注:レノ特有の口癖「だぞ、っと」がまるっと消えています。



君のもとへ1



「パン屋の娘!?……てかあそこの駅前にパン屋なんかあったか

「ある」

「へぇ~、知らねかった。で、どーすんだ距離もスゲェ離れてるし、父親も居るんだろ?その店に」

「父親じゃない。苗字で呼んでた。分からないからお前に聞いてる」

「はぁ~、なるほど」


昼休み社員食堂の片隅。相談がある、と思い詰めた顔でやって来たルード。

相談事はレノが”自称”最も得意とする分野、恋バナだった。

先週グラスランド技術開発支社に出張した折、現地の女の子に一目惚れをしたらしい。

その子はスゲー可愛いくて、明るくて、元気で、接客も良くて、絶対にモテる子だし、彼氏がいてもおかしくない。

一方自分はと言えば無口だし、無表情だし、仕事は不規則な上忙しいし、距離も片道時間と遠く離れている。

どう考えても無理だ、と結局、何一つアクションを起せないまま帰って来てしまった。

だが日毎彼女への想いは募り、今はもうノイローゼのように頭から離れなくなってしまった、と。

「どうしたらいいのか」と、”自称”恋愛マスターのレノの所にやってきた。


「うーん、往復6時間だろ?しかも働いてる店しか分からねーときたか…

まー、俺だったら絶対にイかねぇが……………あ、店のアドレスにメールしろ”先週パン買いに通ったハゲですけど黒髪のお姉さん付き合ってください”」

「晒し者だ。店には他にも従業員が何人かいた」

「だから何だ!ターゲット以外は雑魚関係ねぇ奴はすっこんでろくらいの勢いでイくんだよ

ルード、言っとくが遠距離恋愛なんかお互い会おうとしなきゃ直ぐに自然消滅だぜ!?

恥かいたっていいんだガツーンと行って、とにかく覚えてもらえ!覚えてもらったらこっちのモンだ!

それでうまいこといって付き合ったら、パンツ脱ぐ関係になるんだそれ考えりゃ恥ずかしい事なんか何もねぇ!!やれ!!

「ぅ……む……」

食堂の片隅でコッソリ相談したルードだったが、話しているうちに”自称”恋愛マスターに熱が入り過ぎて、小声がシャウトに変わっていて周りの社員達から好奇の目やらヒソヒソクスクス笑いを集めてしまい、たまらずレノを引きずりその場を離れる事にした。



ビルの外階段踊り場、風を受けレノの赤い髪が靡く。

「だからルード。失敗してフラれたとしても、遠距離なんだから2度と会う事もねぇ!

てか、そこが遠距離の良いところだ!会いたくなきゃ一生会わずに済む!

だから先ずは覚えてもらう!それを目標にしろ!

お前はビジュアルならハゲインパクトがあるから他の奴よりも有利だ特攻だ

「う、うむ、、、」

ルードのハゲ頭が陽の光を受け光る。


仲間ルードに熱く語りながらもレノは、自分の貴重なプライベートタイムを移動だけで時間も潰すなど絶対にやらない。ありえない、と思っていた。

仕事の休みがなかなか取れず、しかも不規則なのはレノも同じ。だからこそプライベートタイムは効率よく消化しなければもったいない。

もし自分に遠距離に気に入った子ができたとしても、とりあえず1回ヤッて終わりにする。回でもヤッておけばそれなりに気は済む。

だがルードはそういうタイプではない。

呆れるほどに口が重く、我慢強く、気が長く、打たれ強いルード。

仕事ではそういう性格はプラスになるが、恋愛では絶妙に不利。女がついてこない。か、クソみたいな女か近寄って来る。


「あ、そうだ!来週は俺があっちに出張だから、そのパン屋の女の子軽くチェックしてやるよ

任せろ俺はビッチだけは見分けられる遠距離やるならビッチだけは絶対にダメだ!近距離もダメだけどよ!

