に苦しむお前を修正してやるのは俺だったはず。

だが

目の前にいるのは淫靡なオーラを纏う妖魔。

人を捉え蝕み狂わす蠱惑の生物。

俺のクラウドはどこに行った。

まさか帰ってこないのか?

悪夢から抜け出せぬ。


俺が喰らい、喰らい尽し、俺のモノにするはずだったクラウド。

俺のクラウドはどこだ。


下衆な言葉を使ってやったにも拘らず動揺すらしていない。

誰だお前は。


「俺、昔いた世界に戻ってたんだ。それでその頃俺をずっと守ってくれてた人に会って来た

俺はその人専用の雌犬(ビッチ)だった

強制じゃない、自分の意志でそうしてた

尊敬してて、大好きで、その人といる時だけ、俺は自分を認められた

凄く幸せだった

でもたくさんの人に迷惑をかけてしまった

だから、何もかも無かったことにしたくて、忘れてた

でも…………

セフィロス、約束守れなくてごめん

俺はその人以外はいらない

その人がいなくなっても、俺はその人と共にいる」


クラウドを守るのは俺の役目だったはず。

クラウドを開発するのは俺の役目のはず。

クラウドが求めて縋るのは俺だけだったはず!

クラウドの主は俺だ!

主を間違うお前などに存在価値など!

他人に穢されたお前など!


細くまだ少年の香りの残る華奢な首を掴み、肉と骨が軋むほど締上げた。

「グゥ…」と喉が鳴るが抵抗は無い。


どの程度力を入れれば死ぬのか、どの程度痛めつければ戻らなくなるのかこの15年見続けてきた。

無数の生命を散らしてきた。

生命の終わりを見てきた。

耐え難い渇きを耐えてきた。

ただお前が、クラウドが帰って来る事だけを信じ、信じる事だけが生きるための拠り所だった。

あの最悪の外道の戯言が生きる糧だった。

分かるかその気持ちが!

それを耐え抜いた結果がこれか!


指を離すと同時に陰魔が崩れ落ちた。

岩礁に這いつくばり見苦しい咳を繰り返している。

その姿がゆらゆらと水面のように頼りなく何故か揺れ動いて見える。


俺のクラウドはどこだ。


会いたい。




その扉は魔界の王とその直近悪魔にしか開かない特殊魔法がかかっていた。

突然そのドアがズバァーンと人間臭く勢いよく開き、一体の上級悪魔が飛び込んで来た。


「クラウドが帰って来たってマジっすかーーーーーーーー!!!!

「ザーックス!ここをどこだと思っているそれにその口の利き方は何だ先ず挨拶!!

一足先に到着していたツォンが玉座にいる魔王3位の御前に跪いたまま叱責を飛ばした。

「いい、いい。ザックスもクラウドに育てられたようなモンだ。水鏡見てみろ、ツォンも

左の魔王ダンテが部屋の中央にある水鏡を指した。

父ツォンに仕草と目線で魔王への挨拶を促されたザックスは即席で玉座の3位へ悪魔の主従の礼をし、水鏡に走り寄ったが……

「……え…」

覗き込んだザックスから思わず声が漏れた。


水鏡の向こうでは、どこかの洞窟の中でまるで1本の柱の様にきつく抱き合ったままの2人。

クラウドはセフィロスの腕の中に閉じ込められながらもその銀色に輝く髪を優しく何度も撫でている。

思わず水鏡に張り付いたままフリーズしてしまったザックス。

玉座に座した魔王3位はなぜか苛立ちを滲ませたまま一瞥すらしようともしない。


「…誰、この色っぽい人……それに…セフィロス……泣いてますやん……え、どうしちゃったの?何がありました?

「クラウド、結婚したんだと。モト彼と」

「は?けっこん?………モト……………カレ?……ェ……ライス…ッフゴッ!」

ザックスの頭を後ろから殴ったツォンが指示を出した。

「至急2人に会いに行く準備にかかれ!