とりあえず俺がその女の子を見てみる

その子に特攻するのは俺が内偵入れてからにしとけな!お前の女の好みは地雷・事故物件率が異常に高けぇからよ

「………よろしく」

ルードが頷いた。

「貸し

レノはキメ顔で親指を立てた。



翌週グラスランド支社に出張したレノは仕事の合間にルードお目当ての娘のいるパン屋に向かった。

そのパン屋は駅前コンコース2階から見下ろせるほどの一等地にあった。

3か月前に来た時には無かったから新しい店だ。

パン屋らしく前面ガラス張りにしてあり、外からパンの種類が見えるようになっていて昼時ということもあり、客はひっきりなしに出入りしている。

実際に足を踏み入れると店内には従業員が人いた。

厨房に金髪の若い男と爺さんの2人。

レジに金髪のオバサン。恐らく厨房の金髪男の母親だ。ちょっと珍しい髪質が同じだ。それとルード好みの女。

一旦店から出て駅前のコンコースから店内を見下ろし、買ったパンを食べながら店への来客が一段落するのを待った。

パン屋の女の子は今までのルードの女のセンスからいけばありえない超優良物件だ。

スタイル抜群の巨乳でメチャ可愛い。100点満点のルックスの上に多分ルードが今まで引っかかってきたようなユルイ女じゃない。

……だが彼女の何かが、超優良物件のはずだが何かが…レノのクソ女センサーに引っかかった。

もう一度確認する必要があった。


「いらっしゃいませ、あら

100点満点の彼女は昼の混雑時に行ったレノを覚えていた。

何度見ても抜群のスタイルで良い笑顔だが…やはりその笑顔には何かが引っかかる。

「美味しかったから夕飯分も買っていくよ。今日は残業でね」

「ありがとうございます。でもこの店10時まで開いてるから今度からはその時買ってくれてもいいわよ

出来立ての方が美味しいでしょ

「パン屋なのに10時までやってんだ、働きモンだね。皆最後まで残るの

「クラウド、あの厨房の人ね。あの人はもうすぐ上がり。朝早くからパンの仕込みをやってるからね、帰りも早いの

お母さん、えと、皆のお母さんだから「お母さん」あの人は夕方まで

私ともう一人の厨房のオジサン、それと今日はお休みだけどもう一人の女の人が最後までよ。はい、1520円です」

「サンキュー君、可愛いね。どんな人がタイプ

「たくさんパンを買ってくれる人よろしくねはい、お次の方どうぞー」



駅のコンコース2階に戻りパン屋を見下ろしながらレノは携帯を取り出した。

「ルード、あの子は駄目だ…

お前センスにしてはありえない超優良物件だがあれは事故物件だ。男嫌いだぞ。多分間違いない

つってもお前も納得いかねーだろから、今度こっちに来た時にあの子に声かけてみろ

眼を見て話せ、お前にも分かる」

『……………』

「ダイナマイトバディだし足もきれいだし可愛いし機転が利くし芯も通ってる

マジでいい女だが、あの手の男嫌いは厄介そうだ。頭が良い分、簡単には治らない

お前は男の中でも特に男臭い方だし、近付いた分だけマイナス印象になるんじゃねぇか?

とはいえあの可愛さとあのスーパーバディだ、そのうちどっかの”良い人”が根気よく男嫌いを治してくれんだろ

そしたらその時改めてヨロシクすればいい

今はあの子は”男嫌い”、お前は”男くさい”、そういうこった」

『………』



出張から帰ってから報告しようと思っていたレノだったが、ガッカリな内容は気を持たせるだけ悪いので電話で報告した。

慣れているルードの沈黙が今は痛かった。




その日の夜、レノは支社の連中に誘われて街に飲みに繰り出し、飲んで、飲んで、飲んで、2次会に行って、飲んで、騒いで飲んで弾けて、3次会行ってグラマーな有料お姉さんと仲良くして、解散した時には日付を超えるどころではなく既に夜明け前、中途半端な都市はすっかり寝静まり返っていた。

「あー、チクショーやべぇ、もう朝になるじゃねーか、接待でもねーのに徹夜かよ、何やってんだ俺ぇ」

「よー、オッサン。俺ら電車賃失くしちまってさー、困ってんだ。悪りぃけど、金貸してくんね



静まり返った街中、完全に一人だと思っていたところに背後から声をかけられ、驚いて振り向いたレノ。

目深にフードを被った、いかにも半グレ見せパン4人組がニヤついていた。


「…………俺に言ったのか?」

「他に誰がいんだよ、オッサン」

馬鹿にするように仲間達でニヤついている。

「俺も飲み過ぎてスッカラカ~ンだ。見ての通り徒歩通勤、他当たってくれ」

「あっそ、どーでもいいよ。ボコられたくなきゃとりあえず金出せよ、リーマン」


今度こそ、レノのこめかみの血管がピクン…と浮き出た。

確かにスーツは着ている。

職業柄スーツは必須だ。

だがそのスーツもリーマンにはありえないほど着崩して髪は真っ赤で肩甲骨に届くほどの長髪、これを普通に”リーマン”、そして何だ気のせいか聞き違いか俺に”オッサン”と言った聞き違いか?2回も聞いたような気がしたが。聞き違いだよなてめーらアホですかいや、アホだ!間違いない!アホには教育的指導が必要だと半グレ連中に向き合った時……

「おい

『フード・見せパン』があらぬ方を向いて怒鳴った。

その視線の先にはナント、例のパン屋の厨房にいた金髪男がいた。

こっちの状況を無視して足早に通り過ぎようとしている。


「よー、ニーチャン何知らんぷりしてんの~聞いたろ俺ら金ねぇんだよ知らんぷり~なんて卑怯だろ~可哀想な未成年、助けてくれよ~」

相変わらずニヤついた見せパン1だったが……


「お前らが用があるのはソッチだろ。俺はただの通りすがり」

視線の一つも向けずに金髪男は言い捨ててそのまま歩き去ろうとした。

その露骨な態度にキレたのは半グレ連中ではなく……

「よーアンタ、クラウドっつーんだろ!?パン屋のクラウドー昨日アンタんとこのパン食ったぜうっめーな

昨日から続いていたムカつきが何をしても解消されず、ここへきてムカつきの原因、パン屋の仲間を半グレに曝してやり”ザマーミロ”で留飲を下げた気分だったが、金髪の反応は予想外の外のものだった。


「……何食べた

??何?この状況で、その質問?

えーと卵が2個乗ってるやつ、アレ、マジ最高オメー天才だよ!アレはハマる!それと塩パンバターが少ないのがいいそれとガーリック・・」

「おい何の話だ勝手に話進めてんじゃねえ

2人で会話を進められ無視されキレた『フード・見せパン』がレノに殴りかかろうとしたのを金髪男がフードを掴んで地面に後ろ向きに叩き付けた。

ゴッとコンクリートに後頭部を打ちつけ『フード・見せパン』は全身痙攣を起した後、動かなくなった。

『フード・見せパン2.3.4』は驚き固まっている。

パン屋の金髪男は”次はお前らだ”と3人を睨みつけている。

「……」

そのやり方は一歩間違ったら本気で死ぬ。か、障害が残る可能性も高い。

半グレとはいえ、分かっているのかいないのか金髪男に動揺は無い。

……相手が死んじゃう可能性は考えないのかな?ゴミ野郎とはいえ、人の命を背負う覚悟はできてるのか?この金髪君は。

「皆まとめてかかってこい。時間がない!」

威勢は良いが眼がビビリまくってんじゃねぇか。…これじゃ覚悟なんか出来てるわけねぇな。

それにしても、一体誰にこんな殺人体術習ったんだ。

パン屋のねぇちゃんといい、変なの揃ってんな。


一方、金髪男の思わぬ反撃に完全に気圧された『フード・見せパン2.3.4』『フード・見せパン』を残し、猛ダッシュで逃走してしまった。「ヤベーよコイツ」の最後っ屁を忘れずに。

それを見送ったパン屋のクラウドもその場を去りかけた。

「サンキュー、クラウドお前強いな

良かったな、相手がクソ雑魚で。お前のビビリングが分からなかったらしいぜ。

クラウドは真っすぐ前を向いて速足で歩くのを止めない。どうやら本気で急いでいるらしい。

話しかけがてら肩を組んでやった。……やっぱ震えてら。

「酒臭い!触るな!ついて来るな

「なー、何かお礼させてよクラちゃん受けた恩は返すコレ、リーマンの常識

「気持ち悪い呼び方するな俺は仕事に行くのを邪魔した奴を退けただけだ。アンタも邪魔するなら同じようにする

……同じように、なぁ。


「ちょっとお前んちのパンがうめぇわけが分かったような気がするわー

なんかー、お前、ストイックそー」

突然クラウドが立ち止まり、まじまじとレノを見た。

「え、なに

パン屋の金髪男は戸惑い迷うように瞳を巡らせながら少し俯き、唇に指を当てて言葉を選ぶ様な仕草をした後、意を決したように顔を上げ……たが、隠し切れぬ不安な表情で言った。

「……うまい?ウチのパン

「ああ、さっきも言ったろ。嘘じゃないぜ

今日も買いに行く。卵2個並んでるのと、塩パンとガーリックフランス。このつは絶対だ。あと今日はサンドイッチも買ってみようかなーと思ってる所。具がガツンと入ってて昨日も買いたかったが、そうそう一人で喰い切れねーだろ」