召喚技を使える魔王と違って我らは行くのに大掛かりな準備が必要だ

先に帰ったレノも昇界の準備にかかっている!時間がない、行け!急げ!」

「うう、とーちゃんもうちっと手加減しろよ!アタマもげンがっ!」

2発目の鉄拳が入りザックスは父ツォンを恨めし気に睨み口の中でもごもごと文句を言いながら入ってきた時と同じ様に魔王の間の扉を派手にバアーーーン!!と開けて出て行った。


そんな父子の様子を複雑な表情で見ていた魔王ダンテ。

ダンテはクラウドよりもセフィロスの方と縁が深い。

この星にこつ然と現れたセフィロスが正気を失くしたまま荒れ狂っていた時に対決し、その命を終わらせたのはダンテ。

力をぶつけ合った者同士だからこそ伝わってきたセフィロスの想いの臨界爆発。

クラウドが失踪してからは果ての無い砂漠を彷徨い続けていた。

あの見てくれとクレバーさとカリスマに魅せられ近づく者は後を絶たなかったが、誰一人としてセフィロスの渇きを慰められる者はいなかった。

現実にどこに居ようとも、奴が居たのは希望も潤いも餌も景色も何一つ存在しない渇き切った地だった。

彷徨う怒りを爆発させるように戦いの中に身を置き続けた結果、奴はこの星の魔界、天界、地上、幻界全てを含めた中でも随一の戦闘能力を持つようになってしまった。

そんなセフィロスの想いに帰還早々止めを刺したクラウド。

そのくせ慰めてなどいる。

なんだそれは?

お前の立ち位置はどこだ?

慰めるくらいなら大人しく主の傀儡になっておけ!


苛立ちが後から後から膨れ上がってきていたダンテ。

「ファッキン!アッスホー!!死んだ奴に操立てたって意味ねぇだろうが!クソ純愛気取ってんじゃねえぞ!ビイィィッッッッッチッッ!造魔は造魔らしく主に従えってんだ!!クソが!!」

そんなダンテの汚い言葉を右の魔王バージルが冷静に嘲笑した。

「お前がそれを言うとはな…ハハァ」

造魔の宿命に逆らいダンテの妻となり、結末が分かっていても夫の為に主に逆らった造魔トリッシュ。

結果、永遠の消滅をした。

そして造魔トリッシュ消滅後も独り身を貫いている左の魔王ダンテ、ガツッ!と玉座に立てかけてある大剣を掴むと同時に右の魔王バージルの玉座に叩き込んだ。

それを寸でで交わしたバージルも立ち上がりざま閻魔刃をダンテに向けて振り込んだ。

それが毎度飽きもせず双子魔王が殺し合いを始める合図。

目の前で戦いを始められてしまったが、そんなものは毎度慣れっこの父・魔王スパーダは密かに後退りをしかけているツォンに小さく手をヒラヒラさせ退室するよう促した。

ツォンは手早く礼をし、ガンッ!ギャン!ギャリッ!ヴオンッ!ギリリッ!と、剣同士が渾身の力・速さでぶつかり合う音に背筋をゾクゾクさせながら静かに、できるだけ早く王の間を下がった。

口でどうのこうのと言おうともスパーダ一族は全員、一人の女以外とは添おうとすらしない。

どこまでもタフな3魔王だから女遊びは尽きることなく激しいが、たとえ死が2人を別つとも、永遠の消滅が引き裂こうとも妻とする者は唯一人。

だからこそ大淫魔レノからクラウドが次元移動先で何をしてきたのか聞き、そうする以外にできなかっただろう事も本音では全員よくわかっている。

それでも、具に見てきたセフィロスの渇きはあまりにも根深く救いが無さ過ぎた。


大悪魔ツォンも息子ザックスに続き迅速に昇界の準備にかかった。

クラウドに残された時間は極僅か。

セフィロスの狂気が爆発する。この世界に来た時のように。

今のセフィロスの戦闘能力は魔王たちですら各々で戦ったのでは敵わない。

ザックスや大淫魔レノは楽天家なせいか、セフィロスにモラルが芽生えさせるための15年の空白だと解釈していたが、魔王3位とツォンはそうは考えていない。

あのスコール神は15年間セフィロスを餓えさせ続ける事で、その上限の無い戦闘能力を育て続けた。

そしてクラウドの裏切りと死によって完全なる絶望を奴に与え、この星で最終戦争を起こそうとしている。

何故そんなことをする必要があるかと父が問えば、誰よりもスコール神を理解している魔王ダンテが答えた。

「おもしろそうだから」


そんな事は許さない。

ツォンには大切な者が地上にいる。

共に生きられなくとも永遠に愛す。

生きてさえくれたらいい。

彼女の命、生活を守るためなら喜んで盾となり、そして果て土塊となろうとも構わぬ。

この身が風に散ろうとも、永遠の消滅をしようとも、彼女の盾になれるのなら本望。

ダンテ、スパーダ、バージル、レノ、皆それぞれに想いがある。

絶対に壊させたりしない。

この星を、命をスコール神のおもちゃになどさせぬ!



鍾乳洞窟の夜が明け始めていた。

喪失の向こう側プロローグ    NOVEL    喪失の向こう側16




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