「………うん……」

そう言うとクラウドは少し目元が赤くなり潤み、それを隠す様に挨拶も無く振り返りもせずに、走って店に入ってしまった。



不意を突かれた。


ウッカリ見送ってしまった。


本当は買いに行くつもりもなかった。


店の中からいくつかの電源を入れる音がする。何かの器具を扱う音、紙袋の音が忙しなく聞こえてきて扉の開閉音がしたと思ったら突然音が消えた。

少しして再び扉の開閉音が聞こえて水の音、…多分手を洗っている音がした。…音が消えていた間は着替えてたんだな…昨日厨房にいた時はコックコート着てたもんな…。


パン屋のクラウド。

絶え間なく聞こえてくる作業音。

不安げに「うまい」って何だあいつ?

可愛いぞ、おい!男のくせに!

恥ずかしそうに「うん」って「うん」て女の子かよテメー!何で恥ずかしそうなんだよ!やべぇ!なんでソレが似合ってんだ!何だよあいつおいクラウド!!テメー男のくせにキュンキュンさせんな

久々に男でキちまったじゃねーか下半身アンテナ、ビビン!キマシタ!

………oh………あの不安気な顔……

いいじゃん



パン屋のクラちゃんか……………


マジで…………イってみるかうまく行きゃあの男嫌い巨乳の突破口も見つかるかも知れねぇし、一石二鳥

うん、イってみるか?


パン屋のクラちゃんはセックスの時どんな顔をするの?そんな澄ました顔がどんな風に変わるのかナ~?喘いじゃったり?クスンクスン泣いちゃったり?すがり付いちゃったり?ワオ!男は知ってる知らないなら俺が教えてあげてもいいヨ気持ちイイ事は常識にとらわれずに色々知っておくべきダヨ


………決めたヤる出張はあと2日、その間に落とす

泡沫(うたかた)の相手決定

ワォ!久々の男、燃えるぜ!

ぬおおーーテンション上がって来たーー

やっぱ出張はこうでなきゃなグラスランド最高




「よークラウドサンドイッチ買いに来たぜ

夜明け前の予告通り、昼間買いに行き、売り場から厨房を覗いて作業中のクラウドに声をかけた。

すっかり忘れていたレノの存在に驚いたクラウドがパッと赤面し、逃げるように奥に隠れた。

「アララ。。」

そんな逃げていく様がまたレノの狩猟民族精神を刺激し、旨そうな獲物を見る目でクラウドが忙しく働く姿を眼で追ってしまっていた。

だが、店にいるのはクラウドだけではない。


「お客さん、クラウドの知り合い

売り場にいたクラウドと同じ髪質のおばさんが心配そうに声をかけた。

「こんちはクラウドのママですよね髪質同じダTHE DNA

今朝俺がチンピラに絡まれてるところをクラウドくんが助けてくれたんす

「まあぁ!」

内向的すぎて常々将来を心配している息子の思わぬ武勇伝に、母の表情がパッと明るくなった。

クラウドったら何も言わないで!」

「マジ、カッコ良かったっすよ~!クラウドくんは何か格闘技やってるんすか一発でキメてましたけど」

母が思い出すように顎に指をあてて上を見ていたが…

「母さん仕事

厨房からピョコッと顔だけ出して怒り、直ぐに引っ込む仕草にまた萌える。

どうやらクラウドは会話を続けさせたくないようだが、母親と息子が似てるのは髪質だけのようだ。

「いいじゃなーい。今丁度お客さん切れてるし

ね、お客さんそのバッチは神羅の人でしょ?ヴァレンタインって人、知ってる黒髪長髪の」

「……グラスランド支社のヴィンセント・ヴァレンタイン

「まあ!御存知なのねあの人ウチの子と幼馴染なのよ


全く思いもしない名前だった。

ヴィンセント・ヴァレンタインは、巨大会社神羅の中で良くも悪くも有名人だった。

クッソ陰気で無口で超絶美形でグラスランド支社一仕事ができる男。

なまじ仕事ができるから大抵会議の中心になるが、その中心でメガ重力陰気オーラをまき散らし、奴が参加した会議は大抵暗黒世界に強制次元移動させられて会議が終わる頃には参加者全員の気力がごっそり減っている。


「クラウドとあのヴァレンタインで会話は成立してるんすか

レノの純粋な疑問に店にいたティファ、ザンガン、母全員が一気に爆笑した。

やっぱりヴィンセントのあの暗黒世界は場を選んでないらしい。

「パン買ったろもう帰れよ

クラウドが厨房の奥から怒っている。怒ってはいるが顔は出さない。

そんなところがまたまた「この恥ずかしがり屋さんめ!」と萌えさせる。

「クラウドお客様よそれにヴィンセントさんのお知り合いで喋れる人、母さん初めて会ったわよあなたも興味あるでしょ!?

母親が厨房に首を突っ込んで楽しそうに声をかけると、息子がまた更に厨房の奥の奥に逃げていく気配がしている。

「ない

仲良し親子、店員も皆仲良く笑っている。

きっとここの連中が貰っている給料は自分の収入の5分の1にも満たない。

でもここの柔らかな空気が少し羨ましかった。

ケド、クラウドは殺人喧嘩を知ってるし、ティファちゃんは男嫌いだし。妙な店だな。


「ヴィンセントさんね、このお店が開店する時にもお手伝いに来て下さったのよ。お忙しい方なのに

お客さんはグラスランド支社は長いの

「あ、いや、俺はミッドガル所属で明後日まで出張でこっちに来てます

でもここのパン気に入ったんでまたこっちに来る時は寄らせてもらいます」

「あらぁ、本社のエリートさん

「ぜーんぜんそう見えないけどねー

笑顔全開で無邪気を装い毒を吐くティファ。だがその大きな瞳の奥には隠した嫌悪が見える。

クラウドの母が本当に無邪気な分、違いがよく分かる。

だがこの2人が同じ微笑みを向けるのが厨房にいるクラウド。

その瞳は優しい。

ティファにとってクラウドは”男”ではないか、男でも例外か。

…とは思ったが、今はその辺は流すことに決めた。

タイムリミットが決まってる。今はクラウド攻略に集中する。

「いやいや本当、エリートとか俺には別世界です。ただの本社所属です

本社には色んな職種の奴がいて俺みたいな出世とは無縁の奴も多いけど、グラスランド支社のヴァレンタインは本物のエリートっす」

「そうなの!?あの人何も喋らないから」

「ピカイチマジエリート

社内の事なんであまり詳しくは話せないけど、グラスランド技術開発支社ってのは神羅の頭脳って言われてて、そこで長く続けていられる事自体がエリートの証明っす

神羅は結果を残せない奴はどんどん切り捨てるからネ!

「まあ~…ヴィンセントさん頭の良い大学を出たとは聞いてたけど……ただの陰気な子じゃなかったのね~

「お母さん!それはヴァレンタインが可哀想!彼は仕事のデキル陰気な子だヨ

フォローしているようで全然フォローしていない俺に、また店内の皆がドッと笑った。

が、クラウドは奥に入ったまま姿も声も見せなかった。





翌日、クラウドが店から上がった時にどこからか名前を呼ぶ声がした。

「上

見上げるとそこにはコンコースの欄干に肘をついて手を振っているレノがいた。

レノは階段から降りてきながら


「よー、クラウド。上がりだろメシ一緒に食おうぜ

「は

「午前の仕事が長引いて俺これからメシなんだよ、一緒に食おうぜ

「ヤダ」

睨みつけて帰ろうとしたクラウドを逃がさないようにいきなり肩を抱いた。

「まーまー、礼させてよ、昨日の。ねそれでスッキリしようよー」

「昨日パン買ったろそれでいい

「ダメーあれは食いたくて買ったから

でも今日はハラが減り過ぎてパンじゃ駄目だ

な、あのレストランでいい

肩を抱いたまま目についたレストランを指した。


「……あそこは高い。ランチで3000円する

てか触るな行かない

暴れてレノの拘束から離れようとするが何故かクラウドの力は暖簾に腕押しのようになってしまい、その腕の中から出られなかった。

「よっしゃ、あそこに決定!俺が御馳走すっからお礼だからクラちゃんは値段気にすんな行こ行こ

一方的に話を進められ、グイグイと連れていかれ、仕事上がりで疲れて気が抜けているのもあり、クラウドは溜息を吐いた。

「何なんだよお前」

「あぁ~…いい匂い……」

歩きながらレノは抱いているクラウドの髪や首筋の匂いをクンクンと鼻を擦り付けるように嗅ぎ始めた。

体験したことのない至近距離に焦るクラウド。

無理矢理くっついてくる上に、臭いまで嗅いできて更に焦り動揺する。

クラウドは必死に逃れようと暴れるが、何故か力を往なされてしまう。

「パン屋は皆この匂いだヤメロクンクンするな離れろったら!

クラウドの拒絶もどこ吹く風でレノは遠慮なく首筋間近で深呼吸をする。

「あぁ~たまんねぇ~、いい匂い~。サイコ~

でもよぉクラウド、お前だからいい匂い~なんだぜ

一緒に厨房にいた爺さんから同じ匂いがしても俺、絶対嗅ぎたくねーもん」

プックラウドが噴出した。

「ザンガンそんな事したらアンタ死んでる

アハハハと声を出して笑う金髪美青年。

「………………」

もしかして、ソイツか?コイツに殺人喧嘩教えてる奴。

それにしてもクラウドの笑顔…花が綻ぶが如くきれいに微笑んでいる…。

パン屋の金髪男は思った以上に美青年で、しかも世間知らずらしい……予想外に美味しく頂けそうだ…と、ニヤリと片頬がつり上がった。


店の席に着き、料理を待つ間話を振った。

「ところで俺と同じミッドガル勤務の同僚でルードっていう奴がいるんだが、そいつも先週こっちに来てたんだがティファちゃんに一目惚れしたらしいんだ。超奥手な奴で何も言えないまま帰っちまったんだが、俺の勘じゃティファちゃん彼氏いないけど、どう

クラウドの目が一瞬冷ややかになったのを見逃さなかった。

多分誘った事を誤解しただろうとは思ったが、ルードの件はただの口実だったのでどう誤解されようとも構わなかった。この程度の誤解は直ぐに解けるし目的は別にある。

「本人に聞けよ。それにティファはそういうのに人を使う奴は嫌いだ」

「まあ、そうだろうけどよ。例えば、例えばだよお前が仕事で1日だけミッドガルに行ったとして、そこでマジで一目ぼれした奴がいたとして

でもお前はグラスランドに帰らなきゃならん。帰れば毎日仕事が忙しいだろ?自由な時間なんてそうそう作れない

そこへ入れ替わりに口が達者な友達がミッドガルに行く。お前ならどうする

「……好きにならない

プイッとそっぽを向く仕草が全く子供っぽい。

本当にいちいち可愛いなこの野郎!こいつは処女!間違いない!しかも、もしかして童貞!

こんなにいちいち可愛い野郎が何故今までバージンでいられたのか分からないが、是非とも恋の手ほどきを俺がして差し上げたい!パン屋の美青年の初めて絶対に俺が貰っちゃう!


「分かった。言い方を変える

お前は俺に一目惚れをした

俺は明日ミッドガルに帰る

お前はどうしてもこのまま別れたくないさあ、どうする

「?意味が分からない

「いいから、とりあえず先入観無しで考えてみな

お前も仕事が忙しくて遊んでいられる時間なんてあまりないだろ

でもって自分で言うのも何だが、俺はモテる。口も巧い。ストライクゾーンもカナ~リ広い

そんな俺をお前は気になって仕方ない!あ、ホレちゃったカナ?あらら?このままで終わらせてはいけないな

でもお前は俺のケー番すら知らない。明日帰っちゃうさあ、どうする

思わずクラウドの眼が座る。

「お前の頭がオカシイのは分かった。………けど、いいよ。ティファに伝言くらいならしてやる

でも個人情報が知りたきゃ本当に本人に聞け。俺、そんなの関わりたくない」

「サンキュー

確実だな、クラウドはティファが男嫌いなのを知らない。

まあ、そりゃそうかもしれないな。あれだけ聡い女と、これだけ鈍いアホだったらそうとしかならねぇ。

ま、俺は明日には帰るから、コイツらの関係なんか知ったこっちゃねー


「そいつ、俺と同じ年でハゲでかなり男臭い奴で、クラちゃん級に喋るのが苦手な奴なんだけど、誠実って意味じゃオススメ

じゃあ、お前のケー番おせーてルードからの伝言送るから」


目的はコレ。

欲しかったのは男嫌いの巨乳の情報じゃない。美味しそうな世間知らず美青年の携帯番号。

明日お前のペッタンコのお胸をチューチュークニクニしてアンアンいわせるためのステップ1なのだよ。パン屋のクラちゃん。

「………」

クラウドが渋々ナンバーを言うと、直ぐにクラウドの携帯が鳴った。

「ソレ、俺のケー番。ラインも入れとく。お前も入れとけな?で、1日で一番ユックリしてる時間いつ

できるだけ迷惑かけたくないからさ」

「………時から10時くらいまで。ゆっくりはしてないし携帯も置きっ放しだから殆ど出ない」

OKライン楽しみに待ってな




  君のもとへ2   NOVEL

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